277 消えた聖女(2)
新年明けましておめでとうございます!
今年も宜しくお願いします┏︎○︎ペコッ
春も深まった、とある平日。
王国騎士団第三軍団の本拠地である王都中央駐屯所に、その報告は舞い込んだ。
聖女ジュエリー・レベランスが行方不明――
事件? のあらましはこうだ。
王立学園の二年Aクラスに所属するジュエリー・レベランスが事前連絡なく週明けの授業を欠席した。
心配したクラスメイトの女子生徒三名が、その日の放課後に彼女が寄宿する学園内の寮の部屋を訪ねた。
ノックをしても返事はないのに部屋の鍵は開いている。
不審に思ったクラスメイト三人が部屋へと遠慮気味に入ると、机上には父親に宛てた一枚の手紙が置かれていた。
封筒にすら入っていないその便箋には本人のものと思われる筆跡で、修行も兼ねて諸国を巡礼し、聖魔法を極めたい旨が書かれていた。
その余りに重大な内容と唐突かつ簡素な文面に当然ながら違和感を覚えたクラスメイトの一人、フェイルーン・フォン・ドラグーンが、すぐさまジュエリーの生家であるレベランス家へと連絡。
併せて寮内で目撃証言を集めたところ、最後に彼女を見たのは同じくクラスメイトで、二日前の夕刻に自分の足で寮から出ていく彼女を見ていたココニアル・カナルディアだった。
寮の前庭で測量魔道具の整備をしていた彼の証言によると、ジュエは普段たまに見る軽装……シスター装束で寮を出てからまもなく一度戻り、その後僅かばかりの荷物を持って再び出ていった、との事だ。
その際に気になる点が一つ。
二度目の外出の際、ココは何気なくこんな時間からどこに行くのかとジュエリーに声をかけたが、返事がなかった。
その時は、考え事でもしていて聞こえなかったのかな……? と深く考えなかったが、今にして思えば顔を上げて真っ直ぐに前を見据え、唇を引き結んで歩く彼女が、僅かに歩容を緩め微笑んだようにも見えた、というのがココの語った心象だ。
この証言や本人の取り巻く環境、前後の状況が総合的に勘案され、本件は事件の可能性があると判断された。
王国でも指折りの大貴族、レベランス侯爵家の娘であり、さらに将来が嘱望されているジュエが何らかの事件に巻き込まれた可能性があるとあって、すぐさま王国騎士団に調査依頼が入る。
現在、王都では警察による目撃証言の収集と並行して、王都中央駐屯所の会議室にて騎士団による検討会議が開かれている。
◆
「……あの日の活動後……私はお嬢様を学園の裏門へとお送りして、学園の内部へと入るのを確認しました」
憔悴した様子で報告しているのはジュエの執事を務めるセバスだ。
基本的に騎士団員以外の立ち入りが制限されている駐屯所ではあるが、このセバスとジュエの父親であるレベランス侯爵だけは参考人として立ち会っている。
アレンはキアナに弓の訓練を付けてもらうためたまたま駐屯所内にいたのだが、この会議への参加は許可されなかった。
ジュエは行方不明になった当日、お忍びで下町の教会を訪れて聖魔法を無償で施す慈善活動をしていた、との事だ。
「ふうん……。学園内部に入った後、外部の人間がなんの痕跡も残さずあの学園の生徒を外へ呼び出した、とは考え難いね。別れるときに変わった様子は無かったのかな?」
そう言って首を捻ったのは、学園を二年前に卒業し、今は第三軍団に所属しているジャスティンだ。
「……目に見えて様子がおかしい、という事はありませんでした。ですが、いつもはお忍びの慈善活動で魔力を振り絞られた後は、お疲れになり車の中でお休みになる事が多いお嬢様が……あの日はじっと窓の外を眺めて、考え事をしておいでのようでした。……私は……執事失格です」
セバスは悔しそうに唇を噛んだ。
「ふんっ。被害者……まだ事件とは断定できないが、そのお嬢様の不自然な動きからして、大方その慈善活動中に何者かが接触していて、後でどこかに来るように呼び出していたってところか。まぁ内部に協力者がいたって線もゼロではないがな」
腕を組んで話を聞いていた捜査責任者であるデューが、首をコキリと鳴らしてレベランス侯爵を見る。
「……犯人に心当たりは?」
