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転生したけど世界は無慈悲だった  作者: 無価値
第1章 穏やかな日常
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第6話 城

 王都セイントラルの中央に聳え立つ荘厳な城──《オルツォイユ城》は、高さ20メートル、厚さ7メートルの分厚く巨大な城壁に囲まれており、その周囲には深さ10メートル、幅20メートルもの堀があるため、王城へ立ち入るには貴族の邸宅や高級店が建ち並ぶ貴族街を抜け、門番からの許可を得て跳ね橋を渡る必要がある。

 ちなみに、貴族街と平民街の間にも、深さ5メートル、幅7メートルの堀と、高さ10メートル、厚さ4メートルの壁があり、王都と王都の外に広がる平原の間にも、深さ10メートル、幅10メートルの堀と、高さ30メートル、厚さ10メートルの堅牢な壁が建てられていて、さらに、壁ごとに外部からの攻撃を内部に通さず内部からの攻撃は外部に通す結界が張られている。


 僕達は貴族街と平民街を区切る第2城壁を抜けて豪奢な屋敷や商店などが建ち並ぶ貴族街を通過し、第3城壁から渡された跳ね橋の上を歩いていた。王城の入り口は南向きであるため、南から北へ向かう形になっている。


 城門の右側には門番の詰所である城壁塔、その反対側には門番を含めた城壁で働く兵士達の居住区たる門衛棟。開閉式の狭間がある城壁には側防塔があり、城壁上の回廊を兵士達が巡回している。北東、北西、南東、南西に聳え建つ尖塔には対空兵器が配備されている。


 跳ね橋を渡りきるとそこには庭園が広がっていた。


「わああっ! きれいなお花畑ですね、お兄さま!」


 ミカエラはぴょんぴょんと跳ねてはしゃぐ。

 そうだねと微笑みかけるとさらに嬉しそうにして、今にも駆け出してしまいそうだったので手を繋いで引き留める。


 城門から一歩、足を踏み入れると違和感がした。

 洗礼を受けたからこそ知覚できる、山の空気と海の空気の相違のような、微かで明らかな違和感。

 魔素の流れに手が加えられており、庭園全土に魔力が充満している。だからだろう。春咲きの薔薇と秋咲きの秋桜が同居しているのは。季節に関係なく草花が瑞々しく鮮やかに咲き誇っているのは。


 風車のある庭園の中央には水路付きの巨大な噴水。北東、北西、南東、南西へと伸びる水路は城壁まで続いている。跳ね橋を渡る時に城壁から堀へ水が排出されているのを目にしたが、恐らくはこの水路によるものだろう。


 草花に魅せられながら水路に架けられた橋を渡っていると、庭師らしき男達と出会った。


 ちょうどいいので話を聞いてみると、どうやら城の地下には大規模な迷宮が広がっているらしく、堀に排出された水はそこの一部を経由して引き揚げられて噴水から排出され水路を通り──と循環しているのだと。地下迷宮はその他にも王城の運営に関わる様々な機能を備えているらしいが、いくら貴族だとは言え外部の人間においそれと話すわけにはいかないと、それ以上は聞き出せなかった。


「ほぁぁ……」


 彩り鮮やかな花のアーチを抜けて見上げれば、白亜の城。


「──」


 綺麗な花の天蓋、堂々と聳え立つ巨城。

 その移り変わりに目を輝かせ、それまで漏らしていた感嘆の声を失い絶句するミカエラ。


 敷地面積20ヘクタール、建物総面積23万平米という、途轍もないスケールの儼乎たる城塞兼宮殿。


 城の大きさに相応しい規模の鉄扉。

 その左右には全身鎧に身を包んだ2人の門番。

 鉄兜の奥から誰何の言葉がかけられると、父は懐から家紋の入った小型の薬箱を取り出し、門番に差し出した。確認した門番は父に印籠を返却し、巨人専用のような大きな鉄扉を開いた。人間の膂力でどうこうできるものとは思えないので、おそらくは魔力を用いているのだろう。


