第1話 新しい人生
「今日もいい天気だ」
目を覚ました僕は窓の外を眺めて独り呟いた。
青い空に浮かぶ白い雲、燦々と輝く赤い太陽。
緑の木々が風に揺れ、彩り豊かな草花が踊っている。
ここは異世界で、僕は転生者。
しかしながら前世の記憶は酷く欠落し破綻し歪んでおり、自分の名前すら思い出せないような有り様なので、無いと言っても過言ではない。
とは言え、産まれた時には既に自分というものがあったわけだから、研鑽を積むことを怠らなければいくらでも人生は有利に進められるだろう──というのは置いておくとして、なぜ前世のことをまるで憶えていない僕がこの世界が異世界だと確信できたのか。
理由はいくつかある。
その中でも決定的だったのが魔法の存在だ。
地形や天体、言語など疑わしい部分は多々あったが、やはり前世のことをロクに憶えていないため、それだけではここが異世界だという確信には至れなかったが、しかし、我が家には魔法について記された書物がいくつもあって内容も具体的。半信半疑で試しに本に書かれている通りに呪文を唱えてみると使えはしなかったものの、その様子を見ていた側仕えが使ってみせてくれた。
非常に頼りない前世の記憶ではあるが、魔法などというものは絶対に無かった。それに近しきものはあったような気がするが、それでも魔法なんてものは無かった、間違いない。
次に魔物。
この世界にも鳩や烏、犬や猫、蟻や蠅、鮎や鯵といった鳥獣虫魚──動物達が生きていて、薔薇や百合などといった植物も生えている。だが、まだ実際に目にしたことはないけど、スライムやゴブリン、ドラゴンなどといった怪物の類いも存在しているらしい。
あとは亜人だ。
森人に鉱人に獣人などといった人類の存在。
ちなみに僕は人類の中で最もその数が多い基人と呼ばれる人種だ。
他にもこの世界が異世界であるという根拠は色々とあるが、全て挙げていると長くなるのでこのぐらいにしておく。……そろそろ彼女が来る頃でもあるし──と、ちょうどそこでコンコンコンコンと部屋の扉がノックされ、間も無くして扉が開かれた。
「おはようございます、アッシュ様」
そう言って頭を下げるのは父が僕に付けた専属メイドの〝プリモ〟で、肩の辺りで切り揃えた明るい茶髪と青い瞳が魅力的な14歳の少女だ。
「おはよう、プリモ」
僕が返事をすると、朝食の準備ができていると言って着替えさせようとするのを制止し、傍で控えるプリモに見守られながら服を着替え、プリモと共に食堂へと向かう。
食堂に入ると、父と母、義母と義妹、そしてそれぞれの専属の従者がいた。
父は名を〝ブラッド〟と言い、力強い黒い瞳に白髪をオールバックにした勇猛な戦士であり、その斜め後方には〝セバスチャン〟と言う名の男老執事。歳は28と66。
母は名を〝グウェン〟と言い、真っ直ぐに伸ばした長く艶やかで淑やかな黒髪と強気に吊り上がった赤い瞳が凛々しい美女で、その斜め後方には〝サブリナ〟と言う名の女老執事。歳は25と53。
義母は名を〝アナスタシア〟と言い、宝石のように透き通った水色の瞳と炎のように赤い髪を編み込んだ優秀な魔法使いで、その斜め後方には〝カタリナ〟と言う名の女老執事。歳は24と50。
つい先日1歳になったばかりの義妹は名を〝ミカエラ〟と言い、母であるアナスタシアと同じ色の瞳に父の白髪から母の赤髪へとグラデーションのかかった綺麗な遺伝の髪をしている将来有望な美少女で、その斜め後方にはプリモの姉である〝ユーノ〟と言う名の16歳のメイド。髪の色はプリモと同じだがプリモよりは長く、瞳も緑色をしている。
家族構成や使用人の存在でだいたい予想はついただろうが、そう、僕が産まれたのは貴族の家だ。
父はここ《テイルケルン王国》の北東部にある領地を治める領主であり、爵位は辺境伯。
フルネームはブラッド・クレイトス・オーウェン。
第1夫人は義母アナスタシアであり、第2夫人が母グウェン──つまり僕は妾の子ということになるわけだが、だからと言って冷遇されたりはしない。家族仲は極めて良好だ。
「おにいさま!」
僕に懐いていて僕が大好きで仕方がない美少女義妹ミカエラは誰よりも素早く僕に反応し、花が咲いたような満面の笑みを浮かべて僕を呼ぶ。
「おはよう、ミカエラ」
僕は愛しいミカエラに微笑む。
「おはようございます!」
ミカエラの笑顔は太陽よりも眩しく神より尊い。
なぜ自分はこうして生きているのか、なぜ死んでそこで終わっていないのか、なぜ生まれ変わったのか──生きる意味も理由も目的も価値も、何も無かった空っぽの僕。
ミカエラはその全てを解決してくれた。
産み落とされ生まれ落ち『わたしはうまれたよ』と『わたしはここにいるよ』と、自らの誕生を懸命に泣き叫んでいるその様を──生命の神秘を目の当たりにしたその瞬間、僕はこの愛すべき妹のために生きよう、そのためにこの世界へと生まれ変わったのだと。この人生を懸けてミカエラを守り抜こう、何よりも大切にしよう、誰よりも幸せにしよう──そう心に誓った。
だから誰に何を言われようとも、僕は兄として生涯ミカエラを愛し続ける。
「うふふ、相変わらず2人は仲良しねぇ」
「みか、おにいさまとけっこんする!」
「あらまあそれはとっても素敵ねぇ~、そうねそうね、お兄様と結婚しましょうねぇ~」
「はい! おにいさまとけっこんします!」
義妹の戯言に義母は嬉しそうに微笑み、義妹はそれ以上に嬉しそうに笑う。そんな様子を父と母と側仕え達が生暖かい目で微笑ましそうに見守り、僕があははと笑う。
それが我が家の食卓の日常風景だった。