233 遺跡(2)
トロッコのレールが敷かれたトンネルは、途中で幾つか分かれ道になっていたり、スイッチバック方式で上下していたりと複雑に入り組んでいた。
風魔法を駆使し、空気の流れを感知しながら慎重に進む。
途中で出会う魔物は全てカエルで、流石に少々不安になる。
これだけの生命が維持できているのだから、この遺跡が外部と通じているのはまず間違いないだろう。
だがその通路が水棲生物だけが通れる水路と空気孔だけであれば、俺はこの真っ暗な遺跡の中で、カエルを食べて一生を終えなければならない。
もちろん、あのデカブツが暴れ回っているエリア81へと続く道は、じきに水位を取り戻して湖の底へと沈むので、引き返す事は出来ない。
「……まず一年も持たないな」
ダンジョンなどで置き去りになって数年過ごし、出てきた時には無敵の強さになっているのは異世界転生における伝統芸能の一種ではあるが、俺には堪えられそうもない。
寂しくって死んじゃう。
そんな事を考えながら出口を目指してさらに進むと、トロッコ軌道が途切れ、恐らくはエリア81で採取されたと思われる、成形されたレイド石が石畳として壁面に敷き詰められた広い空間に出た。
今俺が通ってきたものを合わせて三本のトンネルが引き込まれている。
奥の壁面には三段の石階段と、それを登った壁面にドアがある。
だがドアには取手がない。
そしてすぐ隣に目をやると、先日ラベルディンの塔の入り口で見た、扉を開けるための玉が置かれた台座に似たものがあった。
ラベルディンの塔で見たものよりかなり簡素な作りだ。
「……確か、ラベルディンの塔はオリジナル・ファイブの一つであるイブリース家に連なる『変人』が、アイオロスに招かれて設計したって話だったな……」
その変人が塔を完成させた後どうなったのかの情報はない。フレーリアは、ドスペリオル家にも伝わっていないと言っていた。
この遺跡と繋がりがあるのかないのかは分からないが……。
俺は台座にある玉に手を添えて魔力を込めた。
だが扉はうんともすんとも反応しない。
ラベルディンの塔では魔道具を起動している感覚、即ち魔力を使用している感覚があったが、扉は開かなかった。
対してこちらは、感覚的に台座に据えられた玉が魔力を吸って稼動している気配がない。
恐らくは永い時を経て、その機能を失ってしまっているのだろう。
扉を破壊して進む事も不可能ではないかもしれないが、それは最後の手段だ。
現代では実現できない技術で構築されている古代遺跡だ。どんなトラップがあるか分からない。
俺は取り敢えず風を頼りに、来た道とは異なるトンネルへと足を進めた。
◆
「失礼いたします。探索者協会副会長のサトワ・フィヨルド様がメリア様に至急面会したいといらっしゃっております。アラガーン様も同行されています」
本日の執務を粗方終えて、孫娘で世継ぎのフェイとコーヒーを飲みながら雑談をしていたメリア達の下へ、家令が現れて来訪者の存在を告げた。
このドラグーンの『女帝』、メリア・ドラグーン侯爵を長年に渡りサポートしてきた百戦錬磨の家令には珍しく、その顔色は優れず声もやや上ずっているように聞こえる。
「…………サトワにイグニスが揃い踏みかい。用件は?」
すでに嫌な報告である事を薄々察しているメリアが用件を尋ねると、家令は一瞬フェイを見て逡巡するそぶりを見せたが、意を決するようにして用件を報告した。
「はっ。近頃発見されたレイド石の亜種の採掘現場である通称『エリア81』。こちらでサトワ様、イグニス様、近頃リングアート家出身であることが判明した通称『赤鬼のディオ』様、そしてアレン・ロヴェーヌ様が、明朝予定されていたサトワ様の指名依頼の顔合わせの為に集結していたところ、坑内にある地底湖から伝説のシュタインベルグと思われる個体が出現したとの事です」
五百年前、いくつもの町村を壊滅させ、討伐軍にも多くの死傷者を出し、ドラグーン地方に深い傷跡を残した伝説級の魔物の名を聞いて、メリアとフェイはその顔をはっきりと顰めた。
メリアが視線で続きを促す。
だが家令は言い難そうにフェイをちらりと見て、重い口を開こうとしない。
「…………被害状況はどうなの?」
