259 昇竜杯(8)
俺は土の精霊ノームに語りかけ、サンドストームを発動した。
もちろん、ただ単に風で土埃を舞い上げているだけで、残念ながら土属性など一ミリも関係がない。
だがこの魔法は対人戦でも結構有用だ。
ただでさえ視界が悪いところに俺が大気中の魔素をかき混ぜるため、通常の索敵魔法も効きにくくなり、空間認識力でかなり優位となるからだ。
闇狼やレールゲーターなどが極端に風魔法を嫌がるのは、こうした魔法を通じた索敵等を阻害される事が理由の一つと俺は考えている。
『……目標を下さい、監督! 私からも何も見えません!』
……欠点があるとすれば、味方も敵と同じ状態に陥る事だな。
俺がプリマ先輩の潜む一本杉の下に溜まっている枯れ草を風で舞い上げ、ファットーラ王国の選手がいる方向へと差し向けると、プリマ先輩は即座に反応した。
『了解ですっ。詠唱は省略しますからねっ! ライトニング・アロー!』
プリマ先輩の潜んでいる一本杉から雷光が走り、俺が指し示している場所へと正確無比に着弾する。
『ファットーラ王国:サロッサ退場。ユグリア王国合計3ポイント』
即座に残りの二選手からプリマ先輩が潜んでいた辺りにカウンターの魔法が飛ぶ。
だがプリマ先輩は狙撃手のお手本のように、魔法発動後即座に洗練された動きでその場から離脱している。
逆にカウンターの雷光が飛び、ファットーラ王国の選手を貫いた。
『ファットーラ王国:タニス退場。ユグリア王国合計4ポイント』
同じカウンター狙いでも、プリマ先輩の魔法の構築速度や正確無比なコントロールは相手よりも遥かに優れているからな。
加えて、プリマ先輩の『ライトニング・アロー』はスピードがめちゃくちゃ速く、射出されてから対処するのはかなり難しい。
この結果は順当と言えるだろう。
俺はプリマ先輩と合流した。
「皆、下手に動かずガードを固めています。俺たちはこの場から離脱してドルと合流しましょう」
「……まだロザムール帝国とはポイント差が有りますよ? もう少しここでポイントを狙わないんですか?」
俺は首を振った。
初見となるサンドストームを発動し、意表を突いたどさくさで二人落としたが、やはり各国を代表してきている選手達だけあって立て直すのが早い。
まだ敵はこの付近に六人いるし、欲をかくと集中的に狙われてプリマ先輩を失いかねない。
そうなればユグリア王国は深刻な火力不足となり、敵に守勢に回られたら挽回するのがより難しくなるだろう。
「皆もう態勢をそれなりに立て直しています。ここで追加ポイントを狙うと長引きそうです。そうなると恐いお姫様を引き寄せ――」
などと噂をすると影、俺の索敵魔法が北東から飛ぶように駆けてくる三人組を捉えた。
『あの砂嵐の中心、風が集まっている付近にアレンさんがいるはずです! 逃して忍ばれると非常に厄介です。乱戦は危険ですが、何としてもここで仕留めます。ガードをしっかり張って突っ込みますよ!』
『『了解!』』
まったく、あんなにたおやかな人に思えたのに迷いなく突っ込んでくるとは、どれだけ気が強いんだ……。
だが敵ながらその戦略的な判断は的確としか言いようがない。
「……怖いお姫様が到着しました。俺がここで可能な限り敵を引きつけますので、プリマ先輩は離脱してドルと合流を」
「そんな……監督一人じゃ反撃できないじゃないですかっ。無茶がすぎます!」
プリマ先輩は反対してきたが、俺は再度首を振った。
「今絶対に生かすべきはプリマ先輩です。アリーチェさんを落とせるのは先輩しかいない。それに相手はどうやら斥候の俺をまず落とすつもりです。俺と一緒にいたら先輩はいつまで経っても離脱できない」
俺が強い目でそう主張すると、プリマ先輩はしぶしぶ頷いた。
「……分かりました。くれぐれも離脱を優先して、無茶はしないでくださいね」
プリマ先輩と別れた俺は、そのまま横っ飛びに飛び退いた。
物凄く高威力な火球が飛んできたからだ。
恐らくはアリーチェさんが風の流れを読んで牽制に放った魔法だが、それでも威力はライオ並だ。
俺の魔力ガードでは、恐らく一撃でも受ければ離脱判定用のペンダントが砕かれるだろう。
