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君が見た空  作者: マン太
12/30

12.存在

 次の日の朝、八時過ぎる頃にリビングへ向かえば、先週と同じ様にキッチンに立つ雫が笑顔で出迎えた。


「おはようございます!」


「おはよう…」


 相変わらずの笑み。二泊目にしてすっかり馴染んだ感がある。手にしたフライパンからは甘い香りが漂った。


「今日はフレンチトーストです。牛乳の代わりに豆乳使って見ました。ヘルシーです、って言っても、バターは使ってるんですけどね」


 ヘヘと笑い、席へ着いた玲司の皿の上に、フライパンから直接フレンチトーストを取り分けた。香ばしくキツネ色に焼けたトーストが食欲を誘う。


「…これも自分で作って食べているのか?」


「ハイ。焦げたところ、大好きで」


 言いながら、ハチミツをかけ四等分に切り分けたそれを口へと運ぶ。がぶりと噛みつき咀嚼する姿は、某アニメーションに出てきそうな食べっぷりだ。


「うーん! 美味しい! さ、玲司さんも早く早く」


「ああ…」


 フレンチトーストは今まで食べた記憶があまり無い。フォークで指し、ひと口大に切って口に運ぶ。パリッとした食感の後、とフワリと口の中でパンが溶けた。

 雫は目をキラキラと輝かせながら、


「どうですか? お口に合います?」


 身を乗り出す様にして覗き込んでくる。確かに美味しかった。


「ああ、美味しい。あまり食べたことがなくてな。こんな味だったんだな…」


「焼き立てですから余計に美味しく感じるはずです。冷めないうちに」


 確かに冷めては美味しさが半減するだろう。


「分かった」


 にこにこ顔の雫に勧められ、玲司は食べる事に集中した。


 朝食を食べ終え、食器を洗い片付け終わると、前回と同様にマキネッタを使ってカフェオレを淹れ二人で飲む。

 朝の淡い光の中で他愛ない話しをしながら飲んでいると、まるでカップルにでもなったかのようだったが。


 バカげている…。


 一瞬でもそんな想像をした自分を笑う。

 相手は職場の後輩だ。しかも異性愛者。ただそんな相手と向き合ってカフェオレを飲んでいるだけ。それだけの事だ。


「あー、なんかいいっすね。休日の朝、のんびりとカフェオレ飲むのって。しかもひとりじゃない…。ひとりだって気楽でいいですけど、ずーっとってのも。やっぱり誰かと下らない話をしながら、飲むのって、いいなぁって思いますよ」


「早く相手を見つけろ」


「えー、ほんと簡単に言ってくれますね?」


「来週、同期の奴に頼んでやる。そこにいい相手がいるかはわからないが、きっかけにはなるだろう。顔の広い奴だから、いろいろ見つけて来てくれるはずだ」


「本当ですか? …でも、気の合わないような感じの子ばっかりだとなぁー」


「とにかく、端から話してみろ。会って話してみなければわからないだろう」


 すると、雫はどこかムスッとした顔になる。


「そうですけど…」


「なんだ? 余り嬉しそうじゃないな?」


「だって…。玲司さん、俺を早く追い払いたいんだろうなぁと思って。そりゃあ、ひとりで快適に過ごしていた所に俺が入り込んできて、邪魔かとは思いますけど。あからさまに遠ざけようとしなくたって…」


