気になるあのドラゴン
「おつかれさまっしたー!」
「おつかれさまでした〜!」
「くやしいーーー!!」
そのあとはリザルト画面に移動した。この画面ではお互いのアバターは表示されず、試合結果のボードが表示され、再戦を行うか否かを多数決する簡単な休憩画面である。
ただ、ここではフィルさんの忠告通り試合に参加した全員とのボイスチャットが繋がるようになっている。
先ほどまで対戦していた相手から何を言われるかわからない、という意味では少し怖い画面でもあった。
しかし、今回のお相手はそうそう怖い人でもなさそうだといういくつかの根拠もあったし、何より今回はこちらが勝利しているので、タンク的にはそこまで身構えずに済むという側面もあった。
「最初に聞きたいんですけど、何か手加減をしてくれた感じですか?
三人ともプリセットの機体を使ってたみたいだけど...」
ボイスチャットがつながってすぐ、セラさんが今回対戦したチームの三人に問いかける。
「一応初心者さんがいるってことだったんで、ゴリゴリのガチ機体使うってのも変かなと」
「俺たちは、急なお願いを聞いてもらった立場なんで、あんまバチバチに対策す(メタ)るのもよくないかなーって...」
向こうの男の子たちが答える。声と言葉を聞く感じではまだ少しの幼さを感じた。
「なーるほど、無用な気遣い!!と言い切りたいところだけど、
確かに初心者さんに配慮は必要だからね。」
セラさん的には、ある程度の対策を切り抜ける算段だったので、拍子抜けというところだろう。
ただ、こちらの事情に合わせて調整してくれたというのはありがたかった。
「試合内容的には、やっぱりこっちも悔いのないようにガチ機出しゃーよかったと思いますけどね」
男の子のうちの一人が、悔しさを滲ませた。たしかに、不意打ちを許してからは一瞬の試合だった。
「君たちはしっかり判断早いしチームで動けてるし、環境に合わせてガチ機組んでたらすぐリーグで当たるようになる気がするけどね」
「いやー、そんな、オレたちなんてまだまだっすよー!!」
軽い褒め言葉に、思い切り嬉しそうにする少年達。
「んじゃあ、僕は用事があるんでこのままゲーム抜けちゃいますね。タンクさんたちもお疲れ様です!」
と、こちらにも軽く挨拶を残してセラさんはこのリザルト画面を抜けた。
「よし、じゃあ俺たちも早速この試合のリプレイ見てまた勉強会と行くか!!」
「そうだね、お二人もありがとうございました!!」
利発そうな子がこちらに挨拶し、もう二人もつられて「あざしたー」と挨拶をして彼らもこの画面を抜けた。
結局、残ったのはBBさんとタンクだけになった。
「どうでした?最初の対戦は?」
やっと少し落ち着いて、BBさんに初対戦の感想を聞いてみる。
「いっつもひとりぼっちで飛んでたもんだから、追いかけたり追いかけられたりするのは楽しかったわ!くたびれたけど...」
たしかに、声色からも疲労が伺える様子だった。
「じゃあ今日はここまでにしておきましょうよ」
そういえば基本のロビーの操作がおぼつかないおばあさんだったことを思い出し、ログアウトする方法まで一通りを教える。
最後に、また何かわからなくなった時のためにフレンド登録までして、その日はタンクもゲームを終えるのだった。
ゲームからログアウトし、部屋で軽く休憩しながら今日あった対戦を振り返る。
正直にいえば、自分が満足できる動きは出来なかった。
とはいえ、しっかりと意思の疎通を行い、相手の注意を引いて不意打ちを成立させるという囮の役割は間違いなく果たせた。
その後、自分の期待が半壊した際に、ついリタイアをしそうになったときのことを振り返る。
あそこでもしリタイアしてしまっていたらすぐに体勢を立て直されて、あそこまで綺麗に不意打ちは決まらなかっただろう。
何なら足を引っ張っていたかもしれない。
無事にうまくいったのは、あそこで通信を入れてくれたセラさんのおかげだ。
何より、今回の試合はゲームとして楽しかった。
最初に決めた戦術に基づいて動き、想定外の事態には各自の判断で対応、最後は即興の連携を決めて勝利。
