再会 その2
傷を負う場面があります。苦手な方は避けるようにお気を付けください。
鷹狩りは乱入者により打ち切られ、当然夜会も無くなった。
「盛装ではなく、私はお嬢様の正装を拝見したかったです」
私のコルセットをぐいぐいと絞めながら、ルーイーが不貞腐れる。
「仮縫いどころか、型紙からずっと見てきたじゃない。
近々また、何かあるでしょうし。今だと夕方からのドレスを着るには時間が早すぎでしょう。それに、あのまま続けるのはね」
「そこを突っ込まれてしまいますと、流石の私もお嬢様の正装を見たいとは言えません」
「で、ルーイー。私、あなたのお陰で息が出来ない」
「はっ。申し訳ございません。
武装者への怒りが再燃いたしまして」
今から纏うドレスを持っていた侍女たちが、私たちのやり取りを聞いて肩を震わせている。
「皆も笑っていないで、ルーイーの管理をお願いね」
私の一言で、私室には笑い声が響いた。
ノックがあり、そろそろお客様が着くと聞こえてきた。
鷹狩りのときのお見舞いとして、アシュレイ様が来て下さるのだ。
「アシュレイ様がお着きになりました」
「予定通り、私の部屋にお通しして」
「ルーイー様、お嬢様第一主義なのに、私室へ来ていただくこと提案をしただなんて驚きですわ」
「ティラ、アシュレイ様はお見舞いに来て下さるのよ。
それに、」
聞くともなしに聞こえてきた2人の侍女の話は、途中で遮られてしまった。
部屋の外から、家令より私に声がかかったからだ。
開いた扉を見た。
緊張の様な表情を浮かべた美しい男性が、花束を持って立っている。
「本当にケガなどありませんのに、お気遣い誠にありがとうございます」
「いや、こちらこそ押しかけてすまない」
部屋に入ってくるわけでもなく、部屋の前で答えている。
「お時間さえあれば、お茶でもいかがでしょうか。
せっかくのお花を持ってきて下さったようですし」
花束は私ではなく、扉の傍に控えていた私の侍女に渡してしまう。
侍女から私に届い花が届く。
「もしかして他の方にお渡しするお花を、催促してしまいましたか? 」
「あ、いや。サガン嬢にだ」
受け取った花束を嬉しく思い、お礼を伝えようとアシュレイ様を見た。
侍女に促され戸惑うように部屋に入り、私の傍まで案内されている。
彼のために侍女が椅子を引く。
黒と見紛う程の紺色を全身に纏う姿は、計算されたように優雅だ。
改めて私は自己紹介を始めると、慌てた様子になった。
「あ、いや、大丈夫だ」
何が大丈夫かは測りかねが、余りにも混乱している様なので私も座ることにした。
沈黙のみが広がる。
「このお花は、私の色だと思っても宜しいですか」
「あ、あぁ」
話も続かないが、このまますぐ帰ってもらうのも残念だ。
動揺ばかりしてしまう。
「これを渡す様に、王子から伝えられている」
「今、見せて頂いても? 」
「あぁ」
封蝋された物を開ければ、宮殿への招待だ。
この方はこれを持ってくるために、お見舞いと称し遣わされたのだ。
私を心配して来て下さったのでは無い、と気付く。
「いや、私があなたの様子が気になっていたのだ」
落胆の色に気付いたからの一言だろうが、嬉しかった。
「本当にお気遣い、ありがとうございます」
「それは、私がずっと伝えたかったことだ」
「ずっと、とは? 」
「私の母が他界した際に、お父上からの伝言についてだよ」
分からないなとでもいうように、どうやら私は首を傾げていたらしい。
「当時、私を本当に気遣ってくれた人は、あなたしかいと思ったのだよ」
どういう訳か。と小さく続け、長い睫毛を伏せ曙色の瞳に影を落とした。
「だから、あなたを危険に晒したことをとても恥じているのだ」
「武装者の件でしたらアシュレイ様になんの落ち度もありません。
それに、私はアシュレイ様に助けて頂きなんというか」
「そう言ってもらえると、気が楽になる」
目を細め優しい表情で、言ってくれた。
ホッとして目の前のお茶を飲む。
とても嬉しいと伝えたくて、アシュレイ様に目を合わせ微笑んだ。
まるで照れを隠す様に、お茶を飲み干してし咳込む。
驚きとっさに彼に手を伸ばし、腕をさする。
「大丈夫だから、その、腕を…… 」
「あっ」と、さっと手を引っ込めた。
「あ、いや。そういうつもりじゃないんだ。ありがとう」
アシュレイ様は息が整ったらしく、私の方を見て言った。
「あまり、慣れていなくて。
それに何を話していいのかも分からなくて。申し訳ない」
また目を伏せてしまう。
「差し支えなければ、我が家の庭を案内させてください」
もう暫くでいいから、一緒に過ごしたくて提案した。
「気持ちは嬉しいが、私と庭に行くのは嫌ではないか?
