表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が見た空  作者: マン太
6/30

6.ドライブ

 そうして雫の車に乗り込み帰途につく。

 車はスポーツタイプのコンパクトカー。鮮やかなブルーの車体は雫によく似合っていた。

 いい天気だからと、途中、少し遠回りして海沿いを走る。カーラジオからは、アップテンポの洋楽が流れていた。

 車窓から見える景色は、橋脚と幹線道路と工場、そして海。良く晴れわたりドライブに持って来いの天気だった。


 久しぶりに豪以外の運転で助手席に座ったな…。


 いつも豪とは、会社から少し離れた場所で待ち合わせ、豪の車でホテルに向かう。ディナーを取る時もあったが、大抵は一直線にホテルヘ向かった。

 こうして、ドライブ目的で乗るのも久しぶりだ。ぼんやりと過ぎる景色を眺めていれば、隣りの雫が小さく笑う。玲司は傍らを振り返った。


「なんだ?」


「──いや。なんか、デートっぽいなって。ランチしてドライブして、家まで送り届ける──デートコースですよね?」


 その言葉に玲司は呆れつつ、


「同じにするな…。お前は買い物帰りの三十代男性上司を家に送ってるだけだ」


「あっ! つまんないなぁ。もうちょっと乗ってくださいよぉ」


「乗るか。俺はお前の上司であって、友達でも彼女でもない。ふざけたいならほかを当たれ」


 もう、ホントつれないっすねぇと、雫はボヤくが、顔は楽しそうだ。どうやら玲司をからかって楽しんでいるらしい。


 まったく。こんな馴れ合うつもりはなかったんだが…。


 結局、一日の大半を雫と過ごす羽目になった。付き合った相手とは、デートなどろくにして来なかった玲司には、新鮮と言えば新鮮だったが、やはり慣れない。


「ナビに住所入れてますから、寝てってもいいですよ? 疲れたでしょ?」


「言われるまでもなく寝る。近くなったら起こせよ」


「了解ー!」


 雫はまた笑った。


 よく笑う奴だ…。


 仕事中にこんな全開の笑みを見た事がない。当たり前と言えば当たり前だが、こんなに笑う奴だとは知らなかった。

 エアコンはまだ必要ない季節。開けた窓からは潮風が緩やかに入ってくる。


 気持ちいいな──。


 かき上げられる前髪をそのままに、玲司は目を閉じた。同時に雫がカーラジオの音量を下げる。雫の気づかいに感謝しつつ、眠りに落ちて行った。


 一時間もすると、自宅マンション近くに到着した。起こされるまでもなく自ら起きたが、いつになく心地よい目覚めだった。


「おはようございます──って、せっかく優しくキスで起こそうと思ったのに…。残念です」


「…冗談もたいがいにしろ。もう、近いな」


「はい。じきに到着です」


 そう答えて、軽く首を回した。

 久しぶりの運転なのだろうか。雫もせっかくの休日を上司の機嫌取りに使ったのだ。疲れただろう。玲司は逡巡したのち、


「…うちに寄ってお茶でも飲んでくか?」


 迷った末での誘いだった。社交辞令だ。流石に残りの休日を上司と過ごしたくはないだろう。断ってくれてもまったく問題ないが、とりあえず気遣う態度は見せた。

 すると、雫は予想に反してパッと表情を明るくし。


「いいんですか?」


「あ、ああ…。お茶かコーヒーくらいだが──」


「やった! 実はどんな部屋なのか見てみたかったんです。玲司さんがどんな生活してるのか…。生活臭がないって、前にも職場の()らと話してたんです」


「生活臭…」


「寝癖がついてたり、シャツにしわが寄ってたり、やたら香る柔軟剤系の臭いがしたり、そう言うの、ないじゃないですか? どんな生活してるんだろうって…」


「普通の生活だ。お前の部屋より片付いてるな。なにもない」


「ええ! マジっすか? 俺だって友だちから、何にもないって言われてるのに…。益々興味が湧きます」


「期待するな。ただの三十代独身男の部屋だ」


「うわ! 言い方。でも、ただの三十才じゃないですから。期待します!」


「勝手にしろ…」


 まったく。調子が良すぎるな。


 内心ため息をつきつつ振り返った。部屋に人を上げるのはいつ振りか。考えてはたと気がつく。


 いや──ここに引っ越してきてからはないな。


 前に付き合っていた奴と別れた後、引っ越したのだ。それ以降、他人を上げていない。雫が初めてだ。


 ちらかってはいないが。


 なにか不味いものは置いていたかと振り返ってみたが、特に思い浮かばない。


「さ、到着! いざ、お宅拝見、ですね!」


 わくわくした様子の雫に、玲司は何も言わず車を臨時スペースに案内した。


 俺もどうかしてるな。付き合ってもいない相手を部屋に上げるとは。


 無邪気に喜ぶ雫に、雫の部屋を訪れた時と同様の思いが過るが、とにかく、一度きりだと心に命じて部屋に上げた。


+++


 なんてことはないマンションの一室だが、雫は、へぇーと感嘆の声をあげて見回していた。


「確かにものが少ないですねー。って言うか、《《ない》》ですね…」


 趣味もないから部屋も散らからない。必要最低限のものしか置かれていなかった。

 リビングにはテレビとソファとローテーブル。暖色系のラグにシンプルなルームランプ。

 キッチンもパッと見、台の上に何も置かれていない。まな板も鍋もフライパンも、調味料の類も無かった。全て、キッチンの棚に収まっている。洗い物用のカゴはあったが、今は伏せられ空になっていた。