 鉄扉が開かれると見えてきたのは、威厳と尊厳に満ち、白を基調に凝った意匠が細部まで施された内装と、ずらりと並び、歓迎の言葉と共に深々と恭しく頭を下げる使用人達。

 その中で最も偉そうな老執事が、「ふわぁぁ……っ」と感激するミカエラにふっと優しく微笑みながら僕達のもとまでやってくると、洗練された所作で僕達を控え室まで案内し、そこいた侍女によって身なりを整えられると、今度は大広間へと続く長い回廊を案内された。


 煌びやかだが華美ではなく、嫌味のない厳かな装飾や調度品、絵画や壺といった芸術品の数々。

 ここが単なる宮殿であればもっと華やかだったのだろうが、ここは城塞としての役割も兼ねているため、権威を示せる最低限のものしか置かれていない。


 やがて辿り着いた、他よりも僅かに意匠が異なり華やかな両開きの扉の前。振り返った老執事は僕達が気持ちを整えるための間を置いてその扉を開いた。


 扉の奥は目映い光で満ちていた。


「──!」


 それまでの、宮殿と城塞、どちらともつかない内装とは異なって宮殿としての要素が強くなっており、厳かではあるが、煌びやかで華やかで賑やかで派手で贅沢で──とにかく、そこは楽しい雰囲気で満たされていた。


「お……ぉぉ……お兄さま……!」


 感動し過ぎるあまり動揺してしまうミカエラ。

 どうしましょうとばかりに抱き着いてきたので、よしよしと頭を撫でて落ち着かせてやれば、ミカエラはすぐに大広間の様子に夢中になった。


 大広間には既に大勢の人がいた。


 保護者であろう大人達は飲み物片手に広間の端で談笑し、パーティーの主役たる5歳の子供達は用意された豪華な料理をちまちまと食べ歩きながら、それぞれ思い思いに交流している。


「陛下の挨拶があるまで私達はどこかで適当に時間を潰そうと思っているが、1人でも大丈夫そうか?」


「うん、大丈夫だよ、またあとで」


「お父さま、わたし、お庭を見に行きたいです!」


 ミカエラの要望により中庭で暇潰しをすることになった父達の背中を見送り、僕は広間を見渡す。


 大丈夫だとは言ったが、不安はある。

 王族を前に失敗せず済ませられたことからある程度の自信は付いたと思うが、あれは一言二言交わして終わるただの挨拶であって、会話とはまた違う。

 どう話しかけるべきか、話しかけられた場合なんと返すべきか、同年代の子供達を相手に弾ませられる話題とは、もし話が弾んだとして無邪気な子供を相手に調子を合わせられるだろうか。

 なんにせよ、友達とは言えずとも知り合いの1人や2人は作らなければ。今後弟が産まれる可能性もあるが、少なくとも今は僕がオーウェン辺境伯家の跡継ぎなのだから──と、自らにそう圧力を掛け、気合いを入れる。


 僕の将来の安定は即ちミカエラの未来の安定なのだから。

 やるしかないだろう、そんなの。


「よし……」


 類は友を呼ぶと言うように、人は自分と似ている者との関わりを好む。そのせいでエコーチェンバー現象と呼ばれる群集心理が働いてしまうわけでもあるが、肯定された意見を正解だと思い込まずあらゆる視点を持っておけばそうはならないため、あまり深刻に考慮する必要はないだろう。僕はただ僕と似た境遇の子供を見つけ出して話し掛ければいい。


 深呼吸をして大広間を、会場を見回す。


 すると、いた。

 人の輪に入れず不安そうに独り佇んでいる子供が。

 僕は人と人の間を縫うように進み、声を掛けた。


「はじめまして、こんにちは」


「え……あ、はじめまして……?」


 振り返って応じる少女。

 その顔を見て、僕はしまったと思った。


 長くはないが尖った耳──(ハーフ)森人(エルフ)のものだ。そして金と薄緑のハイライトの長髪と碧眼、目立たないが綺麗に整った清楚で高潔な身なり。……見覚えがある。記憶違いでなければ彼女は今日の洗礼で〝ローズ〟の名を賜っていたはずだ。


