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閑話 ゾルド・バインフォースの調査報告


「どうしたのじゃ、セシリア。

まだアレンの合否を確認してから帰ったにしては、足切りにあったとしても早すぎると思うが…

何ぞ問題でも起こったのか?」



突然の妻の帰宅にとまどいつつも、ベルウッド子爵は趣味のガーデニングで育てているナスの水やりに余念はない。

 


「アレンはAクラスで合格しました。

ですが、不正の嫌疑を掛けられており、その事で王都より調査が入る可能性があります。


アレンの不正嫌疑は濡れ衣でしょう。

ですが、いきなりの訪問客にあなたが混乱して、妙なことにならないよう、少々山道をショートカットしてきました。


私たちがアレンの足を引っ張るわけには参りません。

グリムと、ゾルドを呼んでください」


「な、な、なななにー!

あのアレンが合格!しかもAクラスだとぉ!

し、し、ししかも不正疑惑だとぉ??

山道をショートカットってお前、ま、まさかドスファルナスの縄張りになっている、旧道を突っ切ってきたのか!?」



子爵は大いに混乱した。





「ゴドルフェン翁」


ムジカに声をかけられ、振り返ったゴドルフェンは、その表情から良くない報告である事を悟った。


場所は職員室。

光沢のある一枚板のテーブルのそばに設られた、革張りのソファーは、ゴドルフェンの好みでカチカチに硬い。


「申し訳ありません、ゾルド・バインフォースのスカウトに失敗しました」



「ふむ。一筋縄ではいかんとは思うてはいたが…どこかにしてやられたのかの?」


ムジカはさらに顔を歪めた。


「いいえ、どこのスカウトも全て固辞しているとの事です。どの陣営も、折り合える条件すら引き出せていない模様です」


そう言ってムジカは、1枚の紙をテーブルに乗せた。


そこには、次のように記載されていた。



――――――――――


ゾルド・バインフォース

人物評及びスカウト状況に関する報告書


能力(S)

人物(S)

スカウト難易度(S)

――――――――――



そして分厚い資料を手に、報告を始めた。



「どこから報告をすればいいものか…」


ムジカは、悩ましげに話を切り出した。





まず、ゾルド氏の調査兼スカウトに向かった情報部のシザーですが、ロヴェーヌ子爵邸を訪ねたのは、命令を受けてから、13日後でした。



ドラグレイドからロヴェーヌ子爵邸のあるクラウビア城郭都市へは、魔導車の整備所すらない宿場町が続く、田舎街道から、山をいくつも越えたとんでもない田舎で、馬車で移動するより他有効な移動手段も無く、これより急ぎようがなかった、との事です。


到着すると、ロヴェーヌ子爵本人が応対に出てきた模様です。


Aクラスでの子息の合格を祝うと、さして驚く風でもなく当然のような顔をしている。


理由を尋ねると、『あのアレンが、近頃は本気になっておりましたからな』と回答があったとのことです。


この事から、少なくともご家族は、Aクラス合格のポテンシャルを認めていた、と判断できます。



事情を話すと、ゾルド氏の調査については、全面的に協力してくれた模様です。




そして、アレン・ロヴェーヌが急激に伸びた理由。



それは、ゾルド氏が考案した『絶対合格プロジェクト』にありました。


その入手したカリキュラムがこちらです。



午前8時から午後7時まで休憩無し。


昼食は携帯非常固形食を午後の予習をしながら食すのみと、あの年齢の少年に課すにはハードな内容です。


なぜこのような授業に、彼が耐えられたのかを問いただしても、『ぼっちゃまが自発的にスケジュールを決めて、その通り行っただけ』と、笑顔で答えられたようです。



そして、その講義内容も感嘆すべきものでした。



こちらが、彼の最後の王国共通学科試験の結果です。


そしてこちらが王立学園入試の学科試験の結果となります。



試験問題を作成した者に分析させましたが、完全にアレン・ロヴェーヌにフォーカスされた講義内容、との事です。

これ以上能率良く試験成績を上げるカリキュラムはないだろう、との見解です。


得点の伸びの範囲と、カリキュラムの内容も、整合が取れているとの見方が強いです。



ゾルド氏曰く、『ぼっちゃまが過去問題を自分で検証して、考案されたカリキュラム』とのことです。


どう考えても12歳の少年が、自分で考えられる受験戦略ではないのですが、その点を問いただしてもゾルド氏は『本人のやる気の問題』とまるで取り合ってもらえなかった模様です。


これらの事から、ゾルド氏は自立心の育成を教育理論の中心にすえ、ただカリキュラムを与えるのではなく、あくまで本人が自発的に課題を発見し、解決できるように誘導しているものと思われます。