デューが参考人としてこの場に立ち会っているジュエの父であるレベランス侯爵にそう話を振ると、侯爵は苦々しい顔で首を振った。
「心当たりは、あり過ぎる……。最近ジュエの名は急激に広まっていた。慈善活動はお忍びでやってたが、見る者が見ればすぐに正体が分かっただろう。当然近づきたいと考える奴、ジュエの聖魔法を利用したいと考える輩は星の数ほどいただろう」
ジュエは悪目立ちするのを避けるため、お忍びで慈善活動を行なっていた。
聖魔法の鍛錬のために実践の数をこなしたい、そんな打算で怪我人を欲している自分に妙に名声が集まるのを避けたかった、という事もある。
もっとも、半年以上に渡り、本来であれば特権階級しか受けられないようなハイレベルな聖魔法を経済的に恵まれない者達に無償で施している女性修道士がいる噂は、徐々に広まっていた。
その聖魔法の技能、尋常ではない魔力量、そしてあまりに歳若く特徴的な金髪などの見た目からして、正体が王立学園の一年Aクラスに通うジュエリー・レベランスである事は業界では暗黙の事実となりつつあった。
つまりは侯爵の言う通り、悪意のある者が接触しようと思えば比較的容易に近づけたという事だ。
当然ながら評判が高まるにつれ、セバスは警備計画を立てたい、せめて患者の身元ぐらいはしっかり事前に確認したい旨を進言したが、そんな悠長な事をしている余裕は自分にはないと当のジュエが主張し、最終的には侯爵がジュエの意向を入れた。
確かに、万全の警備など敷いていては多忙なスケジュールの僅かな隙間を縫っての慈善活動など成立するはずがない。
「……なるほど、評判通り随分と豪胆なお嬢様だ。……ポイントは、わざわざ自筆の手紙を残すために一度寮の自室に帰らせているってところかな。身代金目的や闇で飼い殺しにして聖魔法を搾取する事が目的なら、わさわざこんな面倒な事はしない。犯人はリスクを取ってでも、被害者が自発的に学園を出たと思わせる必要があった」
ジャスティンの見解を聞いて、先ほどまでアレンに弓の鍛錬をつけていた弓使いのキアナが、なるほどと頷く。
「……ふむ。つまりは『聖女』の看板を活かしたまま利用できる奴の犯行の可能性が高い、という事か。そんな立場にある者は限られるのではないか?」
「……犯人に心当たりは?」
デューが先ほどの問いを繰り返し、皆が何事かを言いたげにレベランス侯爵を見た。
侯爵はその視線の意味をすぐに察した。
ジュエの才能に固執していたが袖にされたドゥリトル大司教の名は、すでに容疑者として騎士団のプロファイルに挙がっているのだろう。
レベランス侯爵は苦々しい顔のまま唇を噛んだ。
「……ドゥリトルの野郎は一週間も前に帰国の途についている。聖騎士の出迎えに加えて、レベランス家からも護衛名目で監視を付けて送り返したから、もう間もなく国境を越える頃だろう。もちろん協力者がいれば不可能ではないが……奴の利己的な目的に協力して、そんなヤバい橋を渡る奴がいるとは思えない。野郎も、もしジュエが誘拐などされたら、自分へ嫌疑が掛かる事は百も承知しているだろう。……まさか……そこまでバカだとは思いたくないが……」
ステライト正教国の現教皇とユグリア王国の現王は、古い付き合いですこぶる仲がいい。その友好関係を背景に、両国の関係もここ十数年の間、極めて良好だ。
万が一正教国の、それも大司教の要職を務める者が犯人だった場合、両国が積み上げてきた信頼関係は一夜にして崩壊し、下手をしたら戦争にまで発展しかねない。
もしそうなった場合、喜ぶのは両国と関係がよくないロザムール帝国だろう。
いくらなんでも、正気でそんなバカな真似をするとは思えない。
会議室に暫しの沈黙が落ちる。
ややあって、ダンテが沈黙を破った。
「ですが……解せませんね。レベランス家のご令嬢が、なぜ誰にも相談せずに一人で呼び出しに応じたのでしょう。しかも一度解放されたにも関わらず再度自らの足で外出して、あまつさえ直筆の手紙まで残している。自身の命を危険に晒してでも従わなくてはならない弱みでも握られていたのでしょうか?」
その点は当然、誰もが疑問に思う事だ。
