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君が見た空  作者: マン太
10/30

10.散歩

 雫と二人、のんびりと公園内を歩く。

 自宅マンションから歩いて十分ほどの場所にある公園だ。敷地はかなり広い。

 ヒマラヤ杉や、楠木、ドングリを落とすミズナラ、コナラ、ハート形の葉が心緩ます桂の木。様々な種類の木があった。

 公園にありがちなうっそうとした薄暗さはなく、木陰が心地いい、日差しの降り注ぐ公園だ。

 広いだけあって混んだ様子はない。子連れの若い夫婦や、ジョギングに励む人々に、散歩にいそしむ人生の先輩方があちこちに見られた。喉かな休日の風景だ。


「あー! 休みって感じですねぇ…」


 雫はぐんと伸びをしてみせる。白いTシャツの上に薄手のジーンズ生地のジャケットを羽織った腕が、高く伸び上がった。

 すらりとしたしなやかな肢体につい目が行く。カーキ色のチノパンを履いた雫は、やはり学生の様に見えた。


「そうだな…」


「まだ、開店まで時間あるんで、その辺で休んできません?」


 雫の示したその辺を見れば、青々とした芝の生えた木陰がそこにあった。芝の上に出来た影が風に揺れる。


「男二人でどうかと思うが──」


「いいじゃないっすか。多様性の時代です」


「…そうか」


 何気なく口にしたのは分かっているが、一瞬、玲司がそちらの人間と知っているのかと疑ってしまった。

 二人揃ってふかふかした芝の上に座る。芝に混じってクローバーが花を咲かせていた。


「いやでも、玲司さん。多様性で思ったんですけど、玲司さんて──中性的ですよね?」


「中性的?」


「男々していないって言うか…。だから女子連中にももてるんでしょうねぇ」


 羨ましい、と口にした雫は芝の上に手をついて、空を見上げる。玲司はそんな横顔を注意深く見つめながら。


「そんな事を言われたのは初めてだ…」


「だって、ホント綺麗ですもん。女性職員が給湯室で『今日も樺主任、綺麗だったぁー』って、言ってるの何度も聞いてますよ? いいなぁ。モテて」


「そんなにモテたいか?」


「それは、まぁ。男なら皆そう思うんじゃないですか? 下心込みで。…でも、最近は俺、ちょっと変わってきてるんです」


「変わってきた?」


「はい。彼女にフラれて、当分いいやって思ってたのもあったんですけど、玲司さんと過ごしてみて、その──こうやって気の合う人間と、好きなことして過ごすのもいいなぁって。気楽じゃないですか。楽しいし、変に気を使わなくってもいいし…」


「たまにならいいが、あまりそっちが好きになると、恋愛も結婚からも遠ざかるぞ」


「ええ? そうなんですか?」


「それはそうだろう。自分の趣味が充実していれば、それで充たされるからな? 面倒な付き合いなんてしたくなくなるだろう」


「うーん…。考えものかぁ。でも、今はこれでいいって気がします。玲司さんが付き合ってくれているうちは」


 体育座りした足を抱えると、その上に顎を乗せ、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見上げてきた。