ただ、このカリキュラムでは、試験官たちの間で話題になった、あの魔力変換数理学の応用問題が解ける理由がわかりません。


そこでその点についても確認したところ、その秘密はゾルド氏の講義の形式にある事が判明しました。



ゾルド氏は、講義を行う際、生徒への解説ではなく、議論し、共に答えを導き出す形式を取ることが多い模様です。


この魔力変換数理学についても、ある時議論のテーマになった模様で、『それに類する問題は、ぼっちゃまとつかみ合いの喧嘩をしながら、かなり深いところまで議論しましたからな。この程度なら朝飯前でしょう』と、大笑いしていたとの事です。


一見、温和な人物に思えて、熱血な一面もある模様です。



しかし、受験前に、一見無駄の多い行為に思える、と疑問をぶつけたところ、『おっしゃる通り。ですが短期的な目標と、中長期的な計画を混同してはいけない、それがぼっちゃまの結論』と一蹴されたとの事です。


やはり、目の前の受験だけに囚われるのではなく、人物そのものを育てることに主眼を置いている、と考えるのが妥当でしょう。



これに関連して、なぜ3ヶ月前になってから急激に伸びたのか、という疑問に対しては、『ぼっちゃまの心の準備が調ったのがそのタイミングだっただけ』との回答を得ています。


心さえ整えば、3ヶ月でボーダーラインまで伸ばす自信があった。

目先の合格に囚われず、それまでは心の育成に注力していたもの、と解釈できます。



以上の事から、家庭教師としての実力は、国内屈指と結論づけました。



次にその人物について。



ゾルド氏が、オムツを履いてトイレ休憩すら取らずに講義をした、という、冗談のような話について確認したところ、『生きるか死ぬかの戦場で、トイレを気にする人間などいますかな?』と、あっさりと事実関係を認めたとのことです。



当初、どうみても温和な老人で、とても『常在戦場』ゾルド・バインフォース氏のイメージと合致しない。


そこでシザーはあえて少し挑発する様に、彼に不正の嫌疑がかけられている点について問いただした、との事です。


シザーは自分のこの失着を報告で詫びてきています。



ゾルド氏は、それまでの笑顔を吹き消したかと思うと、目を据わらせて『あのぼっちゃまが不正などするわけがない。万が一そのような結論になったら、この老兵が即座に腹を切る』と宣言したとの事です。


途轍もない殺気だった、そのセリフは冗談ではない。

…報告書には、震える文字でそう記載されていました。



最後に、注目されている、あの頭を下げる動作。


あれはやはりそのような様式が存在するようです。


様式の名称は『お辞儀』


その詳細は不明ですが、立った状態で行う『立礼』、座った状態で行う『座礼』、さらにその心情の度合いを表すために、『会釈』、『敬礼』、『最敬礼』など頭の下げ方や止める時間などが細分化されているとの事です。


そして、こちらについては、『お辞儀』そのものよりも、その深淵な思想に注目すべき、との報告が上がっております。


お辞儀はあくまでも『礼』を行うための一様式に過ぎず、その『礼』とは、『人のふみ行うべき道』という、途方もなく深淵なテーマを、体系化しようと試みられたもの、との事です。



アレン・ロヴェーヌとゾルド氏は、講義の開始と終わりにこの『礼』としてのお辞儀を、必ず実施していた模様です。





「こちらについても、ゾルド氏は『全てぼっちゃまが考えたものの受け売り』と説明している模様です」



ムジカは報告を締め括った。



それまで黙然と報告を聞いていたゴドルフェンであったが、さすがに我慢できずに指摘した。


「なんじゃとぅ?

いくら何でもそれは無理があるじゃろう…」



「その通りです。

ゾルド氏もこちらが信じていない事は百も承知でしょう。

自分は黒子に徹し、あくまでアレン・ロヴェーヌをたて、表に出る気はない、とのメッセージと推測できます。


そこから推察されるゾルド氏の人物像は、清廉潔白な性格と、遠大な器量。

金銭はもちろん、地位や名誉の類でも動かない事が予想されます。

実際、破格の報酬での王立学園名誉教授、陞爵、王からの勲章授与など、私が場合によっては切ることを許可したカードは全て『自分はそのような器ではない』と固辞されたとの事です」



「…人物というのは、いるところにはいるもんじゃのぉ」


ゴドルフェンは首を振った。



「えぇ。世間は広い、としか言いようがありません。

場合によっては陛下(お父様)に動いてもらうことも検討いたします」


ゴドルフェンは頷いた。


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― 新着の感想 ―
このお話好きです(笑)
[気になる点] 33歳独身ドMのムジカ先生がユグリア王家直系の王女なの衝撃的過ぎ
[気になる点] ここで既にナスのケアしてますね。
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