戦闘開始(初陣)
戦闘中、敵の視点と味方の視点が入り乱れます。
基本的に、音符(♪)で区切られたら視点が変わります。
読みにくいかもですがよろしくお願いします。
『ルールセットアップ:3on3DM
バトルフィールド:ブロークンシティ
ガンズレディチェック:オールグリーン』
雰囲気を盛り上げる準備音声と共に、それぞれの機体が戦場に空挺投下される。今回のフィールドは、戦場となり廃棄された大きなビルの立ち並ぶ街。
このゲームで一番使われているマップだった。ちなみにガンズとは、このゲーム内のロボットの名称である。
「あらまあ、なんだか凄いわよ!」
おおBBさん!出撃も初めてっすもんね!この演出はアガるっすよねー!」
はしゃぐおばあさん、一緒に盛り上がる青年に比べて、中年は一人震えるほど緊張していた。この二人には対戦で酷い姿を晒したくはない。それでも、自分なんかが上手く戦えるのだろうか。
たまたま聞いてしまった言葉は、想像以上に彼自身に深々と突き刺さっていた。タンクは静かに決意する。もし、この戦いで自分の納得のいく動きができたのならこの二人をチームに誘おう。逆に、ろくに戦うことができなかったら、その時はいよいよこのゲームを...
大きな音を立てて機体がステージ端に着地する。振動が伝わってきて中田も我に帰った。
『Get ready?』
『Let's ROOOCK!!』
試合開始の合図が響く。
「さて、じゃあ手筈通りに。BBさんお願いします」
「はいはい」
BBの乗る竜がふわっと宙に浮かぶ。綺麗な垂直離陸は確かに手慣れた様子だった。
「向こうはこちらが空を来るなんて一切警戒していないはずです、焦らずに、向こうの位置だけ確認したらご一報を」
それだけ伝え、フィルさんが大剣で敵のスタート地点の方向を指し示す。
「こんなとこ飛ぶのは初めてだもの、やるだけやってみるかいね」
竜は機体越しに見上げるほどの高度まで上昇し、すこし不安そうにあたりを見回す。そして向き直ると敵の方向にそのまま飛び出していった。かなりスピードが出ているように見える。
「こちらも前進しましょう。あの速度なら向こうが察知してかち合うまでそんなにかからないはず」
「結構な速度でしたからね」
二人の機体も敵のスタートエリアの方向に移動し始める。
「タンクさんの四脚のほうが索敵はできそうですね、速度は合わせるので先行してください」
「わかりました」
タンクの乗っている機体は四脚と呼ばれる、戦車がキャタピラの代わりに4本の足で歩いているような、ちょうどクモのようなシルエットの機種だった。
大量の武装を搭載でき、どんな地形からでも安定して射撃を行えるのが特徴である。
タンクも、機体の右側に大口径のガトリングガン、左側にロケットランチャーを搭載し、火力に特化するカスタムをしていた。
フィルの人型も大剣を背中にマウントし、タンクの四脚に隠れるような位置について、速度を合わせ前進する。先に発見されては今回の作戦がダメになってしまうので、可能な限り音を立てないように速度も通常より少し落とす。
恐ろしく的確な指示にタンクは感心しきりだった。
「いやー、いろいろ偉そうにしちゃって申し訳ないっすねー」
当の本人が少しバツが悪そうにしている。
「いえ、俺なんか、こんなしっかり指示もらってやるチーム戦は初めてで...心強いです」
「そうでしょうとも、ゆきずりのチームでここまで動き揃えるのはあんまりしないはずっす」<
この手の指示は、フィルさんの仰るとおり偉そうに感じるので従わない人も多いし、上手く連携が成功したとしても、敗北した場合責任が全部降りかかるのであまり言いたがる人も少ない。タンクも身を持って経験していた。
「ただ、なかなか機体愛のある女性だったので、勝たせてあげたくなっちゃったんす、初陣」
そこまでを聞いて、後ろにいる青年も、全く同じ気持ちだったことに気がついた。
『見つけたわ!あれがきっとそうでしょ?』
BBから通信が入る。
「ナイスです!敵がどのくらいの位置に何体いるかはわかりますか?」
『人の形したのが三体固まってる、位置はちょっとわからないねー』
ゲーム慣れしていれば、マップの形や機体の距離感で座標を特定できるが、おばあさんが初めて遊んでいる状況である。無理もない。
