278 消えた聖女(3)
「…………お願いします……!」
俺は師匠の袖を掴み、絶対に引かないという覚悟で再度お願いした。
すると、しばらく俺の目を見ていた師匠は深々とため息を吐き、現在分かっている事を教えてくれた。
「――分かってることは精々こんなもんだ。……これが誘拐事件なら、犯人は王都東の下町にある教会で慈善活動中に被害者と接触し、何らかの指示を出した可能性が高い。とにかく情報がなさすぎる。このままじゃ騎士団としても碌に動けん。あの辺はお前のお友達が沢山いる地域だろ? 何かこの件に繋がりそうなネタがないか、聞き込みしてこい」
渋々ではあるが、俺が捜査に加わる事を了承してくれた師匠に、俺は礼を言った。
「ありがとうございます!」
「くれぐれも聞き込みだけだ。何かネタを掴んだらすぐ報告しろ。先走るなよ」
「もちろんですっ!」
師匠が心配そうに念押ししてきたので、俺は少しでも安心させようとサムズアップした。
◆
アレンが晴れやかな顔で走り去った後。
「……よかったんですか、デューさん。回り回って狙いはアレン君、なんて事も十分あり得ますよ?」
ダンテが心配そうにそう聞くと、デューは頭痛を耐えるようにこめかみを押さえた。
「……しょうがねぇだろ……この状況で野郎に大人しくしとけっつって家でじっとしとくたまか? 勝手に動き回られるくらいなら、目に見える範囲で動かしておいた方がまだマシだ」
そう言って、元Aランク探索者で女性弓使いのキアナを見る。
「すまんがしばらくお守りを頼めるか、キアナさん。あいつはキアナさんには頭が上がらねぇみたいだし、下町で聞き込みするなら探索者出身のキアナさんは動きやすいだろう」
「了解だ、軍団長」
キアナは一つ頷いて、アレンを追いかけていった。
◆
「あ、アレン! 何か新しい情報は入った?」
俺がさっそく聞き込みに出かけようと駐屯所の正面門を潜ろうとすると、門横の守衛所にフェイ、ケイト、ステラ、そしてココの四人が待機していた。
「来てたのかお前ら。……残念ながら、まだ事件かどうかも断定できなくて騎士団としても動きようがないみたいだ」
ケイトに問われ、俺は苦い顔で首を振った。
「……あの時、僕が……ジュエちゃんの様子がおかしい事に気づいてたら……」
ココが拳を握って顔を歪める。
「……自分を責めるなココ。ただ返事がなかったというだけで異変に気づくのは流石に無理だ。それよりフェイ、相手の精神に影響を及ぼし、意のままに操るような魔道具はないのか?」
確か以前、精神操作系の魔法は存在しないとリアド先輩から聞いた事があるが……。
俺が念のため確認すると、フェイは苦笑した。
「う~ん、アレンは相変わらず突拍子もない事を真面目な顔で聞いてくるね? まぁ恋に悩む乙女なら、誰もが一度は夢想する魔道具ではあるけどね。……それらしい事を謳ってる詐欺まがいの商品は昔からいくらでもあると思うよ? でも流石にあり得ないかな。もしそんな魔道具が実在したら、多分人類は滅びてるよ?」
……まぁそうだろう。
魅了や服従などの精神操作系の魔法や魔道具はラノベやゲームでは割とメジャーだが、少し考えればその世界に甚大な影響を及ぼす事が分かる。
人類が滅びるというフェイの指摘もあながち大袈裟ではない、それぐらいのチート能力だ。
「やはりないか……。まぁ確かに、もしそんなものが実在するとすれば、少なくともこんなに不便で、こんなに面白い世界は成立していないだろう」
恐らくそこには、多様性の失われた無味乾燥な世界が広がっているに違いない。
「きゃはははっ! そうだね、アレンが自由気ままに生きてるのがいい証拠じゃない? もしそんな物が存在したらアレンはとっくに僕の従順な下僕に――」
フェイはそこまで言ったところで、不意に黙り込んだ。
「…………なるほど、そういう事だね? ココ、最後に見た時、ジュエは首に黒いチョーカーを嵌めてなかったかな? 紅い魔石が嵌められたやつ」
フェイの質問を受けて、ココは記憶を呼び起こす様にこめかみに手をやって目を細めた。
膨大な記憶を持つココが、何かを思い出す時によくとるポーズだ。
ココはそれをいつか、記憶の引き出しを開ける、と表現していた。
「……見えるところには着けてなかった。でもジュエちゃんはシスターの格好をしてた。だからハイネックの服の下にもしかしたら着けてたかもしれない。……首元が不自然に膨らんでいたようにも思うけど……ごめん、断言できない」
