257 昇竜杯(6)
昇竜杯二日目。
『クコーラ都市連邦:タンジー退場。ロザムール帝国合計1ポイント』
『クコーラ都市連邦:バフィ退場。ロザムール帝国合計2ポイント』
『クコーラ都市連邦:レイヤー退場。ロザムール帝国合計3ポイント』
初めに試合を動かしたのはロザムール帝国だった。
「……十時の方角……まだかなり距離がありますね。アリーチェ姫なら戦闘を避けて手堅くバトルフィールドの拠点を取りに行くかと思いましたが……もしかしたら積極策かもしれません。どうしますか、監督、ドル君」
プリマ先輩はユグリア王国の世代を代表する魔法士として、三年間昇竜杯に出ている。
そして、その度にアリーチェさんに惜敗して二番の座に甘んじてきたそうだ。
お互い手の内や性格は知り尽くしている様子だし、この最後の昇竜杯でのリベンジにかける思いが並々ならぬものがある事は想像に難くない。
「……さっさと白黒付けにいきますか?」
俺がニヤリと笑ってそう問うと、プリマ先輩は笑って首を振った。
「自分の事よりまずはチームの勝利優先です。マーティン君の為にもベストを尽くしましょうっ」
「だとよ、ドル」
「あいよ。……ポイントを押さえられた上でバトルフィールドの籠城戦に持ち込まれる展開は一番面白くないな。アレンの風魔法が生きるのはゲリラ戦だし。こっちもリスクを取って、ポイントを取りに行こう。狩場は……さっきの草原だ」
「おうっ(はいっ)!」
◆
「……っ!」
先頭を歩いていたファットーラ王国代表のリーダー格の女子、リオネラが素早く木の陰に隠れながら、ハンドサインで制止の合図を出す。
大魔法による一網打尽を警戒し、相互にフォローできる一定の距離を置いていたメンバーが、周囲を警戒しながら近づいてきた。
「どうしたリオネラ。……あれは!」
「ああ、ユグリア王国。それもアレン・ロヴェーヌだ」
彼女たちの視線の先には、見通しのいい草原のど真ん中にある直径一メートルほどの岩の上で一人、ポツンと三角座りをしているアレンがいた。
手にはなぜか花が握られており、花弁を一枚ずつ引っこ抜きながら、いわゆる花占いをしている。
お面を着けているので表情までは窺い知れないが、その背中はどことなく寂しげだ。
「……大丈夫か? 奴の索敵範囲はすでにユグリア王国でもトップクラスにあるという話だぞ? もしかしてすでに捕捉されているんじゃ……」
「……流石にそこまで索敵範囲が広いとは考えたくないが……」
リオネラは首を傾げ、改めてアレンをよく見た。
するとアレンはすくりと立ち上がり、腕を交差した状態から真横に振って、同時に膝を曲げ伸ばす運動を始めた。
何の意味があるのか全くわからない動きだ。
「……間違いなく罠だな」
「……だろうな。私たちを釣り出した後、伏せている残りの二人が飛び出してきて仕留める算段だろう」
「……これに引っかかるやついるのか?」
三人がそう結論を出して踵を返したところで、遠く離れた場所でドンッと腹に響く聞き慣れない爆発音が響く。
『ジュステリア:ガプラ退場。ユグリア王国合計1ポイント』
「……なに? 二手に分かれているのか? 三対二で、一人は体外魔法を使えないアレン・ロヴェーヌ……チャンスなのか?」
だが次の瞬間、三人は驚愕する。
そちらとはまるで違う方向からまた爆発音が響き、『クワァール共和国:インサ退場。ユグリア王国合計2ポイント』などとアナウンスが流れたからだ。
「なっ! 三手に分かれていただと!? じゃあアレン・ロヴェーヌは今単独でいるのか? 反撃する術もないのに……一体何を考えている!? 何だあの動きは!」
慌てて三人がアレンへと目をやると、今は『気をつけ』の姿勢から足を開き、天に向かって手をまっすぐに伸ばし、肩に触れてから下ろし、そして足を戻す運動を繰り返している。
「お、落ち着けリオネラ! 罠に決まってる!」
「この状況で一体何の罠が――」
などと三人が言い争っていると、炎魔法が自分達とは別の位置から中央の岩に飛び、アレンはすんでのところでこれを躱し、岩から飛び降りた。
自分たち以外にもアレンに目を付けてた人間がいて、どうやら一足先に襲撃を掛けたらしい。
