ハンドアンドハンド やすなりくんの体験談
手が! 手が! 手が! やってきた。寝ている時にやってきた。
むね、はら、どこそこさわられて、僕の心は戸惑った。
陰が、大きな陰が近づいてくる。誰か誰なのか誰なんだ。ぼくは、あなたは何者か。
物心がついたあの日はとてもハッピーで、爽快な風が吹いていた。
まだハンドに怯えることもなく、まだまだハンドに感謝することもなかった。
ぼくは二十五歳を過ぎた頃、はじめてハンドの影響を受けた。同時期、ぼくの体は震え出した。全身に鳥肌が現れたのだ。
はじめは気のせいだと思ったが、意識することで鳥肌が立つことに気づき、僕は驚いた。
夢の中でハンドがやってきた時も、偶然見た夢のひと幕だと思っていた。
が、それは必然に等しい幕開けとなった。
毎日ではなかったが、眠りの部屋にやってくる者がいた。ぼやけてよく見えないが、ハッキリとそこに誰かいる!
僕は面食らう自分を隠すことができなかった。
闇の中で胸を押さえられ、苦しみのなか目を覚ます。尋常じゃない汗をかき、いつもながら思うことがある。
何故? なぜこのような夢を見るのか。ぼくが何をしたというのか。
夢の中の人。誰か分からないが、明確なことがひとつだけあった。
それは相当、力が強い。僕がどれだけ力をこめ、抵抗しても、それ以上のパワーで押さえつけてくる。
魂の集合体。それは小さな神のような存在。または偉大な先人とも言う。
僕たち肉体のかなう相手ではない。
時折り、ひどく偉大なる先人のたわむれが過ぎる。乱暴な扱いをされることもあった。詳細はよく覚えていないが、胸を強く押さえられたり、首を絞められたり……。
首の締め方も、どこか微妙で、あえて力を抜いているように思えた。
しめ殺そうと思えば、簡単に締め殺せるんだよと、言われているような気がした。
誰が誰だか分からない。見えないものは見えない。僕には見る力がない。
うっすら誰かがそこにいる。寝ている時にやってくる。その程度なのさ。
ぼくは謙遜しない。傲慢な風を吹かせるつもりもない。変わることのない性格と性欲。変態魔王の心は健在であった。
僕はいい人でも、悪い人でもなかった。いや十代の頃は、少し悪い人だっかもしれない。反省。
大人になってから変化したことは何もなかった。
ただ見えない大きな力が、音もなく何度も覆い被さってきた。それだけは紛れもない事実だ。
ある時、寝ている時、かなしばりで動けなかった。またイタズラ好きなハンドが、複数で押し寄せてきた。ぼくは動けない状態で身構えた。
その時、三人の人物が徐に降臨。うっすらと見えるだけで、容姿はまったく確認できなかった。
あとから聞いた話になるが、三人のうち一人は女性で、あとの二人は男性と申すもの。
すじょうは知れなかった。ただその時、ぼくに接近しようとしていたイタズラ好きのハンドが、ゆっくりと離れていった。
今でもその光景が脳裏に焼き付いている。
三人の人物は誰なのか。僕の守護霊なのか? いやはやどうなのか。
ぼくは鳥肌情報をもとに、三人の生い立ちを超部分的に調べてみた。
○ 平安時代の風のなか、強く優しく生きた女性がひとり。戦争のない世の中を夢みておられた。
離ればなれになった姉のことを、生涯思い続けていた。再会は叶わなかったが、幸福な人生であった。
○ いにしえのヨーロッパで大地に根をはり、強く美しく生きた男性がひとり。
ぬぐえない罪を抱えながらも、可憐で優雅な花の人たちに愛された人生。戦闘狂の色男は、生涯独身でいることを心に決めていた。
○ 江戸時代のいつ頃だったか。強さを求め、剣に生きた男性がひとり。
深い絆で結ばれた兄と妹。二人の長い旅が始まる。
とまあ、この程度のことしか分からない。わかったつもりでいるだけだ。全然違うよと、先人に言われるかもしれない。
そもそも鳥肌情報とは何か? とても理解が追いついていなかった。
鳥肌が立つ条件は二つ存在しうる。ひとつは崇めの心や尊敬の気持ちを持った時。
もうひとつは、質問に対する答えを鳥肌が立つことで返してほしいと願い出た時。
たとえば天照大御神は実在するのか。実在するならどこの誰なのか。と言う質問を心の中で投げてみる。
そのあと、今から歴史上の人物の名を心の中で言うので、正解なら鳥肌を立たせて下さい。違っていたら、鳥肌なしでお願いします。
……で、天照大御神は実在するどこのどなた? それはそれは、かの有名な邪馬台国の女王、ヒミコ様でした。
あとから少々調べたところ、天照大御神がヒミコ様であると言う説は、有力だそうです。断言はできない。
鳥肌が立つ理由はハッキリしていないので、僕の話は聞き流した方がよい。
雲が移りゆく。空は明るく、輝いて見える。世界は美しいと誰かが言ってたけど、それは真実なんだ。
美しくないものは存在しない。見えるもの、みえないもの、すべて麗しい。
僕はいつから、すべてがキレイだと思えるようになったのか。鳥肌が立ちはじめた頃か。あるいは三人の先人が降り立った頃か。
とにもかくにも、僕の側には、ありとあらゆる人格者がいる!
