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君が見た空  作者: マン太
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5.買いもの

「ここです──あ、今日は空芯菜がある! 俺も買ってこっと。って、玲司さんは何買います? 大抵のものはあると思いますけど、季節に合わないのは無いですねー」


 そう言って入った八百屋もとい、個人商店は、かなり年季の入った店がまえだった。

 表もさることながら、中もかなり歴史を感じさせ、昭和の香りをふんだんに残している。奥には生鮮食品も扱うブースがあったが、ブース、という言い方もそぐわない雰囲気だ。

 けれど、店は繁盛しているようで活気があった。店主や従業員の溌剌とした声が飛び交っている。

 雫は表に置かれている様々な野菜の入った籠を指さしながら尋ねてきた。


「何にします?」


 玲司はそれらに目を向けながら。


「レタスとキャベツ、人参。この時期ならトマトもキュウリもあるか…」


「あります、あります。形は色々ですけど。あ、これキュウリにトマトに──」


 玲司が手を伸ばす前に、買い物カゴにどんどんと入れて行く。あっという間にカゴは一杯になった。


「料理は良くするのか?」


 レストランを継ぎたいと言ったくらいだ。それなりにやるのだろうとは思ったが、雫はえへへと照れ笑いを浮かべつつ。


「自炊なんで、ほぼ毎日。学生時代は洋食レストランにバイトに入って、実務経験積んで、何とか頑張って調理師免許も取ったんです。殆ど下準備や雑用ばっかりで、簡単なものしか作ってなかったんですけど…。作るのは好きなんです。しかも、美味しく作れると嬉しくって」


「ますます、意外だな…」


「はは。職場ではこんなこと、話す機会もないですし、言う事でもないかなと。そう言う、雰囲気ないですもんね」


「料理が出来れば、女子にもモテるだろう?」


「あー、まー、初めの食いつきはいいんですけど、あんまり出来るってわかると、逆にひかれちゃって…」


「どうしてだ?」


「自分より出来るのは嫌みたいで。同じレベルを求められる気がするって言われたこと、ありました…」


「まあ、それはそうだろうな」


「あ! 玲司さんもそう思うんですか?」


 雫は傷ついた顔をする。


「俺はそうは思わないが、確かに腕が普通レベルだったら、相手が自分より上手いとプレッシャーだろうなとは思う。俺だって、味付けもなにもあったもんじゃない。すぐにできるものを適当に作っているだけだからな? それを手の込んだ料理と比べられたら──いい気はしないだろう」


「そうなんすね…。初めはみんな、おいしーとか言って喜んでくれるんすよ。けど、部屋に遊びに来るたび、ちょっと頑張って凝った料理とか出すと、ささっと引いてくんです。そのうち上手く行かなくなって…。理由はそれだけじゃないんですけど…」


 がくりと肩を落とす雫に、玲司は苦笑する。


「気にしない奴も現れるだろ? 気長に探せばいい」


「そうっすよね。そうは、思っているんですけど…。こうもフラれると俺は誰にも認められないんじゃないのか! って思うんです…。仕事も料理もできる、パーフェクトな男なのに!」


 グッと拳を握って空を見上げる雫に、玲司は。


「自分で言うな…。だが、確かに完璧だと、近づきがたくはなるだろうな? 少し抜けていた方が親しみが湧く。雫は愛想もいいし、近づきがたさはないと思うが…」


「そうなんです! みんな、初めはそう思うみたいで、積極的に来てくれるんです! けど、付き合うと…」


 握りしめた拳を解き、肩を落とす。


「ふーん。皆、見る目がないんだろ。そう思え」


「れ、玲司さん…!」


 まるで助けの神の様にすがる眼差しで見つめて来るが、玲司はそれを追い払う様にぱっぱと手を振ると、


「すがって来るな。とにかく、焦らずじっくり探せ。一生付き合う相手が欲しいならな」


「うう。俺、玲司さんみたいな人と付き合いたいです…」


「……」


 何気ないひとことだ。

 それが『みたいな人』がなかったら、きっと動揺しただろう。が──。

 

 あり得ない。


 だいたい万が一、こいつに言い寄られても、その気にならない。包容力はゼロ以下だ。

 からかい混じりに、言葉を続ける。


「俺は『緊張を強いる』タイプなんだろう?」


「もう、違いますって。緊張はしますけど、今は程よい緊張感です。一緒にいるうちに、要らない緊張は解けました。玲司さんみたいに理解があればって事で──。あ、レジ行きますか?」