 玲司は雫の言葉に面食らった。そんな事を言われたのは初めてで。


「…なら、早々に付き合うのは止めた方が、お前の為だな?」


 心の内の動揺を見せず、そう返せば、雫はええ! と声を上げ。


「それ、マジで止めてくださいよぅ。せっかく楽しんでるのに…。って、玲司さんを無理やり付き合わせてるのは分かっているんですけど」


「無理してるって程じゃない。ただ、距離感がいまいちつかめないでいるのは確かだ」


「距離感?」


「学校のクラスメートじゃない。職場の部下と上司だ。お互い同じ職場だしな。どういう顔で接すればいいか考えるだろ?」


「じゃあ、今はどんな顔で付き合っているんですか?」


 玲司はしばし考えこみ。


「…世話の焼ける部下の面倒をみる上司、だな」


「ええぇー! せめて、友だちの括りに入れて下さいよー」


「友だちはないだろう。そこまで気安くはな。お前だって、そうは言ってもまだ緊張しているだろう?」


 さっきもランチに誘うのに、あれほど緊張して見せたのだ。ないとは言わせない。


「確かにそうですね…。それは──緊張しますよ? だって、玲司さんですから」


「上司ってだけじゃないのか?」


 雫はチラとこちらを見ると。


「…それだけじゃないです。なーんか、こう──緊張、しちゃうんです」


「それじゃ、わからないな。別にキツイ態度を取ってるつもりはないが」


 すると雫は、うーんと考え込む様に唸ってから、ガバリと組んだ腕の中に顔を伏せ。


「理由はあるんですけど──言えません」


「余計に気になるな…」


 が、本人は言う気がないらしく、うーんと唸ったまま煩悶している。これ以上突っ込んでも仕方ない。


「分かった。もう理由は聞かない。だが、必要以上に気を使わなくていい。俺は気にしない」


「…ありがとうございます」


 伏せていた顔をこちらに向けた。


「そろそろ、時間じゃないのか?」


 腕時計は十一時二十分を指す頃。と、雫は照れた様な表情浮かべ、


「ちょっとくらい遅れても大丈夫です。その、実は予約してあるんです。席だけですけど…」


「今日予約したのか?」


「…いいえ。その、実は──先週。玲司さんち出てすぐ…」


 言い辛そうに口にした。玲司は驚き聞き返す。


「行くか決めてないのに?」


「だって、せっかく誘うのに、満席だったら悲しいじゃないですか。一緒に行ってくれるか分からないですけど、とにかく予約だけはって…」


 玲司は深いため息をひとつ吐き出すと、立ち上がり。


「予約してくれたんだろう。遅れても悪い。行こう」


「あ、はい!」


 雫石も慌てて立ち上がった。


+++


 雫の案内で向かった先は、やはり時代を感じさせる喫茶店だった。壁がレンガ造りとなっている。

 聞けば、元は郵便局だった建物をそのまま内部だけ改装したとの事だった。店内にはクラシックギターの音楽が流れている。

 年齢層はやはり高めだ。常連風の年配の人物や、中年の男女がその殆どを占めている。若いカップルも見かけたが、騒ぐでもなく何か語り合いながら、静かに過ごしていた。


「いい雰囲気だな」


 呟くようにそう言えば、雫はふふんと得意げに笑んで。


「でしょ? あ、予約した高梁です」


「はい。お待ちしておりました。どうぞ窓側のお席へ」


 カウンター奥にいた白髪混じりの感じのいいマスターが答えた。続いてウェイターの男性が席へと案内する。容姿からすると、マスターの親族に見えた。息子だろうか。雰囲気が良く似ている。


「こちらへどうぞ」


 メニューを手に奥の席へと案内する。大きくとられた窓の外には植木が植わっていて、道を行きかう人の視線や日の光をゆるく遮っていた。


「さ、奥へどうぞ」


「ああ…」


 雫にすすめられ奥の席へと座る。背と座面が革張りの椅子は座り後心地が良かった。座った途端、雫は店員さながら、メニューの説明を始める。


「ランチはAセットとBセット、Cセット。AがハンバーグステーキでBがチキンステーキ、Cがポークソテー。どれもおすすめです。けど、俺が好きなのはやっぱりハンバーグ! あとパンかライスから選べます。単品ならパスタやグラタン、ドリア、カレー各種ありますよ? セットのコーヒーは…。うーん。ここはやっぱりブレンドですかねぇ。本日のおすすめは──マンデリン。どうします?」


「まるで店員だな?」


「え? あはは、まあ、ちょいちょい休みの日はお邪魔しているんで…」


「そうか。じゃあAセットでパンだな。食後にブレンドコーヒーで」


「了解。俺は──いや、俺もAで。コーヒーもブレンド。あ、お願いします」


 声を張り上げなくとも、視線が合っただけですぐに周囲に目を配っていた店員がさっと歩み寄った。注文を終えると、雫が茶目っ気たっぷりの表情でこちらを見てくる。


「全部、一緒にしちゃいました。やっぱり迷う時は結局、これにしちゃうんです。無性に食べたくなって…。至って普通のハンバーグなんですけど、美味しいんです」


「自分でも作るんじゃないのか?」


「作りますけど、自分でつくると美味しさが分からなくなるって言うか…。確かにおいしんですけど、やっぱり誰かが美味しいって言いながら食べてくれたり、作ってくれたりしてくれた物の方が、美味しいって感じやすくて。玲司さんはハンバーグ、誰かに作ったことは?」


