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君が見た空  作者: マン太
11/30

11.木陰

 その後、ランチを食べ終え店を出た。

 帰りは再び公園を横切ったが、雫の提案で少し遠回りして歩く。街のアスファルトの中を歩くのと違い、柔らかい芝の上を歩くのは心地よかった。


「少し、休みましょ」


 言われて近くの木陰に置かれたベンチに座る。もうここまで来ると、男同士がなんのと言うつもりはなかった。

 木製のそれは雨風に晒され傷んではいたが、まだまだ十分役割を果たしている。二人並んで座っても余裕のある大きさだった。

 外れにあるため、視界に人は早々入ってこない。遠くに犬を散歩させている人の姿が見えるくらいだった。


「あー、いい天気で気持ちいいっすねぇ。やっぱり、緑の下っていいですね? 日差しもキラキラして見えるし…」


 ベンチに座った雫は手をかざしながら、緑越しの空を眺める。


「お前がこんなに自然が好きだとは知らなかったな。もっと都会的で賑やかな方が好きだと思ってた」


「まあ、誘われれば、カラオケだろうと、合コンだろうと、フェスだろうと行きますけど。どっちかって言うと、木陰でのんびりするのが好きです。これで海でも見えればなぁ…」


「海が好きなのか?」


「はい! おじいちゃんのやっている店が海沿いにあって。高台にあるんですけど、そこから見える風景が小さい頃から好きで…。いつか玲司さんにも紹介したいなぁ。きっと好きになりますよ?」


「お祖父さんの店はどこにあるんだ?」


「ここから三時間くらい車で走った所です」


「三時間か。それなりに遠いな…」


「へへ。ここと比べればかなり田舎です。でも、お客さんは途絶えることが無くって。もうちょっとおじいちゃんに頑張って欲しいんですけど…」


「継ぎたいんだろう?」


 すると、雫は困り顔になり。


「その気持ちはあるんです。帰った時は手伝っているし…。でも──」


「まあ、よく考えるといい。考えて出した答えなら、継ぐにしろ継がないにしろ、後悔は少ないだろう。一度きりの人生だからな?」


「ですね…」


 雫はヘヘと笑うと、照れ臭そうに俯いた。


 本当に、一度きり。


 雫にはそう言ったが、自分自身はどうなのだろう。一度きりの人生を、思う様に生きているのか。

 見上げた空は高く夏の始まりを思わせる。緩やかな風が頬を撫で、髪をかきあげて行った。

 そんな景色を眺めていれば、不意に眠気が襲って来る。


「少し…寝てもいいか?」


「どうぞ。風、気持ちいいですねぇ…」


 葉の間から漏れる木漏れ日を見上げた雫を最後に、玲司は目を閉じた。

 初めてだったかもしれない。木漏れ日の下、誰かの傍で眠りにつくなど。昼下がりの日差しも風も、心地よかった。


+++


 結局、起きたのは一時間ほどした頃だった。気が付くと雫の肩を借りていて、慌てて身体を起こす。


「…すまない」


 かけていた眼鏡もいつの間にか外されていたようだ。それを雫は返しながら。


「はい。どうぞ。よく眠ってましたよ? 寝言は──多分、言ってません」


「夢を見た記憶は無いな…。せいぜい、言った所で、お前への小言だろう」


「あ! 酷いなぁ。俺、玲司さんには迷惑かけないよう、これでも頑張っているんですけどぉ」


 頬を膨らませわざとおどけてみせる雫は、好ましく玲司の目に映った。


「お前は寝なくて良かったのか?」


「この前、玲司さんところで爆睡しちゃいましたから。今日は番犬してました」


「番犬? 番犬が必要なほどの人物でもないと思うが──」


「玲司さん、分かってないですねぇ。前も言いましたけど、綺麗なんですよ。ほんと。俺、新人研修で教官で来た玲司さん見て、驚きましたもん。二度見、三度見しちゃいました。研修中はずっと顔ばっかり見てて──」


