戦闘前ブリーフィング(初陣)
「あら、暗くなっちゃったわ、もしもしー?」
「聞こえてますよ」
次に明るくなると、中田とおばあさんは、近代的なパネルが並ぶ無機質な部屋の中に立っていた。
「なんだか綺麗なところに出たわね」
「対戦前の作戦会議室みたいなとこなんです」
このゲームでは、対戦成立から戦闘開始まで90秒の間、ブリーフィングが行われる。対戦で使われるマップの確認と、チームメンバーの機体の確認ができるこの時間で作戦を考えることができる。
部屋の中には二人と、洒落たマントを羽織った青年の姿があった。
「やあどーもー!」
朗らかに話しかけてくる端正な顔立ちのアバターは、人懐こそうな声だった。
「ご一緒のチームの方ですね、タンクです。よろしくお願いします
「フィルです。よろしくっすー」
中田の硬さとは対照的なあいさつだった。
「ほんで、そちらのお姉さん...BBさんが初心者さんですね」
「...よろしくお願いします」
アバターを見れば始めたてなのが一目瞭然(しかも思い切った年齢詐称)のおばあさん、BBは青年に警戒しているのか、軽く会釈をするだけだった。先ほどまでとテンションが違う。
「操作は一通りできるらしいんですけど、対戦は初めてだそうで」
「へーっ、あれ、じゃあお二人で組むのも初めてなんすね」
「というか、先ほど知り合ったばかりで...」
「ありゃ、いい感じの二人組がいるからって聞いてたのに、初対面だったのか」
青年は少し考え込む。どうやら向こうの3人との戦いの数合わせにあてがわれたらしい。
「俺のほうは数だけはこなしてるので大丈夫です」
「ふむー。ま、初心者交流会みたいなもんですし、気楽にやりましょう!」
サムズアップとともに軽く笑いかけてくる青年、フィルさんは悪い人ではなさそうでホッとする。
「んじゃあ機体を見せて頂くとしましてー...」
フィルさんが部屋の壁にあるボタンを操作すると、3人の機体情報が大きなパネルとそれぞれのアバターの前に表示される。おそらく自分はフィルさんの支援をすることになるので、まずその機体を確認する。
フィルさんのロボットは人型で、目を引くのは機体とほぼ同じ大きさの巨大な剣である。武装としてはほかに、左腕に小さな機関銃が内蔵されていたが、それ以外は何も見当たらない。
また、アバターと同じで機体も洒落たマントを羽織っていた。素直にまとまっていてカッコいい、と中田は思った。動いているのを見るのが楽しみだな、なんて考えていると...
「おお!?」
フィルさんの声が響く。
「どうしました?」
「このBBさんの機体...かなり思い切ったカスタムっすね...」
言われてすぐに確認する。
「こ、これは...」
中田も面食らった。まず、機体がドラゴンの形をした飛行型、と呼ばれる機種であった。これらは、操作が難しく、戦闘で満足に操縦するのはかなりの経験を必要とすると言われていた。
ただ、その経験を積んだ上で扱ったとしても、現状では通常の機体に戦闘力は一歩劣る為、対戦環境においてはあまり使い手はいなかった。
加えて、そのカッコよさから、初心者が手を出して何も出来ず爆散することも多いので、嫌われがちな機種でもあった。さらに、そんな飛行型の機体から、おばあさんはほぼ全ての銃火器系を外してしまっていた。
辛うじて小口径の機銃をドラゴンの首にあたる機首に装備していたが、本当にそれだけである。
「ええっと、ごめんなさい、まだゲームの遊び方の話とかをしているところで、機体の話とかはあまり教えていなくて...」
思わずしどろもどろになりながらフォローに回る中田。
「いけなかったかしら、結構いい子なのよ、私も気に入ってるの」
「ってことは、この機体にはBBさんかなり乗り込んでるんすね?」
「ええ、この子以外にはもうずいぶん乗っていないわ」
BBもフィルさんに弁明する。
「そこまで仰るならその機体でいきましょう、必ず最後に愛は勝ちますからね」
「ありがとう、頑張ってみるわ」
「ただし、戦術は、BBさんが空中から先行して、向こうが気を取られるその隙に俺とタンクさんが突っ込む!この先手を取るやり方に従ってもらいます、いいですか?」
「大丈夫よ」
こくんとうなづいた。
結局フィルさんはいい形で折れてくれた。下手に投げやりになったりせず、こうして勝ちの芽を探ってくれるのは心強い。タンクから見ても、提案された戦い方は理にかなっているように見えた。
どんな腕前でも、空から来る敵になんらかの注意が向いてしまうはず。実はこの青年アバターの彼、かなりやり手のプレイヤーなのではないだろうか?
ちょうどそこまでの話でブリーフィングは終わり、再び目の前が暗転する。いよいよ戦闘開始だ。
♪♪♪
同じ頃、対戦相手のブリーフィングルーム...
「まさかこんなとこでフィルと出くわすとはな...ラッキーだったぜ」
「向こうもよく対戦を飲んでくれたよね」
「自分の評判をわかってないんだろう、ここでフィルをやっつけるところを動画にできたら俺たち評価上がるぜ?」
「いやーかっちゃん流石に性格悪いわー、善意で受けてくれたのに」
「こっちはファンです!とまで言ったのにねー」
賑やかにしているのは、たまたま鉢合わせたフィルに、思わず対戦を挑んでしまったかっちゃんと呼ばれる少年。その取り巻き二人といったメンツ。タンクの予想はしっかりと当たっていた。
「さらにいえば、向こうの一人は初戦闘だって話だぜ?俺たちもまあまあ最近始めたとはいえ、動画なんかにしたらこっちが事情バレたときひっ叩かれるよ」
比較的ドライな取り巻きをよそに、挑んでしまったテンションで少年は舞い上がる。
「わあーったよ、じゃあ初期の人型で行こう!3人とも!そんで動画にもしねぇよ。だがよ、これだけ条件つけても、あの剣闘士の称号持ちに勝った!って事実は、俺たちのガンズロライフに確かな華を添えると思うぜ?」
「まあそれは確かに」
「称号待ちとしっかりやれるのは、初めてだしな」
譲歩した少年に、二人は納得する。実際、有名な選手へのミーハーな興味は無いわけではなかった。
剣闘士という称号は、定期的に開催される近接武器のみ装備可能、という条件で開催される1on1マッチで、優秀な成績を収めた者のみが手に入れる称号だった。
「二度とねぇチャンスだ、気合い入れてかかるぞ!!マツ!!タケ!!」
「あいよー」
「やるきがすごいなー」
温度差と共に、3人もブリーフィングルームを後にする。