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266 先輩による新勧イベント(1)



本話より2年生編が始まります!


引き続きよろしくお願いいたします!



王立学園の入学試験結果は、毎年朝十時に発表される。


手順としては、正門を潜った先にある広大な芝生エリアに掲示板が設置され、時間になると掲示板を覆う布が取り除かれて合否が明らかになる。


掲示板にかけられた純白の布には、この学園が王立である事を示すユグリア王家の紋章が金の糸で刺繍されている。



王立学園入試では、浪人や追試験は認められていない。


魔力器官が完成した直後の十二歳から十五歳頃までは魔法的な器を鍛えるのに重要な時期であり、例えば事故や病気などの不運で受験できなかった者を手厚く拾い上げるにはこの国は広すぎる。


言い換えると、あらゆる手を尽くして万全の状態で試験を受ける事がまず初めの試験なのだ。


真に突出した才能がある者には編入という極細い道もないではないが、ほとんどの者にとっては十二歳での入試が一度きりのチャンスとなる。


そんな生涯一度の機会に全てを懸けて、国中の優れた才能を持つおよそ一万人の十二歳が受験生として集結する。


そこからさらに魔力量と実技試験で水準以上の者だけが選抜され、最終の学科試験まで進めるのは僅か千人前後。


つまり、この合格発表の場に立ち会う資格がある千人は、すでにその世代を代表する俊才ばかりと言える。


そして――


ここまで勝ち残った世代屈指の才能が、ただ今より『運命の(ふるい)』に掛けられ、その九割、九百人が無情にも溢れ落ちる。





合格発表まで、あと十分――


「受験生、及びその関係者が入っていいのはこの掲示板の手前までだ。そこから奥に入れるのは学園生……つまりこの掲示板に名前があった合格者だけとなる。合格者は名前と所属クラスを係員に告げて進んでくれ。配属されたクラスで、一時間後の十一時からオリエンテーションがある。不合格となった者も十一時までに学園から退出する事」


係員である教師のリアスが注意事項を説明する。


王立学園入試の結果発表の場である。


昨年、アレンは十時半に悠々と来たので目撃していないが、当然ながら発表直後は天国と地獄が入り混じり、毎年大変な騒ぎになる。


家族と泣いて抱き合う程度は可愛いもので、天に向かって雄叫びを上げながら拳を何度も突き上げる者や、人目も憚らずに泣き崩れて地に向かって咆哮する者など、珍奇な行動を取る者も珍しくない。


それどころか、結果に激昂して暴れる、嘔吐する、失神する、失禁するなど他人に迷惑をかける者まで現れるのが毎年お馴染みの風物詩で、その為に警護や看護要員が多数配置されている。


だが――


今年は十時を待たずして、すでに様子がおかしかった。


まず受験生。


掲示板の目の前、最前列に陣取り、運動しやすい服装でなぜか入念にストレッチなどの準備運動をしている人間が、おおよそで二十人もいる。


その研ぎ澄まされた眼光は、まるでこれから最後の試験でも受けるかのような気合いに満ちており、とてもこれから『運命の篩』に掛けられる受験生には見えない。


先にネタばらしをしておくと、彼らはすでに合格を確信しており、その先を見据えている者たちだ。


王立学園一般寮、通称犬小屋には、三年生が卒業した事でいくつか部屋に空きが出ている。


その空室の入居権を賭けた抽選が本日、新学期初日の午前中に行われる。


そう、十一時からのオリエンテーションに出席した後では間に合わないのだ。


その極秘情報を掴んでいる人間たちが往復十五キロメートル強を走り抜けて抽選を済ませ、一時間以内に戻ってオリエンテーションに出席するために、準備運動をしているというわけだ。


だがその情報を知らない者達からすると、全く意味不明な光景だ。


すでに芝生広場はざわざわと異様な雰囲気に包まれている。


加えて、目の前に続く道の先にある白亜の学舎前だ。


先程から在学生と思われる数人が集まってきて、そこの正面階段に腰掛け、受験生から見える位置で談笑を始めているのだが、問題はその面子――


「なるほどね? 今年のヴァルカンドール地方の受験生は中々面白そうだね、アリス」


「ええっ、私もそう思うわ、フェイルーンさん」


「ふふっ。クラスメイトなんだから、フェイでいいよ?」


受験生たちの情報を交換しているのは、新二年生でAクラスに所属する生徒達だ。


後輩が入ってくる事が楽しみすぎて、はしゃぎにはしゃいだアレンが『そうだ! 挨拶がわりに新入生へ一発かまそう! 先輩による出迎えイベントだ!』などと今朝いきなり言い出し、こうして急遽正面階段での出迎えを挙行することになった。


そのうちに、受験生およびその付き添いたちが、その存在に気がつき始める。


「おい、今あそこに座ったのって天才魔道具士と名高い……」


「えぇ、フェイルーン・フォン・ドラグーン先輩よ。昨夏の立食パーティでご挨拶させて頂いたから間違いないわ……。相変わらず雰囲気に凄みがあるわね。隣に座ったのは誰かしら? ずいぶん親し気だけど……」


「あれは、今年の進級と共に唯一Aクラスへの昇格を果たしたと噂のアリス・マスキュリン様だ。名門マスキュリン伯爵家の長子にして、ヴァルカンドール地方の至宝……」


ヴァルカンドール地方出身の子息に付き添っているとある下級貴族がそう解説して、周辺の者がごくりと唾をのむ。


その後も学舎の正面階段には、在学生と思われる生徒たちが三々五々集まってくる。


「おいおい……今座ったのは一年生にして王国騎士団に入団を果たした帆船部部長、ダニエル・サルドスさんだぞ!」


「あのヘルロウキャスト事変で国を救い、国王陛下から褒賞を直接下賜された……! おまけに並んで喋ってんのは昇竜杯の王国代表として鮮烈なデビューを果たした『鬼の副長』、ルドルフ・オースティン先輩だ! 写真が今朝の新聞に載ってた!」