俗に言う守護霊と呼ばれる者たちだけでなく、いろんな時代の、いろんな世界の亡き魂がひとり、またひとりと集まってくる。
そんな気がするだけだ。証明はできない。聞き流しても構わない。単なる妄想かもしれない。
幻覚妄想病と過去に診断されたこともあった。
とりあえず、多くの偉人天神が、大名行列のように僕の側にいらっしゃると言うことを、心にとどめておく。
何を言っているのか分からないので、夢の話をしよう。そうしよう。もちろん寝ている時に見る夢だ。
十代の時に見た夢は、殆ど覚えていない。その中でも黒い飛行機の夢が、印象に残っている。
大きな大きな飛行機。何もかも黒い飛行機。ブラックと言う色が嫌だとは思わないが、その時みた黒い飛行機の夢が、今でも僕の憂鬱な記憶として残っている。
あとはトイレの夢だ。学校のトイレの中で、僕はナニかから逃れようとしていた。
走ってその場を離れようとするが、体が重い。前に進まない。僕は結局、そのナニかにつかまってしまう。それだけのこと。
二十五歳を過ぎた頃から、不可思議な現象が僕の身にあらわれはじめた。
秋が深まるころだった。鳥肌が立ち始め、そのあと少し変わった夢を見るようになった。
最初に見た夢はどんな夢? 薄暗い空間の中、ぼくはベッドで横たわっていた。
そこへ女性が近づいてきた。多分女性だ。確信は持てない。女性のふりをした男性かもしれない。
どうでもいいことだが、僕は男。単純に美しい女性が夢に出てきたらいいなぁと、思う。それだけ。
で、夢の中で女性とナニをしたのか? いや、何もしていない。たしか手を繋がれ、そのあと何をされたのか覚えていない。
手の感触がやわらかかったので、女性だと思われる。
夢は不思議なもので、二十五歳以降に見た夢が特に不思議であった。いい夢や怖い夢。なんとも言えない夢など、多岐にわたる。
はじめに、なんとも言えない夢から紹介しよう。
僕は真っ暗な夢の中で、ひたすら落ちていた。底なしの空間の中で、永遠に落ちる夢を見た。
どこまで落ちるのか気になったが、いつのまにやら目が覚めていた。
ついで、薄暗い水の中を仰向けで泳ぐ夢を見た。泳ぐと言うより、移動しているような感覚。
薄暗い中にも、淡い光を感じたような気がする。爽快感の中、ずっとこの世界が続いてほしいと思ったが、案の定目が覚めた。
ついで、誰かに運ばれる夢。薄暗い空間の中で、両手両足を持たれた状態で、ただただ運ばれ、移動するだけの夢。
僕は誰かに運ばれ続け、いつのまにやら目が覚めていた。本当に、なんとも言えない夢であった。
さあ、怖い夢の話をしよう。前方に夢の扉が並んでいる。まずはあの紺碧の扉から、開けてみることにしよう。
トントン。どうぞ。
青空の下、ぼくは歩いていた。土の道以外は、日常の街の風景が広がっていた。
民家の壁に、緑色のバッタの姿が見えた。その時、土道が割れた。道の割れ目から、巨大なミミズの体の一部が見えた。
たとえるなら電柱の太さ、長さに相当する。ここまで巨大なミミズは現存しないと思われる。体の一部しか見えていないが、僕は怖い夢だと素直に思った。
巨大な生物はミミズだけではない。夢の中、ぼくはひとりで、うねる大きな川沿いの道を歩いていた。
前方を眺めると、象が三頭、川を渡ろうとしていた。ゾウが川を渡る途中で、画面が切りかわった。僕は少し離れた所から象を眺めていた。
その時、うしろからワニがやってきた。それはそれは巨大なワニで、大人のゾウを丸のみにできるほどであった。
僕はそのワニの背後を眺めたあと、目が覚めた。背後で良かった。正面から食べられる夢なら、相当怖かったと思われる。