 言われて見れば、確かに何も無い。


「うーん。まるでモデルルームですね…。この辺に植物、欲しくないですか? 良ければ今度持って来ます。シャコバサボテン、増えちゃって」


 この辺、テレビ横のベランダ側を指す。


「植物は置かない事にしている。家を空ける時もあるしな。枯れるのをわかっていて置けない」


「いや、シャコバサボテンって、放って置いても大丈夫なんですよ。意外に強くって、週一に水だけでもうち、大丈夫なんです。今度持って来るんで貰ってください。ね?」


「……」


 なにが、ね? なのだ。

 何かとこのフレーズで上目遣いをしてくる。本人は無意識なのだろうが、やたら豆柴を連想させる素振りに、若干のかわいさを見てしまう自分が腹立たしかった。


「いや、面倒なのはわかりますよ? でも、こう部屋の中に緑がないのを見ると、ちょっと…。緑は人を癒します! 玲司さんには必要ですって」


「俺が癒されていないとでも?」


「そうですねー。いっつも隙がないし、いったいどこで息抜いてるのかなってのは気になります。ピンと張りつめてるって言うか…。家にいる時も、そうなんじゃないかって」


「だから部屋に上がりたかったのか?」


「それもあります…」


「勝手な思い込みだ。俺は十分この部屋で癒されている。そんな事より、何を飲む? 紅茶か煎茶か、コーヒーか…」


「コーヒーで!」


「好きだな?」


「いや。玲司さんがどんなの飲んでるのか気になるんですよ。お願いします!」


「…わかった。そこに座ってろ。テレビでもなんでも適当につけていいからな」


「はーい」


 ソファに座った雫は、また部屋を見回していた。そこに人の気配があるのが、新鮮ではある。


 癒しか。豪と会うことで癒されてはいるんだろうが。


 雫の言う、癒しとは少し異なるだろう。

 別にここにいて、癒されていないことはないのだが、確かに部屋に緑があってもいいとは思った。

 豆を挽くと香りが立つ。この香りはいつ嗅いでも好きなものの一つだった。すると。


「あ…、いい薫り…。癒されますねぇ」


 すぐに雫が反応を示す。くんくんと臭いをかぐ仕草はどう見ても、犬のそれだ。


「お前の飲んでいるのと、似ているはずだ。こっちの方がもう少し軽いが…」


 沸かしたお湯を豆を入れ終えたドリッパーに注ぐ。お湯を注いだことで、挽きたての豆はこんもりと盛り上がった。

 これも玲司の好きなものの一つだ。それを見ていた雫がソファの背越しに。


「それ。楽しいですよね? こんもりすると」


「ああ。だな…」


 そこは素直に認めて頷く。自然と口元に笑みが浮かんだ。幾度かに分けて入れたあと、ドリッパーを素早く外し、温めてあったカップにコーヒーを移す。


「お前は砂糖もミルクも入れるんだな?」


「はい! とりあえず、ブラックで飲んだ後はそうしてます」


 淹れたてのコーヒーを雫の前に置くと、続いて砂糖とミルクを持ってくる。ミルクは牛乳だった。

