プロローグその3
「おお、勇者、死んでしまうとは」と神は言う。
情けないか? 不甲斐ないか? 可哀想か?
まあ魔王を倒した帰路であっさり殺されるなんて情けないし不甲斐ない。
でもさぁ、王太子の護衛たちに裏切られるなんて、そりゃ想定外だと思うよ。
宿の手配も任せきりだったし、パーティーのメンバーの武器や防具を預けて手入れしてもらったりもしていた。仲間だと思っていたから。
寝込みを襲われて丸腰のまま、それでも徒手空拳で頑張ったんだぜ。だが多勢に無勢のうえ、護衛の中で一番偉くて強い奴は先祖代々伝わる魔剣とやらを持っていた。勇者がロクでもない奴とわかった場合、殺すことができる代物を。
酷いだろ? 俺って結構品行方正だったんだぜ?
俺が死んだすぐ後に、王太子を含む勇者パーティーのメンバーが駆けつけた。魔剣を持っていた護衛の長だけはかろうじて生き残っていて、これは王位継承の争いを避けるためだったと言った。
いや確かに勇者が王になるパターンも過去にはあったみたいだけどさ。
王位簒奪とかそういう誤解はされないように振る舞っていたつもりだったが、王太子には信用してもらえても、取り巻きたちには信じてもらえなかったんだな……。あるいは俺の意志はどうあれ、存在自体が目障りだったのかもしれない。王太子も俺も同じ魔法剣士で、戦闘能力だけとれば勇者の俺の方が上回っていたから。
王太子も他のパーティーメンバーも怒り狂って、護衛の奴を殺そうとした。
そこで神が現れて待ったをかけた。
彼は正しく役目を果たしたのだと。
そして彼が俺を殺すことができた理由を説明してくださりやがった。
魔王を倒すまでは勇者には最大の加護が与えられている。しかし倒した後は優先順位が下がり、国を守る血筋に与えられた数々の特権が優勢となる。護衛の長はその血筋だったというわけだ。
ふむふむなるほどと、ここまでは比較的冷静に映し出される場面場面を見ることができていた。
ちなみに、自分が死んだ後のことがなぜわかるかっていうと、俺を見殺しにしてくれた神が映し出してくれていたからだ。別の世界の神に事情を説明するために。俺への説明も兼ねてはいるだろうが、まあそれはおまけだろう。
さて、勇者のいなくなった勇者パーティーは神と大喧嘩を始めた。
俺を生き返らせろとメンバーたちは食い下がるも、それはできないと神は言う。
死者蘇生は世の理に反するので神ですら滅多なことでは実現できない。魔王を倒す過程での勇者の死に戻りは数少ない例外の一つだが、もう魔王は倒されている。
それに何より、俺を生き返らせたら、護衛の長の危惧した通り国が分裂して大混乱に陥る可能性が高いと言うのだ。俺はそんな野心をぎらつかせた奴じゃないって? 俺の性格や意思はあまり関係なく、王家に敵対する奴らに勝手に担ぎ出されるだろうと神は言う。
これには王太子も怒ったが、聖女と僧侶もまたブチ切れた。
命懸けで世界を救った見返りがこれかと。
魔術師は黙って護衛の長の急所を叩き潰した。神ですら止めることはできなかった。この血筋を完全に絶やすためには、こいつの親兄弟姉妹、一族郎党に不妊の呪いをかければ良いと嘯く。それと並行して家ごと取り潰してやると王太子が言う。
聖女と僧侶は教会を離脱することを決めた。パーティー加入前からその善行で民の信頼が厚い彼らだ。彼らが事の顛末を世に言い広めることは神が何とか妨害できるとしても、彼らが去った後の教会での内紛を防ぐことは、神でも難しいだろう。
「つまり、勇者パーティーの皆さんは、もともと能力が高くて社会的な地位もあった精鋭メンバーだったので、勇者パーティー用のあなたの加護をなくしたからといって完全に無力な存在に落とすことはできない。
しかし勇者を生き返らすことは、あなたの世界のルールではできないこと。
そこで、こちらの世界に勇者を移住させることを提案したいと?」
お姫様のような薔薇色の、ふわふわひらひらしたドレスを着た少女が言う。
見かけは十七歳くらいの成人直前といった感じだが、これから俺がお世話になるかもしれない新世界の神だそうだ。
彼女は前任の神から世界を引き継いだばかりで、どうしようもなく汚染された大陸を丸ごと沈めたり、群雄割拠状態の大陸を統一させる手筈を整えたり、何かと忙しいのでお手伝いの人材がいればありがたいと言っている。
人材を使い捨てにすることはないと約束もしてくれた。ここ重要。
「いいですよ。それで俺はあいつらの夢枕に立って、穏便に済ませろと説得すればいいんですよね。直接関係していない善良な人々に被害がいくのは本意ではないだろうと」
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