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転生したけど世界は無慈悲だった  作者: 無価値
第1章 穏やかな日常
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第3話 恵み

 僕に付けられたフェイトという名前。

 それは運命や宿命を意味する単語──人間の力ではどうすることもできない、決定的で絶対的な不可避の破滅の運命を意味する言葉。


「──アッシュ・フェイト・オーウェン」


 どうやら僕の人生は最悪なものになるらしかった。



 ──ガチャリ



 真っ白な頭の中で、不意に何かがひらくような音がした。


 だが今の僕にはそんなことを気にしている余裕なんかなく、呆けた頭の片隅で早く席に戻らなければと、周囲のざわめきと憐憫の視線に曝されながら赤い絨毯を進み、変わらない様子のアリスの隣に腰掛けた。


「アッシュ、あなた幸運ね」


「……?」


 意味がわからない。

 どういうことだ。

 フェイトの何が幸運だと言うのか。


「お前は最悪な運命を背負っているんだってこんなにも直接的に告げられて、同時にそれを撥ね除けられるだけの力を──その運命(フェイト)と真っ向から対峙できるだけの力を授かったんですもの。歯を食い縛って拳を握り締めて、折れないようにその足で踏ん張って、足掻いて藻掻いて、あなたの宿命(フェイト)に抗い続けていればそれでいいのだから」


 自分が何者であるのか見出だせないまま死んでいく人達の虚しい結末に比べればいくらかマシな人生よ──と、アリスはそれきり言葉を絶やした。


「……そう、か」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。


 そうだ。たしかにそうだ。


 神から授かるこの名前は、この世界を──人類が食物連鎖の頂点に立ち続けることを由とはしない天敵──魔物が存在しているこの危険な世界を生き抜くための力を孕んでいる。

 神なんて胡散臭いものが絡んでいる以上、理論と言えるほど論理的で確定的なものではないが、それでも理論上、この世界では5歳を迎えて洗礼を受け、人並みに努力して真っ当に生きていれば誰もが最低限の幸せを享受できるようになっている。


 神から授かる名とは、加護とはそういうものだ。


 このまま絶望して何もしなければ僕はその名前の通り、最悪の破滅の運命を辿ることになるだろう。


 だが、僕は力を授かった。


 運命に抗う力を。宿命に刃向かう力を。

 自分の人生の全てを自分の儘にできるだけの力を。


 もう誰のせいでも誰のものでもない。


 僕が幸せに生きられる道は敷かれている。

 ならば僕はその道を真っ直ぐに歩むのみだ。


「……うん、そうだよね。ありがとう、アリス」


 僕は心の底からの感謝をアリスに伝えた。


「……」


 前を見つめるアリスは僕に見向きもしなかったが、それでもいい。この感謝は僕の気持ち。僕のエゴ、自己満足。ありがとうと思ったからありがとうと言っただけのこと。

 大したことはしていないのだから礼を言われる筋合いなどないと、アリスが受け取らずとも僕がアリスにぶつけられればそれでよかった。


 少し、ほんの少しだけだけど、アリスのことを理解できたような気がする──と、心身の乖離に苦労しているであろうアリスにどこか親近感を覚えた僕は、スーっと頭の中が晴れていくのを感じていた。







 全ての子供に神から名が与えられ、洗礼の儀式が終わる。


 神の分身体が形を失いステンドグラスの彼方へと昇っていくと、司教は手短に終わりの挨拶を述べ、最後に深々と頭を下げて去っていった。

 すると2階席の方が騒がしくなり、付き添いの親達がこちらへと下りてきた。それぞれ自分の子供と合流して案内のシスターに従い、順番に外へと出ていく。


「フェイト……か」


 合流した父が呟くように噛み締めて言う。


「不幸な運命とかそんな意味だったか」


「大丈夫だよ、お父さん。神様の加護があるからそんなことにはならない」


「ああ、させない。お前には私達がいる。お前の人生はお前だけのものではない。お前を産んだ時点で私達親にはお前の人生の一端を担う責任が生まれた。たとえそれが悲劇的な運命であったとしても、お前が不幸な運命しか辿れないとしても、私達親はそうならないように残りの人生を尽くしてお前達子供を幸せにしてやらねばならない。神の加護は関係ない。そんなものよりもまずは親を頼れ、アッシュ」


「──うん……ありがとう、お父さん」


 だめだ。まずい。

 胸がギュッと熱くて苦しくて、泣いてしまいそうだ。


 そんな僕を見てか、父は僕の頭を撫でて慰める。


 それはもっといけない。


 人生への絶望はアリスのおかげでなんとかなった。

 だがそれでもまだ心のどこかで人生への不安は払拭できずにいたのだろう。


 だから普段無愛想な父が不意に見せた親心が僕に沁みた。

 それはもう致命的なほどに。


 僕は泣いた。

 父は涙を流す僕を強く抱き締めてくれた。

 僕は父に愛されているのだと実感しながら泣いた。


 かつて僕に憐憫の視線を向けた周囲の人々は、そのせいで列の流れが止まっても、今度はあわれみのないあたたかい目で、時には目頭に熱を帯びさせて、僕と父の抱擁を見守っていてくれた。


 そうして泣いて泣いて涙を流して、やがて涙が枯れて泣き止むと、僕は名残惜しさを感じながらも父の胸から離れた。


「強く生きろよ、坊主」


 僕の背中を優しく叩いて元気付けてくれるのは、日に焼けた肌に髭を蓄えたスキンヘッドの厳つい大男。


「すまんすまん、いきなりびっくりしたよな。俺はこの街で〈ネイルスケイル〉って武具屋を営んでる〝サイモン〟だ。親父さんはああ言ってたが、いつまでも親に頼りきりのおんぶにだっこってんじゃあ男が廃るってもんだ。大きくなって男を磨きたくなったら俺んところに来るといい。損はさせねぇ」