「…お前。ちゃんと話しを聞いていなかったのか?」


 新人へ分かりやすく説明する為、どれ程苦心したと思っているのか。

 見惚れていたなど、バカげた理由で左から右へ聞き流されたのでは、やりきれない。

 すると、雫は慌てて訂正を入れる。


「聞いてました! 聞いてましたけど、それくらい、驚いたし印象的だったんです。どう見ても男性に見えなくって…」


「それは──褒めているのか?」


「いい意味ですよぉ! それで気になって…。ずっと話してみたかったんです。どんな人なんだろうって…」


「で、漸く異動でその機会が巡ってきたと言う事か。いたって普通だろう? どこにでもいるありふれた人間だ」


「いいえ。いません。…玲司さんは、特別です」


「特別? 俺なんてその辺にいる三十代と変わりないだろう」


「やっぱり…。分かってないんですねぇ。性別越えた綺麗さってあるんですよ。俺にはずっと、キラキラして見えてるんです…」


「キラキラ…」


 玲司は呆れるが。


「さっきも言いかけましたけど、その──綺麗すぎて、恐れ多くて。声、かけ辛かったんです…」


「……」


「誰だって、推しが目の前に現れたらそうなるでしょ? よくモデルとかに誘われなかったですね?」


 雫は若干、頬を赤くしながら口先を尖らせつつそう口にする。先ほどから言い渋っていた理由がようやく分かった。


 そんな理由だったとは──。


 それは言い辛いだろう。玲司は笑うしかない。


「学生時代にスカウトされたことあるが、そんな仕事、向いてないと思った。安定を求めていたからな? だいたい根性もない俺が向いているとも思わなかった。厳しい世界だからな」


「うーん。それも見てみたかったですけど、玲司さんの人となりを知った今は、確かに向いていないなって思います。堅実って凄く合ってる…」


 まじまじと玲司を見つめてそんな言葉を言ってくる。


「…バカにしているのか?」


「違いますって! どっちかって言うと、経営者の方が向いてそうですもん。容姿は完璧なのになぁ。今度、個人的にブロマイドでも撮ります? 身内に売れるんじゃないですか?」


 真面目な顔をして尋ねてくる。玲司は頭を抱えた。


「どこに銀行員が個人で写真集をだしてる? それにうちは副業禁止だ。そんな暇な職業でもない。だいたい、誰が買うって言うんだ。需要がない」


「だから、会社の女性陣とか──俺とか…?」


「…バカも休み休み言え。さあ、そろそろ帰るぞ」


 なんだかんだで、日が傾き始めていた。


「あー、帰ってもひとりかぁ…」


 そう呟くと、ちらと意味ありげに玲司を見てきた。


「あの。今日付き合ってくれたお礼に、ご自宅で夕食、作りましょうか?」


「それも予定の内だったのか?」


 すると雫はにっと笑い。


「実は」


「まったく…」


 玲司は頭を振ってため息をついた。そんな玲司に雫は必死に言いつのる。


「食べたいもの言ってもらえれば、ある程度応えられますし! 途中でスーパーに寄って──どうですか?」


「…お前は本当にそれでいいのか?」


「いいんですって! だって先週からそれ、狙ってたくらいですから」


「分かった…」


 必死な雫に、玲司は降参するしかなかった。


「じゃあ早速買出しですね! この近くにいいスーパーがあるんです。個人経営なんですけど、仕入れる野菜が新鮮で、地場のものも多くて──」


 途端に、雫は目を爛々と輝かせ説明に入る。

 本当に。幾ら楽しいからと言って、せっかくの休日、どうして上司の家に来たがるのか。雫の気がしれなかった。


「まさか、この先も予定が決まっているんじゃないだろうな?」


「え? そ、そんな事は──ない、とは言い切れませんけど…」


「いい…。これ以上は聞かない。だが、お前、もっと休日を有意義に過ごせ。俺とじゃ先はない」


「えー! 玲司さんといると楽しいんですよ。さっきも言ってくれたじゃないですか。自分を理解してくれる相手がいいって。玲司さん、俺と気が合うし、理解も示してくれているでしょう? 玲司さんとなら、一緒に暮らせますって!」


