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君が見た空  作者: マン太
14/30

14.露天風呂

「あー、やっぱり温泉っていいっすねぇ」


「ああ…」


 岩の淵に腕をかけて夜空を見上げる雫。

 その背後、同じく岩に背を預けた玲司も、つられるように夜空を見上げた。

 星がまたたく。時折、雲が通り過ぎその姿を隠した。上空は風が強いのかもしれない。

 コーヒーを飲みひと息ついたあと、二人で露天風呂へと向かった。

 温泉はオーナーが自ら作ったもので、ログハウスの外に設置されていた。一つしかない為、他に宿泊客がいれば、入れ替え制になるらしい。四人も入ればいっぱいになる広さだったが、二人ならちょうどいい広さだった。


「温泉、いいですねぇ。しかも露天。日本人最高!」


「調子がいいな…」


 玲司は湯につかった手で髪をかき上げる。眼鏡を外してきたせいで、雫の姿はぼんやりしてよく見えない。それで丁度良かった。

 雫はこちらへ振り返ると。


「眼鏡なくても見えてるんですか?」


「そこまで近視が強い訳じゃない。運転はできないが、無くとも生活に支障はないな。だが、かけていた方が安全だ」


「ですね。てか、かけていた方が絶対いいです」


「なんでだ?」


 言い切る雫に問い返す。すると雫は少し口ごもった後、視線を彷徨わせるようにしながら。


「いや…。その、玲司さん。眼鏡外すとほんっと、綺麗なのバレますから。てか、みんな知ってはいるんですけど、外すと更に眩しく光って見えちゃって、仕事にならないですよ」


「…からかっているのか? そこまでじゃないだろう?」


「いいえ! 玲司さん、自覚本当に薄いですけど、綺麗なんですって。前にも言いましたけど、俺、見惚れましたもん。てか、一瞬、惚れました」


「……」


 固まった玲司を見て、雫は慌てる。


「あ、あの! 惚れたってのは、こう、マジな奴じゃなくて、いや、マジではあったんですけど、綺麗なものは素直に綺麗だって思っただけで──って、伝わってます?」


「ああ…。男女間の好意とは違うと言いたいんだろう?」


「そ、そうです…! こんな綺麗なひと見たことないなぁって。だから、こうして一緒に温泉入っているのが夢みたいで…」


「…俺はお前の上司だ。俳優やモデルじゃない。ただのサラリーマンだ。機会があれば風呂だろうがプールだろうが一緒に入るさ」


「そうなんですけど…。なんでしょうね。前にも言いましたけど、憧れの人っていうか…。兎に角、雲の上の存在に思えたんですよう」


「買い被りすぎだ」


 実際を知れば、その評価も地に落ちるだろう。


「早く彼女を作って、その子を大切にしろ。その方が有意義だ」


「そう言いますけど。人生はそれだけじゃないですよ。彼女や奥さんがいなくたって、そう言う人生だってあるんです。生き方は人それぞれだって、俺は思うんですよね…。って、友だちや同期に言ったことないですけど。言えば変な奴扱いだろうし。皆が皆、同じ生き方しなくたって…。そう思いません?」


「…だから、レストランを継いでも可笑しくはないと?」


「あ、そうです! それが、そう思うようになったきっかけでもあるんです…。だって、俺の人生ですもん。どんなに大変だって、苦労したって失敗したって。俺が責任を追えば、どんな生き方でもいいのかなって。苦労も失敗も、糧になる──そう思うんです。確かに見てる方はハラハラするんでしょうけど、俺は好きでそうしているわけで。無難な生き方をしたいわけじゃないんです」


