02.巡る噂と黒髪
「とうとう婚約破棄されたそうよ」
「遂に!」
「まあ、今までがおかしかったのよ」
今日も今日とて良い天気。元気に小鳥も囀っている。あちらこちらで楽しそうに鳴き、おやおやと楽しそうねと振り向くと何処かへ行ってしまうのは悲しいけども。
「どうして」
裏庭での話から数日、見事に時の人となってしまった。大体一言くらいしか話していないのにこの広まりようは中々凄い。
今、学園は私とミヒャエルの婚約破棄とミヒャエルの次の婚約者は誰だという話で持ちきりだ。婚約破棄の件なんて王家から何の発表されてないのに。
私には悪口、ミヒャエルには令嬢が纏わりつき、学園は未だかつてない大盛り上がりを見せている。
「ふくく」
そりゃコンラートもおかしな笑い方をしたくなるだろう。だって悪口は言うけども私に認識されるのは嫌なのか、私がチラリと見ると皆怖がって逃げていく。何処かの国にいたという神話の化け物扱いみたいだ。別に私が見ても石になったりしないのに。
元々友達という友達も居ないので、この噂で人間関係が壊れる事もない。悲しい事だけどそれを気にしなくて良いのは気が楽だ。私には気を遣わない人が一人二人いれば十分。それがちょっぴりおかしな人であったりしても。……別に泣いてなんてないやい。
私は笑うコンラートの脇腹を肘でつき、じとりと目を細めた。ウッとわざとらしく呻いたコンラートは脇腹を摩る。
「ああ、すみません。面白いですね、この状況」
全く反省していない態度に気が抜ける。面白がるんじゃない。
「私は全然面白くないですよ」
溜息を吐き、垂れた長い黒髪を指先で弄る。くるくると指に巻き付けようとするが、癖が一つもない直毛の為全く指に巻けない。この国、アスキエルド国では黒髪は魔の色と言われている。魔の色、つまり悪魔の証であると。不吉の象徴という事だ。
不思議な事に黒髪はオルトマン侯爵家の直系にしか生まれない。黒っぽい髪色の人は普通にいるが、混じり気のない真っ黒な髪はオルトマン侯爵家のみだ。
オルトマン侯爵家は建国時から臣下である。この国が出来たのは記録によるとなんと二千年前。気が遠くなる程の年月でも没落する事なくアスキエルド国を仕えているのはオルトマン侯爵家しかいない。
のにも関わらず好意的な貴族は少ないのはこの髪色のせいだ。圧倒的な黒への嫌悪感の刷り込み、いかに名家であっても悲しいかな揺るがない。
しかしそんな忌み嫌われているのにも関わらず、没落しないのは畏怖の念があるからなのだろう。恐ろしいから触れられない、何かすれば末代まで祟られるかも知れないと。だから腰巾着のような存在もいない。まあ、実際そんな存在いても我が家は大切にしないだろうな。人付き合いが苦手だから。
家に来る貴族は確かにいるけども、何故か大体長居はせずに帰ってしまう。長居をするのは分家の人達ばかりである。
本当に不思議。もしかして親戚じゃない人には居心地が悪い何かが出てる?
私にとっては現在のこの状況が居心地悪いけども。
今も廊下を普通に歩いているだけなのに皆、私の存在に気付くと下を向き固まっていく。もう本当どういう状況なのでしょうね。この下を向いている人達は皆、私の悪口を言っていたという事?もう分からない。たかだか裏庭で婚約者と話しただけなのにこれはない。
ほら、またコンラートがぷるぷると笑いを堪えて震えている。
「コンラート」
「っん、はいはいすみません」
おざなりな謝罪にゴホンと拳を口に当て咳払いをしたコンラート。それに対してコンチクショと憎たらしい気持ちが湧いてくる。ムッとしたまま再度脇腹を突く。だけど何故かさっきのような反応は無い。
(脇腹弱い筈なのに)
歩きながら横のコンラートを見上げれば視線が窓の外へと向けられていた。此処から見える場所は整えられた庭園、生徒達の人気スポットである東屋がある。
何があるんだろう。半歩前へ出て覗こうとしたが、思い当たる事があり動きを止めた。
コンラートの金色の視線を感じ、同じ金色の瞳を向ける。
「あと二ヶ月で卒業ですけど、どうなるんでしょうね」
にんまりと目を細めたコンラートの問いに片眉が上がる。
二ヶ月後の三月に私は学園を卒業する。なんとこんな存在だが、卒業生代表として答辞も決まった。王族のミヒャエルではなく私なのは、単純にミヒャエルが一個下の学年で卒業しないからだ。
年明け前はこんな事になるとは思っていなかった。こんな騒がしい事になるなんて。いや、嘘だ、本当は少し予感がしていた。
「多分、卒業パーティのエスコートはミヒャエルがすると思います……多分」
王家がどう動くかは分からない。だけどきっと彼はそうするだろうと思う。これまでの10年、私と共に歩んだ時間がある。それに……
「もし駄目だったら俺がエスコートしますよ」
「そうですね、最悪お願いします」
「面白い、俺がエスコートするのは最悪の事態なんですね」
「そういう……本当の意味を分かっているのに敢えて捻くれた言い方するのどうかと思います」
貼り付けた笑みのままコンラートがスッと歩く速度を落とした。コンラートへ顔を向けたままだった私の視界に見るのをやめた東屋が入る。
東屋には思った通りミヒャエルがいた。彼だけでは無い、ミヒャエルと複数の女生徒と共に。そして一人のピンク髪の女生徒が彼の腕にわざとらしく絡みついた。
(凄い、あんなに体を寄せて)
小柄な彼女はミヒャエルに笑顔で何かを言っているようだ。それに対してミヒャエルも笑顔で答えている。巻き付いた腕を振り払うそぶりもない。
遠目から見ても楽しそうな様子に胸がもやりとする。銀色の髪が光り、眩しさに思わず目が細まった。