結成の日
また彼から連絡があった。
どうやら、彼の言っていた初心者おばあさん達と連絡がついて、あたしはついにその人達と対面することになるようなのだ。しかもこれからすぐ。
事前に休みの日の予定をそれとなく聞かれたりしたのは、このときのタメだったらしい。ちょっと別の推測をしたりもしたけれど。
これまで数多くのゲームで初対面の人と意思の疎通を図ってきたが、今回のようなケースは流石に初めてだ。少し緊張する。
今回は、ボサボサ茶髪の男の子に一つミッションを与えられているのだ。
そのミッションとは、お相手の簡単な人となりや情報をそれとなく探って、可能なら仲良くなること。
でも、あたしは別にパリピでもコミュ強でもなんでもないただのOLだ。誰とでも仲良くなれる自信は毛の先ほどもない。
一応、彼のいうには悪い人達ではなく、人に当たるようなタイプの人ではなさそうだと感じたということだった。
しかし、そんな情報だって疑わしい。ゲームプレイヤーは、上手な人に自然と敬意を払ってしまうものだ。
あの天性のゲームセンスを持つセラくんと、完全初心者のこちらに対して、果たして全く同じように対応できる人たちなのか。
そういった不安もあるし、何より大きいのは相手が推定おばあさんである、ということだ。
これまでゲーム越しにおばあさんと話したことなんてない。そもそもおばあさんと話したのなんて自分のばあちゃん以外記憶にない。
もしおばあさんじゃないとして、おばあさんを騙る人なんて普通じゃないだろう。愛称の可能性もあるけれど。
既に脳内で「おばあ」がゲシュタルト崩壊を引き起こしそうだが、とにかく年配の初対面の方とお話をして仲良くなるというビジョンが見えず、勝算を感じられなかったのだ。
とにかく、彼も(気休めかは知らないが)言ってくれたあたし自身の人当たりの良さとやらを使って、出たとこ勝負で挑むしかない。
ドキドキしながらゲームを起動し、待ち合わせ場所に向かう。
エントランスエリアの初心者向けの一角に行くと、どうやらそれらしき人を見つけた。
大柄な男性の体のアバターと、最初に設定されている女性の初期アバターで、男の方はtank、女の方はBB。聞いていた名前とも一致する。
二人で談笑しているようなので、ボイスチャットの申請をして少し待つ。
この待つ時間もまたドキドキする。落ち着け、これまで数多くのゲームを遊び込んできたあたしなのだ。
もし少しでも嫌なことを言われたら、その場でとんでもないやつだった。ということで任務放棄すればいい。
そんなことを考えていると、やがてこちらに気づいた二人から申請が許可され、通話がつながる。
「はじめまして!タンクさんとBBさんですよね?」
とりあえず先手は取った。
「どうも初めまして!リョウさんですね。セラさんから話は聞いてますよ、ようこそいらっしゃいました」
大柄な男性が、とても親しげにこちらに話しかけてくる。
「はじめましてぇ!よろしくね!」
初期アバターの女性もこちらににこやかに手を振ってくれる。
「初心者さんでも、ちゃんとお話の仕方とかはわかってらっしゃるのねぇ」
「えぇ、これは有望な初心者さんかもしれません!」
思いの外歓迎ムードで少し安心する。
「はい、セラくんからお二人を紹介して頂いて、一緒に遊んで頂けるんじゃないかって。」
「ちょうどこちらも初心者チームを組もうってところだったんで、すごくいいタイミングでした!」
おや、もしかしてこれは?
「もしかして、あたしも入れて3人のチームを組む話をしてらっしゃいます?」
「あなたさえ良ければね。もちろん少し試してみてから判断してもらえれば構わないから。」
女性のアバターが涼やかに言った。
なるほど、こちらにとってはかなり都合がいいかもしれないが...。
「ああごめんなさい、あたしもお仕事とかあるんで、そんなに頻繁にはできないんですけど」
「そういうことならここにいる二人も同じ条件ですよ。オレは会社員だし、BBさんは長時間やると疲れちゃうんです。」
どうやら、おばあさんというのは本当なのかもしれない。しかし、おばあさんですか?とこちらから聞くのは少し怖い。
「私はもうババアだからね、多分お二人が物足りないくらいしか遊べないわよ」
じ、自分から公開された...!!
