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265 ただいまマル被を護送中


こんにちは、西浦真魚です。


蛇足になりそうで迷ったのですが、やはり帝国編を総括をする回が必要だと思い直しましたので書きました!


決して夏休みに気を取られて忘れていた訳ではありません!


間が空いてしまい、申し訳ありません┏︎○︎ペコッ




「あの~ちょっとトイレに……」


魔導列車の窓すらない保護室でおずおずと手を挙げると、入り口を固めていたベテラン近衛騎士団の二人はギロリと俺を睨んだ。


『保護室』などと真新しい札が上からぞんざいな感じで打ち付けられているが、その実態はどう見てもA級犯罪者を護送する為の牢獄だ。


「またか、アレン・ロヴェーヌ……。さっきトイレに行ってからまだ三十分しか経っておらんぞ?」


「すいやせんね、ダンナ。持病の頻尿が悪化しちまいやして……。えへへ」


「ちっ……その妙な喋り方を止めろ」


まるで極悪犯罪の被疑者(まるひ)のような扱いにやりきれなくてつい『ケチな泥棒』ムーブをすると、ノリの悪い近衛騎士団員はあからさまに舌打ちをして廊下へ向かって『トイレだ!』と怒鳴った。


すると廊下から『了解しました!』などとハリのある声で返事があり、橋梁の健全性を確認する打音検査のように、床や壁を叩く音が響き始める。


やがて音は止んだが、そのまま五分以上待たされる。


「あのー……まだですか? そろそろ漏れちゃいそうで」


「まだだめだ。この辺りは周辺の見通しが悪く、賊が襲来する可能性がある。開けた平原に出るまで待て。万一ここで漏らしても誰も文句は言わん」


「えぇ。文句は言いません」


隣でなぜか俺と手錠に繋がれているムジカ先生が、神妙な顔で頷いた。


「……んな無茶苦茶な」





ロザムール帝国近郊の森にある、古い洋館――


「カタリーナ姫がアレン・ロヴェーヌを上手く釣り出してくれたまではよかったが……いやはや、とんでもないものを引き出してしもうたのう……」


しゃがれ声の老人が重苦しい声でそう口火を切ると、円卓を囲むメンバーは一斉にツバの広い魔女帽子の女――カタリーナを見た。


先日の会合では出席者は五名だったが、本日の会合には九名が出ている。


各国情報部の目は気になるが、リスクを取ってでも確認しなくてはならない情報がある。


もちろん、昇竜杯のアレン・ロヴェーヌについてだ。


皆の視線を受けて、カタリーナが知り得た情報を淡々とした口調で共有していく。


「――私がムジカから聞き出した情報としては、こんな程度よ。『精霊は……皆の心の中にいる』。舐めてるとしか思えないこの説明が何を意味するのかは、おそらくムジカですら理解していないわ。つまり、あれだけの研究を為して、その成果を王家筋にすら共有していない。謀反を疑われるのが怖くないのかしら? 頭のネジの飛び方も異常ね」


カタリーナはそう言って話を締めくくり、『何を考えているのかまるで分からない。お手上げよ』と言いながら、困ったように苦笑した。


ややあって、ハンチング帽を目深に被る男、ゼストが奥歯をギリと噛んでテーブルを拳でドンッと叩いた。


「信じろ、とでも言うのか……。精霊などというものの存在を! アレン・ロヴェーヌは説明を拒否したのだぞ?!」


精霊と契約し、才無き者が体外魔法を行使する――


アレンが世界へと突きつけたのは、これまで先人達が積み上げてきた魔法史を根底から覆す、途轍もない発見だ。


とても、はいそうですかと鵜呑みにできる内容ではない。


当然ながら昇竜杯出場国で構成される大会事務局は、アレンが何か不正を働いたのではないかと嫌疑を掛け、ユグリア王国の失格を盾に、目の前で精霊魔法を披露するように迫った。


計画していた観光がおじゃんになって気落ちしているところに、権威を笠に着た高圧的な態度で詰められ、大いにイライラしたアレンはこれを言下に拒絶した。


『マーティン先輩のために仕方なく出たが、俺はまだ襲撃の件に納得してないぞ? そもそも補欠の俺がちょっと火遊びした話など、どうでもいいだろう……いったい何を見てたんだ? とにかく俺たちは十分楽しんだ。二位か失格かなど好きに決めてくれ、クソどうでもいい』などと言い放って、絶句する皆を置き去りに、さっさと会場を後にした。



