表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Web版】剣と魔法と学歴社会 〜前世ガリ勉だった俺は今世では風任せに生きる〜  作者: 西浦 真魚(West Inlet)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/315

34 第二の礎


「なんだい騒がしいね…

静かなことが、この寮の唯一の長所なのに、騒がしいったらありゃしない。


坊や、帰ったのかい?」


脳みそピンク連中がでかい声で騒ぐから、中からソーラが出てきた。



「ソーラさん。

今朝は連絡もなく朝食をすっぽかしてすみません。

これ、お土産です」


ソーラはちらりと俺が差し出した肉を見ていった。


「まったく、朝から美女を五人も待たせるとは、坊やも罪な男だね。

…水属性のツノウサギかい。

締めてから18時間から20時間といったところだね」


さりげなく、自分を美女カウントしたソーラをスルーして、横からステラが口を挟んできた。


「水属性だって?

肉を見ただけで、なんでそんなことがわかるんだ?

何者なんだ、このばあさん」


「誰がばあさんだよ、失礼な小娘だね。


筋繊維のはしり方を見れば、どういう場所で育ったか大体分かるし、匂いに特徴があるのさ。

坊やが狩ったのかい?」



俺が答える前にステラが再び口を挟んだ。


「いや、さすがにアレンでも属性持ちのツノウサギを、一人で狩るのは無理だろう。

こいつらは逃げ足がとてつもなく速い」




「っ痛い!」


ゴリラに握られているとしか思えないほど、身体強化でガードしている手首が軋んでいる…



「どういうことかなアレン?

さっきは一人で行ったって言ったよね?

花街で遊んだくらいなら、男の甲斐性と言えなくもないから許そうかと思っていたけど、お泊りデートとなると、話が変わってくるよ?」


フェイがニコニコと笑いながら聞いてくる。



「「きゃー!野獣ぅ!」」


このあほども!



「一人で行ったなんて一言も言ってないだろ?!

そもそも、なんでお前の許可がいるんだ?

離せゴリラ女!」



俺はあまりの痛みに、小学生男子のような言葉でフェイを罵倒した。


「きゃはは!

女の子相手にゴリラ女だなんて、アレンはまだまだお子様だね」



確かに自分でもそう思うが、問題なのは、俺の手首をつかんでいる女の握力が推定で200㎏を超えているため、どう考えても名詞のゴリラが適切な形容詞である点だ。



「…騒がしいねまったく。

リアドの坊やと一緒にいったんだろう?

解体の癖でわかる。

骨の切断面も、あの子のもっているザイムラー社の特注ナイフの切り口を想像させるしね」


ステラは『そんな事まで分かるのか?』なんて驚愕しているが、俺には、それがどのくらい凄いことなのかは分からない。



「…僕はアレンの事を信じていたよ?

アレンが鍛錬をすっぽかして人里離れた山奥の洞窟に、雨宿りと称して女の子を連れ込んで、一晩中燃え上がってなんかいないって」


出てきたリアド先輩()の名前を聞いて、再びフェイは俺の手首を握る手を緩めた。



妄想逞しすぎるだろ…



俺は急いでフェイの手を振りほどこうと手を力いっぱい振った。

が、外れなかった。



「…その『リアド』さん、というのは、どなたなのですか?」


ジュエがソーラに尋ねた。


「3年Bクラスに在籍しているこの学園の生徒さ。

坊や以外で唯一、Eクラスでもないのにこの寮に身を置く、変わり者さね。

まぁ、なかなかに見どころのある子だよ」



それを聞いたジュエは、とち狂っていきなりこんなことを宣言した。


「…ソーラさん。

私は貴族寮からこちらの一般寮に引っ越して参ります。

こちらは1棟しかないようですし、男女で建物が分かれていないのでしょう?

アレンさんの隣の部屋を希望いたします」



流石のソーラも呆気に取られて言葉が出ない。



「いつ貴族寮に来るのかを尋ねても、はぐらかすばかりで一向に引っ越すご様子がないので、不思議に思っていましたが…

アレンさん、その先輩と懇意にしておられることから考えても、お引越しなさるつもりがないのでしょう?

こんなことを繰り返していては、アレンさんのDの行方が気になって、おちおち夜も眠れませんわ」



いや、Dの行方はどうでもいいから…

かっこよく言うの止めてくれない?

Dのファンから苦情来るよ?



それを聞いたフェイは、ネコ科の肉食獣を思わす目をラン、と見開いて笑った。



「…即断即決即実行とはね。

それでこそ剛毅果断を家訓とするレベランス家が誇る天才、ジュエリー・レベランスだね。

ソーラ?アレンの隣をもう一つお願い」



フェイは、餃子もう一皿!みたいなノリで俺の隣室を要求した。



「ふふ。

アレンさんが角部屋だった場合、唯一の隣室は先に手を挙げた私のものですよ?」


ジュエは、くつくつと笑いながら、フェイを挑発するように見下ろした。


ちなみに、ジュエよりもフェイの方が身長が高いので、ここでいう見下ろしたは、心理的なものだ。



「…あんたたち、その格好(私服)からしてどう見ても良家の子女だろう?