これこそチーム対戦、という試合だった。
そして何より、本人も意外だったのだが、一番気持ちが昂ったのは試合後の対戦した男の子達の姿だった。
ゲームに対して全力で取り組む姿勢、負けた時も悔しさを隠さず、かと言ってチームメイトや対戦相手を貶めず、最後はこちらに一礼して去っていく。
その対戦を全力で楽しむ姿勢は、まさに中田の理想のチームだった。
実態はそこまで清廉な子達なのかはわからなかったが、過去にあんなに直向きにこのゲームに取り組んだことがあったかしら。
これからでも、あんなふうに一緒にゲームに打ち込める仲間を見つけられたらどんなに幸せだろう。そう考えずにはいられなかった。
しかし、可能性はある。
今日だって、初対面の性別も世代の人も違う人の集まりでどうにか意思の疎通によって勝利を収めることができたのだ。
最終的に、彼は試合前に誓った己の制約よりも、楽しかった、またやりたいという年に似合わぬ感情に基づいて、このゲームを続ける決意をしたのだった。
♪♪♪
とあるスーパーマーケットのレジで、髪を染めた若い男性がレジを打っていた。
「こちら、計680円になりますー。」
「ありがとうございましたー。」
時刻は閉店時間で、今見送ったのが最後の客のようだった。
若い男はレジから店内を覗って、人の気配がしないことを確認し、レジ締めの準備を始める。
そのとき、同じ店員のエプロンをした女性が若い男性に近づく。
「翔太くんお疲れ様ー!」
「...あー、山田さんお疲れ様っスー」
「今日も結構平日にしてはお客さん多かったけど大丈夫だった?」
山田さんと呼ばれた女性は、若い男を気遣う様子だった。
「別に、そんな困るようなことはなかったですよ」
若い男は気だるげに返す。
「やっぱ若い子は要領良くていいなー!他のおばちゃん達は結構しんどく感じちゃうみたいでー...」
そんな風に話す女性の言葉を聞き流しながら、男は自分のレジ締めの作業を淡々とこなす。
「翔太くんには是非、もっとここで場数を踏んでもらって、ゆくゆくはここの社員に...」
「いやー、その話は前も言いましたけど、今は考えてないッス」
ガチャン!!とレジを畳み、山田さんに向き直る。
「上手いこと若い人が入ってきてくれりゃあ良いんすけどねー、俺は今んとここれ以上シフト増やす気はないんでもうしゃけないんすけど」
んじゃ失礼します。と一礼してレジを離れ、そのままロッカーで着替えを済ませ荷物を回収し、スーパーを離れる。
そうして、レジにいた時からずっと考えていた作戦を実行に移す。
今日の練習試合、別に野試合を申し込まれることも慣れてるし、相手の子達もゲームに熱心で感じのいい子だった。
ただ、あの試合は強烈に違和感があった。理由は間違いなく、あのドラゴン型の機体だ。
見るからに初期設定から弄っていないアバターで、そんなプレイヤーが操るにしては機体設計、武装選択、操作の習熟、全て段違いなものがあった。
あの場で気づいた人は一人もいなかったようだが、そもそもこのゲームは慣れない人間が基本操作をノーミスでこなせるようなゲームではない。
それを、あの障害物が多い初期ステージで、空中を自由に飛び回り、索敵を完遂し、見つかりはしたもののその後の退却の判断まで鮮やかにこなしてみせた。
常識的に考えれば、誰かがサブアカウントで遊んでいたと考えるのが妥当だが、それにしては理由も目的も不明瞭だ。
タンクというプレイヤーに色々教わっているようだったが、ゲームが始まってからの動きはタンク以上に堂に入っていた。
そして1番の謎は、ピンチの際にタンクから「おばあさん危ない!!」と呼ばれていたことだ。
おばあさんってあだ名にしては酷くないか?もしくは本当に?
確かに声はちょっとしゃがれていたかもしれないが...。
考えれば考えるほどミステリアスな存在だった。そんな時は、実際に調べてみるのが一番だ。
その為に今日レジを打ちながら閃いた一つの策を実行に移す。
そのためにしばらく会話もしていなかった相手に久々に連絡を試みる。...ちょっとだけ億劫に感じながら。