「ああ」


「じゃあこの割引券、進呈します。ちょっとだけですけどね」


 そう言って、手作り感満載の券を渡してくる。この店でだけ使える五パーセント割引券だ。


「いいのか?」


「俺が強引に連れて来ちゃったんですもん。ほんの気持ちです。また良ければご利用を」


 まるで店員さながら満面の笑みで返して来る。玲司は苦笑を漏らしつつ、レジへと向かった。


+++


 その後。

 ここで解散と思いきや、せっかくだから、昼飯ご馳走します、と雫が言い出し。

 断りきれず、結局押し切られ、商店からほど近い雫のアパートに上がり込んだ。


「ちょっと散らかってますけど。適当にどかしちゃって下さい」


「ああ…」


 ソファにパーカーが掛けてあったり、テーブルにカー雑誌が置かれていたり。その程度だ。掃除も適度にするのか、足を置きたくなくなるような汚さはない。

 しかし。

 流石に不味いだろうとは思う。

 タイプでもなんでもないが、性的志向は同性だ。女性が好意を持たない男性を部屋に上げないのと同様、この場合も部屋を訪れないのが賢明かと思ったが。


 言った方がいいのか?


 が、ここまで来て、告白するのも躊躇われる。次回もあるとは言うが、どこまで本気かわからない。このままなら一回きりだ。

 僅かな滞在なのに、いちいちカムアウトしていては自ら面倒を引き起こす様なもの。

 それに、こいつの反応次第では、仕事に支障をきたすかもしれない。それは避けたい。


 俺の下を離れた後ならいくらでも──だが。


 今はまだ仕込み中だ。途中退場はさせたくないし、して欲しくない。


 黙っているか…。


 雫はさっさとキッチンへ向かい、今買ってきたばかりの空心菜を取り出している。

 キッチンは対面式だ。カウンターを挟んで二人が座ればいっぱいの小さめなテーブルが置かれている。

 リビングにはソファにローテーブルに向かいにテレビ。ごく普通の配置。寝室は引き戸の隣らしい。


「思っていたよりきれいだな?」


 買ってきた野菜類を玄関口に置くと、キッチンに立つ雫に声を掛けた。


「そうっすか? まあ、ごちゃっとしてるのが落ち着かなくて。そこ、座っててください」


 そう言って目でリビングのソファ辺りを指し示す。しかし玲司は傍らに立つと。


「何か手伝うか? 皿くらいなら出そう」


「ホントっすか? じゃあ、その棚から大きめの皿二枚と、中間くらいのやつ一枚、出してもらえます?」


「了解」


 と、雫がふと動きを止めて。


「なんか、俺が玲司さんに指示してるって、新鮮ですね!」


「そうか…? まあ──だろうな」


「そうですよ。俺が教えられる事なんて、仕事上じゃ無いですもん。こうやって、プライベートでなきゃ、そんな事ないです」


 ふと、そうだろうかと思った。

 確かに仕事内容は教えられることはない。だが、誰に対しても卒なく対応したり、粘り強く取り組む姿には、少なからず影響を受けている。

 雫から教わる事がない、というのは間違いだ。


「何を作るんだ?」


「えっと、空芯菜の炒めものと、パッタイって、タイの焼きそば。米の麺使うんです。あ! ナンプラー、パクチー大丈夫な人ですか?」


 好む訳でもないが、嫌いというほどでもない。時折口にしても、苦手とは思わなかった。


「ああ。大丈夫だ」


「よっし、じゃ気にせず入れちゃいます」


 熱したフライパンに、エビやら豚バラやらが投入され、火が通った所へ野菜が入れられ、茹でてあった麺も投入される。

 直ぐに調味料が入れられ、最後にニラを入れ軽く炒めて出来上がり。皿に盛ったあと、砕いたピーナッツとパクチーが散らされた。


「ハイ。出来上がり」


 と、いつの間にか、傍らに空芯菜の炒め物も出来上がっていた。


「いい匂いだな」


「でしょう? でも、このナンプラーが苦手な人は臭いって言ってダメなんです…。仕方ないっすけど。さ、食べましょ!」


 匂いに刺激されて予期せず腹が鳴る。それを聞いて雫が笑った。


+++


 空芯菜の炒め物も、パッタイも美味しかった。アジア料理は自分で作る事はなかったが、数少ないレシピに加えてもいいかも知れない。


「フー。お腹一杯。食後にコーヒー飲みます?」


「いいのか?」


「遠慮なく。いつも飲んでるんで」


 皿をそれぞれシンクに持って行く。

 流石に食べるだけではと、洗い物を買って出た。その間に雫石がコーヒー豆を挽き、ドリッパーに入れて行く。掛けてあったケトルが沸騰を知らせた。


「俺、酸っぱいのが苦手で。玲司さんは苦いの大丈夫です?」


「大丈夫だ。俺も酸味は薄い方が好みだな」


「良かったぁ。てか、思うんですけど、俺達、気が合いますよね? このまま一緒に暮らせるんじゃないですか?」


 その言葉に、思わず洗っていたコップを取り落としそうになった。


「あ、大丈夫ですか?」