「ありが──」


「いいや、俺んところに来い!」


 サイモンに応えようとしたのを遮るのは、サイモンの隣に立つ、鼻と頬に絆創膏を貼り、黒が混じった焦げ茶色の短髪と黄色い瞳の、見るからにわんぱくそうな少年。


「俺は〝リック〟ってんだ、よろしくな!」


 少年は明るく笑い、手を差し出してくる。

 僕は乾いていない目許を拭い、差し出された手を握った。


「僕はアッシュ、よろしく、リック」


「おう! つっても、今はまだ何も作らせてもらえない見習いなんだけどな。……でも俺はいつか絶対に親父を越える。だからお前が大きくなったら俺にお前の武器と防具を作らせてくれよ、アッシュ」


「うん。じゃあその時はリックにお願いするよ」


「へへっ、決まりだな!」


 嬉しそうに笑い、どうだ俺もやればできるんだぞとばかりに父親に振り返るリック。

 サイモンはそんな息子の頭をくしゃくしゃと撫で、「いい感じの加護も授かったことだし、そうと決まれば帰って早速練習しないとな」とリックに笑いかける。


 いつまでも列を詰まらせていてはいけない。


「行こう、お父さん」


「ああ」


 僕はやはり無愛想な父の手を引いて教会を出た。







 動物にも人間にも囲まれて笑顔を振り撒いているミカエラとどうしたものかと引き攣った笑顔を浮かべている母達と合流し、どこか適当に昼食を摂れる店はないかと王都を歩く。


 王城でのお披露目パーティーは夕方から始まるのだが、それまでにしなければならないことなども特にないため暫くのあいだ暇になる。父達の足取りには余裕があった。


「お母さま! お母さま!」


「んー? どうしたの、ミカ?」


 義妹ミカエラに呼ばれて立ち止まる義母アナスタシア。

 歩き疲れて抱えられていたミカエラはその腕から降り、近くの露店へと駆けていったので、全員でそれを追い掛けてミカエラを見守る。


「あ、あの! これください!」


 お金の使い方の勉強になるからと与えられていた、子供が持つにしては些か多分に過ぎる硬貨を代金丁度で差し出すミカエラ。


「お嬢ちゃんいくつだい?」


「2歳になりました!」


「なら8割引きにしてあげよう」


「いいんですか!?」


「いいのいいの。はい、まいどあり」


「わぁっ、ありがとうございます!」


 きちんとお礼が言える良い子のミカエラは、たったいま購入したそれを大切そうに両手で胸に抱き、初めて自分で物を買った達成感と人の優しさに触れた嬉しさとで咲いた、向日葵のような可愛らしい笑顔でこちらへと帰って来た。


「お兄さまにプレゼントです!」


「僕に?」


「はい! どうぞ、お兄さま!」


 そう言って、人に物を贈る幸福感で満開になった、太陽よりも明るく輝く眩しい笑顔を浮かべるミカエラが僕に差し出したものは、指輪だった。


「おたんじょうびおめでとうございます!」


 何の装飾も施されていないシンプルな銀の指輪。

 シンプルだからこそ美しい、月輪のような指輪。


「……ありがとう、ミカエラ。嬉しいよ。大切にする」


「えへへっ……あの、お兄さまっ!」


「ん?」


「大好きですっ!」


「ああ、僕もだよ」


 僕はミカエラの額に親愛の念を込めたキスをして、ミカエラが僕に向ける親愛の情に応えた。


「──っ!?」


 この国では、この世界では、本当の家族はもちろん、家族に等しく親しい間柄であればこういうものもスキンシップのひとつとして受け入れられている。

 だがそれにも限度があり、家族同然に仲がいいからと誰彼構わずキスして回っているとやはり、人懐っこいという印象を越えてふしだらな人間だと見做されてしまう。

 だからこういったスキンシップは本当に親しい相手──それこそ、両親や兄弟姉妹、親友や恋人などのような強い絆で結ばれた間柄でのみ通用する。


「お兄さまーっ!」


 みるみるうちに顔を真っ赤にして飛び付くように抱き着いてくるミカエラを抱き止めて抱き返し、よしよしと全力で甘やかして愛でてやる。


 ミカエラは可愛い。

 唯一無二の妹だからと贔屓目で見ていることは否定できないが、たとえミカエラが僕の妹でなくても、僕はミカエラがこの世の誰よりも可愛い天使だと信じて疑わなかっただろう。

 なんてったって、僕はミカエラより可愛い女の子を知らないのだから。


 ミカエラは僕の第2の心臓だ。

 僕の心臓が潰れればもちろん僕は死ぬが、ミカエラの心臓が潰れても僕は死ぬ。だが、ミカエラにとって僕の心臓は第2の心臓ではない。だから優先して消耗するべきなのは僕の心臓。僕ひとりだけが死んで済む、僕の第1の心臓を懸けるべきだ。


 ミカエラは僕の命そのもの。

 だから僕は僕を幸せにし、ミカエラも幸せにする。

 そうするべきだ、そうしなければいけない。

 それが僕が産まれた理由、それが僕の生きる意味、それが僕の人生の目的、それだけが僕の価値。

 運命であろうと宿命であろうと、それこそ神であったとしても、僕とミカエラの邪魔をするというのであれば、それがどんなものであったとしても容赦しない。


 ミカエラが産まれたあの日、僕は誓った。

 愛しい妹に、ミカエラに全てを捧げると。

 ミカエラのためならば僕は何でもできる。


「ミカエラ」


「なんですか?」


「愛してるよ」


「わたしもです!」

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