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君が見た空  作者: マン太
17/30

17.相談

「そう言えば、お前と飲むの。久しぶりだな?」


「そうか?」


 仕事が終わり、待ち合わせて柴崎行きつけの居酒屋へと向かった。

 ここの焼き鳥が美味しいのだと言って、しきりに勧めて来た。食べて見れば確かに美味しい。それに、他の料理もありがちなメニューなのに、丁寧な味付けで感心した。

 店内もこじんまりとして居心地がいい。柴崎はがさつそうに見えて、実は感性のある男なのだ。柴崎のチョイスなら間違うことはなかった。

 女性の趣味も同様だろう。玲司は雫へ紹介した女性を思った。

 結局、雫とは話せず終いで。上との打ち合わせが長引きそうだった為、定時に帰らせたのだ。


「ここ最近、週末も忙しそうだったし。…彼氏と会ってたのか?」


「違う。俺だって色々あるんだ。詮索するのはあまり褒められないな」


「だって、気になるじゃないか。いったい、玲司はどんな奴がタイプなのかって。俺じゃないことは確かだな?」


 ニッと笑んで見せる柴崎に、一瞬、殴りつけてやろうかと思ったが、頼んだ水割りに口をつけるだけにとどめる。


「言ってろ」


 どいつもこいつも、人の気も知らないで。


「あ、そう言えば、お前の後輩に紹介した()、連絡来たって喜んでたぞ? あんないい人紹介してくれてありがとうって。高梁だっけ? まあ、みてくれもそこそこだし、仕事もできるし。紹介なんかしなくてもすぐに彼女が出来そうに見えたけどな?」


「…そうだな。だが、本人は見た目だけで寄ってくる相手に疲れていたようだ。当人も見た目だけで選んでいたようだから、お互い様と言えばそれまでだが。今回はまともそうなんだろ?」


「ああ。あの()は特にいい子だ。派手な見た目じゃないが、素直だしスレてない。男の前だけでかわいい子を演じないタイプだ。今までがそれだったら、いい線いくんじゃないのか?」


「だといいな…」


 手にしたグラスを傾けると、中のアルコールがゆらゆらと揺れた。


「なんだ? 浮かない顔だな? 大事な後輩を盗られて悲しいのか?」


「そんなわけないだろう? これで肩の荷が下りたと思っただけだ」


「肩の荷? 奴の何かを背負ってたのか?」


「背負ってなんかいないさ。ただ週末、奴と出かける機会があっただけだ。フラれたばかりらしかったから、暇だったんだろう。それなら、新しい彼女でも作ればいいと思って、お前を頼ったんだ」


「へぇ。休みの日に…。珍しいな?」


「何がだ?」


「若い時ならいざ知らず、今のお前が休日に誰かの誘いで出かけるとは。ふーん。…まさか付き合って──」


「妙な誤解をするな。奴とはただの上司と部下の関係だ。だいたい奴は俺の性的志向を知らない。言ってないからな? 俺が血迷わない限り、そんな事にはならない」


「まあ、お前が血迷うとは思わないが──。懐いてくる後輩が面倒になって、他に押し付けたってところか」


「…言い方は悪いが、そんな所だ。相手がいい()なら良かった」


 本当に。


 今度は上手く行くだろう。玲司に感じた思いなど、どこかへ消し飛んでしまうに違いない。

 傍らで飲んでいた柴崎はそんな玲司を眺めた後。


「なーんか、言っている事と表情が一致しない気もするが。…お前がそう言うなら、信じて置く。あの()はいい子だ。お前の後輩もお前を誘うことはないだろう」


「そうなってくれると助かる…」


 それから店を変え、したたかに飲んで解散しようとした矢先。タクシーを待っていると、先頭の方から女性の声と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「今日は楽しかったです。有難うございました! おごってもらっちゃって…」