「そうじゃない。お前の為を思って言ってるんだ。たまにならこうやってつるむのもいいが、やはり、先はない。早く可愛い気の合う子を探せ」


「…はーい」


 どこか不服そうに返事をすると、淹れたカフェオレを啜った。

 玲司だって、別に雫が邪魔なわけではない。邪魔じゃないと感じるからこそ遠ざけるのだ。

 自身の志向を知って、雫がここにいるなら百歩譲ってよしとするが、そうではない。

 早く遠ざけるに限ると、玲司は思った。


+++


 結局その後も、雫は部屋に残った。

 資格試験の勉強で、分からない所を教えて欲しいと言うのだ。そう言われて、教えない訳にはいかない。

 それに元来、玲司は面倒みがいい。頼られてNOとは言えなかった。結局、マンツーマンで雫に指導する事となった。

 気がつけば昼食の時間となり、お礼に雫がランチを作ると申し出て。

 昼食を食べ終わり、しっかりコーヒーも飲んでようやく雫は帰って行った。

 ちなみにランチはナポリタン。どこか懐かしい味がした。幼い頃、母と姉、三人で珍しく外食した際、食べたそれと似ている。とても美味しかった。

 帰り際、見送りに出た玄関先で。


「毎週すまないな。だが、せっかくの休みだ。次は飲み会で可愛い彼女を見つけて、デートでもするんだな」


「いやだなぁ。すぐにデートなんてしませんよう。だいたい、見つかるか分からないし…」


「いい子ならすぐに気に入って、そうなるさ。じゃあな。気をつけて帰れよ?」


「はーい…。じゃあ、また職場で」


 雫はどこか不服そうにして帰って行った。扉を閉ざし、深いため息を吐き出す。

 結局、今日は昼すぎまでいた。ほぼ二日いたようなもので。やはり嵐が去った後の様だとも思うが、一抹の寂しさも感じる。


 やれやれ、だな…。


 リビングのベランダ側には、雫の置いていった緑のシャコバサボテンが、光を受けて緑の瑞々しい葉を輝かせていた。


+++


 次の週。早速同期に連絡を取り、飲み会を開く段取りを進めた。

 頼んだ相手は柴崎(しばざき)崇人(たかと)。同い年の同期だ。

 柴崎はもともと皆でワイワイするのが好きで、若い頃はしょっちゅう飲み会を開いていた。結婚してからもそれはかわらず、もっぱら盛り上げ役、仲介役に徹している。


「樺が頼んで来るなんて珍しいな? お前は参加しないんだろ?」


 女性にモテるであろう、卒のない整った顔にニヤリとした笑みを浮かべて見せた。意地の悪い笑みだ。

 ちなみにこの男は玲司の志向を知っている。

 いつか飲み会の帰り道、余りにしつこくお気に入りの女性を勧めてきたので、それを断るため告白してやったのだ。自分が好きになるのは同性だけだと。

 柴崎は一瞬、間を置いたものの、そうかとだけ言って、それからは女性を勧めてくる事はなかった。

 その後も特別な目で見られる事はなく今に至る。周囲にそれを話した風もなく。一見ちゃらちゃらしているようだが、根は実直、真面目な人物らしい。


「当たり前だ。俺の下にいる若手に紹介して欲しい。高梁雫だ」


「へぇー。お前でもそんな世話を焼くんだな?」


「…まあな。彼女が出来れば仕事以外でも息抜きができるだろ?」


 実際のところは、自分から引きはがしたいだけであるが。すると柴崎は、フーンと言った後。


「彼女の存在が息抜きになるとは思わないけどな? 相手によっては手がかかって、返って気を使うこともある」


「だから、気を使わなくていい相手を探してる。それなりに真面目な子も入れておいてくれ。外見がいいだけじゃなくな?」


 玲司は睨みつける。


「はいはい。真面目でかわいい子も誘うようにするって。で、見返りは?」


 詰め寄る柴崎に、


「この前、そっちの部署の仕事手伝っただろ? それをチャラにしてやる」


「はぁ? あれは緊急事態だったろ? ったく…。じゃあさ、今度飲みに行こうぜ! もちろん、二人っきりで」


 そう言って肩をぶつけてくる。玲司は顔を背けると。


「愚痴くらいなら聞いてやる。じゃあ、頼んだぞ」


「了解、了解」


 片手をあげてから玲司の元を去っていった。

 柴崎はいい奴だった。当時、少し惹かれた時期もあったが、すぐにその思いは断ち切った。

 同期相手にそれは面倒くさい。それに玲司の志向を知った後、飲み会の帰り際、奴が冗談で迫ってきた瞬間、少し本気が見えて──当時、同じ部署内に彼女がいた──身を引いたのもある。人のものを奪うことは正直したくない。

 柴崎のような人間は、真っ直ぐな道を歩くのが似合っている。だいたい、一時の気の迷いで手を出されてはいい迷惑だ。


「うまく見つかるといいが」


 去っていった方向を眺めながら、雫を思った。


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