ひりひりとした緊張感を覚えながら素早く立ち上がる。頭を低くした体勢で円を描くように走り、位置関係を調整する。
プリマ先輩が十分に現場から離れた所で、俺は詠唱を開始した。
「四大精霊が一柱、レ・シルフィ……。風の契約に基づき、古の嵐龍の息吹を借り受ける! 集え、大気の小径! 巡り巡り悪しきものを……」
そこまで唱えたところで、俺は指をパチリと鳴らした。
次の瞬間、吹き荒れていた砂嵐が嘘のように収まり、いきなり見通しのいい草原が現れた。
その中心付近にはロザムール帝国代表の三人。
そしてそれを挟み込むような形で身を伏せていたベアレンツ群島国の三人、ジュステリアの二人、さきほどプリマ先輩に仲間二人を落とされたファットーラ王国の選手一人の姿が露わになる。
「「なっ!!!」」
皆いきなり視界がクリアになり出現した状況に、愕然としている。
そこで俺は詠唱を完成させた。
「――戒めの鎖で縛れ……鳴き龍」
誰よりも早く状況の変化による硬直から再起して俺に向かって半ば反射的に魔法を構築しようとしていたアリーチェさんは、ぐらりと体を揺らし、構築した魔法は斜め上空へと飛んでいった。
「アリーチェ様!?」
ロザムール帝国代表の、確かエクレアという二年生の女子選手が、アリーチェの異変を察知して慌てて駆け寄る。
そこにベアレンツ群島国の選手から一斉に魔法が飛ぶ。
アリーチェさんとエクレアさんは辛くもその魔法を魔力ガードで凌いだ。
『ベアレンツ群島国:イノキ退場。ロザムール帝国合計7ポイント』
瞬時にキャバリアという帝国一年生の気難しそうな男子が迎撃し、ベアレンツ群島国の一名を退場させた。
「わ、私は大丈夫です! それよりもアレンさんを!」
どさくさに紛れて森へと駆け込もうとしていた俺に向かってアリーチェさんが指を差すと、キャバリア君が狙いを俺へと変更して水魔法を繰り出してくる。
俺は再度、地を転がってこれを躱した。
「アレン・ロヴェーヌだ!」
「狙え!」
そのやりとりで俺の存在に気が付いた他国の選手達も、俺に向かって魔法を構築し始める。
「ちぃっ!」
上手いこと一番不利な位置にいるロザムール帝国へと皆が向かってくれればと、淡い期待を掛けてサンドストームを解いたが、そこまで甘くなかった。
それにしても全員が全員、攻撃手段を持たない俺に一斉に襲い掛かるとは、いったいどういう了見だ?!
各国の選手の会話や動きを見ている限り、裏で結託している様子もないのに……。
確かに俺は反撃の術を持たないボーナスターゲットではあるけども! 昨日勢いでカタリーナさんに、『やる気がある奴は相手をしてやるから束になってかかってこいと伝えておけ!』とか言って、煽り散らかしたような気もするけども! いくら何でも酷すぎる!
「ノーム!」
俺はご都合よろしく詠唱を破棄して指をぱちりと鳴らし、再度砂煙を巻き上げた。
だが、逃走しようにも体勢が十分ではない。
そこへキャバリア君が距離を詰めてきて流石に万事休すかと思われたその時、俺としても予想外の事が起こった。
森の奥から雷光が迸り、キャバリア君を貫いたのだ。
『ロザムール帝国:キャバリア退場。ユグリア王国合計5ポイント』
「……え?」
『……すみません監督。命令に逆らいました。ですが……監督は自分が思うより人気者なんですから、もっと自覚してくださいっ!』
プリマ先輩のこんな苦情が森の奥から聞こえてくる。
「……ごめんなさい」
俺は素直に謝った。
いつもありがとうございます!
普段は奇数日の更新なのですが、本日7月26日は、この作品のコミカライズ一巻の発売日ですので本編を更新させて頂きました。
詳細は思いの丈と共に昨晩活動報告に上げていますので、宜しければご確認ください┏︎○︎ペコッ
活動報告は、著者ページからご覧いただけると思います!
なるべく沢山の方に、本作品のコミカライズを手に取っていただけるように、出来れば明日も本編を更新して宣伝したいと考えていますが、全然間に合っていませんので無理ならごめんなさい!
剣学コミカライズ、宜しくお願いいたします!