年季の入った両手杖を持つ老婆が大きくため息をついて、首を振る。


「はぁ……精霊が何を意味するのかは、もはや大した問題じゃない。アレン・ロヴェーヌは厳格な昇竜杯の検査で『性質変化の才はない』と判定された。もちろん魔道具など持ち込めるはずもない。にも関わらず、砂嵐を纏い、霧を噴き出し、火を自在に操ってみせた。その事実は……揺るぎようがない」


「だ、だが例えば、まだ魔道具を会場のどこかに予め隠していた可能性も――」


このゼストの抗弁に、老婆が続けて首を振る。


「アレン・ロヴェーヌは我々の策略で前日の夜に急遽出場が決まったんだよ? そこから昇竜杯のフィールドに忍び込んで魔道具を隠し、これだけの衆目環視の下でバレずに魔道具を回収して十全に使用した、とでも言うのかい? もしそんなことが可能なら、それはそれで大問題だ」


ゼストは反論できずに唇を噛んだ。だがその拳はわなわなと震えている。


「まぁ……ゼストの言いたい事も分かる。聖魔法を含む体外魔法の才能。これを持って生まれるのは神に選ばれし民である証左であり、選ばれし民には世界史を牽引する義務がある。その『選民』である誇りこそが、我々の思想の根底じゃ。それが後天的に誰でも得られるなどという事になったら、我らはその存在意義が失われ、今すぐに瓦解してもおかしくはない。表の団体も含め、な」


しゃがれ声の老人がそう言ってゼストを庇うと、老婆は頷いた。


「…………少なくとも、大っぴらに認める事は絶対にできないね。そういう意味では、アレン・ロヴェーヌが説明を拒否してくれて助かったとも言える。……とんでもない爆弾を抱えさせられて、その導火線を握られた、とも言えるがね」


老婆が苦り切った表情でそう言うと、皆が俯く。


ゼストと多少いざこざがあったものの、これまでアレン・ロヴェーヌは不自然なほどこちらに関心を寄せている様子がなかった。


こちらの正体を探る様子も一切なかった。


だが――


強引に動いたところを……いや恐らくはキャスティーク皇子との交流を餌に誘い出され、(やいば)を突きつけられた。


それも一撃で、鮮やかに喉元へ――


昇竜杯という舞台装置を利用された以上、早晩大陸中に広がるだろう。揉み消す事は不可能だ。


敵ながら天晴れとしか言いようのない完璧な形、タイミングだった。


皆が沈黙を続ける中、何かを考え込んでいたフードを目深に被った男が、一つ咳払いをして顔を上げた。


「……まさかあんなに大きな牙を、誰にも言わずに隠し持っているだなんてね。こちらの正体を把握していたのは間違いなさそうだね。いつから準備をしてたのか、どこまでが計算なのかすら分からない。まるで伝説に出てくる神算鬼謀の軍師だ。ところで……彼はなぜ説明を拒否したのだと思う? もしあの場で『誰にでも使える事』を証明すれば、僕たちの組織は文字通り致命傷を負うのに」


皆が顔を見合わせ、首を捻る。


確かに、とどめを刺すのを躊躇する必要性が全く感じられない。それほどの完敗だった。


「……敢えて生かす事で、私達をこの先に利用するつもりなのかしら? ……交渉ならともかく、命令するつもりならどんな手を使ってでも消さなければならないけど……私はマムシに目をつけられているわ。この結末だし、皇帝陛下(お父様)も流石にこれ以上は看過しないでしょう。すぐには動けない。誰か代わりに――」


フードの男はカタリーナを手で制し、首を振った。


「すぐに殺す必要はないよ。……僕は、あの場で説明できない理由があったんだと思う。彼は当初、風という新たな属性の研究をしているとされていたよね? これが本当に極めて珍しい未知なる新属性であれば、性質変化の才能が無いと判定されながら体外魔法を使えてもおかしくはない」


しゃがれ声の老人が唸り、目を細める。


「むう。…………仮にそうであれば、我らの思想と矛盾はない。むしろ、それだけ有能かつ稀少な属性を保持しておるのであれば――」


老人がそこで口を噤むと、円卓に掛けていた皆は驚いたように顔を上げた。フードの男がにこやかに微笑む。


「他のオリジナル・ファイブと逆で、宗家に近いほど体外魔法の才を持たないとされるドスペリオル家。僕たちとは決して相容れない存在だと考えてきたけど……もしかしたら、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない」