ここは貴族寮と違って、家事代行サービスも何もないんだよ?

生活できるのかい?

そもそもあんたらは、粒ぞろいと評判の今年の1年Aクラスの生徒だといっていただろう。

ここがなんて呼ばれているか知っているのかい?

負け犬の寮(犬小屋)さ」


ソーラは二人を上から覗き込むようにして、いつか俺も聞いた脅しをかけた。


頑張れソーラ!



家事など(そんなもの)は、やる気さえあれば、訓練次第で何とでもなります。

それに、アレンさんに加えて、私たちまで入寮するんですよ?

そのような呼び名は、すぐに聞こえなくしてみせます」


応援虚しく、ジュエは自信満々に言いはなった。



「はぁー…まぁいいだろう。

だが残念だったね…坊やは角部屋じゃないが、上下左右はすでに埋まっているよ」



…え?そうなの?

今までまったく気配を感じなかったんだけど…



俺が不思議そうな顔をしていると、ソーラは手についていた杖で後方を指した。


「来たみたいだね」



ソーラが指した方を振り返ると、荷台に荷物をぱんぱんに積んだトラック型の魔導車と並行して、アルたちがこちらに向かって走ってきていた。





「よぉアレン!

俺たちも今日からこっちで世話になるからな。

今朝の訓練で話そうと思っていたんだが、アレン休んでたから…驚かせちまったか?」



なんでそうなるんだ…


俺はこの静かな寮が気に入っているのに…



「…いったい何を考えているんだ?

メリットなんて何もないだろう?」


俺は至極当然な疑問を口にした。



「…昨日ライオがさ、朝の訓練をアレンと同じ本数坂道走れたから、次は素振りのやり方を聞きに行くっていうから…

休みだったし興味本位で俺たちもついてきたんだ」


ここにはアルの他に、ライオ、ココ、ダン、ドルの5人がいた。


「…タイムはまだまだ、だがな」


現状に満足していないのだろう。

ライオはぶっきらぼうに言った。



「そしたらアレンは出かけていないって言うからさ。

ソーラさんに普段のアレンの素振りの様子を聞いてたんだけど…

アレン、貴族寮にはそのうち来る、なんて言ってたくせに、ソーラさんには、はっきり『3年間ここで世話になる』って宣言しているそうじゃないか?」



アルは、俺のことを真っすぐな目で見て聞いてきた。

ジュエも、やっぱり、という顔で微笑んだ。


アルにこういう目で見られると、ごまかす気が失せるな…


「それは……悪かったな」



俺は素直に謝った。


「いや、怒っているわけじゃないんだ…

アレンは、この寮に初めて来たとき、寮則の『質実剛健』が気に入って、その場で3年間ここで過ごすことを宣言したってソーラさんに聞いてさ…


王立学園に合格して、田舎のエングレーバー子爵領では考えられないほど優雅な暮らしを貴族寮で味わって、満足していた自分が恥ずかしくなったよ」


アルの言葉に、他の4人が悔しそうにうつむいた。



いや、俺が考えている『質実剛健』はそんな美しい物じゃないんだけど…

もっとチャランでポランな気持ちなんだけど…


この流れで言いづらいけど、いってもいいのかな?

やばいかな?



「俺たちが、まずアレンに追い付かなくちゃならないのは、身体強化魔法の練度なんかじゃない。

極限まで甘えを削ぎ落として、高みを目指そうとする、その精神だ。

そういう結論になったってわけさ」



ライオが奥歯を噛み締めながら、付け加えた。


「近頃では、お前の、アレンの、やりたい事をやる生き方とやらも、うっすらと分かり始めた。

自分が真に望む物を見つめ、それ以外は全てを捨てる覚悟。

そういうことだろう?

俺に足りないものを、お前は、アレンは確かに持っている。

それが何なのか、近くで見させてもらうぞ。

…そして、俺も必ず手に入れてみせる」




ライオがまじめ腐った顔でこんなことを言ってきたので、俺はやりきれなくなった。

似ているようで、全然違う。


俺はアホらしくなって、思いつきでこんな事を口にした。



「ふん。

お前か、アレンか、呼び方どっちかに統一してくれない?

切り替えるタイミングって照れ臭いよね」


……


滑った…





「ところでアル?

なんでそんな重要な情報を僕は聞いていないのかな?

友達だと思っていたのは、僕だけだった、ということかな?」


フェイはようやく俺の手首を離し、瞳孔を開いてアルに詰め寄った。



「ん?いやぁ昨日今日と休みだっただろ?

朝の鍛錬でも会わなかったし…

明日クラスで会ったら勿論言うつもりだったさ。

あぁ心配するな!

部屋はたくさん空いてるみたいだぞ!」


アルは無敵の笑顔で言った。


さすがはアルだ!

お前とは仲良くできると最初から分かっていた!




