表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

304/315

293 聖地・ルナザルート(10)



裏参道を跳ぶように駆け上がってきたデュー、ダンテ、パッチ、ジャスティンは聖地を視界に入れた瞬間、そのあまりに衝撃的な光景に目を疑った。


「おいおいおいっ!」


「……そうきましたか」


「ぷっ! これは予想してなかったなぁ」


「いやぁ~、相変わらず期待を軽々と超えてくるね、彼は!」


中央に屹立している塔を取り囲むように、無数の蝿の魔物が飛び回り、辺り一帯を黒く染めている。


まず間違いなく王国の指定魔物災害『蝿の王・ベルゼバブル』に手を出して収拾がつかなくなっている。


さらに速度を上げて聖地の裏門へと走り抜き、門番へと声をかける。


「ユグリア王国騎士団第三軍団のデュー・オーヴェルだ! 中へ入らせてもらうぞ!」


デューが名乗ると門番達は一様に瞠目して、責任者と思われる年配の男を見た。


男がゆっくりと前に歩み出て、首を横に振る。


「貴殿がかの『一瀉千里』か……。連絡は受けておらんが、天下の王国騎士団様が何の用だ? 悪いが許可なき者の入場は認められんな」


「な! んな悠長な事を言ってる場合かっ! あれが目に入らねぇのかてめえ!」


デューが塔を指差しながらずいと詰め寄ると、その聖騎士はやはり首を横に振った。


「だからこそよ。……現在、生誕の塔ではとある方の『終の行』が執り行われている。そこで何が起ころうと、全ては神の思し召しだ」


デューの横に立っていたダンテが、その信じられない言葉を聞き愕然として問う。


「……高潔で聞こえる聖騎士ともあろう人達が、仲間を見殺しにするのですか?」


だが門番はふっと笑った。


「そもそも、この聖地に身を寄せる者なら絶対に破る事のない掟がある。その一つが蝿の王の眷属に手を出してはならないというもの。そして手を出したものを決して助けてはならないというものだ。実は今、聖地には賊が侵入しておってな。恐らくあれはその事を知らない賊が報いを受けている所だろう」


「……その賊とやらは我が国の民を攫った犯罪者の可能性がある。賊はともかく、その被害者が巻き込まれている可能性もある。迷惑は掛けんから中へ入れてくれ」


デューがそう言って門を通ろうとすると、門番は槍を横にしてそれを制した。


「ふんっ、可能性だと? お話にならんな。そもそもその犯罪者が聖地内にいるとする根拠は? まさか我々が誘拐に関与しているとでも言うつもりか? ……いずれにしろ、聖地での修行内容については干渉しないと国同士で正式に取り決められている。捜査をしたくば正式に貴国から教皇様に申し入れをするのだな」


「だからんな悠長な事を言ってられる状況じゃ――」


「――間に合ったか、軍団長。やきもきしたぞ」


デューが尚も押し問答をしようとした所で、森から一人の女騎士――キアナが、先ほどまでは着けていなかったマントを着けて現れた。


それを見た門番達が一斉に騒めく。


「なっ! あいつは! ……これは大問題だぞ、デュー・オーヴェル! そやつはこの聖地・ルナザルートに弓を引いた賊の仲間だ! 一体どう申し開きをするつもりだ!」


だがキアナはこれを無視して、淡々とした表情で状況を報告した。


「アレンは塔の中だ。攫われたジュエリー・レベランスをはじめとした我が国の民、加えて聖職者や容疑者すら守りながら何時間も耐えている。今が第三波。過去の記録からして恐らく……次か、その次には『蝿の王』が出てくるだろう」


キアナの報告を聞いて、『ひゅう』とジャスティンが口笛を吹く。


「……待っていてくれて助かった、キアナさんよ。あのクソガキにも、ちったぁこの我慢強さを見習わせねぇと」


「ふむ。突入には『確証』が必要だろうと思ってな。……アレンの監視はもう懲り懲りだ」


キアナはそう苦笑して、肩をすくめた。


「……聞いていただろう? 中へ入れろ」


デューが振り返り、先ほどとはうって変わった命令口調でそう言うと、門番達は狼狽した。


「あ、アレン……に、攫われたジュエリー・レベランス、だと? で、でたらめだ! そんな賊の証言を鵜呑みにして国同士の協定を破るつもりか!?」


デューは自分を落ち着かせるように、じっと門番の目を見た後、ゆっくりとした、だが有無を言わせない口調で警告した。


「俺はお願いしてるんじゃない。もう一度だけ言うぞ。……そこをどけ」


ゆらりと剣を抜き放ち、魔力を漏らす。


「……まさか、力ずくで押し通るとでも言うつもりか! それは大陸中にいる新ステライト教徒への冒涜だぞ! いや、ステライト正教国への宣戦布告になる! 貴殿にその覚悟が、戦争の引き金を引く覚悟があるのか!」


年配の男がそう言い放つと、空気を読まない天才、パッチは爆笑した。


「あっはっは! あっはっはっは! あなた、目の前にいるのが誰だか分かってる?」


「……や、やれるものなら――」


笑われた聖騎士が顔を紅潮させ槍をデューへと差し向けた瞬間、デューは流れるような足捌きで槍の間合いを潰して懐へと潜り込み、容赦なく男を叩き切った。


鮮血が舞う――


「ふん。……我が国の民を攫った犯罪者の一味風情が、寝言言ってんじゃねぇぞ? ジャスティンはこの門を、パッチは正門を封鎖しろ。じきに表参道からレベランス侯爵軍の応援が来るだろう。全員引っ捕らえて、事件への関与の有無を調べる。抵抗する奴、逃げようとする奴は問答無用で叩っ切って構わん。ダンテとキアナさんは付いてこい」