カタリーナは呆れたように大袈裟に目を見開いて、皮肉気な笑みを浮かべた。


「まさか、救世の使者は私達の不倶戴天の敵であるドスペリオル家から現れる、とでも言うつもりなのかしら?」


フードの男は掌を上に向け、首を振った。


「あくまで一つの仮説さ。彼はやっぱり僕達を滅ぼそうとする不倶戴天の敵なのか、それともまさか『使者』なのか……」


フードの男は笑顔を消して、皆を見渡した。


「それはこの先、嫌でも分かる」





「……もう一度確認するぞ、アレン・ロヴェーヌ。四大精霊とやらは全てブラフであり、ノリでうっかり口が滑っただけ。全ては大会を盛り上げようという善意の心でやった事であり、他意は一切なかった……。相違ないな!」


トイレを済ませた俺はそのまま陛下専用車両に引っ立てられ、陛下に帯同していた外務官僚のビオラさんから尋問を受けている。


同席しているのは例によって陛下とランディさん、そして俺と手錠に繋がれたムジカ先生だけだ。


「相違ございません……」


息がかかるほどの近距離で、抉り込むように首を傾げながら真っ直ぐに目を見て詰問してくるビオラさんに、俺は正座したまま力なく頷いた。


一体なぜ俺がこんな仕打ちに……。


この最後尾の陛下専用車両へ移動する途中にあった談話室車両では、選手を中心に応援に駆け付けた生徒たちや関係者が朗らかに会話を楽しんでいた。


そこに現れた顧問と鎖で繋がれた俺を見て、全員が見てはいけないものを見た顔になり、気まずそうに目を逸らす。


そして俺が通過して扉が閉じた瞬間、何事も無かったかのように朗らかに談話を再開した。


本当に泣くぞ?


すでに陛下には問われるままに風魔法で霧や火を起こせる原理を正直に説明したし、もちろんルール違反など犯していない。


そりゃみんな驚くだろうとは思っていた。


いたずら心でほくそ笑んでいた事も認める。


だが、あくまで学生イベントで部活の研究成果を披露してエンジョイしただけであり、怒られる筋合いなど全くない。


ビオラさんの尋問は続く。


あの高笑いもおふざけかとか、サラマンダーの機嫌が悪かったというのもノリでうっかりか、などと事前に確認された内容を陛下の前で一つずつ再確認されていく。


その度に俺は相違ございませんと頷き続けた。


「はぁ~、はぁ~。如何致しますか、陛下」


永遠とも思える聴取の後、ビオラさんは青筋を立てて陛下に尋ねた。どうか死刑と仰ってください、とその顔には書いてあった。


「……もうよいビオラ、そちも分かっておろう。確かに単独で動いたことに問題はあるが、真に責められるべきは我ら大人の不甲斐なさよ」


「へ、陛下……」


俺は思わず涙ぐみ――そして続く言葉に涙を引っ込めた。


「アレンが世界に示した可能性が、我が国に外交面でどれだけ優位な立場をもたらすか。そして……本来、同時に我が国が被るはずだったいくつかの思想信条との対立問題は、一人の学生が勝手にやったという形となった事でアレンが一身に被った。凄まじい数の人間を敵に回し、命を狙われる事も厭わずにな」


い、イノチだと……? 


俺は口をパクパクとした。


意味が解らな過ぎて、言い返す気力もない……。


もう嫌だ疲れた……。とにかく沈黙して、この場を切り抜けるしかない。


だが、俺が眩暈に耐えながら黙っていると、終始一貫して険しい顔で話を聞いていたランディさんが、『くっ!』などと言って目元を拭った。


「あまりにも……自分が不甲斐ないっ! まだ学生に過ぎぬアレンに……これだけの大局の責を負わせ! 自分は、自分は近衛としての責務を全うする事しか頭にあらなんだ! セシリアに合わせる顔がないっ!」


そしてそのまま、いつ終わるともしれない長説教が始まる。


隣で聞いていたムジカ先生が時折、『くっ!』などと言って鎖を鳴らしながら目元を拭う。


その懺悔なのか説教なのかも分からない大型演説は、深夜まで続いた。


……くっ!


泣きたいのは俺だっつーのっ!





