234 遺跡(3)
「うおっ、光った!」
壁に設置されていた何かの魔道具と思しきものに魔力を込めて適当にいじっていた俺は、坑道内を足元から青く照らす蛍光灯のような石を光らせる事に成功した。
どれほどエネルギー効率のいい仕組みだったとしても、この長い坑道を光らせる程の魔力を込めたとは思えないので、どこかにエネルギー源があるか、この埋められた石そのものに何かのきっかけで発光する性質があるのだろう。
俺の心は少しだけ軽くなった。
心眼使いになりたくて、お面で目を塞いで活動をしたりする俺だが、ここまで完全なる闇の中を風魔法だけを頼りに進むのは、流石に気が滅入る。
真っ暗な坑内を照らす灯りを見て、やはり人間には光が必要なのだななどと考えながら、このトンネルが作られた遠い過去とその時代を生きた人々に思いを馳せる。
古代を生きた人たちも、俺と同じように考えただろうか。
「ワンダーがフルでワンダフル♪」
俺はその幻想的な青い光を見て、つい謎の独り言を口走った。
万一誰かに見られていたら赤面間違いなしだが、こんな地の底でカッコつけても仕方がない。
独り言くらい呟いていないとテンションまで地の底に落ちる。
俺は開き直って鼻歌を唄いながら奥へと進んだ。
相も変わらず遭遇するのはカエルばかりで、これに対処しながら進む。
手強い固有種は弓で遠くから片付けたいところだが、矢を何度も使っていると、たとえ回収してもシャフトが歪むなどして使えなくなる。
また、下手にスルーして固有種のカエルに挟まれると、今の俺ではまだ危険な相手だ。
時間はかかるが、遭遇したカエルは全てダガーで仕留め、安全第一で先に進む。
そんな調子で暫く進むと、明らかに人為的に岩をくり抜いて造られている、扉のない八畳ほどの部屋のような空間を発見した。
入り口は広く、扉もない。
風魔法で内部を探査してから、慎重に中へと入る。
「仮宿……かな?」
内部の中央には、暖を取ったり簡単な料理ができそうな囲炉裏が切られている。
奥にはベッド……と言っても、岩がそれらしい形に削り出されているだけで、マットレスなどは無い。……朽ち果てただけかも知れないが。
そして――
俺は床下収納を蓋している石板を外した。
この収納は別に隠されていたわけではないだろうが、風魔法はこうした見つけにくい隠し扉などを発見するのに極めて便利だ。
「お〜、炭かぁ」
内部には木炭が保管されていた。
二本取り出し打ち合わせると、キィィンと備長炭も真っ青な甲高い金属音が室内に響く。
恐らくは植生魔物の素材を炭化したものだろう。
俺は今かなりの空腹状態だ。
携帯非常固形食も持ってはいるが、わずかしか無いので出来る限り節約している。
外へ出られる目処がまだ全く立っていないからな……。
最終手段としては、カラカラに乾燥させたカエルジャーキーを食うしかないと考えていただけに、火が使えるのは有難い。
カエルは鶏肉に味が似ていると何かで見たし、有毒種でもない。
俺は来た道を引き返し、道中仕留めたシュタインフロッシュの普通種と固有種を一匹ずつ運んできた。
囲炉裏に炭を砕いて丁寧に組み、手をかざしてよく燃えるおまじないをかける。
火種にするため持ち歩いていた麻紐を切り取り、ほぐしてから手に握って指をパチンと鳴らす。
「着火」
手の中で燃え始めた麻紐を囲炉裏へと投げ込むと、炭はパチパチと音を立てながら燃え始めた。
何をしたのかは大体想像がついていると思うが、今俺は練習中のウインドカッター、即ち大気を減圧する魔法と逆の事を手の中でした。
中学生の時に習ったと思うが、空気をピストンなどで圧縮すると、圧縮された空気は温度が上昇する。
ボイル=シャルルの法則というやつだ。
衛星が地球に落下する時に燃え尽きるのは、大気との摩擦で燃えるのではない。
ものすごい速度で大気圏に突入するので前方の空気が圧縮され、金属すらも溶かすほどの超高温となり燃え尽きる。
この原理を用いて竹や動物のツノなどで作られた原始的な着火道具は、古くから世界各地で使われている……とか何とか、確か中学の先生が言っていた。
つまり、麻紐などの燃えやすい物体を手の平に乗せて空気を圧縮すると、温度が発火点を超えた時点で燃え始めるという訳だ。
因みに手をかざすおまじないにも意味がある。
炭が燃えやすいように、同じ原理で事前に温めているのだ。
因みに指パッチンには意味はない。
ただの雰囲気作りだ。