ラストをかざるのは巨大な白熊の夢。広い大地の中で、通常の三倍はあるかと思われる一頭の白熊が、地面に爪を立てていた。
何をしているのか? 僕は遠いところから眺めていた。白熊は穴を掘っていた。
それほど珍しい光景ではなかったが、次の瞬間、地面の中からマグマが噴き出してきた。
白熊は溶岩に触れ「熱々!」と言ったかどうかはいざ知らず、熱そうな動作を繰り返していた。
ぼくはしばらく白熊を眺めていた。その時、不意に白クマと目が合い、恐怖のあまり、僕はその場を走り去った。
家に帰って戸締りをしたが、油断はできなかった。さっきの熊が家に来たら、確実に戸は壊され、僕は熊の腹のなかへGOだ。
ぼくは恐る恐る玄関へ向かった。ドアポストの細い穴から外を眺めた。
白クマのかわりにやってきたのは、猪であった。イノシシは横綱がしめるような締め縄を、首に巻いていた。
興奮した様子はなく、穏やかであった。夢はそこで覚めた。
紺碧の扉を出ると、今度は紫色の扉の中へ入った。はいって早々、紫色のミミズが芝生の上でピチャピチャと跳ねていた。
魚のようにはねるミミズの光景を目にした僕は、恐怖で心が満たされた。
なぜか分からない。本当に何故だか分からないが、僕は大量のミミズが跳ねる芝生の上を、走り抜けなければならなかった。
自分がどんな罪にとわれているのか知らないが、僕は紫色のミミズの大地を駆け抜けた。そのあと夢が覚めた。
白色の扉から、手の平のようなノブが突き出していた。ぼくは握手をするような感覚でノブにふれた。
その瞬間、扉の中へゆっくりと吸い込まれていった。ぼくは施設の中で、ひとりの外国人に殺されそうになる夢を見た。
僕は外国人男性と戦っていたのだ。とてつもなく強い人だった。
最終的に、僕が男性の目を指でついたことによって、怖い夢が晴れていった。十年以上前に見た夢だったが、今でも怖い夢として記憶している。
さて、僕の身に、今もおきていることを軽く説明しよう。摩訶不思議な話になるが、構わないだろうか?
一羽のツバメが頷いたので、話を始めよう。僕はおこない次第で「人生、見る夢、死後の世界」が変わってくる。
人類共通のことかもしれないが、僕の場合、行い次第で見る夢が変化すると言う項目が、特に目立って現れる。
さて、おこないとはいったい何か。まず、やってはいけないことから、分かっている範囲で説明しよう。
確かな決まりはないが、僕は多数の女性を見たり、想像してはいけないのだ。
もちろん女性を誘ったり、口説いたりするなど言語道断である。一人や二人なら、通りすがりならチラッと見ても「おい!」と言われることはない。
が、油断はできない。気がぬけない。
調子に乗って、いやらしい目で女性を見ていると、体中にギョウチュウのような幼虫がまとわりつく夢を見る。
虫が苦手な訳ではないが、夢の中で虫が出てくると、何故か異様に怖い。
さあさあ、過去の恐怖が蘇ってきた。今からもっともハンドに怒られた時のエピソードを紹介しよう。
ぼくは二十五、六歳の頃、家のテレビで歌番組を見ていた。
多数の女性アーティストが出演しており、僕の鼻の下は伸びきっていた。
その夜、ぼくは夢を見た。手がにょろりとやってきた。手の平が全部、タコの吸盤になっていた。
その手でお腹を強く押さえられ、声なき声を上げた。痛かった。苦しかった。あとにも先にも、タコの吸盤のようなハンドの力を味わったことはない。
タコの吸盤刑をくらったのち、しばらく女性を見るのが怖くなった。
僕は恋愛禁止なのか。それとも特定の人物となら、恋仲に落ちてもよいのか。
