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君が見た空  作者: マン太
19/30

19.出張

 月曜日。職場に出勤すると、いつも通り雫は少し早目に出社していた。

 意外にも思えた。一日、休みでも取るかと思っていたのだが。雫は玲司に気づくと、立ち上がって挨拶する。


「おはようございます!」


 元気な挨拶。拍子抜けするくらいいつも通りだ。


「…おはよう」


 こちらもごく普通に接する。他にやりようもない。相手に合わせて対応するだけだ。

 雫が今まで通りで行くならそれでよし。もし、避けることがあっても、それはそれで仕方ないと思っていた。どちらにしても、いつも通りで行くだけなのだが。


「さっき、課長が話があるっておっしゃってました。来たらデスクに来てほしいって」


「分かった」


「あの…」


「なんだ?」


「…いえ」


 雫は何か言いたそうにして口を閉ざした。いつもなら尋ねる所だが、課長の呼び出しが先だ。仕方なく席を離れた。


「明日、ロサンゼルスに出張してくれるか?」


 課長のデスクに向かうと、開口一番、そう指示された。玲司は目を丸くする。


「ロサンゼルス?」


「うちの得意先のG社、そこの出張にうちもついていく予定だったんだが、行くはずの奴の子供が熱出してな。インフルだと。そいつも四日間は自宅待機だ。で、急遽奴の代わりにお前をって指名がな。G社は前に担当してただろ? 先方、お前を気に入ってたみたいでな」


 豪だ。


 玲司は直ぐにピンときた。

 G社は豪の務める会社。近々また出張するとは言っていた気はするが、うちと行くとは聞いていなかった。


 あいつ、ワザとだな。


「俺以外にも適任がいるのでは?」


「まあな。担当部署も今は違う。一旦は断ったんだが、どうしてもと言われてな。一週間、行けるか? 仕事は課内でなんとかなるだろ。お前の所の高梁もできるしな。あいつ、なかなか使えるだろ?」


「そうですね。かなり有望でしょう…」


「後輩も優秀だ。安心して行ってこい」


「はい…」


 昨日の今日だ。雫と距離を置いて冷静になるにはいいのかもしれない。


 しかし、ロスか。あいつ、何か企んでるんじゃないのか?


 インフルになったのは偶然だろうが、俺を指名したのは偶然ではない。わざわざ部署も違う自分を指名するのには訳がある。

 雫との事がなければ、もっと気楽だったのだろうが、今このタイミングでロスに出張はどうかと思った。雫からみれば、やはり豪についてロスに行くのかと思うだろう。


 まあ、もう関係のないことか。


 どう思おうと、結果は変わらない。玲司はそれでもため息を漏らした。


+++


「ロサンゼルス…ですか?」


 席に戻って雫に報告すると、思った通り表情に怪訝なものが混じった。


「ああ、急に済まないな。明日、急遽代理で行くことになった。仕事は課内で回す予定だ。お前にも迷惑をかけるがよろしく頼む」


「いえ、俺の方は大丈夫です。気を付けて行ってきてください」


「残していく急ぎのものはまとめていく。隣の係の主任にも伝えて置くから、何かあったらそっちを頼れ」


「はい…」


 雫は事務的に応えていたが、表情はどこか探る様だ。

 それはそうだろう。玲司はその視線に気づかないふりをして、出張のために仕事をまとめ出した。と、そこで先ほどの雫の様子を思い出す。


「雫、さっき何か言いたそうにしていたが…。話しておきたいことがあったのか?」


「…いいえ。また、出張から帰ってきてからで」


「わかった」


 それだけ答えて玲司は仕事に戻った。

 何を話したかったのか、昨夜の事に絡むことだろうとは予想がついたが。

 急ぐことではないのなら、出張から帰って来てゆっくり聞けばいいと思った。暫く、その話題から離れたかったのもある。あれ以上、玲司は話すことがないのだ。

 雫はいつもと変わらぬ様子で仕事をこなしている。


 全て受け入れて、これならいいが。


「樺主任、明日の件で引き継ぎが──」


 自宅待機となった職員の部署のものだった。


「分かった。今行く」


 声をかけられすぐに席を立った。


+++


 その日、一日を無事終え、何とか明日から一週間いなくともいい準備を整えた。


「気をつけて行って来て下さいね」


 仕事が終わり、帰り際、雫が声をかけて来る。玲司はあと少しやって行く予定だ。


「ああ。雫もすまないな。いない間面倒をかける」


「こっちは大丈夫です。その…」


 雫は手にしたバッグに手をかけ言い淀む。朝、雫が話したそうにしていたのを覚えていた。


「なんだ。言ってみろ」


「G社って、昨日の人の勤め先、ですよね? あのひと。長谷川さん──でしたっけ? 時々、うちに来てたんで顔は覚えていたんです。当時は主任が担当してたんで特に…」


「ああ。だが、今回は急に決まったことだ。昨日、話した事とは関係ない」


 いや、きっとあるのだろうが、雫にそれを言って、余計な憶測をさせるのは避けたかった。


「そうですか…。俺、てっきりこのまま行っちゃうのかと。そんな訳、ないですね」


 雫は笑う。


「そんな簡単に話は進まない。今朝、話そうとした話はそれじゃないだろ?」


「…はい。でも、そっちはやっぱりいいです…。仕事はちょっと心細いですけど、皆さんいるんで、何とかなるかと。それじゃあ──」


 雫は話す気がなさそうだった。玲司もそれ以上、追及しない。


「──なにかあればメールで連絡を寄こしてくれ。急ぐなら電話も通じる。…雫」


「はい」


 玲司は言おうか少し迷ったあと、


「昨日は怖がらせて済まなかった。やり過ぎたと思っている…。どうなることかと思ったが、お前がいつも通りで助かった。ありがとう」


「いいえ…。俺の方こそ一方的に押しかけて、騒いで…すみませんでした。主任の言いたい事はよく分かりました。…考えて見るつもりです」


「そうか…。良かった。じゃあまた来週」


「はい」


 にこと笑んで、雫は帰って行った。

 そのどこか意気消沈した後ろ姿を、玲司は出張の間、忘れる事はなかった。



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