いやサガン家の護衛を疑っている訳ではないが」
「その事でしたら、むしろアシュレイ様と一緒の方が安心しますから」
「そうか、良かった。しかし、怪我は」
問題ないことを示すために、私は席を立ちクルリと回る。
嬉しそうに微笑んでくれた。
私たちは部屋を出て、庭に向かうもアシュレイ様はスタスタと先を歩いて行ってしまう。
「あの、案内したいのは入口の方ではなく裏手に」
「失礼した」
「背が高くて足も長くていらっしゃいますから、仕方がありませんね」
私の背は、彼の肩くらいしかないのだから。
「コホン」と、ワザとらしくルーイーが咳き込む。
他の侍女に腕を差し出させ、腕を絡める仕草をしている。
「案内して頂く立場だが」
と、戸惑いながら腕を差し出してくれたアシュレイ様。
私は彼の腕に手を載せた。
「後で叱っておきますね」
「いや、大切にされているのだな」
「過保護でもあります」
「あなたを見ていると、過保護にしたくなる気持ちもわかる。
あ、いや、そのなんというか」
狼狽えるアシュレイ様に
「ふふ、けなされていないと思っておきますね」
「助かる」
私は庭の蔓で出来たアーケードを案内し、2人で眺める。
「素晴らしいな」
「庭師に伝えておきますね。大喜びするでしょうから。
この道から雨上がりの時に、虹が見えることがあるのです」
「虹か、それは綺麗な景色だろうな」
「ええ、とても。虹と言えば、キタイ国に悲しい話があるのです。
悲しいのですが、私は好きで」
「キタイとはアゼル国のもっと東側の? 」
「ええ。そう言えば、アシュレイ様の髪や瞳の色はアゼルによくあるそうですね」
「あぁ、母がそちらの出身でな」
「それで、異国風な魅力をお持ちなんですね」
歩きながらの話だったため、お互い前を向いている。
だがこの瞬間だけは、こちらを見てもう一度前を向いた。
「それで、どんな話? 」
先ほどに比べると、早口に質問を受けた。
「あ、それは、この世で結ばれなかった2人の恋人同志なんです。
相対する流派の剣士が、恋に落ちるお話です」
「女性が好きそうだな」
「ふふ、そうかもしれません。
それで、互いの流派は仲が悪いけれど、私たちは剣と心は共にあろうと誓い合う。
彼女は言いました。私たちが橋渡しをすれば2つが仲良く出来るかもと」
「出来たのか?」
「残念ながら。それどころか、自分の流派の剣により男性は命を落とす。
彼の他界を酷く悲しみ、剣にも絶望してしまった彼女。
女性はは恋人の遺体を抱き、自分と彼の身体を剣で2人を突きさすのです」
「剣と共に、心はあろうとした」
「ええ」
アーケードのある小道が終わり、近くのベンチに私は彼を座るように促した。
私は話に夢中になっており、彼の横に座り見つめながら話を続ける。
「2人の遺体から滴り落ちる血が、2匹の蝶々となり舞い踊りました。
その後は虹が出た時だけ、2匹の蝶々の姿で恋人として過ごしたんです」
その後何も言わない私に、話が終わったと気づいた様子のアシュレイ様。
「なるほど」と軽く呟くだけだった。
「退屈な思いをさせてしまったようですね」
「いや、そんなことはないが」困ったように視線を彷徨わせた。
「ただの悲恋だと思ったら、意外と壮絶で。驚いているんだ」
「考え方次第ですよ。現世では結ばれないことが約束されていたんです。
だから、蝶となって結ばれる」
「なるほど。しかし、なんというか上手く感想が言えない」
「お気になさらず」
「現世で結ばれない2人、か」
「ええ、せっかく気持ちは繋がったというのに」
「残念だな。とはいえ、もっと感想を上手く言えたらな。
自分で言うのも妙だが、どうやら口下手らしくて」
「そうかもしれませんね」
私が正直に答えれば、切れ長の瞳が大きく開かれた。
「でも、瞳を見るとなんとなく理解できます」
私が見つめて続けて言えば、黒く長い睫毛を伏せる。
奥の瞳がゆるりと揺れた。
少しの沈黙が広がり、アシュレイ様は思い出したように素早く立ち上がる。
「お忙しい中、引き留めてしまいましたね」
「そうではなく、近過ぎる場所に座ってしまって。申し訳ない」
「私の方こそ話すことに夢中になってしまい
「いや、私もサガン嬢の話に夢中になってしまって」
「それでは、お互いさまということで」
私たちは見つめ合い、にこやかになる。
「お嬢様、そろそろショールをお使いになりましょう」
頃合いを見計らったかのように、声をかけてきたルーイー。
肩掛けを掛けるため、こちらにやって来る。
「私はこのまま、暇を」
「お見送り致します」
「お見舞いに来て、体調を崩させるわけにいかない。それに」
言い淀む際に一瞬だけ激しい感情が瞳に現れ、すぐに押し留とどめた。
「それに、私の方が労わられたような気分だ」
「壮絶なお話を聞かせてしまったのに」
「サガン嬢と楽しい時間を過ごせたのだからな」
真剣な眼差しで話した後、アシュレイ様は踵を返していった。