270 昇格とクラン(2)
「ご、ごほん。話がまとまったようで良かったです。ところで、レン君はAランクになるデメリットばかりを気にしているようですが、無論メリットも沢山ありますよ? 国から授与されるSランクは別として、実質的には探索者としての最高位ですからな」
そう言って、いくつかメリットとやらの説明がされていく。
サトワ曰く、所属する都市の市民税の減免だとか、病院や教会に行けば怪我を優先的に治療してくれるとか、銀行の送金手数料がどうとか、社会的信用がどうとか、名誉がどうとかだが、全く魅力を感じない。
王立学園生であればほぼ網羅しているようなものばかりだからだ。
もちろん一般人にとってはメリットなのだろうが、学園生でなくても金に困っているAランク探索者など稀だろうし、実態としては名誉が一番のご褒美なのだろう。
もちろん俺は、しがらみが増えるばっかりの名誉などには欠片も興味はない。
すると横からシェルのおじきがまたもや口を挟んできた。
「……こいつにそんな通り一遍のメリットを言っても響かんだろう。一番のメリットはずばり、自由だな」
俺はおじきの言葉を聞いて、顔を上げた。
それは確かに、俺が今世では一番大切にしたいと考えている事だ。
「……どういう事ですか?」
メリット以上に色々としがらみが多そうだと思ってげんなりしていたが……。
「Aランクっつうと大陸中に数多いる探索者の最上位だって事だ。どの国も上位ほど探索者の数が足りてねぇからな。特にAランク探索者は各国協会の顔だし数えるほどしかいねぇ。当然、どんなに危険な魔物の討伐依頼も受け放題。待ってるだけで大陸中からヤバそうな依頼が舞い込むっつう寸法だ」
おじきがそんな事を言っていい笑顔で親指を立てるので、俺は再度がっくりと頭を垂れた。
何で好き好んでヤバそうな依頼なんて受けなくちゃならないんだ……。と思っていると、シェルのおじきはこう付け加えた。
「んな嫌そうな顔するなよ。ってことは、だ。普通の人間なら入れないような国の、さらに規制されていて入れないような場所に行けるってこった。そこでしか味わうことができないような特別な経験ができる。若けぇ内に世界を見て回れる。このメリットは後々でけえぞ?」
俺は再び顔を上げた。
金にも名誉にも地位にも興味はない。そんな俺が強烈に欲しているもの……それは体験だ。
いたずらに命を懸けるのは御免蒙るが、そこでしか見る事のできない景色、そこでしか体験できない何かがあるのであれば、話は別だ。
「……もしかして、ベアレンツ群島国なんかにも入れたりします?」
俺は、夏休みの旅行先に検討していた国の名を挙げた。
日本に文化が似ているようだし、ぜひ行きたいと考えた。だが行きつけの蕎麦屋の親父に相談したところ、今は世情が不安定なため一般人の旅行は受け付けていないと言われ、諦めていたのだ。
「ん? あぁ最近、一般人の入国を止めているんだったな。ああ、Aランク探索者が入国申請したら問題なく入れるだろうよ。あそこは近ごろ魔物災害が頻発してて、猫の手も借りたいほど人手が不足してるって話だからな。なんだ、ベアレンツに行きてぇのか?」
おおっ!
俺のテンションは急上昇した。
「マジですか? ていうかおじき、行った事あるんですか? どんな国でした?」
「ああ、ある。まぁ俺は観光には興味ねぇが、きれえな国だったぞ。そんな発展してるって感じじゃねぇけど、自然は豊かだし飯は何食っても旨いし。懐かしいなぁレッドタフ、別名焦熱地獄。地熱で常に陽炎が立ち昇る一面の赤土地帯のそこかしこに、間欠泉とかいう高熱の水蒸気が前触れもなく噴き出す天然のトラップみてぇのがあって、危ねぇのなんの。しかもそこに住み着いてる岩竜が強ぇのなんの」
シェルのおじきは懐かしそうに腕を回し始めた。
焦熱地獄だと!?