家令の視線にはっきりと嫌な予感を感じ取ったフェイは、その予感を打ち消すように、鷹揚ないつもの笑顔をニコニコと顔に張り付け被害状況について確認した。
「はっ。……げ、現時点では死者および重傷者は確認されておりません。――ただし、現場から総員を退避させている最中、囮役を買って出たアレン・ロヴェーヌ様が狂乱状態のシュタインベルグと共に崩落したエリア81に閉じ込められて安否不明となっている、との事です」
フェイの手元のコーヒーカップがビシリと音を立てひび割れ、どんな時でも笑顔を絶やさないフェイの顔から笑顔が消える。
そのフェイの横顔を見たメリアは小さくため息をついた。
「……王国騎士団に……ドラグレイド駐屯地司令のロンフォに使いを出しな」
「僭越ながら、すでにメリア様のお名前で基地に火急の使者を出しております」
家令は頭を下げたまま、すぐさま答えた。
「……フェイ、あんたはここにいな。これはドラグーン家の問題ではなく、ドラグーン地方を統括する侯爵が対処すべき問題だ。私が対応する。文句はないね?」
「…………僕も同席させて……口は出さないから」
フェイはいつもの様に笑顔を顔に貼り付けようとしたが、表情が強張りうまく笑うことが出来なかった。
「お願い、おばあさま」
メリアは再び小さくため息をついた。
「……弱みは見せられないよ? 仮面を被れるなら付いてきな」
◆
「以上が現場で起こった全てだ。あの時……レンが囮を買って出なければ俺とディオ、そしてレンも無事ではいられなかっただろう。あいつはあの時……あいつを除く全ての人間にとって最善の行動を取った。そして俺たちは、あんなガキを守ってやる事も出来ず、逆に守られて逃げ帰ってきた。おめおめとっ」
イグニスが、自分への怒りを隠そうともせず強い口調でそう報告を締めくくると、会議室には重い沈黙が横たわった。
「あいつは生きています。あいつは、簡単に死ぬようなやつじゃない。皆を生かし、そして自分も生き残るために、少なくとも最後まで足掻き抜く男です」
沈黙を打ち破るように、パーリが力強く宣言する。
「……すでに崩落した災害現場の再開通に向けて、探索者協会には私から、ドラグレイドの鉱山協会にはイグニスさんから支援要請を出しています。アレン君の救出に向けて、王国騎士団並びにドラグーン侯爵軍に支援を要請します」
サトワがこの場へ訪問した用件の核心を補足する。
ドラグーン侯爵邸の会議室には、メリア・ドラグーン侯爵とドラグーン家当主であるフェイ、現場に居合わせたサトワ、イグニス、ディオ、パーリと、王国騎士団員であるロンフォとその副官、協会支部長などがいる。
狂犬のレンとアレン・ロヴェーヌが同一人物であり、本人の強い希望により秘密裏に活動している事はすでに説明がなされている。
ロンフォは、この要衝の地ドラグレイドにある駐屯地の司令であり、騎士団の序列で言うと王国の南東部方面を管轄する第七軍団の軍団長、副軍団長二名のすぐ下、位階でいうと第四位に位置する百戦錬磨の騎士だ。
「……かなり厳しい状況だね。伝説のシュタインベルグが確認された以上、ドラグーン家としても何もしない訳にはいかないが……。王国騎士団の意見は?」
「国家緊急事態法に基づき、只今よりドラグーン侯爵軍は王国第七軍団預かりとする。安否不明のアレン・ロヴェーヌの救助、及びシュタインベルグの討伐に全面協力する。現場指揮は私が執る」
テーブルの上に両肘をついて手を組み、微動だにせず話を聞いていたロンフォは、メリアに意見を求められ、迷いなくそう言いきった。
そのロンフォを見て、メリアが意外そうに片眉を上げる。
「…………冷静なあんたらしくないねぇ、ロンフォ。その状況ではアレン・ロヴェーヌが生存している可能性はほぼない。無論、王国騎士団としても、ドラグーン侯爵軍としても、シュタインベルグ討伐に向けて動く必要はあるだろうさ。だが、そんな閉ざされた地下空間で性急に事を進めるのは、二次災害のリスクが高すぎる。たった一人の、それも生存の見込みのない騎士団員のために、多くの民間人が命を危険に晒す作戦には賛同しかねる。……てっきりあんたならそう言うものと思っていたけどねぇ?」
メリアがその真意を推し量るようにロンフォの目をきっかりと見据えると、ロンフォは強い眼差しでメリアの視線を押し返した。