「……」


 本当に。知らないというのは、恐ろしい。


 仕方ないとは言え──。


 玲司は視線を遠くへ向けると。


「お前だって、俺の本当の姿を知っているわけじゃない。知れば逃げ出すに決まってる…」


「え? 何かあるんですか?」


「…ものの例えだ。さあ、ここでぐずぐずしていると、すぐに夕飯の時間になるぞ? お前の得意料理はなんだ?」


 玲司は会話を反らす。雫は気付かずそれに乗ると。


「得意? えっと、ある程度はなんでも作れますけど、洋食は好きで良く作ります。って、ランチも洋食だったんでかぶりますよねぇ…」


「別にかまわない。どうせなら、雫が得意なのでいい」


「じゃあ、オムライスで! 最近、ようやくまともに巻けるようになって。早く誰かに食べて欲しかったんです」


「それでいい。ほら、行くぞ。店はどっちだ?」


「ええっと、ちょっと戻ります。案内しますね!」


 雫は意気揚々として、先を歩き出した。

 その背が眩しく玲司の目に映る。もし、まともに誰かと付きあえば、こんな感じなのだろうかと。休日、会話を楽しみながらのんびりと過ごす──。


 ありえないな。


 玲司は心の内で自分の考えを笑った。誰かと笑いあいながら過ごす日々など夢のまた夢なのだから。


+++


 玲司の部屋を訪れた雫は、まるで自分の部屋のキッチンの様に慣れた様子で、料理を進めて行った。器具も調味料の場所も、きっちり把握しているのだから恐ろしい。

 そうして雫が作ったオムライスは、贔屓目無しに美味しかった。

 少し濃い味付けのケチャップたっぷりのチキンライスが、黄色くぽってりしたオムレツに包まれている。店で出したとしても可笑しくない。素人の域を超えていた。

 玲司はそれをスプーンで掬いながら、


「お前は何でもできるんだな?」


「ある程度、です。おじいちゃんと比べたら俺なんてまだまだ。友だちにようやく出せるレベルですって。でも、オムライスとナポリタンは得意なんです。ナポリタンはまた次回作りますね!」


 『次回』の言葉に、思わず雫を見返すが、雫は構わず、オムライスをたいらげていく。

 先週で終わりと思ったのが、また今週末も会っているのだ。しかも、雫はそれを実は決めていたのだという。


 弱ったな。


 ここまで許してしまった以上、もう来るなとは言い辛い。今後の仕事も考えれば無下な態度は取れなかった。

 やんわり雫を自分から遠ざけるには、手っ取り早く、雫に彼女が出来るのが一番だろう。そう思った。


 手を回して、誰かに紹介してもらうか…。


 同期の誰かに頼めば、そう言った類の会を開くことも簡単だった。すぐに雫の好みそうな女性を見繕う事もできるだろう。

 可愛い彼女が出来れば、こうも玲司にかまっては来ないはず。週明けにはすぐに頼もうと決めた。 


 それまでは仕方ない──。


「玲司さん、あんまり食べていないみたいですけど…。味、合いませんでした? ちょっと濃い目だったのがまずかったかなぁ。俺用の味付けにしちゃって…。ダメだったですか?」


「ダメなんてことはない。このまま店に出せるくらいだと思っていた所だ。俺は食べるのが遅くてな。今日のランチの時もそうだっただろう? 仕事中は就業時間に合わせるが、本来はゆっくり食べる方が好きなんだ」


「あー、それ気付いてました。俺、結構がっついちゃうんで…。次は気をつけようっと」


「何も合わせなくていい。お前はお前のペースで食べればいいさ。がっついている方が美味しそうに見えるしな」


「そうですかぁ。でも、待たれるのも嫌ですよね…?」


「いいさ。気にしない。それより若い奴ががつがつ食べているのは見ていて気分がいい。ほそぼそ食べているよりな?」


「ふふ。じゃあ、遠慮なく。でも外で一緒に食べる時はちょっと気をつけます」


 元気よく宣言した雫はそのあとも、美味しそうにスプーンをすすめた。


 一緒に、か。


 先程といい、雫はこの先も付き合う気が十分あるのだ。玲司は小さく嘆息した。


 結局、雫は今回も玲司の寝室のベッドの傍らに布団を敷き、眠りにつくこととなった。

 これも雫の予定通りだったのかも知れない。

 夕食を口にしながら、ちょっと飲んでもいいですか? と、買い込んだビールを飲みだし。一本、二本と飲み終えるうちにかなり出来上がってしまい。

 このまま帰せない為、暫く休ませることにしたのが、そのまま宿泊へとなだれ込んだのだ。

 聞けばちゃっかり下着の替えも持ってきていて。この前のパンツが履き心地が良かったと、同じものを二つ購入し、ひとつを返してきたのだ。なんの事はないボクサーパンツなのだが。