何だその温泉天国を想起せざるを得ないロマン溢れる響きは……。
一体どんな光景がそこには広がっているのだろう……何としても一度は行ってみたい。
俺が目を輝かしたのを察したおじきは、すかさず畳み込んできた。
「他にも色々あるぞ? 例えばクワァール共和国のタスマカルン砂漠。ここもヤバかった。昼は80度超え、夜は氷点下30度の世界で、信じられねぇくらい星がきれえでよ。そこのサボテンの魔物から抽出した酒がうめぇの強ぇの。つい飲みすぎて、酔っぱらってその辺で腹出して寝てたらタスマカルン大サソリにぶっ刺されて――」
こんな感じでシェルのおじきは、世間一般にはあまり知られていないAランク探索者ならではのロマンあふれる冒険譚を次々に話してくれた。
サトワはドン引きしていたが、俺は大いに笑い、興奮し、そして好奇心を刺激された。
「……分かりました、この話受けさせてもらいます」
悔しいが、おじきには色々な意味でまだちょっと敵わない。どちらにしろ断れないのなら、前向きに捉えたほうがいいだろう。
俺が腹を括ってそう言うと、サトワはほっと胸を撫でおろした。
「よかったです。……それで、ドラグレイドの依頼の支払いの件ですが……」
サトワは言いづらそうにすっかり忘れていた本題と思われる議題に入り、俺はその苦し気な表情に身構えた。
そして、とんでもない数のゼロが並んだ紙を机上に置かれ、すわ弁償かと俺が気を失いそうになったところで、こんな事を言った。
「レン君の説明通り、もう一体のシュタインベルグの死骸はルートゼニア鉱山遺跡の深部に眠っていました。これは協会からの緊急討伐依頼の報酬となります。騎士団が回収した素材費用についても上乗せしていますが損傷が酷く、巨大な魔石ぐらいしか値がついていません」
「ほ、報酬? 俺が受け取るんですか?」
意識が遠退きそうになるのを何とか踏みとどまってそう聞くと、サトワは意味がわからないという顔をした。
「当然そうですが……。なぜ街を守った英雄が金を払うんですかな?」
「え、いや、遺跡が不幸な事故により吹き飛んだ責任を取れ、とか言われるのかと思いまして……」
すると横で興味なさそうに耳をほじっていたシェルのおじきが、ははーんと笑ってまた話に入ってきた。
「なるほど、妙に詳細を隠したがると思ったらお前、吹き飛ばした遺跡を弁償しろって言われるんじゃねぇかと思って、びびってやがったな?」
「ふ、吹き飛ばしたんじゃなくて、不幸な事故で吹き飛んだんです!!」
俺が慌てて否定すると、シェルのおじきはまぁ待てと手の平を突き出した。
「ふん。事故で大規模な魔炭鉱爆発が起きて、自分だけたまたま無事だったのか? んな説明誰も信じちゃいねぇよ。おっと心配すんな、よほど悪質と判断されない限り、緊急討伐任務で器物を損壊させたところで責任を問われる事はねぇ。まず第一に人命優先。この原則は探索者本人にも当てはまるしな」
「…………本当ですか?」
俺が疑いの目を向けると、おじきは胸をドンと叩いた。
「あぁ。とある街を襲ったスタンピードから住民を守る緊急任務で、人は守ったんだがついはしゃぎすぎて街を壊滅させた俺が言うんだから間違いねぇ! 結構感謝されたぞ? 命があれば街はまた興せるっつってな」
な、なるほど、おじきが言うとすごい説得力があるな……。
嬉々として器物を損壊しながら暴れ回るおじきが目に浮かぶようだ。
俺が唖然としていると、シェルのおじきはまた身を乗り出してきた。
「だからよ、お前がどうやってその大物を仕留めたのか、もう今ここで素直に全部うたっちまえ。協会としても正確に状況を把握しておきてえし、何より俺が一番知りてぇ肝心の魔物とのドンパチのところだけがもやもやの報告書は読んでてストレスが溜まって仕方ねぇ」
いい歳して目を輝かせながら早く早くとせがんでくるおじきを見て、俺は苦笑しつつも頷いた。
「分かりました、さっきおじきに面白い話を聞かせてもらいましたし、俺も喋ります。でも他言しないでくださいよ?」
おじきは珍しく真面目な顔で頷いた。
「探索者の飯の種を他所で喋ったりはしねぇよ。俺もサトワも、それくれぇの分別はある」
サトワも頷いたので、俺は今度こそ喋り始めた。
「えーっと、そうですね……。俺がもう一匹のシュタインベルグと遭遇したのは奴らの巣……って所までは話しましたね。実はそのもう一匹には、あのエリア81に出たやつとはまた別の厄介な特性がありまして……巣を突破するのにはほとほと骨が折れました」
俺がこうして話に勿体を付けると、おじきはソファーから腰を浮かさんばかりに身を乗り出してきた。