 雫はコーヒーをブラックのままひと口飲むと、あ、っと小さく声を上げた。


「これ、好きな味です…。うーん、やっぱり、気が合いますね?」


 にっと笑んで、ソファの傍らに座った玲司を見てくる。


「言ってろ」


 玲司もコーヒーを飲みながら答えた。

 しばらく雑談を交わしたあと、流れは自然と仕事の話しになり。入社して数年は取らねばならない資格が山程ある。


「前に使った参考書と問題集がある。まだ使えるはずだ。見るか? 書き込みがあるが──」


「いいんですか?」


「ああ。もう使わないからお前にやるよ。ちょっと探して来るから待ってろ」


「ありがとうございます」


 雫はニコニコ満面の笑みでコーヒーを飲みながら答える。そんな笑顔に見送られ、玲司は書斎に使っている部屋に向かった。


+++


 本棚の片隅に、仕事で要らなくなった本を重ねてあった。廃棄するくらいなら誰かに──そう思って取ってあったのだが、それが雫になるとは思っていなかった。


 ──いや。渡すなら雫しかいなかっただろうな。


 自分の中で、雫は特別な存在になっている。今までの連中とは違う。そう感じていた。しかし 、その雫は自分の将来に思い悩んでいたのだ。


 レストランか…。


 考えもしなかった。雫がそんな思いを胸に秘めていたとは。

 確かに仕事の話しばかりで、個人的な話はしたことがなかった。職場では悩んでいる素振りなど一つもなく。増して、日々の業務が忙しいのだ。仕事以外の事を聞く余裕もなかった。


 上司失格だろうか。


 目的の本を見つけ手に取る。数ページ捲っただけで、当時の記憶が蘇って来た。

 毎日、必死に勉強し先輩のやり方を見て聞いて覚えた。いい所は吸収して、ここは違うなと思えば、知識として蓄えるだけにして。

 学生時代とはまた違った忙しさだった。それが自分の評価に直結するのだ。手はぬけなかった。

 書き込みがあるそれは、玲司の手垢のついたものだ。当時の自分を見られるようで気恥ずかしいが今更だ。雫は気にしないだろうし、奴に見られた所で、どうと言う事はない。評価が上がろうが下がろうが気にしなかった。


 余計な事は書いていないと思うが。


 それを手にリビングへ戻る。


「雫、使えるかどうかちょっと見てくれるか?」


 そう声をかけながら、リビングのドアを開けるが返事がない。どうしたのかと見れば、ソファの背にもたれ、雫が眠っていた。


「──」


 昼過ぎの日差しを身体に受け、心地良さそうだ。女性受けのする甘い容姿。色素の薄い髪がキラキラと光りを反射していた。

 一瞬、その様に目を奪われた自分に、首を振って苦笑を漏らす。


 何を見ているんだ…。


 さて、どうしたものかと思うが、気持ちよく寝ている姿に起こすのはためらわれ。


 そのうち目覚めるだろう。


 玲司はしばらくそのままにしておく事にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