「えー!!」


「僕たち留守番?!」


このデューの指示を聞いてパッチとジャスティンが一斉に口を尖らす。


だがデューがぎろりと睨むと、すぐに両手を上げて了解した。


少しでも邪魔をすれば即座に叩っ切る。


そのデューの裂帛の気合いに、聖騎士達が道を空ける。


だがそこで、ある程度気骨のありそうな中年の聖騎士が縋るようにデューの背中に声をかけた。


「ま、待て! いや、待ってくれ! 王の眷属相手にあそこまでやったら、もはや助ける術はない! ベルゼバブルが来たら、この聖地は終わりだ! 王を迎え撃てるほどの矢も魔法士も……準備は何もないんだぞ!? いくらあんたらが強くても、空から一方的に蹂躙されて終わりだ……! 共倒れになるぞ!」


デューはぴたりと足を止めて、振り返らずにコキリと首を鳴らした。


「……俺たちはユグリア王国騎士団だ。守るべきものがある限り、相手が蝿の王だろうが何だろうが、見殺しにしていい道理はねぇんだよ」





ジュエは広間の角でリーナを背に庇い、たまに抜けてくる蝿を棍棒で潰しながら、無尽蔵のスタミナで剣を振るい続けるアレンの横顔を見ていた。


初めはドゥリトルを仕留めた魔法で魔力を酷使しすぎた為か、アレンは身体が随分と重そうだったが、時が経つにつれ動きにキレが戻り、凄みを増している。


次々に飛来する蝿を無表情で黙々と切り伏せ、たまに襲来が途切れた隙に掃除でもするように塔の外へと風で死骸を吹き飛ばしてゆく。


いくら魔力溜まりである聖地の中心とはいえ、考えられない継戦能力だ。


事実、リンドはもちろん一万を超える魔力量を誇る自分ですらも明らかに動きが悪くなっており、時を追うごとにアレンの負担が増している。


アレンもさすがに物量が濃すぎて手傷を負う場面が増えてきているが、それでも決定的な隙を見せる事なく戦線を維持している。


仮にアレンが倒れれば、この場は即詰むだろう。


ちなみにコルナールは絶望をその顔に浮かべた後、二人の側近を伴ってどこかへ消えた。


恐らくは守りの強固な密室にでも閉じ籠もっているのだろう。


コルナールに見捨てられて広間に取り残された神殿長ピルカは戦闘に加わり、レッドはジュエの後ろ、リーナの側でうずくまって震えており、物の役には立っていない。


そして、自力で動くことすら出来なかったドゥリトルとトーモラは――



……アレンさん……あなたはどうして――


ジュエはアレンに聞きたい事がいくらもあったが、もちろんのんびり話をしている暇はない。



一体どれほどの時が経ち、どれほどの蝿を葬り去ったのか。


思考するエネルギーすらもったいないと言わんばかりに機械仕掛けのゴーレムのように無表情で働いていたアレンが、ふっと感情をその顔に取り戻した。


「……援軍が来ましたよ、おやっさん。もう一踏ん張りです」


アレンがそう言ってから数分と経たぬうちに、割れた三階部の大窓からデューがカーテンを切り裂きながら飛び込んできた。


続いてダンテとキアナが飛び込んでくる。


「ダンテ、キアナさん、被害者の保護を頼む。……状況を報告しろ」


デューは素早く広間に視線を走らせた上で二人に指示を出し、アレンに問うた。


アレンはダンテとキアナが襲来する蝿への対処を引き受けたのを確認し、ようやく剣を下ろした。


これまでの経緯を端的に、過不足なく報告する。


「……という経緯で、誘拐されていたジュエとリーナを確保。トーモラ一人を餌食にしてもこちらにプラスは無いし、応援が来るまで持ち堪えるのは不可能と判断。やむなくその場にいた全員を王の敵として巻き込みました。あいつらも働かせようと思っていたのですが、仲間を見捨ててあっさり逃げちゃいましたがね。……その後の蝿との戦闘中にトーモラとドゥリトルは死亡。この二人も容疑者として確保したかったのですが、こちらのリスクが高いと判断して諦めました。なお、苦難の神殿の地下室には誘拐の被害者と思しき王国民十余名がまだ囚われています」


厳しい顔でアレンの報告を聞いていたデューは、『はぁー』と大きく息を吐いてこめかみを押さえた。


「おいクソガキ……」


デューが研ぎ澄まされた魔力を解放し殺気をその身に纏うのを見て、アレンが体を固くする。


だがデューは、振り向き様に剣を振るってキアナの対処を抜けてきた働き蝿の成体を一刀で両断した。


「……よく護った。あとは任せとけ」




いつもありがとうございます!


お陰様で現在書籍六巻の準備中なのですが、年度末からの繁忙期で作業が全く進んでいません……。大ピンチです!笑


次の更新も一回お休みするかもしれません。


できれば追加したいエピソードが沢山ありますので、GW後半は書籍の作業を優先させてもらいます!


遅れてばかりで申し訳ありませんが、更新少しお待ちください┏︎○︎ペコッ


引き続きよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


書籍第6巻が2025年8月8日カドカワBOOKS様より発売します。
応援宜しくお願いいたします!┏︎○︎ペコッ
画像をクリックいただくと、カドカワBOOKS様公式ページの書籍情報へと移動します!

a1030e696e542f3c40cad5739c2c9968.jpg


田辺狭介先生による剣学コミカライズも2025年8月8日書籍6巻と同日発売です!

a1030e696e542f3c40cad5739c2c9968.jpg


― 新着の感想 ―
アレンを拷問なんかせずにさっさとやっちゃえばこんなことおきなかったのに無様すぎる
ジュエが覚醒しそう
この無限沸きをどう始末するんだろうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