「そ、そうなんです...ちょっと変かもしれませんが、実はオレもこのゲームの平均からしたらだいぶ言ってる方で...」
「あら、私からしたらタンクさんだってまだまだ若いわよぉ」
「いやいや、流石にそりゃないですよ」
なんだか、思ったよりのんびりした方達で居心地は悪くない。しかし、逆に言えば対戦ゲームの雰囲気に似つかわしくない。
のんびりしたMMOのようなゲームならまだしも、対戦ゲームはどこまで行っても対戦が主題になりがちだ。
もちろん、対戦という遊びをやり尽くしてこの境地に至った二人というのも考えられないこともないが、それにしてはほわほわしている。
事前に聞いたとてつもないゲームの腕前で、何か理由があって年寄りを名乗っているというのも今は考えにくい。ただの人の良いおばあ様だ。
「お二人は、しばらくこのゲームを遊んでらっしゃるんですか?」
問いに対して、男の方から答えてくれる。
「オレは稼働当初から少しずつ遊んでいるんですけど、そんなに気合い入れて遊べてた訳ではないので」
「私も、ドラゴンを飛ばすのはちょっと前からやってるけど、他の方と遊ぶようになったのはついこないだからね。」
ということは、やっぱり本当に初心者の集いでこのゲームに挑もうという腹づもりらしい。
少し不可解そうにしていると、女性のBBさんが楽しそうにこちらに話しかけてきた。
「ここにいるタンクさんっていう大きなお兄さんはね、このゲームが凄く好きなんだけど、今まで一緒に遊ぶ人がいなくて困ってたのよ。そこで私たちに遊んで欲しいんですって!」
「うわああ、BBさん、そんなふうに言われると...いやその通りなんですけど!!」
楽しそうなBBさんと恥ずかしそうにするタンクさん。確かにセラくんのいう通り、このやりとりを見れば悪い人達ではないのだろう。可愛いらしいとすら思う。
「いえ、私も初心者同士というなら全然構わないんですけど、やっぱり対戦ゲームでチームを組むのって、ちょっと難しい印象がどうしてもあって」
「いやーそうなんスよね、よくわかってらっしゃる」
ものすごい前傾姿勢になるタンクさん。
「色々これまでもイヤな思いをしたみたいなんだけど、それでもこうやってこのゲームをやりたがるんだからすごい執念よね」
解説がありがたい。なるほど、そういうことなら少し納得できる。そのあたりのスタンスを感じ取ったからこそ他人のせいにするタイプではないと彼は言ったのか。
「じゃあこうしましょ。せっかく、リョウさんも少し乗り気になってくださっているみたいですし、一緒に遊んで、少しでもイヤな気分になったらチームを解散するってのはどうかしら」
この発案はBBさんによるものだが...そもそも対戦ゲームでイラつく、イヤな気分にならないというのは難しいんじゃないか。
「そうしたら、ゲームの勝敗やゲーム以外のこと、人間関係や相性でイラつくことがあったら、というのでどうでしょう。お互い初心者のうちはゲームは上手くやれないでしょうし。」
すかさずタンクさんによる代案が出される。
それならまあなんとなくわかる。ちゃんとタンクさんはゲームの経験値を感じさせてくれる。
あと今更ながらこの人達とチームを組めるのは、今回のミッションから考えれば最高最上の結果とも言えるのではないか。
潜入ミッションのようになるが、別にセラ君の紹介なのは共有されている事実であるからバレて困るような問題もない。
「私もゲーム自体は色々やってるんですが、一緒に遊ぶ人がいなくて...。そういうことなら試しでご一緒させていただきたいです。」
これには本心も混じっている。社会人になって、こういったチームを組む機会はほぼ0だった。試しにこういう経験をするのもイイだろう。
「おお...組めるんですね、チームが!!嬉しいなあ...!!」
小刻みに振動するタンクさん。恐らく目を輝かせているのだろう。所詮手と頭の動きのみを同期するヘッドセット型のゲームなのでそこまでは読み取れない。
「よかったわねぇ、タンクさん!」
BBさんも嬉しそうだ。この雰囲気に、指示されたミッションを抜きにしても居心地の良さを覚え始めていた。
ゲームでチームを組むのが怖いと思う感じ、ゲーマーでないと分かっていただけないかもしれません。
前回で二人も喋っていましたが、部活とか新学期とか新入社員とか、どんな形であれ人の輪に新しく混じるのは大変って感じで考えてもらえれば。
まあ上に挙げた三つに比べれば、ゲームの人間関係なんてなんつーこともないですけどね( ´∀`)