さらに言うと、魔力を消費しない着火魔道具を使った方が遥かに簡単で効率もいいという指摘も当たらない。
なぜなら自分で火をつけた方が遥かにロマンがあるからだ。
……まぁ難しいのは周囲の大気圧と平衡しようとする空気の封じ込めだからな。
方向性が加圧と減圧で逆ではあるが、ウインドカッターの修練でその点をクリアしていたので、この春休みの馬車道中に練習したら普通にできた。
訓練のほとんどは、ウインドカッターの練習中に終わっていたということだ。
というかウインドカッターの難易度が高すぎる……。
風を送り込んで炭の火力を上げたところでカエルを切り分ける。
「……頑丈そうだし、これでいっか……」
俺はトロッコから回収した金属の棒をカエルのモモ肉にブッ刺して、岩塩を振って火にかざした。
◆
結論から言うと、カエルの肉は美味いとは言えなかった。
確かに鶏肉の様な質感と風味だったが、良く言うと高タンパク、悪く言うとパサパサで、特に筋肉質な固有種の肉は味という意味ではイマイチ以下だ。
まぁシュタインフロッシュ自体はそもそも珍しい魔物じゃないし、美味ければ肉としてもっと流通しているだろう。
だが発見もあった。
カエルの肉をブッ刺した例の不思議な質感の棒は熱伝導率がかなり低いらしく、いくら焼いても手元が熱くなることは全くない。
「くっくっく。……これは思わぬ掘り出し物かも知れないな……」
この世界では何かとBBQをする機会が多い。
失われた古代文明から発掘したこのマイBBQ串を事あるごとに皆に自慢する未来を夢想して、俺は一人ほくそ笑んだ。
◆
「柱を立てたら梁を通せ! 二次災害を防止しながら最速で坑道を通すぞ!」
イグニスの指揮で、崩落したエリア81へと続く坑道が急ピッチで復旧されていく。
皆の為に命をかけたアレンの気持ちを思うと、絶対に二次災害を引き起こすわけにはいかない。
梁や柱はもちろん、必要な資材はドラグーン家はもとより、探索者協会や鉱山協会、王国騎士団からも供与され、魔物の横槍が入らないように護衛の体制も万全だ。
輸送にも十分過ぎるほどの人手が確保され、皆の士気も異常なほど高い。
まさに最速での復旧が進められていると言えるだろう。
だがイグニスの心中には焦りが募る。
狂乱状態に陥り、あれほど坑内を揺らしていたシュタインベルグの気配が一切感じられないからだ。
あの状態から獲物を前にして落ち着きを取り戻すとは思えない。
それが意味することは――
頭を振って嫌な予感を追い出す。
今できる事は、アレンを信じて道を開く事だけ。
イグニスは自ら先頭に立ち、道を塞いでいる大岩を割るべく、巨大なつるはしを振り上げた。
◆
仮宿の炭が敷き詰められていた収納庫から炭を取り出し、空いたスペースで二時間ほど仮眠を取った俺は、遺跡内部の探索を続けた。
仮眠が取れるベースキャンプを確保できたのはでかい。
因みに俺は、その辺の水溜まりから飲用に適した水も確保できる。
革袋しか無いので真水は無理だが、減圧蒸留の仕組みを応用すれば、常人が飲めばお腹ピーピー間違いなしのこの超硬水も、飲めるレベルくらいにはなるだろう。
風魔法は生活魔法としても優秀なのだ。
俺ならそのまま飲んで有害物質を魔力分解した方が遥かに効率がいい、なんて正論は聞きたくもない。
とにかく、これで一定期間安全に活動が出来る目処が立った。
俺は時間を使って、坑内を虱潰しに探索していくことにした。
そして、坑内に閉じ込められてから丸二日近く経過しただろうという頃に、最も出口に通じていそうな本命の道以外を粗方調べ終わった。
途中、例によって台座が設置されている似たようなドアをもう一つ見つけたが、こちらも開けることは出来なかった。
画一的なデザインの雰囲気からして、鉱物を保管する倉庫か何かだと思うが……。
結論としては、開かないドアの先に道がある可能性を除くと外に通じる道は無さそうだ。
なぜ空気の流れが大きい本命の道を後回しにしたかというと、そちらに進んでいくとシュタインフロッシュの量がだんだん増えてくるからだ。
端的に言うと、カエルどもの巣がある可能性が高い。
なので、その他の安全な脱出路を求めて後回しにしていたのだが……もうこれ以上先延ばしにしても、体力面が徐々に厳しくなるばかりでメリットは薄い。
俺は覚悟を決めた。
一つ間違えれば、次の瞬間命を失うリスクがある。
俺の中で、かちりとスイッチが入った気がした。