「まずは偉大なる祖先、唯一なる父母、崇高なる神々より授かりしあなたの御名に祝福を。僕はオーウェン辺境伯家長男のアッシュ・フェイト・オーウェンと申します」


「あ、わ、私はリエル・ローズ・エウロス・エルフェイム……です。あなたの道行きに幸多からんことを」


 リエル・ローズ・エウロス・エルフェイム。

 国王の第2夫人であるアルニメディス・エウロス・エルフェイムの娘──王位継承権こそないが、この国の第2王女にあたる人物。


 森人(エルフ)の国──《妖精国エルフェイム》は、東風の氏族〝エウロス〟と、西風の氏族〝ゼピュロス〟、南風の氏族〝ノトス〟、北風の氏族〝ボレアス〟、神風の氏族〝アネモイ〟の5つの氏族に分かれており、それぞれの氏族がそれぞれの領土を持ち、それぞれ王が君臨してそれぞれに統治している。だがそれでもあくまで所属は妖精国エルフェイム。森人(エルフ)の国エルフェイムには5人もの王がいるわけだ。


 つまり、エウロスの名とエルフェイムの名を冠しているリエル王女はこの国の王族の血だけでなく、東風の氏族の王族の血をも引いている、基人(ヒューマン)森人(エルフ)のハイブリッドお姫様というわけだ。


「お会いできて光栄です、殿下」


「……こちらこそ。我々王族が不甲斐ないばかりに危険な国境の管理をお任せしてしまい申し訳ありません。いつか直接お会いして日頃の感謝をお伝えしなければと思っていたんです」


 辺境伯の身分にある者は、国の中心たる王都に座す王家の手が届き難い国境付近の領地の管理の他にも国防までをも担っている。

 仮想敵には他国以外にも魔物の存在があるのだが、国と国の関係がどれだけ良好であろうとも魔物には関係ないため、つまり、国外と面している辺境伯領は常に外敵の脅威に曝され続けているわけだ。父や母は一切そんな素振りを見せないが過酷な環境なのは間違いない──のだが、何もしていない僕にそれを言われても困る。


 そんな気まずそうな表情をしている僕を見てか、リエル王女は「あ……えと、すみません」と少し恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。


「いえ、それより、良い御名前を賜りましたね」


「はい、ローズ──と」


 緊張からか強張っていた顔をほころばせ、ふわりと小さく笑顔を浮かべるリエル王女。

 どうやら神から与えられたローズという名前を甚く気に入っているようだ。


 チャンスだ。

 緊張が解けて心に隙ができている今のうちに距離を縮めよう。


「薔薇、殿下に相応しい綺麗な花ですね。花の色によって花言葉が変わるそうですが、薔薇全体の花言葉は美と愛だったと記憶しています。殿下は好きな色はありますか?」


「そうですね……好きな色は緑ですけど、薔薇に限って言えば青色でしょうか……?」


「青い薔薇の花言葉は、たしか……夢叶う、奇跡、神の祝福……でしたか。神に祝福され、奇跡を手繰り寄せ、誰よりも美しく、人を愛し人に愛され、そして夢を叶える……きっと殿下はそのような素敵な人生を過ごされるのでしょう」


 リエル王女は頬を赤らめて苦笑いしている。


 僕は何を言っているんだ。

 話を逸らそう。僕の名前に触れられたら終わりだ。


「殿下は何か叶えたい夢などはあるんでしょうか?」


「夢……夢ですか……そうですね……やはり世界平和でしょうか」


「世界平和ですか、それはまた……」


「ええ。でも、素敵じゃないですか?」


 リエル王女はそう言って無邪気に笑った。


 英才教育の賜物か、5歳の子供にしては受け答えや言葉遣い、佇まいや所作などが年齢不相応に仕上がっているが、少し人見知りするところや好きなものに正直なところ、夢見がちなところなど、感性にはまだまだ子供らしさが垣間見える。


「そうですね、とても素敵なことだと思います」


 僕の何気ない一言が成長過程の子供に少なからず影響を与えてしまうのかも知れない、積み重なったそれで将来に影響を及ぼしてしまうかも知れない、そう思うと、ただ曖昧に肯定するしかなかった。


 やはり子供というのはよく分からない。

 かつては自分も子供だったはずなのに。

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