「ちぃ! やはりブラフか! 慎重になりすぎた! 罠かもしれんが悪くても六対二だ! アレン・ロヴェーヌを落とせば国王陛下から褒美が出るぞ!」
リオネラ以下が一斉に草原に飛び出す。
散開して走り出した次の瞬間――
アレンは前屈のような姿勢で地に両手を突いた。
「四大精霊が一柱、レ・ノーム――」
◆
三十分前――
「じゃあ俺は魔法を撒いてくる。目印は今言った通りだから、俺がもし退場になったとしても、二人は踏まないように気をつけてくれ」
ドルはこれから地爆を設置しにいく予定のポイントと、その目印について説明した。
ドルがこの序盤に単独で隠密行動をするのは一種の賭けだ。
だが各フィールドの接続ポイントなどの要所にドルの地爆を設置しておけば、その効果は絶大なものになる。
上手く設置できれば単純なポイント獲得効果に加え、地爆を警戒する相手への牽制効果などで俺たちにかなり有利な状況になるだろう。
逆に言うと、アリーチェさん率いるロザムール帝国が積極的に動いている以上、こちらもリスクをとって動かざるを得ないという事だ。
「……本当に、研究成果を全部晒しちゃっていいのかな?」
ドルがこの期に及んでそんなしみったれた事を言うので、俺は深々とため息をついた。
「鬼の副長、ルドルフ・オースティンが、そんな小さく纏まろうとしてどうする……。後生大事に隠していてもいずれは知られるし、知られた所であの魔法に根本的な対応策は無い。真似できる奴もほぼいない。……もっと自分に自信を持て、ドル。お前は空前絶後の大魔法士になる事が、ほとんどすでに約束されている男だぞ?」
俺がこのように確信に満ちた声で断言すると、ドルはその顔を大いに引き攣らせた。
「く、空前絶後だと……? 頼むから思いつきで大風呂敷を広げるのを止めろアレン。各国の偉いさんが見てるんだぞ……!」
ドルは親指で映像中継魔道具が設置されている方向を指差しながら、ひそひそとした声で抗議した。
「かぁ〜まったく! 世界中がルドルフ・オースティンの名前を聞くだけでちびるのは、もはや既定路線だろうが……!」
俺は相変わらず謙遜を繰り返すドルにイライラしながら、その背中を叩いた。
ドルはその四属性にも及ぶ性質変化の能力だけでも、三億人に一人という超貴重な才能を持つ男だ。
それに加えて変態チックな魔法制御力を持ち、(王立学園生としては標準レベルとはいえ)常人の数十倍の魔力量を持つ。
俺から言わせれば反則野郎以外の何者でもない。
「わ、分かったから声を抑えろって……!」
ドルは俺が口を閉じるのを確認してから、女子高生が手でハートを作るように右手を丸めその半円を覗きながら周囲に目を走らせた。
「大丈夫そうだな……」
周囲に人影がないことを確認したドルは、『行ってくる』と言い残して慎重に森へと消えた。
今ドルがやっていたのは、『遠望』という光属性を応用した魔法だ。
俺がドルをチート野郎と考える根拠の一つに、ドルが持つ光魔法の才能がある。
今はまだお遊び程度にしか育っていないが、あれほど光工学が発達していた日本から転生した者ならば、誰もが光魔法の可能性を検証したくなるだろう。
そしてこの一年、俺がドルと一緒に光魔法を研究した結果、そのポテンシャルは凄まじいものだった。
『遠望』は光の屈折を利用して遠くを見る単純な屈折望遠鏡を再現した魔法なのだが、この魔法なども可能性の塊だ。
今はまだ倍率もせいぜい八倍程度、子供のおもちゃくらいで、ドルは『再現するのに死ぬほど苦労したけど……遠眼鏡を買った方が早かったんじゃ……』なんて言っていた。
だが俺の感想は違う。
この魔法望遠レンズの口径は、俺の予想では両手を広げた大きさ、つまり大人になったドルで大体二メートルくらいにまで拡大し得る。
もしそれが実現できたらどうなるか。
二メートル口径のレンズと言われてもピンと来ないかもしれないが、確か有名なハッブル宇宙望遠鏡の主鏡の直径が二メートル強だったはずだ。
つまりドルは、将来的にあの大型バス並みにでかい化け物みたいな望遠鏡を、自由自在に出し入れ出来るようになる可能性があるということだ。
望遠鏡の倍率は主鏡の口径、大雑把に言うとレンズの太さでその限界が決まる。
もしそんな事になったらうっかり百キロメートル先で鼻くそをほじることも出来ないぞ?