「別によかったのに…」


「いや、こんな高いの、貰いっぱなしはちょっと。てか、出来る男は履くパンツも違うんですねぇ。…でも、はじめてでした、人の為に下着買うの…」


 雫の頬はまだ赤い。アルコールが抜けきれていないのだろう。


「意味合いが違うだろう。次にできた彼女に仲良くなったら買ってやればいい」


「えー、そんな風になれますかねぇ? なんか、とてもそういう雰囲気になれなくって。仲良くなってすることはしても、そう言うことすると引かれそうだし、嫌われたらって思うと…」


「そう言う壁が乗り越えて付き合える相手を探すんだな。それで引いて去っていくならそれまでだ。次を探せ」


「あー! 簡単にいいますねぇ? これだからモテまくりな人は…」


「俺がいつ、モテると言った? こうやってお前と過ごしてるくらいだ。モテるなら休日も家でのんびりなどしていないだろう」


「でも、今だけでしょう? 俺と違って必死に探さなくっても、向こうから来てくれそうですし、誘えば皆落ちそうですもん」


「勝手な思い込みだ。さあ、もう電気を消すぞ」


「えー、もっとコイバナとかしたいんですけどぉ」


「何がコイバナだ。お前とそんな話をするつもりはない」


 男にフラれた経験を話せとでも言うのだろうか。相談相手にもならないというのに。


「ちぇー。おやすみですー。あ! 朝も俺が作るんで!」


「ありがとうと言っておく。だが、遅めでいいからな。八時過ぎでいい」


「了解でーす。おやすみなさーい」


 呑気な返事と共に、布団を引き上げる音がした。そうして暫くすると寝息が聞こえてくる。それを聞いてから、玲司は目を閉じた。

 雫の寝息は玲司を落ち着かせる。今まで他人にそう感じた事はなかった。

 大抵はホテルの一室で、事が済み力尽きた様に眠るだけで。人の存在に安心感をいただいて眠ったことなどない。同棲まがいの日々を送った時も同じだった。


 雫とはそう言う関係じゃないからか。


 恋人ではない。純粋な友だちとして付き合っているだけだ。友だちならいつか終わることなど早々考える必要もない。安心してその傍らで過ごせた。


 別れがなければ傷つかない。


 玲司は人と付き合うとき、いつからか別れを意識するようになっていた。まだ出会ったばかりだというのに、この人物とはいつか終わる──そう考え、深くは入れ込まないように努めた。

 いや、努めたつもりはなく、自然とそうなっていたのだろう。全て自分を守るためだ。

 あまり相手に深入りしては、別れの時、痛手を食らうのは見えている。ほどほどの付き合いにしておくのが一番だった。

 特に世間からはあまり認められない存在だ。ただでさえ気を遣うことも多いのに、付き合うことで更に傷を負うのは避けたかった。

 それがいつの間にか周囲から距離を置く人間だと、捉えられるようになったのだろう。

 雫が声を掛け辛かったのにも、それが影響していたのかも知れない。『綺麗だったから』そんな理由だけではないはず。

 気さくな方ではない。笑顔など職場で滅多に見せたことはない。顧客相手に浮かべる程度だ。

 ただ、雫と過ごす間は、楽でいられた。雫に自らが言った言葉が思い起こされる。


 自分の素を晒せる相手──か。


 雫は正にそれになっていた。まだ、プライベートでの付き合いは浅い。先週と今週だけだ。

 それでも、雫といる時は、自然に笑っていたし、うたた寝も平気だった。気を張らなくていいのだ。


 楽だな。


 職場の後輩、しかも年下。頼る存在ではないのに、ついその存在へ甘えようとしている自分がいることに気づいた。──しかし。


 たいがいにしておいた方がいい。


 もし、何かのきっかけで玲司の性的志向を知ったなら、雫はショックを受けるだろう。言わなかった玲司を責めるかもしれない。

 玲司が同性を好むなら、こうして泊まることも、食事を作る事もしなかっただろう。これ以上、関わるのは避けるべきだった。


 やはり、結局は別れを意識してしまうんだな…。


 玲司は苦笑した。



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