「…大丈夫だ。済まない。手が滑った」


「怪我しないように気をつけて下さいね?」


「ああ…」


 洗い終えたコップや皿を水切りかごに入れ、洗い物を終える。布巾をもとの場所に掛けると、雫に気づかれない程度の小さなため息をついた。

 これで、玲司の指向を知ったらどう思うのか。


 キツイな。


 これは早々に退散した方がいいだろう。これ以上、ここにいては更に抜き差しならない状況になりかねない。


「さ、コーヒー入ったんで休みましょう。ミルク入れますか? 砂糖は?」


「ミルクありで砂糖なしだ」


「了解です」


 雫は淹れたてのコーヒーをリビングのローテーブルに置くと、次に砂糖と粉末タイプのミルクを持って来た。

 二人がけのソファに座ると、居心地が良く息がつける。少しサイズが大き目なのか、二人座っても余裕があるため、雫との距離は近くはならない。


 少しはいいか。


 せっかく丁寧に淹れてくれたコーヒーをがぶ飲みして、サッサと帰ることなど出来なかった。


 今日だけだ。


 そう思う事にした。

 昼過ぎの日差しがカーテン越しに降り注ぐ。

 口にしたコーヒーは苦みは多少あるものの、口当たりはいい。確かに玲司と好みは似ているのかも知れない。これでどちらかが苦手な味なら、どちらかが我慢しなければならないのだ。


 しかし、一緒とは。


 ルームシェアなら幾らでもあるだろうが。単に思いついたことを口にしただけで、深く考えてはいないのだろう。ベランダの向こうから子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。


「ここ、ベランダ側が公園になっているんです。小さいけれど遊具も揃っているから、休みになると子どもが結構来るんですよ。賑やかでいいっすよ?」


 カーテンの向こうに見える景色は、確かに緑が多かった。木立の向こうが公園なのだろう。


「いい環境だな?」


「そうなんです。楽しそうな子どもの声がしてると、元気だなーって、ひとりじゃないなーって思うんですよ。休みの日なんて、部屋でグタグタしてるだけですから」


「趣味で忙しくしているのかと思ったが」


「うーん。料理は好きでしますけど、特に趣味って言う趣味は…。玲司さんは何かやっているんですか?」


「いや。のめりこむような趣味はないな。ネットを見たり本を読んだり、音楽聞いたり。その程度だ。家では基本、何もせずにゆっくりしたい方だからな」


「あー、そんな感じですね? 友達に誘われてフェス行ったり、サッカー観戦、ゴルフ打ちっぱなし、とか行きますけど、自分で行くかって言われるとね。ああでも──」


「なんだ?」


「キャンプは興味あります」


「キャンプ…」


「あ! あからさまに嫌な顔! 虫とか苦手ですか?」


「…いや。イメージ的に、若い奴らがはしゃいでるイメージしかなくてな」


「俺がしたいのは、こう、テント張って、焚火して、ぼーっとそれ見てのんびりって奴です。自然の中でコーヒー飲んで静かに過ごす…。良くないですか?」


「悪くはないと思うが…」


 想像はつかない。


「じゃ、今度、行きませんか?」


「は?」


「いや。ひとりじゃちょっと怖いじゃないっすか。夜なんて、真っ暗ですよ? 一人だと思うと躊躇しますけど、誰か一緒なら怖くないかなって。それが玲司さんだったら無敵な気がします!」


「俺だって強い訳じゃないぞ?」


「いいえ。玲司さんなら、視線だけで倒せます! 睨まれると怖いっすもん」


「…よく考えろ。せっかくの休み、職場の上司と過ごして楽しいのか? せっかくのんびりしたいのに、仕事の事がちらついて休めないだろう? 他を当たれ」


「えぇ~! そうおっしゃらず。いい場所、見つけますから、一度だけ。ね?」


「……」


 何が、ね? だ。人の気も知らずに。俺の性的志向は同性だ。


 口許まででかかったが、口にすることは無く。


「今はノリで言っているのかも知れないが、冷静になれば考えも変わる。ひと晩寝てよく考えてから、それでもと思えば誘え。誘われなくとも、俺はまったく気にしない」


「つ、つれない…」


 雫石はわざとソファの上でよろめいて見せる。玲司はため息をつくと。


「せっかくの休みだ。一緒にいて休まる奴と過ごせ」


 最もな意見を口にした。



 コーヒーも飲み終わり、そろそろ帰ろうかと腕時計に目を向けた。その気配に、キッチンで飲み終えたカップを洗っていた雫は。


「ドライブがてら送って行きますよ。上司を勝手に呼びつけて、重い荷物持たせたまま帰らせるなんてできませんから」


 ここまで来たら、甘えた方がいいのだろう。確かに野菜の入った袋を持って、電車で帰るのも面倒だ。


「わかった。じゃあよろしく」


 玲司は素直に従った。



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