今だに答えが出ていなかった。謎は霧と共に、どこまでも深くなるばかりだ。
そう言えば、僕はアルコール禁止だった。禁止かどうか、今となってはよく分からないが、お酒を飲むと必ず怖い夢を見ていた。
ただ、三ヶ月の期間をもうければ、お酒を飲んでも大丈夫だった。正直よく分からない制約だったが、いつしか僕は、アルコールを控えるようになっていた。
缶ビール一本なら飲んでもいいでしょ? そうだ。ほろ酔い気分で止められるなら、少量ならば飲んでもいいよ。
そうしなよ。と言われた覚えはないが、ちょっとだけなら飲んでも、怖い夢を見ることはなかった。
最近はちょっと飲んだだけでも、頭が重くなる。だからお酒は殆ど飲んでいない。お陰で怖い夢を見ることがなくなった。
怖い夢ばかり紹介してもラチがあかないので、ここからは、いい夢の話をしよう。
覚悟はいいだろうか? 多少シモがかった話になるので、苦手な人は無理に読まなくてもよい。
と言うより恥ずかしい。恥ずかしいから読まないでほしいと、思ったり思わなかったり。
恥ずかしいからこそ、読んでほしいと思ってみたり。
念の為、最大限オブラートに包むことを約束しよう。
霜が降りてきた。さあ、行こう。エロスの扉へ。奥のおくの、深い世界へ。
僕はベッドで横になっていた。二十五歳を過ぎ、最初に見た、いい夢を思い出すのは難しいが、なんとか思い出してみよう。
薄暗い部屋の中で、女性らしき人物が僕に近づいてきた。僕は不意に、大事なデコをつかまれ、少し驚いた。
一瞬、下半身が気持ちよかったような気がする。夢から覚めた僕は、しばらく動けなかった。
さて、シモの入り口からいっきに奥の間へ招待しよう。準備はいいだろうか?
一羽のカラスが「早くしろ」と鳴き叫んだ。促されて動くタイプではないが、大好きな鴉に背中を押され、僕は読者と目を合わせた。
どうぞ奥の部屋へお進み下さい。
僕は眠っていた。その時「どなた」がやってきた。
薄暗い空間の中で僕のデコが……。大きくも小さくもない僕のデコが「どなた」に舐められた。いや、なめまわされたのだ。
はじめて味わう感覚だった。夢から覚めた時、ぼくは呆然とした表情で部屋の壁を眺めていた。
かなり気持ちよかった。
ある日の夜。ぼくは眠りについていた。暗闇のなか夢の中「どなた」が僕に迫ってきた。
また舌でせめられるのかと思ったが、今度は意外な部位をせめられ、僕は驚いた。
「どなた」は徐にかつ大胆に、僕の大事なボコをせめてきたのだ。詳細について説明すると、ボコの中をいじられ、まさぐられ、くすぐったかった。
デコへの刺激とは違った意味で、気持ちよかった。
凸への刺激。凹への刺激。ともに初体験であった。デコを舐める行為は聞いたことがあるが、ボコの中にナニかを入れる行為は聞いたことがなかった。
ぼくは夢の中で僕のボコをせめる「どなた」に向かって「汚いですよ。汚いからやめてください」と言ったが「どなた」はやめなかった。
夢から覚めたあと、僕は世界の情報通信網を使って調べた。
検索内容「ボコの中に入れる」
検索結果を見て、ぼくは目を見ひらいた。
デコとボコをまさぐる。それは、紀元前からとり行われていた性行為であった。
僕は行いが良い時だけ、デコかボコ、どちらか一方が気持ちよくなる。
稀なことだが、凸凹同時に快感を味わうことがあり、その時は、さすがに申し訳ないと思った。
最近になってようやく、いい夢の見方が分かったような気がする。その根拠となった夢を紹介しよう。
ぼくは寝ている時にかなしばられ、動けなかった。部屋の中、天井を見ると女性の顔が映っていた。
見える見える。女性の顔が!