「…………私はアレン・ロヴェーヌの事を誤解していた。その将来性はともかくとして、所詮今はまだ学生の仮団員。伝え聞く言葉の端々からも、国を思い、民を守る王国騎士団員としての心構えはこれから醸成されていくものと思っておったが……」
メリアはふんっと鼻を鳴らした。
「確かに小僧のその土壇場での行動は見上げたものさ。だが……そのお涙頂戴に絆されて、遺体の回収に命を懸けるってのかい? 『冷徹無情』ロンフォ・バーランドともあろう者が」
ロンフォは『まさか』とでも言いたげに両眉を大袈裟に上げた。
「見損なうな、ドラグーン侯。……普段いくら勇ましい事を言っていても、その状況下で同じ行動が取れる騎士団員がいったい何名いるだろう。アレン・ロヴェーヌについては逆だ。勇ましいセリフは一切聞こえてこないが、土壇場に行動で示した。それが全てだ。……生きているのならば、民がリスクを取ってでも救出を試みる価値がある。それが国にとって、民にとって最も合理的。そう判断したまでだ。まだ生きている。そう思うのだろう?」
ロンフォは再びパーリへと水を向けた。
パーリは、いつもの如く能面のように笑うフェイに一瞬目をやり、その後ロンフォの目をしっかりと見て、力強く頷いた。
「奴はあの時……笑った。虚勢でも、空元気でもない。あの……いつもの悪い顔で笑った!」
意味がわからず皆きょとんとしたが、フェイはその顔から笑顔を消した。
「……なら生きてるね。少なくともアレンには、救助が来るまでもたす自信があるんだ」
ここまで一言も言葉を発しなかったフェイが、自分に言い聞かせるようにそう断言し、立ち上がる。
「……坑内は軍を運用するには狭いし、人の味を覚えたシュタインベルグが外に出て人間を襲うかも知れない。精鋭の討伐部隊以外の軍は近隣住民の避難誘導、警戒線構築、物資調達、その他かな。ロンフォが現場に入るなら軍の編成と運用はこっちでやるから、副官以下王国騎士団員は全員連れて入っていいよ? 精鋭は多い方がいいでしょ?」
口出ししないと明言した筈のフェイがもろに越権行為を目の前で始めたが、メリアは目を細めてフェイを見据え、やれやれと首を振るだけに留めた。
その指示は的確で、頭も冷静に働いていると思えたからだ。
「承知した」
そのメリアの様子を見て、ロンフォがフェイの目を値踏みするように見据えた後、頷いた。
「崩落現場の再開通とその補助はノウハウのある鉱山協会と探索者協会に任せていい? 費用はこっちで持つ。難しいかも知れないけど、シュタインベルグの存在と、リスクの高い仕事だという事をきちんと説明して、最速での再開通に必要な人員を何とか確保して?」
フェイはサトワとイグニスに『予算はいくら掛けてもいい。最速でお願い』と強調した。
イグニスはふんっと立ち上がり、防音処置が施された窓へと近づき、『別に難しくねぇ』と言って、その窓を押し開けた。
途端に喧騒が室内に飛び込んでくる。
「大親方〜! いつまで話し合いしてるんすか!」
「芋引いてる奴らなんてほっといて、俺らだけで助け出しましょう!」
「ガキに命懸けさせて、逃げっぱなしじゃ男が廃りますぜ!」
「サトワさーん! 話を聞いた受注希望者で支部が溢れてるんですが、全員救出支援任務受けさせちゃっていいんですかー!?」
「条件なんざどうでもいい! ここで尻尾巻いたんじゃ、精強で鳴らした支部が笑われるぞ支部長!」
ドラグーン侯爵邸の周りは、話を聞きつけた坑夫と探索者で溢れかえっていた。
フェイがその光景を見て押し黙る。口を開けば仮面が剥がれると思ったからだ。
メリアがやれやれと首を振って、すかさずフォローする。
「全く、まるで扇動家みたいな小僧だよ。……あたしゃ死んだ英雄なんてのはもう十分間に合っている。欲しいのは、生きて働く未来の英雄候補だ。必ず助け出すよ!」
「「応っ!」」
◆
「うおっ、光った!」
壁に設置された何かの魔道具と思しきものをかちゃかちゃと適当にいじっていたアレンは、坑道内を足元から青く照らす蛍光灯のような石を光らせる事に成功した。
薄暗く光る坑道を奥へと進む。
「ワンダーがフルでワンダフル♪」
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