「フィルさんどうしましょうか、せっかくのチャンスが...」
どうやら向こうも気付いていない状態で、こちらだけが敵全員の位置を知っている状態。最高のチャンスなだけにもどかしい。
「たぶん位置的にそんなに遠くないス、一旦BBさんには...」
『あ、気づかれたみたい、どうしましょう』
そんな通信の直後、すぐ近くの通りから複数の射撃音が響いた。
「まずい、おばあさん逃げて!!」
タンクは叫び、フィルさんの機体は背中の大剣を抜き放ち、駆け出した。
♪♪♪
「へっ、向こうから来てくれるんなら話がはえーや、行くぞ!」
「待て、三人で追うのか?」
「おうよ、向こうから初心者が孤立してくれたんだ、さっさとたたんで数で有利とりたいだろう!?」
「わかるけど...おい、マツ、俺たちゃ合わせつつ周辺警戒だぞ」
「あいよたっちゃん」
三機は同時に手持ちのアサルトライフルを構え直し、竜を追って駆け出した。
リーダー格のカツが前線を張り、マツとタケはバックアップ。そんな彼らのチームは初心者ながらも戦術をしっかりと駆使していた。今回三機が同じ位置に固まっているのも、剣士相手に1on1になるのを嫌っての判断だった。
「くそ、ビルの影に隠れやがる」
「条件は向こうも同じだ、この地形じゃ自由に飛べないはず」
ビルの立ち並ぶ地形は、空を飛ぶ側に有利に見えたが、バトルフィールドの高度制限もあり、決して飛ぶ側も視界良好ではなかった。
「しかしドラゴンとはな、あれが初心者か?」
「あの手の機体はすげー難しいらしいけどね」
「俺も手ェ出したから知ってんだけどよ、あのサイズだと武装もそんなに積めねぇし、俺たちの得物でも数発当たりゃ満足に飛ばなくなる。割りの良い相手だぜ」
ということは、あとはド初心者と本命のみ。追いかけながら、三人が有利を確信しようとしたその時、近くで爆発が起こった。
「っっとと、なんだ、さっきの竜か?」
立ち止まり、あたりを警戒する三機。
「いや、あれだ!右後方!」
後ろを走っていたマツが真っ先に気づく。そこには、ビルの影からこちらを伺う黒い四脚の姿があった。
♪♪♪
おばあさんが襲われている。
この状況にゲーム以上の恐怖を感じたタンクは、先程の射撃音から敵の位置を割り出し、ちょうど逃げる竜を追いかける形で遠ざかっていく敵の三機を発見、直撃は難しいと判断し牽制でロケットを撃ち込んだのだ。
目論見通り、向こうも足を止めてこちらの存在に気づき、睨み合いになる。現状、お互いの機体の有効射程距離から一歩離れた位置だった。
「しかしここからどうするか、一切考えてなかった...」
3対1、しかも向こうは連携の取れたチームである。タンクは小回りの効かない四脚。とりあえずBBの竜を逃すという目的は達したが。
「フィルさん、これから向こう三機の注意を引き付けます、タイミングを見てそちらからも叩けますかね」
『すぐ近くにいますよ、ただ、三機固まってるのがしんどいっす、強く注意を引くか、向こうが散ってくれれば』
「わかりました、俺が先手を取るので援護をお願いします」
それだけ言って通信を切り、敵の機体に神経を集中させる。
「踏ん張りどころだ、頼むぜおれのスーパーロボット...!」
言い聞かせるように唱えた後、機体を一気に加速させた。
♪♪♪
「カツ、どうする?挟まれてるぜ」
「しかも本命がまだ出てこないのは怖すぎるよー」
「くそ、初心者だって聞いてたのに結構ちゃんと翻弄してくる...」
逃げていった竜を追いかけていたところ、後ろから別の機体からの攻撃。見事に不意を突かれた形だった。
「とにかく挟まれてるのが怖い、竜はもう見えなくなっちまったし、あの四脚を3人で仕留める...」
そこまで話した時、四脚が動き出した。ビルの影から飛び出し、こちらに向けて突っ込んでくる。
「うわああ、こっち来るよ!」
「へっ、好都合だ、3人で迎撃して潰すぞ!!」
三機は武器を構え、一斉に射撃した。
四脚も高速で前進しながら、装備したガトリングを乱射してくる。
数分前の静けさが嘘のような激しい銃撃だった。
「うおおおおおおおおお!!!」
ドガガガガガガ!!とものすごい轟音が響く中、先に崩れたのは四脚だった。三方向からの射撃で機体が耐えられなくなり、四つある脚のうち前の二つがひしゃげていた。