僕は目を大きく開いていた。年配の女性のように見えたが、この方は「どなた?」と僕は思った。
もちろん容姿が鮮明に見えた訳ではない。僕はその状況が夢なのか、現実なのか、判断できなかった。
薄暗い空間の中で「どなた」に両手をつかまれた。
琉球民謡、戦争、兵隊さん。
「どなた」の手の平から、凄まじいエネルギーが記憶と共に舞い込んできた。
この方、おそらく想像をぜっする苦労をされている。苦労を知らない僕でも、けわしい人生の風景が見えるようであった。
いつの時代か。どこの誰の先祖なのか。知るよしもなかった。僕は、今は亡き「どなた」に、ある言葉を投げかけられた。
「辛抱しなさい!」と。
忍耐が大事なのか? 他にも男性の声で「我慢だ!」と言われた。
我慢と辛抱、合わせて忍耐。苦労と忍耐こそが、いい夢を見る条件なのかもしれない。
全てではないが、確かに行いの加減によって、見る夢が変化する。忍耐強く一日を過ごすことができたなら、キレイな女性が夢に現れ、キスをされ、あれこれされて癒される。
すごく良い夢を見た時、ぼくは何をしていたのか。一日の行いを振り返ってみよう。
その日、ぼくはテレビを見なかった。適度な運動、適度な勉強をしていた。自分以外の人の為に、料理を作っていた。
エロいことを、なるべく考えないようにしていた。その結果、長きよき夢を見ることができた。
まずは凸凹、どちらか一方が超気持ちよくなったのち、映像のご褒美が待っていた。
いろんなタイプのキレイでカワイイ女性たちが、僕の目を癒してくれた。
しかしながら、忍耐強く一日を過ごすことがどれだけ難しいことか。僕は怠け者だから、いい夢を見ることは殆どない。
最近では街を歩いたり、乗り物に乗ったり、好きでも嫌いでもない人に会う夢を見ていた。
最後に、ぼくが特にハッとした「どなた」の夢の話をして、このつたない文章の幕を下ろしたいと思う。
「どなた」の夢 一
夢の世界。白い洋服をまとった十二、三歳の女性が、僕の前に現れた。
ぼやけてよく見えなかったが、若い女性だと認識できた。
僕は力の強い女性とたわむれていた。
容姿がよく見えない。見せる必要がないのだ。何か僕に伝えようとしているのか。
痛い痛い。夢の中で痛みを感じる。稀に起きる現象であった。
本来夢の中で痛みを感じることはない。
白い洋服の女性は「どなた」でしょうか? やや乱暴に接する君は、どんな人生だったのか。
痛い痛い。それは僕ではなく、君なんだ。ひどく悲惨な思いをしたんだね。
君はどこで生まれ、育ったのか。広大なビーチ。キラキラと輝く太陽。美しいお寺の建築。
そこから眺める海洋の風景が眩しい。海が近い場所。街の中、どこのどこかで君は倒れ、天に昇っていった。
鳥肌が立つ。思い浮かべた人物の人生が、悲惨であればあるほど、鳥肌が強く立ち上がる。
白い洋服のキレイな君は、ぼくの側にいる。今は僕のそばにいるんだね。
僕は君を忘れない。忘れてはいけないんだ。
頭にキムチが浮かんできた。君がよく食べていたよね。違ってたらごめん。
僕は生涯をかけて、君のことを崇めると約束したんだ。それ以来、君は僕に優しく接する様になったね。
でも、僕は時々、君を忘れてしまう。いろいろ考えることが多くて……。ごめん。言い訳はよくないね。
死者の魂。霊人の供養と崇拝こそが、霊人を霊神へと変えてゆく。霊神の穏やかで強大なエネルギーが宙を舞い、やがて生者の元へと返ってくる。
今は多くの亡き先人のことを思い……。敬仰、畏敬、崇拝している。
白い洋服の君を、ぼくは崇めつづける。
「どなた」の夢 ニ
布団の中でガサガサゴソゴソ。僕は布団の中にいる夢を見た。ガサガサゴソゴソ。
誰か布団のなかにいるのかな?
