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君が見た空  作者: マン太
22/30

22.メッセージ

 その週の土日。

 久しぶりにひとりで過ごした。玲司はソファに座り、開け放ったベランダのガラス戸の向こうに広がる景色に目を向ける。公園を歩くのにいい好天だ。

 アメリカへの出張前は、毎週、雫と顔を合わせていた。

 元の生活に戻り、気持ちに気付かない以前なら喜んだだろうに、今は物足りなさを感じる。今までひとりでどうやって過ごしてたのだろうかと思うほど。

 ふと、ローテーブルに置かれた端末に目をやる。

 雫からの連絡はなかった。それまで頻繁にあった誘いの連絡も今はない。

 それはそうだ。玲司がふったのだし、今はそれどころではない。きっと、家族の事、店の事で頭は一杯だろう。


 レストランはどうしているのか…。


 祖父一人でやり繰りしていたはずはない。他にスタッフや母親もきっと手伝っていただろう。


 営業出来ているのならいいが。


 聞きたいことは山ほどあったが、自分からは連絡は出来なかった。ただでさえ、必死な今、余計な気を遣わせたくなかったのだ。

 

 きっと、落ち着けば連絡があるはず…。


 さすがに世話になった上司に、一言も挨拶なく辞めることはないだろう。雫はそんな人間ではない。

 顔を見て、直ぐにでも自分の思いを伝えるつもりだったのが、待てを食らわされ、ジリジリとした思いがつのる。

 だが、雫は玲司の思いなど知る由もないのだ。あれだけ突っぱねて来た相手が、実は自分を好いていたなど、思いもしないだろう。

 今は雫の周囲が穏やかになることを祈るのみだった。


+++


 翌週、金曜日に急な出張が入った。

 勤務地内の事業所での簡単な打ち合わせだ。午後だったが一時間もあれば終わるだろう。

 その日の朝、課長宛てに連絡があり、雫が午後、終業前に顔を出すと聞いていた。出張から帰ってくれば、丁度会えるだろう。心が浮き立つ。


 雫はそれどころではないと言うのに。


 不謹慎だとは思いつつ、その気持ちを押さえられなかった。何せ、ひと月近く顔を見ていない。声さえ聞いていないのだ。

 既に端末の画面に雫からの連絡を確認するのは癖になっていた。入ることはないと分かっていても、つい確認してしまう。


 午後、思っていたように、打ち合わせは一時間もせずに終わった。時刻は夕方近く。そろそろ、雫が顔を出す頃だろう。

 足早に駅に向かえば、改札前が混んでいた。


 なんだ?


 駅員が拡声器で何かを伝えている。玲司は顔をしかめた。

 どうやら、遮断機の不具合で、電車が止まっているらしい。復旧の見込みは立っていないと言っていた。


 こんな時に。


 玲司は舌打ちしたい気分になった。

 バスでは時間がかかる。急いでタクシー乗り場に向かったが、そこも既に長蛇の列ができていた。しかし、並ぶしかない。

 結局、電車はその日は動かず、二時間近くタクシーを待つ列にならび、ようやく会社に戻ることができた。


 雫は──?


 すでに、退勤時刻は過ぎている。社内には僅かに残業している者がいるくらい。玲司の部署は明かりが落とされ、しんとしていた。


 いるわけがないか…。


 すでに課長にも総務にも、遅れることは伝えてあった。雫にも伝わったはず。


 それでも待ってくれていたのだろうか。


 デスクの上に、付箋の貼られたパウンドケーキが置かれていた。女子社員が気を利かしてメモを残したらしい。


『高梁さんからのいただきものです!』


 そう書かれていた。

 思わず、雫からのメモはないかと思い見直したが、そんなものはなかった。


 結局、顔も見られなかったな…。


 脱力するようにデスクの縁に腰かけ、そのパウンドケーキを見つめる。

 地元のお菓子らしく、裏を返せば雫の実家の地名が入っていた。そこに、雫の顔が見える気がした。


 その後、事務処理を軽くこなし帰宅した。

 時刻は午後九時を回るくらい。気落ちしているのは自覚していた。

 マンションにつき、自室の鍵を開けようとして、ドアポストに紙片が刺さっているのに気が付いた。中に入ってから、ポストを開けてそれを手に取る。

 それは白いレポート用紙に走り書きされた、雫の字だった。

 どうやら、ここに来て暫く待っていたらしい。そこには、非礼を詫びる言葉と、今の状況、これからについて書かれていた。


+++


『玲司さん。出張、お疲れさまでした。

 しばらくここで待ってみましたが、そろそろ電車の時間が来たので帰ります。メールではなく、直接会って話したかったのですが、無理な様なので手紙にしました。これも走り書きではあるのですが…。

 突然の退職となり、玲司さんには大変なご心配とご迷惑をかけたかと思います。ごめんなさい。そして、今までありがとうございました。

 ありがとうだけでは言い尽くせないほどのものを、玲司さんからは沢山、受け取った気がします。ただ、他に言葉がないのでありがとうと言わせてください。

 先々週、祖父が倒れ、母も体調を崩し、流石にこのまま放ってはおけなくなり、退職を決意しました。本当はもう少し先かと思っていたのですが…。

 今は祖父も歩けるまでに回復し、レストランももう一人の従業員と一緒になんとか再開することが出来ました。ただ、今はランチだけです。

 母はまだ入院していますが退院は間近です。落ち着きを取り戻すのはまだ先ですが、とりあえずは、一息つけそうです。

 玲司さん、海外出張はいかがでしたか? いろいろ聞きたい事はあるのですが…。

 もう少し、落ち着いたら連絡します。また、玲司さんと会える日を楽しみに、頑張りたいと思います。

 それでは、そろそろ行かないと、本当にやばい! ではまた──』


 ではまた、の後に、乱暴に黒く塗り潰した文字があった。インクの隙間から読み取れる文字は──。


 『好きです』のひとこと。


 それを残して、雫は玲司の元から去った。


 

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