二日前に、それもちらりと見ただけで、チョーカーは見えるところには無かったと言い切れるだけでも十分凄いのに、ココは悔しそうにそう呟いた。
「……どういう事なんだ? 何か分かったのか?」
ステラが疑問を口にすると、ケイトが話を引き取った。
「……フェイは多分、『貞節のチョーカー』が使われたんじゃないかと疑っているのね?」
「『貞節のチョーカー』? ……何だそれ?」
俺が聞きなれない言葉に首を捻ると、フェイとケイトは疑念の目を俺に向けつつ、その魔道具について説明してくれた。
その魔道具は、ステライト正教国に伝わる伝説に記述されたとある魔道具を模倣したもので、妻の不倫を疑った狂気の魔道具士が開発して再現したものだそうだ。
一定以上の魔力が込められたその魔道具を一度首に嵌めると、魔道具に魔力を込めた者でなければ外せなくなる。
そして嵌められた者もまた、自身の魔力を魔道具に込めながら、心からの誓いを立てる。
例えば、夫以外からは貞操を守り通す、などといった具合だ。
強引に外そうとしたり、首元で測定している生理反応から万が一その誓いが破られたと判定された場合――
その魔道具は首元で破裂し着用者の命を奪う、という寸法だ。
数百年前には大陸中の支配者階級で大流行し、多くの妃や奴隷達に着けられた。
だがこの魔道具は現在、ほとんどの国で使用はもちろん所有すら禁止されている。
残虐な目的で使用したり、そうでなくても使用者の精神を蝕む例が余りにも多く、非人道的だとされたからだ。
「そんな曰くつきの魔道具ではあるけれど……現在もステライト正教国では一部で使用が認められていると聞くわ。高位の神官に、その妻が一生操を立てると誓う場合にのみ使用が許されているの。元々、起源となった伝説では神にその身を捧げると誓う話だし、他国も宗教上の理由であって本人の意思だと言われれば表立っては批判できないのよ。心からの誓いじゃなければ効果を発揮しないみたいだし」
ケイトはそのように説明を締め括ると、ステラは嫌悪感を隠そうともせずに舌打ちをした。
「ちっ。そんな卑劣な魔道具があるんだな、胸糞悪い。神への誓いだか何だか知らないが、やってる事はナイフを首元に当てて従わせてるのと同じじゃねぇか。……じゃあジュエが一度帰って手紙を置いて出て行ったのは、その魔道具で脅されていたからか……」
フェイは頷いた。
「……あくまでただの仮説だけどね? もし『貞節のチョーカー』が使われていたとすると、多分、誰ともコミュニケーションを取らずに手紙を置いて帰ってくる事、ぐらいの簡単な『誓い』をまずは立てさせられてたんじゃないかな。いきなり『生涯絶対服従』みたいな『誓い』は成立しないみたいだしね」
なるほどな。確かに、いけ好かない奴に生涯を捧げるなどと口先で言っても、心からの誓いになるはずがない。
自分に嘘は吐けないからな。
だが――
脅され、簡単な誓いを繰り返していると、どんどん心理的なハードルが下がっていくだろう。
外部との繋がりを断たれた状態で精神的に追い込まれていったら、いずれは取り返しのつかない誓いを立ててしまう事も十分考えられる。
「……俺はジュエが当日に活動してたっていう王都東で聞き込みをしてくる。ココ、手伝ってくれ」
俺がそう言ってその場を辞そうとすると、ステラが『私らも手伝うぞ?』と言ってくれたが、俺はこれを丁重に断った。
「悪いが、普段下町に行かないお前らがあの辺で動き回ると目立ち過ぎる。犯人に繫がりのある者がいた場合に余計な警戒心を与えかねない。知り合いがいるから聞き込みの人手には困らないしな。それよりもお前らは王都外の足取りを追ってくれ。ジュエが消えてもう丸二日も経つ。犯人はすでに王都の外へと脱出した可能性が高い」
皆は一斉に頷き、動き出した。
いつもありがとうございます!
先の更新でもお知らせしましたが、金曜日からコミックレグルスにて筆者が書きましたSSを掲載いただいています。
バルディとゴドルフェンの過去には結構明確なイメージがあるので、いつか読んでみたいです。
でも悲しい話なので書きたくはないです……。
ちなみに勝手に脳内テーマソングへ採用してるのは、米津玄師さんのLemonです! 何度聞いても涙が出る、とんでもない名曲です……。
よろしければご一読ください。
よろしくお願いします!
https://comic-walker.com/detail/KC_002787_S/episodes/KC_0027870002200011_E?episodeType=first