「ジョンおじさん」男性の声が聞こえる。確かにジョンおじさんと言っていた。ジョンおじさんとはいったい誰のことなのか。
僕は一度おきてから、二度寝を試みた。ぼくは外国の街を歩く夢を見た。
そこまで鮮明に覚えている訳ではないが、日本とは異なる景色が広がっていた。
ぼくは同性のつれと二人で、芝生の上を散策していた。その時、喪服をまとった女性が近づいてきた。
「〇〇さんですか?」と聞かれ、僕は戸惑った。
喪服の女性は、某著名人のフルネームを口に出していた。
「〇〇さんはどこにおられますか」ではなく「〇〇さんですか」と聞かれたので、僕は驚いた。
ひょっとすると、僕がその著名人に見えたのかもしれない。
どこからどう見ても、僕がその著名人に間違えられることはないが。
ジョンおじさん……。
「どなたですか?」
ユナイテッド キングダム。ジョンおじさんは、あの人かもしれない。
「どなた」の夢 ラスト
空の上、雲の中、海の底。知的で前向きな風が、僕の部屋に入ってきた。
八月六日の夜。ぼくはベッドの上で、かなしばられた。体が動かなかったが、首の関節だけが動いたので、僕は目前の男性を凝視した。
白いシャツを着ている様に見えたが、いつもながら、ぼやけてよく見えない。
いくら力を入れても、金縛りがとけることはなかった。僕のジタバタしているそぶりを見て、男性の顔がほころんだように見えた。
そして「どなた」が口を開いた。
「見守っているから、先祖の言うことを聞いて――」
まだ何か仰っていたが、聞き取れなかった。先祖の言うことを聞く。それが僕にとって一番重要なこと。
しかしながら、先祖にあれこれやりなさいと言われたことがない。
忍耐が大事だとは言われたが、特に具体的な内容を言われた覚えがなかった。
自分で気づいて、自分で悟れと、声なき声が飛んできそうであった。
自分で気づいて悟る。これは簡単なことではない。
そうだ。例え話をしよう。
ある日の夜。寝ている時にトントン、トントン。軽く肩を叩かれ、僕は目を覚ます。
なんだろうと思いつつ、眠りにつく。トントン、トントン。また起こされ、少し考える。僕は気にせず、眠りにつく。
トントン、トントン。またまた起こされた。三度目の正直。
僕は深い思慮の世界へ突入する運びとなった。薄暗い天井を見ながら、一日の行いを振り返ってみた。何か悪いことをしたのか?
そう。僕はこの日、母親にひどく当たっていた様な気がする。あなたの育て方が悪い! だから僕はこうなった。どうなった?
とか、なんとか。言い返すことができないほど、正論のようなことを吐いていた。
母は母なりに頑張っていたのに……。
僕は宇宙を眺め、自身に向かって言葉を投げかけた。宇宙を見てごらん。人はみんな星のカケラなんだ。
偉大で神々しい星のカケラとして生まれた僕らは、生まれた時から優秀なんだ。
だから僕も母も、赤の他人も、誰が何かを成し遂げなくても、立派で有能な存在なんだ。
母が至らないのは、過去のあらゆる物質に惑わされているだけなんだ。人はどんな境遇であろうと、生まれた時から素晴らしいエネルギーを放っているのさ。
僕は母に当たり散らしていた当時の自分に、ビンタをくらわせた。
「お母さん。ごめんなさい」暗い寝室で僕はつぶやいた。
そのあと、トントンされなくなった。そして気持ちのよい朝を迎えた。
これが、自分で気づくと言うことか。
先祖は僕に厳しく、時に優しい。山のような海のような存在であった。
さて、話を戻そう。いま仰向けの僕の上に、男性が鎮座している。
トントントトンと異なり「どなた」からのメッセージが分かりにくい。
「見守っているから、先祖の言うことを聞いて」
ぼくは先祖の言うことを聞いて、実践できているだろうか。
「できている。今その途中だ」
声は聞こえないが、鳥肌が立つ。曖昧模糊ではあるが、白い霧の中の石の道がまばゆく見える。
ムラがあるものの、実践できているよと言われているような気がした。
金縛りがとけた。僕は動けるようになった。不意に直感が降りてきた。
今、目の前におられる「どなた」は、滅多にお会いできる方
ではないと思った。
僕は立ち上がり、帰りゆく「どなた」に向かって握手を求めた。「どなた」は快く握手に応じてくれた。そのあと抱きしめられ、短いキスを何度もされた。
心の広さと愛の深さを感じた。
それから十五年。中年男になった今も、行い次第で見る夢が変化することに変わりはなかった。
僕はどこへ向かっているのか。風、水、空に聞いても分からない。
いみじくも、僕はゴッドハンドに愛されるような人生を歩んでいきたい。
完