風でスカートを捲る――


その一点に血道を上げているともっぱらの噂であったアレン・ロヴェーヌは、こうして一年生後期を終えた。


ある者は、ついに後天的に体外魔法の才能を得られる手法が発見されたと喜び、またある者はアレンの研究を真っ向から拒絶し詐欺師と断じた。


アレンが説明を拒否した事でこの議論は堂々巡りとなり、また様々な方面への影響が大きすぎる事もあり各国ともおいそれと結論を出せず、問題を先送りした。


だが――

精霊云々はともかく、ここまで強烈な一手を放ちながら決定的な分断を生む寸前で手控える緩急の鮮やかさ、そして大局観。


これでまだ十三歳。


アレン・ロヴェーヌの外交センスの凄み、そして伸び代に各国は戦慄した。



いずれにしろ、余りにも衝撃的だった結末にばかり眼を奪われて、世界はまたもや見落とした。


『そもそも補欠の俺がちょっと火遊びした話など、どうでもいいだろう……いったい何を見てたんだ(・・・・・・・)?』


アレン・ロヴェーヌが放ったこの言葉の真意を……今回の昇竜杯で、各国がこのタイミングで真に見るべきであった人物を。





「ドル君ほんっとかっこよかった! あの制御力はやっぱり異常っ!」

「さすが鬼の副長~」


俺が永遠とも思える取り調べと説教を終えて、陛下専用車両から保護室へとよろぼい帰る途中。


談話室車両の一部の学園生たちは深夜にも関わらず、まだきゃいきゃいと談笑していた。


隅の方には、魔法研の連中の話に入りたそうで、だが話にうまく入れないのか、口元を扇で覆って悲しそうにしているララの姿も見える。


ムジカ先生と手錠で繋がれた俺が車両に入った瞬間、皆が気まずそうに沈黙する。


「よぉアレン、長かったな。こってり絞られたのか? お疲れさん。まぁほとんど自業自得だな」


ドルはこんな事を言いながら、爽やかに歯を輝かせた。



後の五芒星――


ルドルフ・オースティンはこの時、その片鱗を世界に示した。


火、水、土、光、そして風の五属性を操る、魔なるものの天敵。


古くから世界各地に伝わる魔除けの紋様に例えられる人類の希望は、静かにその牙を研ぐ。


「お疲れさ~ん?! 喧嘩売ってんのか、このゴボウが、お~ん?! 今すぐ決着つけるかお~ん?」

 


……自称、恋の魔術師の陰で。



いつもありがとうございます!


更新をお休みしている間にお知らせしなくてはいけない事が沢山溜まってしまいました。


まず田辺先生のコミカライズ九話が更新されています!

ついに筆者一押しの田辺先生のパーリ君が登場します! 大物感のあるフェイやライオと対比される小物感が素晴らしい! この先パーリ君が成長していく姿を想像してニヤニヤしてしまいました(^^)

ぜひご覧になってください┏︎○︎ペコッ


そして「このライトノベルが凄い2025(このラノ2025)」の投票が開始されております。

好きな作品を5つ推薦できるようですので、よろしければ投票をお願いします!

書店に毎年特設コーナーが作られるような、大変大きな賞となっております。歴代のランキング作も錚々たる作品で、憧れです!笑


そして書籍四巻が十月に発売する事が決まりました!無事続きを刊行できますのは、読者の皆様の後押しのおかげです!

いつも応援していただき、本当にありがとうございます┏︎○︎ペコッ

現在絶賛追い込み中ですので、詳細は改めまして活動報告でお知らせいたします!


ぼちぼちweb版も再開したいと思いますので、引き続き宜しくお願いいたします!



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書籍第6巻が2025年8月8日カドカワBOOKS様より発売します。
応援宜しくお願いいたします!┏︎○︎ペコッ
画像をクリックいただくと、カドカワBOOKS様公式ページの書籍情報へと移動します!

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田辺狭介先生による剣学コミカライズも2025年8月8日書籍6巻と同日発売です!

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― 新着の感想 ―
魔除けが世界各地に伝わってるって事は魔がそのうち来るって事だけど それが別大陸の人間なのかもっと別の存在なのかで作品のテイストが大きく変わるな…
>五芒星、ごぼうってそういう…… こよな さん、目から鱗です。 ごぼうって容姿表現に疑問だったけど納得しました。
ご報告・称号、敬称について 当作品においては王や王族等が多数登場する関係上、称号(国王・皇帝・皇子等)に対して敬称(陛下・殿下・様等)が、特に台詞内で抜け落ちていることがありましたので、たびたび誤字…
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