出会い その1
ティランアス大陸の西に位置し、歴史を持つ王国ログリー。
エレンはログリー国、公爵プリモシュ・サガンの長女である。
5歳の誕生日に、沢山の贈り物が届いた。
「お父様もお母様、お家の皆もたくさんのお祝いをありがとう」
綺麗なお花やお人形、大好きな妖精や魔法が出てくる沢山のお話が載っている本。
お誕生日会では吟遊詩人が、素敵な多くの心躍る冒険譚を歌ってくれた。
会が終わる頃にお父様から
「もう一つ素敵なお祝いがあるよ。新しいお友達が出来るんだ」
「来てくれているの!? 」
「近いうちにエレンが会いに行くんだよ」
嬉しくなってお父様に聞いた私に、
「お会いにしに行くためにドレスを新着しよう」と、大きく笑って答えてくれた。
私は新しいお友達のために、お母様や侍女たち馬車に揺られている。
宮殿へ行くのだそうだ。
「ねぇ、お母様。私お誕生日のドレスの薄い黄色、とても気に入ったの。
だから新しいドレスも、近い色が良かったわ」
今日着ている物は、私の瞳の色と同じ薄い藍緑。
「その色の方がエレンの綺麗な金髪が、更に綺麗に見えるわよ」
お母様とドレスのお話をしていたら、広いお庭を囲むようなとても大きな宮殿に着いた。
新緑がとても綺麗なお庭を過ぎ、宮殿に入る。
「お待ちしておりました」
家令の男性に迎えられ廊下を進んで行く。
途中で鮮やかな瑠璃色の蝶々が羽ばたいているのを見つけた。
「きゃあっ」
小さく悲鳴を上げる、お母様や侍女たち。
こんなに綺麗なのに怖がるなんて。
私は柱に留まった蝶々を捕まえた。
手に軽く包むようにして「お庭に逃がしてくる」と、来た道を戻る。
「ここ、どこだろう」
お庭ではあるのだけれど、入口のお庭とは少し違うみたい。
だって、ここには噴水があるのだもの。
来た時には石作りの噴水なんて、無かったはず。
「どうしよう、迷ってしまったのかしら」
円の形で高くなった中央から、水が流れ落ちる噴水。
緑が眩しい景色の中で、水飛沫がキラキラと踊っている。
蝶々を持ち不安に思い噴水を見つめていれば、ふらりと現れた影。
影は噴水に近寄った。
近寄って見えた時に、エレンは思ったのだ。
影の正体は、月の精霊だと。
目を凝らせば、人影は漆黒の髪を持つ整った顔立ちの少年と分かる。
深い翠緑色に銀糸で刺しゅうを施しているジャケットが、月を想像させた。
まるで、いつも読んでいるおとぎ話の世界の一場面のように見えたから、月の精霊に見えたのだろう。
「誰かいるのかな」
精霊と勘違いした少年が、小さな声で感想のように言葉を漏らした。
影の正体はやっぱり人間だったのかと、私は少しだけがっかりした。
「どうかした? 」
少年はこちらを見て、声をかけてきた。
「蝶々を捕まえたから、お外に逃がしたいの」
私は蝶を包んだ手を差し出して見せる。
「どうぞ」
三白眼がちな淡い曙色の瞳が、私を見た後に庭を見た。
もう少しお話してみたい気がするけど、皆が探しているといけないし。
私はお庭に蝶を放すために、廊下から一歩進み外に足を踏み出す。
「も~、ここにいたのね」と、困っていた様な口ぶりの声が聞こえる。
「お母様だ」
「お母様じゃないわ。エレン、探したんだから」
焦りを含む言い方をして、私の方へと近づいてきたお母様。
私以外に誰かが近くにいると、気づいたみたい。
男の子を見つけたお母様は「アシュレイ様!? 」と驚くも、すぐに淑女の礼をとった。
アシュレイと呼ばれた人物は、私と話したことを簡単にお母様に話したようだ。
説明を聞き終えた後に「お待たせしてはいけないから」と、私を促す。
お母様は小さな紳士に「失礼いたします」と伝え、もう一度礼をとり去ろうとした。
「かわりに蝶を逃がしておこう」
彼はそう言って、噴水の方からこちらに近づく。
私の手から蝶を受け取ってくれた。
手が触れるときに「また、このお庭に来るね」と私は彼に言っておいた。
「とても、綺麗だったから」と付け加えれば、
「あぁ」と、一言だけ呟き、蝶を逃がしに行く。
あなたが綺麗と言ったのだと、気づかれないと良いな。
私は促され、噴水のあるお庭を後にした。
お母様と一緒に探しに来てくれた、侍女に手を引かれて。
小さな声で、ごめんなさいも伝えた。
でもどうしてお母様は、あの方をどうして知っていたんだろう。
何故か、彼を知っている?と、聞くのは恥ずかしかった。
たっぷりと歩いた先のバルコニーで、テーブルに通された私とお母様。
私たちは隣同士に座る。
「本当にもう、心配したのよ。
外に蝶を逃がすって走って行って、結局迷っちゃったみたいだし」
「ごめんなさい」
「エレンは本当に、
あ、いらしたわ。ご挨拶の準備を」
小さなため息とともに、相手の為に笑顔を作ったお母様。
私は一緒に席を立ち、入口の方を見た。
目的の人物は、護衛だと思われる人の前を歩いている。
白地に金糸を施された姿で現れたのは、お人形みたいな男の子。
私とご友人になって下さるかしら。
ゆっくりとこちらに向かってきた少年。
目が合って、お友達になれるといいなと微笑みかけた。
途端に彼は入口から、ずんずんとこちらに向かってくる。
一直線に。
ドンっ!!
私は尻もちをついてしまった。
何が起こったのかよく分からない。
軽い悲鳴と共に、侍女がやって来て、
「お怪我はありませんか? 」と心配そうに、どこか打ったりしていないかを確認する。
先ほどこちらに向かってきた男の子は
「お前のような不細工とは絶対に結婚してやらないからなっ!! 」
と言い残して去っていった。
彼の綺麗な金髪をなびかせて。
「私だってあなたと、お友達になってあげないんだから。
それに私は、大人になったら楯の乙女になるよ!! 」
さっきの男の子に、ちゃんと言い返してやったんだから。
結局私たちは、宮殿の公開されている場所を見学して帰ることになった。
もちろん、お友達はできていない。
「先ほどの、あなたを突き飛ばした方はレント王子という方なの」
見学しながら、お母様が私に教えてくれた。
「どうして、お父様は先に王子様と教えて下さらなかったのかしら。
それに新しいお友達だなんて」
「お父様にも、お考えがあったのよ。そろそろ帰りましょうか」
私たちは馬車に揺られて帰ったのだった。
家で侍女のルーイーに手伝ってもらいながら、着替えをする。
ドレスを脱がせてくれながら、私のためにレント王子にぷりぷりと怒ってくれた。
「エレン様にお怪我無かったから良かったようなものの」
着替え終わった私に、改めてルーイーから声をかけられる。
「お疲れでしょうから、お休みされますか」
「少しお休みする。一人で大丈夫だから」
「何かございましたら、お声がけください」
ルーイー以外の侍女にも、下がってもらった。
誕生日祝いの縫いぐるみと一緒に、私はソファに座る。
お母様が選んでくれたという、大好きなおとぎ話の中に出てくるような、うさぎさん。
「ご友人になるのならアシュレイ様と呼ばれた、月の精霊さんなら良かったのに」
縫いぐるみをきつく抱きしめ、私は呟いていた。
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