 玲司は口元に笑みを浮かべると。


「ふん。知ったような口を利くな?」


「もうー、笑わないでくださいよう。確かにまだ若いですけど、これでもいろいろ考えてるんです」


「分かってる。──俺もそう思うからな」


「玲司さんも?」


「ああ。人それぞれ、生き方は自由だと思っている」


 すると雫はふふっと笑って、


「やっぱり。俺と玲司さんは合いますね? どうせなら、このまま一緒に住みません?」


「──」


 思わず言葉につまった。

 話しの流れ、冗談なのだ。まともに受けてどうする。


「玲司さんとだったら、きっと楽しく過ごせそうなのになぁー」


「…彼女が出来れば、そんな考えも吹っ飛ぶさ。早く誰かと付き合え」


 動揺を隠すようにそう告げた。


「あーもー、またそれですかぁ。俺、そんなに飢えてるわけじゃないんですよ?」


「いいから、それがお前の為だ」


「ちぇー。でも、何かあった時の保険にしといてくださいよ。玲司さんも。今後誰かと結婚しないんだったら、シェアハウスでもして、老後をのんびりと──って、もう出るんですか?」


「ああ。長湯は苦手だ」


 上がると同時にザッと湯が音を立てる。これ以上、一緒に入ったはいられなかった。


「もうちょっと、話したかったのにー」


「お前はゆっくりしてこい」


「はぁ~い」


 呑気な返事が返ってきた。


+++


 何が一緒に、だ。


 ノンケ相手と過ごせるはずもない。気楽なものだと思う。こちらの気など知りようもないのだから、仕方ないと言えばそれまでなのだが。

 身体を拭き終え、下着を履いた所で雫が風呂から上がってきた。からりと音がして、ガラスの引き戸が開く。


「あー、いいお湯だったぁ」


 言いながら、マットの上で身体を拭いていた雫だが。


「にしても、玲司さん。いい身体してますね? 何か運動しているんですか?」


 身体を拭く手を止め、髪を拭き出した玲司の身体を見つめてきた。ある意味、セクハラに近い行動だが、知らないのだから注意しようもない。


「…いや。仕事終わり、時間があればジムで少し走るくらいだ」


 さりげなくタオルで上半身を隠しつつ、スウェットの下を履いた。


「へぇ。ジムかぁ。俺も行きたいなぁとは思うんですけど…」


「お前は何かやっているのか? …思ったより筋肉がついてる」


 こちらもセクハラにあたるのだろうか。

 思案しながらも、会話の流れなのだから仕方ないと割り切った。

 確かに雫も身体が締まっていた。まだ腹が出る年齢ではないだろうが、目に見える範囲で筋肉のついているのが分かる。

 豪のような力強さはないが、腕も足もしなやかで適度な日焼けも好ましい。

 だが、じっとは見て居られない。すぐに視線を外すと、濡れたタオルをたたんだ。

 雫は少し照れくさそうにしながら、そうかなぁと腕を伸ばして見せながら。


「朝、走ってるんです。大会目指してるとかじゃなく、身体を動かすのに単にそれが一番手っ取り早くて。お金もかからないし、すぐにできるんで」


「確かにそうだな。だからお前は早起きなのか」


「はい! 朝早いのは苦になりません」


 すっかり着替え終えた玲司は、脱衣所に置かれた椅子に座り、持ってきたペットボトルの水に口をつけると。


「お前くらいの年齢だと、大抵朝遅くまで寝て居そうなイメージがあったんだが、そうでもないんだな」


「偏見ですよう。俺、朝型なんです。夜、九時過ぎると眠くなってきて…」


「そう言えば寝つきも早いな。気が付けば寝ている…」


 泊まった時は、五分もしないうちに寝息が隣から聞こえてくることもしばしば。


「もともと寝つきはいいんですけど、特に玲司さん所行くと、すぐ寝ちゃうんですよね。あれ、不思議で。リラックスしている証拠なんでしょうか。隣に玲司さんがいると思うと安心しちゃって…」


