279 消えた聖女(4)
「あっ! レン君ち~す! お、今日はココも一緒なんすね」
品のないデブこと、ベンザ達がいつも屯している盛り場、ボーグバースへと俺が入店すると、ベンザはいつもと変わらぬ呑気な笑顔を向けてきた。
「あぁ。実はお前らに頼みたいことがある。力を貸してくれベンザ」
俺がいつものワンパン挨拶を省略して単刀直入にそう言うとベンザは笑顔を吹き消し『おう、お前ら! レン君が俺らに頼みだってよ!』と馬鹿でかい声でフロアに声をかけた。
……まぁ、人手が欲しいと思っていたから丁度いい。
わらわらと人が集まるのを待って、ベンザは厳かに口を開いた。
「……何でも言ってください。命も要りません」
「……暑苦しい事を言うな。別に危ない事を頼むつもりはない。実は人を探している。何でもいいから情報が欲しい」
そう言って、ジュエの写真をぴらりと机上に置いた。
「ん? ありゃ聖女姉ちゃんか」
「あぁ、間違いねぇ」
すると意外な事に、周辺にいた何人かがすぐさま反応を示した。
表情から察するに、どうやらほとんどの人間はジュエの事を知っているようだ。
「……なんでお前らみたいな品のない連中がこの人物を知ってるんだ?」
俺が不思議に思ってそう聞くと、ベンザは逆に不思議そうな顔をした。
「なんでも何も、聖女姉ちゃんはすぐ裏のエミン教会の炊き出しやら何やらで、何回か聖魔法を無料で施してましたからね。ここらに住む奴で世話になった奴は多いっす。なぁお前ら」
周りの人間が一斉に頷き、中にはジュエに治療してもらうために喧嘩した、なんて言うアホまでいた。
ベンザは続けた。
「……俺らは稼いでるから金払うって言っても受け取らねぇから仕方なく教会に寄付したら、神父の野郎も食えねえガキへの炊き出しに全部回すもんだから、つい俺らも多めに出したりしてね。結局、傷薬より高くついちゃったりして……聖女姉ちゃん、いなくなっちゃったんすか?」
……なるほど、師匠からお忍びで慈善活動をしている途中に犯人から接触された疑いがあるとは聞いていたが、思った以上に頻繁に活動していたようだな。
エミン教会は、たまにりんごのチビ達も炊き出しの手伝いに駆り出されている下町の外れにあるおんぼろ教会だ。
確か俺も一度見学に行って、崩れかけた屋根の修理をしていたアムールの兄貴の手伝いをしたことがある。
すっかり忘れていたが、その時に確かジュエっぽい声を聞いたような気もするな。
「知っているなら話が早い。この聖女様が何者かに攫われた疑いが強い」
俺がそのように告げるとフロアはざわめいた。
ベンザが代表して怒りを滲ませる。
「…………あの姉ちゃんは……どう見ても育ちがいいのに、その辺の汚え孤児から金のねぇじじばばにまで分け隔てなく聖魔法を施してくれてたんす。そんで決まって最後に、不味い炊き出しを笑顔で一杯だけ食って帰るんす。……聖女姉ちゃんは漢の中の漢だ! 攫った奴は絶対ぇ許せねぇ……! 協力させてくださいっす!」
皆が、俺も私もと相槌を打つ。
「……ありがとう。恩に着る」
俺がそのように頭を下げるのが意外だったのか、皆は一瞬静まり返り、そして可笑しそうに笑った。
「水臭ぇぞ、レン!」
「そうだよ、私らに頭を下げるなんてらしくないね! あんたはいつも太々しいくらいで丁度いいよ!」
「そうっすよ、アニキ! それに探してるのが聖女姉ちゃんなら、今ここにいない奴らも含めて多分協力したい奴は山ほどいるっすよ!」
「あぁ、あの笑顔は俺らの心の傷薬だ! 必ず取り返すぞ!」
俺は素直に嬉しくなった。
ジュエ……。俺がわざわざ頼まなくたって、お前を助けたいって奴が、ここには沢山いるぞ。
「……俺も、協力、しよう」
するとそこで、ベンザの呼びかけにも応じず、カウンターで一人座って静かにグラスを傾けていた恰幅のある男が、キイィと丸椅子を回転させた。
その男を見て、俺は自分の目を疑った。
見た目が少し変わり、気配も抑えられていたので気が付かなかったが……間違いない。
そこにはロザムール帝国の帝都、オリンパスのスラムでたまたま出会った男……恐らくは先天性魔力器官肥大化症候群、通称『魔族の祝福』と呼ばれ、忌み嫌われている病気にかかり放逐された帝国の元皇子……怪童ラティークの姿があった。
◆
「……なぜお前が……ここにいるんだ、怪童。針金は止めたのか?」
怪童は体を締め上げていた針金を外して、今は包帯を全身に巻いている。
俺が警戒心をマックスまで引き上げて猜疑の目を向けると、ベンザは『あれ、アニキあいつの事知ってんすか?』などと呑気な声を上げた。
「……マッド、ドッグに、入りたくて、来た」
……一体何を考えているんだ、こいつは。
元とはいえ、よりにもよって帝国の皇子が敵国の王都で探索者活動だと?