「ほぉう? どんな特性だ」
「ずばり……異常に長い舌ですね。間合いが二十五メートル弱もある大蛇みたいな舌が、予備動作が全くないところから大砲みたいに飛んできます。もちろん舌先には物を吸着する特性があって、単独任務じゃ捕まったら即死ですからね……。見たところ体外魔法の強度はエリア81に現れた奴の方がありそうでしたが、この舌が放つ『死の予感』はそれはもう強烈でした」
俺が初めてあの舌に照準を合わされた時に感じた絶望感を思い出し、背をぶるりと震わせながらそう言うと、おじきは眉間に皺を寄せ腕を組んだ。
「かぁ〜、そりゃ確かに厄介そうだ……。それで、どうしたんでぇ?」
「どうするもこうするも、何とかその巣を突破するより他に文字通り道がありませんでしたからね。腹を括って巣に降りたんですが、ちょうど半分くらい進んで、引くにも進むにも最悪なタイミングでなぜか一斉にカエルどもが目を覚ましまして……」
「や、やべぇじゃねぇか……」
「やべえっす。幸い俺に気づいて目を覚ました訳じゃなさそうだったんで、息を詰めてやり過ごそうとしたんですが、半分ほどが巣から消えたところでその長舌に見つかっちまいまして……」
「熱いっ! それで、どうしたんでぇ?!」
「……熱いって……。……初撃は小ガエルの後ろに回り込んで何とかやり過ごしましたが、奴は頭も良くってね。ジャンプして角度をつけて照準を合わせてくるんで、あーしてこーして、すんでのところで矢筒をパージして――」
「ひゅ~! 聞いてるだけでタマが縮むぜ!」
「でしょう? 流石に生きた心地がしませんでしたよ……。でも安心したのも束の間、どうやらルートゼニア鉱山遺跡の深部とカエルどもの巣は繋がってて――」
「ほえ~メンタルきちぃなぁ! で、突っ込んだのか!?」
「ええ、水が無くって迷ってる暇は――」
~十五分後~
「――てな展開で、このままじゃジリ貧だ……! 賭けに出るしかない! 事前に王立図書館で鉱山関係の本は一通りさらっておきましたからね。その知識から魔炭鉱での炭塵爆発を利用する手を思いついたんですが、もちろん考えなしに火をつけたら自分もただじゃ済まない! 何とか奴らは始末しつつ、自分は生き残る条件を模索するしかない。だが奴らも容赦がなくって、僅かに見せた隙を突かれて一斉に襲いかかってきやがった……! やるしかない! 覚悟を決めた俺は紙一重で長舌を掻い潜って奴の風上を取る! 本に書かれてた延焼を防ぐための水棚を参考に、拘束された左手で強引に風魔法で水の膜を張りつつ、残った魔力を振り絞って蛙どもを引き摺って、予め右手に握り込んでた麻紐に――」
おじきの素晴らしいリアクションにのりのりになっていた俺は、ポケットから実際に麻紐を取り出して、流し目で火をつけ地を指差した。
「――風魔法で火をつけました。イグニッション…………じゃあな、クソガエル。永遠に寝てろ、この地の底で……。俺がそう呟いて、火種が炭塵に触れた次の瞬間――」
だが話が核心に迫ったところで、おじきは爆笑した。
「ぎゃっはっはっ! 何一人ぼっちでカッコつけてんだ! 中身もいいがオチまで完璧だ! こりゃ酒場でねぇちゃん達に喋ったら盛り上がるぞ~」
「…………あ、あの……誰にも言わないって言いましたよね……?」
「あぁん? 俺は探索者の飯の種を他所でしゃべらねぇくらいの分別はあるっつったんだ。他人が真似できるところなんて一つもねぇじゃねぇか。もちろんそんな九死に一生を力でもぎ取った状況で、こっぱずかしい台詞を呟くのもオメェだけよ! オチまで文句無しのAだ! ぎゃっはっは!」
「………ふざけんな! 泣かすぞ、このハゲ!!!」
「お~お~掛かってこい。会長の俺様に盾突くたぁ、それでこそバリバリの武闘派を謳う新クラン、『マッド・ドッグ』の総長だ」
「ふん。…………ききき、聞いた事もねえんだよ、そんなクラン!」
俺はふかふかのソファーでふんぞり返り、余裕綽々で手招きしてくるおじきに向かって拳を振り上げた。
こんにちは┏︎○︎ペコッ
告知がすっかり遅くなりましたが、この作品の書籍を出版しているカドカワBOOKS様の9周年特設サイトに、本作品のSSを掲載いただいています。
ベルドがメインのゆるーいお話です。
その他にも人気作のSSがたくさん掲載されておりますので、もしよければ覗いてみてください(^^)
よろしくお願いいたします!
https://kimirano.jp/special/kb_9th-anniversary/