強引に身体を拘束されたならば仕方ないが、ジュエは今回少なくとも自分の意思で動ける状態にはあった。
その状況で誘拐犯の言いなりになるなど、普通なら考えられない。
ジュエの立場を考えると、己の命を懸けてまで犯人に従うべき弱みなどそもそもあるとは思えないからだ。
レベランス侯爵も心当たりはないようで、ダンテの問いには首を振るしか無かった。
「う~ん……となると、これは自発的な家出、という線も考えなくてはなりませんねぇ」
パッチが苦笑しながらそう言うと、レベランス侯爵はテーブルをバンと叩いた。
「そんな事はあり得ねぇ! あの子に限ってそんな……」
「……サミュエルさんよ。パッチが言いたいのは、家出の線を考えなくちゃならねえって事だ。誘拐と家出じゃあ俺ら騎士団の捜査権限に天地の差がある。検問を敷くにしても、怪しい建物に強制捜査で踏み込むにしても、根拠が必要なんだ。実際、『うちの子に限って家出なんて……』なんて大騒ぎして、蓋を開けてみりゃただの家出だった、なんて例はごまんとある。今の情報だけで強権を発動すれば、下手すりゃ騎士団の暴走などと言われかねん。だから取っ掛かりが必要なんだ。明確に疑う根拠のある犯人の心当たりとかな」
デューが淡々とそう言うと、レベランス侯爵とセバスは暫し絶句し、唇を噛んだ。
だが権力の暴走の恐ろしさを……この国の根幹を支えている王国騎士団が暴走する事の危険性を、二人も当然理解している。
再びの沈黙の後、セバスは目に涙を浮かべて声を絞り出した。
「……ジュエリーお嬢様が、これまでどれだけのものを犠牲にして今のお立場を得られたか……それはこのセバスが誰よりも分かっております。……正直に申し上げます。学園入学前までのお嬢様ならば、その両肩にかかる重責に折れてしまっても不思議はございませんでした。ですが、近頃のお嬢様のお顔がどれだけ輝いていらっしゃったか。どれだけ華やいでいらっしゃったか……。私は断言致します。あのお嬢様が、今の生活を放棄して諸国巡礼など……絶対にあり得ません」
セバスは、騎士団が動く根拠にはならない事は百も承知の上で、そう強調した。
「……とにかく、今警察の人海戦術で目撃情報を集めている。事件だと断定されればできる事も増える。当然、レベランス家でも動いてるとは思うが、何か情報が入ればこっちにも共有してくれ」
会議は重苦しい雰囲気のまま解散となった。
◆
「師匠! どうなりましたか? 何か俺にできる事はありませんか?」
俺は会議を終えて出てきた師匠に慌てて詰め寄った。
「……さっきも言ったが、お前はこの件には関わるな」
「……何故ですか? あいつは、ジュエは俺のクラスメイトで、大事な友達です」
これは俺の偽らざる本心だ。
いや、ジュエに限らず、あの学園に通う者は皆仲間だ。
入学当初はさして思い入れも無く、いつでも辞めてやるぐらいの気持ちでいたが、この一年で俺の心中は自分でも意外なほど変化していた。
もちろん、いけ好かない奴もいるし、学園に通う目的もそれぞれだろう。
だがあの学園では、皆が皆、ありたい自分であるために懸命に日々を過ごしている。
そんな仲間が近くにいる事が、どれほど得難い事か。
その仲間が攫われたかもしれないのだ。とても悠長に捜査の行方を待ってなどいられない。
「……だからこそだ。私情は判断を鈍らせる。これは俺の予想だが、話が随分ときな臭ぇ。どこまででけぇ山になるのかも全く見えねぇ」
「そんな……だったら余計大人しく待ってられませんよ!」
俺は再度食い下がったが、師匠は再び首を横に振った。
「……お願いします師匠。勝手な真似はしませんから」
「ダメなもんはダメだ。お前がこれまで勝手な真似をしなかった事があったか!? この件は大人に任せて、大人しくしてろ!」
そう言って、歩き去ろうとする師匠の服の袖を俺は掴んだ。
「…………お願いします……!」
ここは絶対に引かない。何があろうとも。
最悪の場合は騎士団を辞めて個人で動く覚悟だが、やはりできる事に限りがある。
俺が裂帛の気合を込めて再度師匠にお願いすると、師匠は暫し俺の目を見た後、深々とため息を吐いた。