「いいって。大したことないし。帰り、気をつけてね?」


「ありがとうございます」


 会釈をして小柄な女性がタクシーに乗り込んだ。それを見送る背中に見覚えがある。


「あ、あいつ。お前の後輩じゃねぇのか? おい! 高梁」


「やめておけ! せっかく話しているところを──」


 柴崎が遠慮なく声を掛けようとするものだから、慌てて引き留める。

 しかし、その甲斐もなく気付いた雫が、あっと声を上げた。そうして彼女を見送った後、後の列で待っていた柴崎と玲司の元に駆け寄ってくる。


「こんばんわ! お疲れ様です。柴崎さん、主任。今まで飲んでたんですか?」


 柴崎はからかうような表情になると。


「ああ、まあな。お前こそ、上手くやってるようだな?」


「あはは。ご飯食べただけですって。まだわかりません」


 冷やかす柴崎の言葉にそう答えてから、視線をこちらに向けてきた。


「いい子らしいな?」


 玲司の言葉に、雫は照れた様に笑うと。


「ですね。いい子だと思いますよ」


「のろけか? まじめな子だからひょっとすると結婚まで行くんじゃないのか?」


 柴崎の無遠慮な問いに笑って見せると。


「あはは、そこまでは。相手のあることですから」


「次はお泊りデートか?」


 立て続けに冷やかす柴崎の首根っこを、玲司は慌てて引っ張る。


「あんまりしつこいと、通報されるぞ? プライベートには触れるな。すまないな、雫。こいつ、飲みすぎなんだ」


「なんだと! 俺はそこまで飲んでないぞ?」


 振り返る柴崎は確かに正体を失くすほど飲んでいるわけではないが、やはり、デリケートな部分は突っ込まないに限る。


「俺、気にしませんから。大丈夫ですよ。れ──っと、主任」


 『玲司』と言いかけて慌てて言い直した。つい、出てしまうのだろう。柴崎もいる。当たり前の事なのだが、どこか寂しさを感じた。だが、これも仕方ないこと。


「なら、良かった。お前も良かったら乗って行かないか? 方向は同じだろう?」


「あっと…。その──いいんですか?」


「別に構わない。金はこいつが出すしな? そうだろ?」


「あぁ? ったく、仕方ねぇな。ほら、来た、順番だ。乗るぞ」


「あ、はい!」


+++


 言われて、雫が最初に乗りこんだ。

 続いて玲司、次が降りるのが一番先の柴崎が最後に乗り込む。

 動き出してすぐ、柴崎が眠り込んでしまった。柴崎の家は知っている。運転手に行き先を告げると、そのままにしてやった。

 玲司の右隣に座った雫は静かにしていたが、息を詰めている様子に、緊張しているのが見て取れた。


「どうかしたのか? 話したいことがあると言っていたが…」


 日中の話しをもう一度、雫に投げかける。雫は困ったように頭を掻きながら、


「ええっと。そんなに真面目な話じゃなくてですね。ちょっと、どうしよかと思っただけで…。主任に相談することじゃないなって思ってもいて…」


「いいから話してみろ」


 ここはタクシーの中。傍らには寝ているとは言え、柴崎もいる。妙な空気になることはないだろう。


「その…。祖父が体調を崩したって昨晩連絡があって…」


「例のレストランを経営している?」


「はい…。ただの風邪で、もう回復したんですけど。少し肺炎ぽくもなったみたいで」


「それは心配だったな」


「はい…。それで──」


「後を継ぎたくなったか?」


「まあ…、まとめると、そうなります…。今回は良かったけれど、また同じことが起こったらどうしようかなって。そうなるとは限らないですけど、祖父が元気な内に聞けること色々聞いておいた方がいいのかなって。技術だってまだろくに引き継いでないし…」


「お前の気持ちは決まっているんだろう?」


「…はい」


「雫はいくつだ?」


「え? っと、二十四歳です」


 玲司はそれにクスと笑うと。


「その年齢で迷うことはない。幾らでもやり直しは効く。何が起ころうとやり切れる覚悟があるなら、やってみればいい。それで上手く行かなくとも、やらなくて後悔するよりましだ。──俺はそう思う」


「……」


 雫はじっと玲司を見つめてきた。


 そう。俺の人生は、やらずに終わらせてきたことがあまりに多い。


 もし、あの時一歩踏み出せていれば、苦しくとも辛くとも、充足感を得られる、また違った人生を歩んでいた事だろう。

 そう思うことが、度々あった。雫との件もそうだ。


「すぐに──というわけではないんだろう?」


「はい…」


「なら、きちんと準備して、目途を立てて、周囲に理解を得られなくとも、自分の意思をきちんと伝えて、後はやれるところまでやってみればいい。なんの力にもなれないが、応援はする。──隣からいなくなるのは、少々、惜しい気もするが。お前の代わりは幾らでもいるからな?」


 最後は雫を気遣っての言葉だ。

 本当は代わりなど早々見つかるものではない。雫のような打てば響くようなタイプはありふれてはいないのだ。

 だが、足は引っ張れない。それは、雫の人生なのだから。


「あ! ヒドイですねぇ。相変わらずなんですから…。でも、確かに辞めるって言っても、もうちょっと先かなと。主任の所から異動した後かもしれません」


「それなら、それまではきっちり仕込む。手抜きはしないからな? お前の気が変わることもない訳じゃない。それなのに適当には育てられないからな?」


「あーもー、怖いなぁ。よろしくお願いしますね? お手柔らかに」


「どうだろうな」


 玲司は笑みをこぼす。雫の話しはそれで終わった。

 柴崎を起こし先に家に送り、玲司も自宅マンションの前で降りる。タクシー代は先に柴崎から雫に渡してあった。


「じゃあな。また明日──というか、全然、軽い話しじゃなかったな」


「そうですけど…。プライベートな話だし、相談すべきか迷ったんです…。もう、距離置かれてますし…」


「距離は今までと変わっていないつもりだ。今日のような話ならいつでも相談しろ」


「…はい!」


 二コと雫は笑んだ。


「おやすみ」


「おやすみなさい!」


 ドアが閉まり、雫を乗せたタクシーが去っていった。

 手を放した瞬間から、どんどんと、雫が遠くへ行く、そんな気がした。


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