「ないな。それに、誰かに作ろうとしたこともない。だいたい、リクエストされたこともないな」


 前に付き合っていた相手の中で、部屋に呼んでも何が食べたいとリクエストされたことはなかった。というか、アルコールを飲むくらいで、後はずっとすることだけしていた。


 ただれているな。


 誰かとのんびりコーヒーを飲んだり、食事を作って一緒に食べたり、笑いあったり喧嘩したり、そんな健全な付き合いなどしてこなかったのだ。


「そうなんですかぁ。まあ、大体女性の方が作ろうとしますもんね」


「…まあな」


 その相手が女性と思うのは当たり前だろう。普通ならそうだ。玲司は曖昧に返事をした。


「玲司さんの付き合う相手なら、きっと美人なんでしょうねぇ。クールビューティーな。仕事もバリバリしてる、医師とかキャビンアテンダントとか、弁護士とか?」


「発想が安直だな? そう言うのは人それぞれだ」


「えーでも、ギャルとか可愛い感じの人とは付き合わなそうですよね? いや、意外に振り回されるのが好きとか? 尻に敷かれるタイプ…」


 うーんと唸りだした雫に玲司は話しの方向を変える。


「そう言うお前は年下の可愛い、スタイルのいい女性と付き合うのが目標か?」


「えー、身もふたもない。そりゃ胸とか大きいと、おお! とかなりますけど…。でも、ちゃんと付き合う相手はそれだけじゃあ。前に見た目バッチリな子と付き合ったこともありますけど…。あれが欲しいあそこに行きたい、今すぐこれが食べたいって…。振り回されまくったことがありました。それで、向いてないなーって、ひと月で別れて…」


「お前…。前も言ったがもう少し付き合う相手を選べ。恋人ならそれも楽しいだろうが、先を考えるなら、一緒にいて疲れることの少ない相手だ」


「いますかねぇ? そんな相手…。大抵、一緒にいても喧嘩になったり、イライラされたり、スマホ見てたり…。そんな()ばっかりで」


「視点を変えろ。一旦、冷静になって相手を見つめてみるんだ。その相手と些細な日常を過ごすことができるか。日常を過ごせないような相手とは、長くは続かないぞ。遊びならいいが…」


「はぁー…。いませんよぉー。だいたい、女の子って、ぜったい素を見せないじゃないですか? 『可愛い女の子』って感じで何時もいて。どこまで演じてるのかさっぱり。素の状態って、結婚しないときっとわからないのかな? って思ってます…」


「それで結婚して、そうだったのかと愕然とするのか?」


 玲司は苦笑を漏らす。


「笑い事じゃないですよう。結婚した友だちだってみんな奥さんの尻に敷かれてて。喧嘩も四六時中だって。結婚したばっかりで、離婚は面倒だし、そこまでは考えないけどって。こんな性格だったのかって思うらしいです。ま、お互い様なんでしょうけど…。それ聞いて、それならもっと良く知ろうと思って付き合っても、全然見えてこないし…」


「それは必死で隠すだろうな? 収入も期待できる、容姿もそこそこ。性格だってそう悪くない。お前みたいな優良物件相手になると特にな。『かわいい子』でいた方が結婚まで行けるだろう?」


「俺、そんなんじゃないですけど…」


 不服そうに唸る。


「お前だって演じているんだ。女性が思う、男性像をな。本当の姿を見せれば、引いていくんだろう?」


「そうなんですよねぇ…。ひき潮みたいにサーッと。俺の好きなもの、好きまで行かなくても、理解はして欲しいなって思います…」


「気長に探すんだな」


「あーあー。ホント、玲司さんが女性なら良かったのに。てか、俺が女の子だったら良かったんですかね?」


 雫は何の気無しに尋ねてくる。玲司は視線を逸らしながら。


「…どうだろうな。どちらにしても、きっと異性同志なら、互いに見向きもしなかっただろう」


「えー! タイプじゃないってことですか?」


「誰もが手の平サイズに収まるような、可愛い相手を好むと思うな」


 ちなみに、玲司の好みは、力強い腕をもつ無精ひげがある男臭いタイプだ。断じて手の平に収まるような可愛いタイプではない。

 雫は口先を尖らせつつ。


「俺は、絶対好きになりますよ。玲司さんのこと。きっと綺麗ですもん。でも、相手にされないって分かってるから、声を掛けられないって言う…。だから、玲司さんが男で良かったです!」


 心からそう言っているのが分かる。気楽なものだ。玲司はなんでもない顔をして続けた。


「さっきと言い。俺に声を掛けづらかったのか?」


 すると、雫は自分の手元を見つめながら。


「…いつか話してみたいなって思いましたけど。なかなか縁がないし。自分からなんてとても」


「俺はそんなにとっつきにくかったか?」


「違うんです。その──」


 と、言いかけた所にランチが運ばれてきた。それで一旦、会話は中断となる。目の前のよく使い込まれたテーブルには、湯気を立てるハンバーグと付け合わせの野菜が盛られた皿が置かれた。


「うーん、いい匂い! 話しは後にしてさ、とにかく食べましょ!」


「ああ」


 子供のように目を輝かせる雫に、玲司は我知らず苦笑を漏らした。それ以上、その話題が続くことはなかった。


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