「…それで、どなたがアレンさんの隣室に入居予定なんですか?」


絶句したフェイを横目に、ジュエは嫌な予感のする質問を投げかけた。



「ん?あぁ、俺とココが隣、ダンが上でドルが下に入る予定だよ!

やっぱり男同士で――」


ジュエは遮った。


「100万リアル…

アルさん、ココさん、どちらかお部屋を代わってくださいませんか?」



いつもと変わらぬ平然とした表情で、ジュエがこんなとんでもない事を言い出した。



「100万リアル?!

ジュエ!流石に侯爵令嬢のあなたでも気軽に出せる金額じゃないでしょう?」


耳年増で妄想癖はあるが、一見真面目な委員長風で、その実真面目な委員長タイプのケイトが止めに入った。



「ご心配なく。

お父様を説得する自信はあります。

寧ろ推奨されるでしょう」



どんな親だよ!

だめだ、俺の勘は正しかった。

こいつも姉上と同じ、あちら側の人間だ…



「僕は300万リアル出すよ?

ココ?僕たち友達だよね?代わってくれるよね?」


フェイは、狡猾にも断るのが苦手そうなココに詰め寄った。



「あ、あぁ、そんなに代わりたいなら金なんていらないから、代わって――」


このままでは詰むと思った俺は、アルが言い切る前に強権を発動した。


「如何なる理由があろうとも、部屋の交換は認めない。

もしこれを破った場合は監督権限で坂道部はクビだ。

勿論3年間、俺はそいつとは一言も口を利かない」



こうして俺の平穏な寮生活は終止符を打ったが、やばい隣人が引っ越してくる事だけは辛うじて阻止した。


ちなみにライオは、『上り下りする時間が無駄』と言って、一階の入り口に近い部屋を確保したらしい。





「…で、あんたら、寮に付いてるあたし特製の朝食は食うのかい?

私は魔物食材の研究家でねぇ…

味よりも、その効果を見極める事に主眼をおいているから、大してうまいもんじゃないが…

ちなみに、坊やは自分のなしたい事に必要だといって、毎日食べてるよ?

ひゃっひゃっひゃっ」


ソーラは、寮母の顔をかき捨てて、いきなりマッドサイエンティストに変貌した。

大して美味いものじゃないだと?



だが、その事に気がついているのは俺だけだ。



「なるほどそういう事か…

だからそれほど、ツノウサギについても詳しかったんだな。

私は勿論食べるぞ!

どうやらこの寮にはアレンの強さの秘密が色々とありそうだ。

私もこっちへ来るよ」


「…仕方ありませんね。

私もこちらへ移ります」


秘密なんて何も無いが、ソーラに騙されて、被害者(ステラとケイト)が拡大した。



くっくっく。



『性欲の権化』の噂の出どころは、間違いなくこいつらだ。

人を噂でオモチャにするやつらには、いい気味だ。



どうせ引っ越してくるなら、こいつら全員巻き添えだ。

俺はダメ押しに、こんなふうな事を言った。



「お前らに、この修行はまだ無理だ。

特に、口が肥えているだろう、ライオやフェイ、ジュエなんかにはな…

必ず後悔するから、止めておく事を強く推奨する」



ジロリ、と、ソーラが危ない目でこちらを睨む。

邪魔をするなと言いたいのだろう。


心配するな。

こいつらの行動パターンは既に知悉している。


こうして煽れば――



「無論、俺も毎日食べる。

寧ろお願いしたいくらいだ」


「心外だな。

僕は魔道具士だよ?

食事なんか、むしろいかに簡単に済ますかばかりを考えていたくらいだよ。

僕も喜んで食べるよ」


「アレンさんの顔を見ながら食べる朝食なら、なんだって美味しいに決まっていますっ」



次々に食いついてくるに決まっている。



「ひゃっひゃっひゃっ

全員だね?

これは明日から忙しくなりそうだね。

ひゃっひゃっひゃっ、ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」



俺は『やれやれ、俺は止めたぞ』という感じで頭を下げて首を振った。


しかし、心の中では笑っていた。


ひゃっひゃっひゃっひゃっ!


…人を騙してする、この笑い方は気持ちいいな…



癖にならないように気をつけよう…





こうして、王立学園坂道(さかどう)部と並び、後にユニコーン世代第二の礎と呼ばれる一般寮での生活はスタートを切った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


書籍第6巻が2025年8月8日カドカワBOOKS様より発売します。
応援宜しくお願いいたします!┏︎○︎ペコッ
画像をクリックいただくと、カドカワBOOKS様公式ページの書籍情報へと移動します!

a1030e696e542f3c40cad5739c2c9968.jpg


田辺狭介先生による剣学コミカライズも2025年8月8日書籍6巻と同日発売です!

a1030e696e542f3c40cad5739c2c9968.jpg


― 新着の感想 ―
最高です!
これもギャグやな!
[一言] 押しが強すぎる女どもに対して、割と普通の距離感(近め)の男たちに安心する 貴族の女怖い……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