第1話:勇者懺悔室のバイト始める
ノクス・シグルズ。
その人物はかつて行われた大戦で勇者に選ばれ、魔王を打ち倒した上で和平へ導いた大英雄らしい。
曰く、闇を払い世界に光をもたらした存在。
……曰く、魔王相手に一切動じることがなく常に他者に笑顔を与えた英雄。
…………曰く、初陣では巨大なドラゴンを一刀を元に切り伏せた、聖剣であるダインを持ち、数多のジョブを使いこなす傑物。
………………曰く、常に強者を求め第二形態では腕が四本になるどころか、真の姿を隠しており、真の姿になる時は、世界に再び闇が訪れる時だという。
ある日の事、何気なしに本屋に寄って偶然見つけた勇者ノクス伝説。
自分の本が出てることに驚きながらも手に取ってみれば、書いたあったのはそんな事。あまりにもあんまりな内容に頭を痛めた俺は、家に帰ってから同居人兼相棒にこう言った。
「なぁダイン……俺さ、そろそろ働こうと思うんだ」
「……お金はあるのになんで?」
「いや……流石に四年間働かないのは罪悪感が」
本当の目的は別だが、流石に変な歴史が捏造されてるからつらいし、現実逃避したいというのは彼女に言えず……建前としてそう伝える。
「ふぅーん……今更だね」
勇者ノクス……というか俺は、過去に魔王を倒したのだが――それで晴れてニートになった。だって選ばれた勇者といっても魔王を倒したらやることがなく、平和になった世界で過剰な力を持つ俺はほぼ……というか完全に無職なのだ。
長年の相棒である彼女のその一言に、グサッとなにかが突き刺さったような感覚に襲われたが、なんとか堪えるも――。
「そもそもアテあるの?」
「……ない」
ここ四年で完全に絶っていた交友関係。
……王都でニートしている間に届く手紙は仲間の出世報告。
それに日に日にメンタルをすり減らして、余計に人と関わることがなかったせいで仕事のアテとかマジでなかった。
「わかった私が探してくるから待ってて」
「出来るのかよ」
「うん、私は外出てるし」
最後のトドメはそれ。
最早何も言えなくなった俺は、彼女が探してきたという仕事……というかバイトを始めることになり……なんでか翌日教会の懺悔室に座っていた。
「…………トントン拍子過ぎるだろ」
こうなった経緯は、ダインが恩人でありかつて共に旅したかつての仲間である神官のジョセフ翁から仕事を貰ったかららしいのだが……よりにもよって懺悔室の相談役の仕事はわりと意味が分からない。
話を聞いてみれば腰を悪くして長時間座っていられないジョセフ翁に代わり……らしいのだが、ニートの俺が懺悔を聞いて何になるんだろうと心底疑問だった。
「とりあえず……あれか、今日は一人しか来ないらしいし気楽にやろ」
でもまぁ、金も入るらしいし何より任された以上はちゃんとやりたいので……俺は少し気分を入れ替えて仕事に臨むことにした。
ジョセフ爺曰く、殆ど相談室みたいな物らしいし力を入れる必要はないって言ってたしな。
そうやって気分を変えてから数分、仕切りをまたいだ先の扉が空いた音がしたので……俺は口調を正して、それっぽいことを言う。
「ようこそ懺悔室へ、ここで聴いたことは決して口外しないので気軽に相談内容を話してください」
この懺悔室には相手の性別に合わせて声が変わる魔道具が仕掛けられてるらしく、こっちの正体はばれないようだ。
とにかく相手の性別は分からないが、そういうシステムなら気軽に相談できる気がするし……俺も気が楽で助かる。
「あ、シスター様……実は、その」
鈴のように透き通った綺麗な声音。
妙に聞き覚えのあるその声に、少しの疑問を浮かべつつも相手の詮索をする事は出来ないので思考を切り替え悩みを待つ。
「どうしたら勇者様の赤ちゃん産めますか?」
ちょっと待ってくれ。
え、何? 待って、意味分かんない。
最初の相談が弩級の爆弾なんだけど、え……何? 急に――は?
これは俺の初仕事、最初の悩みは軽いのが来るとはジョセフ爺が言っていた。だけど、え……何これ軽いとか重いとか次元じゃなくて、やばくない?
「えっともう一回、お願い……出来、ますか?」
どうしようか、あまりの動揺に聞きたくないのに聞き返した。
これは聞き間違え、そう俺が疲れていてニート生活をしたせいでの呪いみたいなもの。だから、ちゃんと悩みを聞いてそれに答えよう。
「えっと、すいません驚きますよね――えっと、私の想い人の勇者様の子供を産むにはどうすればいいですかね?」
「…………それはですね、えっとその。ちゃんと想いを伝えて交際を続け、その方と結ばれればきっと叶いますよ……」
「そうですか、やっぱりそうですよね。今日はこれだけなのですが、少し気が楽になりました。今までは仲間に止められていたのですが、近々会いに行こうと思います」
え、やだ。
なに……もしかしてこいつ知り合いか?
いや、流石にないだろ。今の俺の住居を知ってる奴なんか殆どいないし、俺のパーティーメンバーにそんな奴いるわけがない。
それに、忙しいあいつらが来れるわけがないしさ。
「そういえば勇者、様はぐいぐい来られるのが苦手らしいとの噂ですので、バレないようにして逃げ場を無くすと良いですよ?」
相手はやばい。
これで関係者である……というか勇者本人だとバレるのは不味いし、出来るだけ他人の振りしてアドバイスをしよう。
「……それは確かに。勇者様は奥手ですしね。シスター様、今日は相談に乗っていただいてありがとうございます」
「いえいえ此方こそ……それでは、頑張ってください」
でもこれは相談者の妄言ってことで……それに、なにかの悪い夢だから今日は早く切り上げて帰ろう。何故か聞き覚えのある声だったけど気のせいだと割り切って、そう誓った俺は、そのまま彼女を帰して、頭痛を覚えながらも懺悔室を後にした。