もしそんなレンズで集光した太陽光を相手の目に向けたら?
……もちろん今はまだ全て机上の空論であり、ドルの魔法制御力をもってしても、そこまで大きな魔法望遠レンズを実現する事はできないかもしれない。
だが大切なのは、そこに無限の可能性が広がっているという事だ。
なんて羨ましいんだ……。
そんな風にドルに嫉妬しながら勝手に花占いでドルの恋の行方を占っていると、南側から三人組が近づいてきた。
先頭の女子はリオネラと呼ばれている。確かファットーラ王国の代表選手だ。
この草原を見通せる一本杉にはプリマ先輩が潜んでおり、攻撃手段を持たない俺の役目は敵を引きつけることだ。
そこでさっきから敵を釣りだそうと一生懸命隙を晒しているのだが、どいつもこいつも攻撃力ゼロの俺を警戒して真っ直ぐに引き返していく。
『監督……南から三人組が近づいてきてますよ。気がついていますか?』
プリマ先輩が一本杉の上から小声で聞いてくるので、俺はこくこくと頷いた。
『な、なるべく自然に隙を見せて下さい! どうやら皆さん、監督を相当警戒しているみたいで……なんで花占いなんてしてるんですかっ! もっと真面目に隙をっ!』
プリマ先輩が切羽詰まった声でそんな指示を出してきたので、俺はすくりと立ち上がって岩の上でラジオ体操を始めた。
『どうしてそうなるんですかっ! 何ですか、その動きは!』
ぷりぷりと怒っているプリマ先輩が目に浮かぶようだ。
どうやら俺は囮に向いていないらしい。
俺だって最初は自然に振る舞おうと思って、草むらで気配を断ちながら匍匐前進やら何やらしていたのだ。
だが地味な顔が災いしたのか、草原に誘き出すはずが全然存在に気が付かれもしなかった。
仕方がないので敢えて目立つ動きをしたり、草で鼻をくすぐってくしゃみをしたりしたのだが、全員が罠だと断言して引き返していった。
そんな事を繰り返すうちに、『自然に隙を見せる』という行為がどんな行為なのか分からなくなってしまったのだ。
ロザムール帝国はすでに6ポイント獲得している。
プリマ先輩が焦るのも無理からぬ状況というわけだ。
『ジュステリア:ガプラ退場。ユグリア王国合計1ポイント』
と、そこでようやくドルが仕掛けている地爆にジュステリアの選手が掛かる。
立ち去ろうとしていたファットーラ王国の選手が立ち止まる。
『クワァール共和国:インサ退場。ユグリア王国合計2ポイント』
立て続けにドルの地爆が破裂し、盤面が大きく動き出した。
やれやれ、ようやく出番がありそうだが……少々まずい展開だな。
何となれば、離れた場所に設置していた地爆がほぼ同時に破裂した事で、俺は今単独でここにいると思われている。
その証拠に、先程まで罠を警戒して俺を無視していた選手達が、一斉にこちらに向かって引き返してきているからだ。
その数、三カ国八名。
いくらプリマ先輩でもこの数を一人で短時間のうちに落とすのは不可能だろうし、俺もプリマ先輩が片付けるまで防ぎ切るのは無理だ。
俺は飛んできた炎魔法を華麗に躱しながら岩から飛び降りた。
そしてカメラを意識しながら両手を地に突き、自信満々に大地へと語りかける。
「四大精霊が一柱、レ・ノーム。礎たる大地よ。風の契約に基づき偉大なる地の力を借り受ける。――砂嵐」
砂礫が舞い上がり、草原の視界が一気に悪くなる――