「相変わらずなんて美しいのかしら……聖女サリーの生まれ変わり、ジュエリー・レベランス先輩……」


「隣でピンクの髪をツインテールに纏めているのが、あの(・・)坂道部を率いている『ダーレーの虎』、ステラ・アキレウス先輩ね」


「もっと怖い人を想像してたのに……めちゃくちゃ可愛いぞ……」


合格発表を前にして、すでに芝生広場は騒然としている。


そこに一人の男が現れて、当然のように錚々たるメンバーの中央へと腰掛け腕を組んだ。


『きゃあ!』などと、この場に似つかわしくない黄色い悲鳴がそこかしこから上がった。


「……説明不要だな。もの凄いオーラだ」


「ええ、あれが『神童』ライオ・ザイツィンガー先輩ね。噂通り……いえ噂以上の超絶貴公子ね」


正面階段には、すでに二年Aクラス十九名が揃っている。


「おい……これって……」


「あぁ……勢揃いだ。あの人以外な」


「さ、早速会えるのか……? あの歩く前代未聞……」


「い、生きる号外輪転機……」



そう、まだ来ていないのはこの企画の言い出しっぺで、『十時集合な、遅れるなよ!』などと言い残し、どこかに消えたアレンだけだ。


芝生広場の緊張感が最高潮まで高まったその時――


「ごほんっ。時間だ。それでは合格者を発表する!」


皆これから合格発表だということをすっかり忘れていたが、係のリアスが一つ咳ばらいをして現実へと引き戻す。


全員の注目が集まった事を確認したリアスは、掲示板に掛けられた布を一息に巻き取った。


その結果が露わになった次の瞬間――



「一年A、エイト・セラード通ります!」

「一年C、フローラ・フォン・チェラット!」

「一年B、バリアロ・バイター!」

「一年A、シャイニー・マレリアン、入らせて頂きます」


所属クラスを確認した一部の合格者達、運動に適した服装でストレッチをしていた者達が、家族と喜びを分かち合う事もなく一斉に走り出す。


広場は騒然となった。


訳が分かっていないその他の合格者達が、どうすべきかときょろきょろと周囲を確認し、決断の早い者が取り敢えず走り出す。


目の前にはあの二年Aクラスの生徒達が、貫禄たっぷりにこちらを見ている。


出遅れた者達も、当然何か重大な理由があると考えた。


家族に背中を押され、訳も分からず後について、白亜の学舎へと延びる一本道を走り出す。



学舎の前に座る二年Aクラスの生徒たちが、一直線に走り出した後輩たちに苦笑しながら悠然と待ち受ける――





俺は正門から見て学舎の右側奥にある森に魔導二輪車と共に潜み、登場のタイミングを見計らっていた。


もちろん後輩たちの度肝を抜くために、ド派手な登場をぶちかまそうと企んでいたからだ。


『新入生歓迎イベント』は、学園物の異世界転生にはお約束のイベントだ。


大体は上級生が生意気な新入生に、『現実を教えてやる』などと尊大な態度で仕掛け、逆に優れた新入生にまざまざと才能を見せつけられてちょいざまぁをくらい、最後には『中々やるな』『先輩こそね』的な大団円で幕を閉じる事が多い。


と言っても、俺には後輩の踏み台になってやろうなどという殊勝な気持ちなどない。


もちろん後輩を力で押さえつけて、顎で使ってやろうなどと考えているわけでもない。


先輩に喧嘩を売ってくるようなやんちゃな後輩も大歓迎だが、俺はただ先輩として伝えたいのだ。


これから始まる学園生活で、自分の好きな事に熱中し、青春を謳歌する事の大切さを。


そう、卒業したリアド先輩から、俺が入学直後に身をもって教えてもらったようにな。


そして俺もいつか、頼りがいがあって後輩たち誰からも慕われるリアド先輩のように――


……その為には誰よりも目立ち、『謳歌してる感』を出す必要がある。


「くっくっく。そろそろか」


俺は林道をそろそろと魔導二輪車を押して進み、合格発表の掲示板が見える位置についた。


発表直後は恐らく家族と喜びを分かち合ったりするだろうから、その五分後くらいがベストタイミングか?


などと考えてこそこそ覗き見ていると、掲示板を覆っている布が取られた。


そして俺は目を疑った。


布が取られた次の瞬間から、新入生が雪崩の如く走り出したからだ。


嘘だろう……家族に感謝の気持ちの一つも伝えずに、さっさとおさらばだと?!


たった一年しか違わないのに、とんでもないジェネレーションギャップだ……。


お、落ち着け俺。ここはリアド先輩から受け継いだ持ち前の包容力で――


俺は魔導二輪車を始動した。


……やっぱり許せん!





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― 新着の感想 ―
編入あるんだ... 留学とかでキャティ来てくれないかな
エピソードタイトル「閑話 新勧イベントの裏側あれこれ」の誤字修正(新歓→新勧)をありがとうございました。 こちらのエピソードタイトル「先輩による新歓イベント(1)~(3)」も同様であることに今気づきま…
[良い点] 新一年生にも英雄にされてしまう可哀想な生け贄がどれぐらいいるのだろうねぇ 二年Aクラスでまだ出番待ちがいるのに新しいキャラ増えると混乱しそう
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