それでも前進してくる四脚は、搭載しているもう一つの武装、ロケットランチャーをこちらに向けて撃ち込んできた。
タケの機体に直撃し、激しい衝撃、爆音と共に機体が吹き飛んだ。
しかし、四脚も機体に負荷がかかり過ぎたのか、その場に崩れ落ちる。
「やった...?」
「気をつけろ、走れなくなったとは思うが、あの手の機体は頑丈だぜ」
少なくともすぐに立ち上がってこないことを確認する。
「タケ、生きてるか?」
照準は向けたまま、通信でそれぞれの損害を確認する。
「...機体の腕がぶっ飛んじまった、俺はもう戦力にはなれねぇ」
「向こうの機体はもっと派手に壊れてるし、お前以外の機体は大したダメージじゃないさ」
「あの機体、まだ若干動けそうだから、グレで止め刺しちゃおう」
「そうだな」
二機は、それぞれ手持ちのライフルをしまい、腰に下げているグレネードを取り出した。
「やっぱこいつがルーキーだったんだな、お疲れさん」
♪♪♪
「だめだ、もう立ち上がれない...」
機体を立ち上がらせようとするが、銃撃を受け続けながらの全力走行は、さすがの4脚も応えたようだった。その場でもがくだけである。
「こんなところで...こんな間抜けな...」
悔しさが滲む。せっかくフィルさんの立案した作戦だったが、結局一人で突っ走ってしまった。
まぐれで一機半壊させたが、こちらがほぼ戦闘不能になってしまったので、状況的には足を引っ張ってしまった形だ。
恥ずかしい、この状況がこれでもかと自分の無能の証明のように感じられた。一刻も早くこの場を去りたい。こうなったらいっそ降参するか、このまま機体がなすがまま壊されるのは悲しいだけだ。そんな考えが浮かんだ時だった。
「漢らしい突撃でしたよ」
涼しい声が響く。機体の無線からだった。
「フィルさん...?」
「大丈夫です、こんな派手な大立ち回りされたら、こっちだって見せ場が欲しくなりますよ」
てっきり、ロクに陽動もできず潰れたことを罵倒されるとまで考えていたタンクは、彼の真意を掴みかねていた。
ダメージを反映してノイズが走っている画面からは、自分を撃ちまくった二機がこちらにとどめを刺そうとしているのが見てとれる。
と、同時にその背後、建物の影に見覚えのあるマントの模様が見えた。
「あ!」
「あとは任せてください」
布がふわりと翻り、大剣を背負う人型が現れた。こちらからは完全に視認できるようになったが、向こうの二機はまだ背後に立つ脅威に気付いていない。
大剣を引きずるような独特の構えを取り、様子をうかがっていたが、少しずつ、バネを縮めるように身をかがめていき、二機のうち一機に狙いをつけてとびかかる。
一瞬の出来事だった。
勢いのまま、背を向けた敵に向かって大剣を振り上げ、殴りつけるように一閃。ごしゃあ、という爆発音とも破裂音ともつかないような音を立てて、敵の機体は上半身と下半身が別の方向に吹っ飛んでいった。
少しの静寂。
"ロボットだった鉄の塊"が、ガシャッと音を立てて転がると、最後の敵も状況に気づいたようだった。
コクピット視点での戦況判断が要求されるこのゲームでは、不意打ちはとても効果的だ。一つの機体のセンサー系から認識できる情報で状況を完全に理解するのは難しい。
しかも、今回はグレネードを投擲するタイミングだった。持っている武器ですぐに反撃はできない。そこまで思考を巡らせて、一つの事実に気づく。
「ここまで読んで、この状況を見越していたのか...!」
敵は慌ててライフルに持ち替えようとするが、それより早く、大剣が胸元に突きつけられる。
数秒後、敵の機体が輝き出し、その場から消えた。降参である。
と、同時に、何だか久しぶりに聞く勝利BGMが流れ出し、画面にWINの文字が浮かぶのだった。
「お疲れっしたー、この後敵チームの人と軽く喋る場があるんですけど、お二人はあんま無理に喋んなくても大丈夫っすよ」
事務的に語るフィルさんのセリフを、先ほどから感情の奔流でぐしゃぐしゃになっている頭で聞き流す。
ご指示で無くとも、この体験の後では楽しく雑談とはいかない心境であった。当の本人は初対面の青年の脅威的なプレイングに感動しきりになると同時に、この試合の自分自身に満足できたのだろうかと開始前に立てた己の誓約について必死に考えていた。