もし騎士団にばれたら、即刻スパイ容疑で捕縛されてもおかしくない。
そもそもこいつは病気だろう。慣れない異国では、ただ生きていくことさえ難しいはずだ。
「おいっ! こないだも説明しただろう! 別にお前が病気でもアニキは気にしねぇけどよ……。アニキの下で漢を学ぶ資格があるのは、アニキをぶっ飛ばせる奴だけだ! そこは病気も何も関係ねぇぞ? ね、アニキ?」
「黙ってろ、デブ。……なぜお前が聖女の捜索を手伝うんだ?」
俺は怪童の真意を測りかねて、取り敢えず質問を重ねた。
下手をしたらこいつが犯人と繋がっていて、俺達を踊らせるつもりの可能性もある。
すると怪童はほんの少し目を細め、自分の腕に巻かれた包帯を見た。
「……その、お姉ちゃんは、見ず知らずの、俺の事を、気味悪がる事もなく、治療してくれた。頼んでも、ないのに」
話によると、どうやら怪童をたまたま見かけたジュエは、頼まれてもいないのに診察したようだ。
それから、針金を体に巻くのは苦しみの割に効果が低いからと外してやり、針金が肉に食い込んだ傷を治療した上で、包帯を強めに巻いてやったみたいだ。
「……そうして……その、お姉ちゃんは、私には、できる事が、ほとんど無いと、悔しそうに、俺に、謝った。……協力、させてくれ」
……全面的に信用する事は出来ないが……怪童の目を見て、俺は少なくとも今の話は本当だと判断した。
「いいだろう」
正直、一番厄介な展開は帝国へ連れ去られているパターンだ。
そちら方面の情報に強いこいつがいれば、入ってくる情報量が段違いになる。
もちろん、そうなると怪童がグルの可能性も高いが、その場合は敢えて乗せられたふりをして突破口を開く。
まぁ何となく、その線はない気はしているが。
俺がそう言うと、デブは馴れ馴れしく怪童の肩に手を置き、『よかったな』などと偉そうに言った。
「……はぁ~……何を偉そうにしてるんだ、ベンザ。俺はついこの間、そいつに真正面から正々堂々とぶっ飛ばされたんだぞ?」
「「なっ!!!」」
俺がそのように怪童を紹介すると、フロア中の人間がどよめいた。
「そ、そんな?! じゃあこいつは、マッド・ドッグの正会員って事すか!?」
ベンザが狼狽したように聞いてくるので、俺は大いに頷いた。
「そうだ、お前の先輩だ。怪童がパン買ってこいって言ったら駆け足で買いに行け」
俺がこんな事を言うと、当の本人の怪童が一番意外そうな顔をしてこんな事を聞いてきた。
「……俺が、誰だか、……知らないのか?」
ふむ。元皇子の正体を隠す気ならわざわざ口にしない質問だな。
「知らないさ。お前はただの怪童だ。それ以上でも以下でもない」
怪訝な顔で聞いてくるので、俺は取り敢えず否定した。正体を知っていたとなると、後々面倒な事になりそうだしな。
俺は別に、怪童を信用したわけではない。怪童が何を考えているのか分からないから、ベンザに見張らせておこうというだけの事だ。
まぁこいつは病気でそう精力的に活動はできないし、先も限られている。
クランとしても一人しかいないから、実質的な力は個の力に限られるしな。
今度は怪童が俺の真意を測るようにじっと目を見て、『分かった』と頷いた。
「……話を戻していい?」
そこで、それまで黙って話を聞いていたココがそっと地図を机上へと置いて、指をこめかみに当てた。
いつもありがとうございます!
教会での炊き出しのお話は、書き下ろしエピソードとして書籍三巻の巻末に格納しています!
宜しければ再読ください┏︎○︎ペコッ