「わからんな」


「あ、快適安眠枕って感があります!」


「俺は寝具扱いか…」


「違いますって! もう。冗談に決まってるじゃないですかぁ。って、玲司さんの腕枕ならきっと、即爆睡できそうですね!」


「……」


 明るく言い放つ雫に沈黙する。

 腕枕。自分の腕の中ですやすやと眠る雫を想像し、それをすぐに打ち消した。


 いったい、何を考えている。


 あり得ない状況だ。この雫とそんな事になるなど。こんな想像をするのは、雫に対しても失礼だろう。


「俺の腕枕なんて寝心地悪いに決まっている。彼女にでもしてやれ」


 玲司はそれもで平静を装い、軽く受け流すともう一口水を含んだ。


「うーん、そんな風になれるのかなぁ」


「今までだって誰かにしたことはあるだろう?」


「えー? ないですよ。終わった後もべたべたとかないですもん。お互いシャワー浴びてさっさと寝る! みたいな。一度くらい、甘ーい感じでべたべたしたいんですけど」


「それは災難だな」


「うー…。玲司さんはあるんですか?」


「…まあな」


 豪とはほぼそれだ。向こうが甘やかしたいらしく、事後もべたべたと鬱陶しいくらい触れてくる。腕の中でなど毎回眠っていた。

 もともとノンケだったくせに、良くここまでできるものだと思うが、それが玲司だからということに気付いてはいない。


「いいなぁ。俺もそうなってみたい…」


「なれるさ」


 じとりと雫は見返してくる。


「簡単にいいますけどぉ。そこまでたどり着くのに、結構大変なんですから。美味しいもの食べさせて、欲しいもの買ってあげて、行きたい処へ連れて行ってあげて。なんとか機嫌を良くさせて、ようやく──って、その後も大変で…。してくれて当たり前って感じで。ああ、俺の幸せはどこにあるんだろう?」


「もっと付き合う相手を選べばいい。顔と身体ばかりで選ぶからダメなんだ」


「うっ…。で、でも、まずはそこ、大事でしょう? 好みのタイプじゃないとそんな気も起きないし…。ああ、本当。玲司さんが女性だったら良かったのに。まさに理想のタイプです」


 こいつは。


「俺は男で、お前も男だ。ないものねだりをしても仕方ない。先のある関係を見つけろ」


「えー、そんな、キツイ。夢くらい見させてくださいよ」


「夢は現実にならない。まともな幸せを掴みたかったらそうしろ」


「はぁーい…」


 ようやく雫は着替え終わる。


「支度が出来たら行くぞ。いいか?」


「あ、はーい」


 手早く荷物を集めると、雫は急ぎ足で玲司の元へ駆けてきた。

 出入口で靴を履くと室外へと出る。それでも夜になると空気は冷えていた。市街地より高所だからだろう。

 星はやはり瞬いていた。冷えた空気はお湯から出たばかりの身体には心地いい。


「星、綺麗にみえますね?」


「ああ…」


 同じく傍らに立つ雫も空を見上げてそう呟く。

 濡れたままの髪はふわふわと至る方向に跳ねていた。早くロッジに戻って、ストーブの熱で乾かした方が良さそうだ。


「のんびりしていると湯冷めするな。行こう」


「あ、はい!」


 先に歩き出すと、ととっと後をついてくる。暗い中に一人にされるのが怖いのだろう。

 横に並んだ雫をそっと観察する。

 雫は並ぶと少し玲司よりは高いくらいだが、身体つきは細かった。手足がひょろりと長いのだ。普段はスーツを着ているからぴしっとして見えるが、普段着になるとそれが良く分かる。

 ジャージに着替えた雫は首をすくめながらついて来た。やはり寒いのだろう。ロッジまではまだ距離がある。


「雫、ちょっと止まれ」


「はい?」


 そうして立ちどまった雫の首へ、手にしていたバスタオルをぐるりと回してかけた。このバスタオルは、持っていったが結局、ハンドタオルを使ったため未使用だったのだ。手荷物が減って楽にもなる。


「あ、ありがとう、ございます…」


 不意の事に驚いたのか、雫の声がどもった。照れたのだろう。


「風邪でも引かれたら困るからな? 寒そうだ」


「へへ…。嬉しいです。なんか、こうしてると、付き合ってるカップルみたいですね?」


「…言ってろ。ほら、置いてくぞ」


「あわわ! 置いてかないでくださいってば!」


 速足で行く玲司に慌てて雫はついてきた。

 もこもことタオルに埋もれた雫は普段より幼く見えた。いや、可愛いく見えたが正しい。そこで、はたと気がつく。


 かわいい──?


 いったい、どういう気持ちでそう思ったのか。単に小動物を見て思う気持ちと同じなのか。

 玲司は今までにない感情に混乱した。



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