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186 到着(2)



「あ、ダンテさん、こんにちは。いったい何なんですか、この物々しい雰囲気は。他国のVIPでも来るのでしたっけ?」


姉上と一緒に親父達の出迎えにルーンレリア中央駅に来たら、駅前広場は異様な雰囲気に包まれていた。


姉上は俺がお迎えの誘いに素直についてきたからか、るんるんとご機嫌だ。


俺は正直出かける気分ではないが、休みの日に寮にこもっていても気が滅入る一方だしな……。


優しいケツアゴのダンテさんがいたので話しかけると、ダンテさんは苦笑した。


「やぁアレン君。彼女とデートかい? 先日は輸送任務お疲れ様。常識をひっくり返すほどの革新を成し遂げたと聞いたけど、相変わらず呑気だね。

……さっき駐屯所に通報があったところで僕もよく分からないんだ。今デューさんが事情を聞いている」


ダンテさんの視線の先を追うと、そこには師匠が難しい顔で立っており、さらにゴドルフェン先生、ランディさん、そしてどこかで見た事があるような猫目の初老の婦人が、ただならぬ雰囲気で睨み合っている。


姉上は俺の腕を抱き寄せて『えへへっ』とか照れた。


「……今日は両親が王都に来るみたいなので、姉と迎えに来ただけです。

……あちらはあまり関わり合いになりたくない雰囲気ですね。僕たちが来ている事は、師匠には内緒にしておいてください」


俺がこのように小声でダンテさんに頼むと、地獄耳の師匠が額にビキリと青筋を立ててこちらへ振り返り、優しい笑顔でおいでおいでと手招きした。


よくこの喧騒の中で、こんなに離れた俺の声を聞き分けられるな……。


索敵範囲こそ近頃は俺の方が広くなってきているが、師匠の索敵魔法の繊細さと、それを十全に使いこなす応用力は、俺から見てもやはり凄い。


俺はため息をついて、仕方なく師匠の下へと歩いた。





「てめぇなに無視決め込もうとしてやがんだっ!

このクソ忙しい時に面倒な仕事増やしやがって!」


師匠は開口一番俺を説教し始めた。



「……事情は大体察しがつきますが、俺のせいにされても困ります。

それに今日はオフなので、仮面を持ってきていないんです。万一、(レンの)顔を知ってる人間にこの場を見られたらまずいんじゃないですか? じゃ、俺はこれで」


これだけ不特定多数の人間が集まる場所なら、いくら広大な王都とはいえ探索者レンの顔を知っている人間がいても不思議ではない。


任意の一人として行動しているときならば、たまたま知り合いに会ったとしても問題はないが、こんな騒ぎになった状況で俺が親父たちを出迎えると言い逃れのしようが無い。


俺がそう言って場を辞そうとすると、師匠はむんずと俺の頭を掴んだ。


「待てこら。

……ふん、お前がこっちの仕事に気を使うとは意外じゃねぇか。

だがその件はある程度後ろを押さえて紐をつけた。ばれたらばれたで別に構わねえよ。そろそろ動かして攻めに転じねえと、守勢に回されっぱなしだからな」


……俺は聞かされてなかったが、騎士団はロッツの背後関係を押さえたようだ。


「まぁ糸口は、お前がとっ捕まえたあのゼツって野郎だったがな……」


師匠は俺の内心を測るような視線でそう付け加えた。


ゼツ……誰だっけ? あぁ、あの林間学校を偵察に来てた三人組のリーダーか。


なんでロッツのアホどもとあの人達が繋がるのかはさっぱり分からないが、俺は質問を控え、取り敢えず分かったような顔で頷いた。


先生とランディさんはともかく、あの猫目の婦人と姉上がいる前でどこまで話していいか分からない。


その初老の婦人は、先ほどまではひじょ〜に既視感のあるキマったネコ科の肉食獣のような目つきでランディさんと睨み合っていたのだが、今はこれまた既視感のあるニコニコとした顔で笑っている。


間違いなくフェイの肉親であるドラグーン侯爵だろう。


これまで夕飯への招待などを、片っ端から断ってきた手前、実に気まずい。


俺がなんと挨拶すべきか迷っていると、姉上が先に挨拶した。


「あの、メリア・ドラグーン侯爵ですよね? 初めまして、私はローゼリア・ロヴェーヌと申します。フェイちゃんにはいつも仲良くしてもらっています」


実に気安い挨拶だが、ドラグーン侯爵は気分を害する風でもなくニコニコと頷いた。


「あぁ、私がメリア・ドラグーンじゃ。フェイの奴から、同じ魔道具士として尊敬しとると聞いているよ。……想像していたより、随分と可愛らしい子だねぇ。これからもフェイと仲良くしてやっておくれ」


「ふふっ。メリアさんも、フェイちゃんに目元がそっくりで可愛いですっ。私もそんな風な大人になりたい」


この取りようによってはかなり失礼なセリフには流石に俺もヒヤヒヤしたが、ドラグーン侯爵は破顔した。


「ぷっ! かっかっか! かっかっかっか! このメリア・ドラグーンが、可愛いかい! 大したタマだねぇ。気に入ったよ、ローゼリア。私とも仲良くしておくれ」


……流石はフェイの祖母だけはあって、一癖ありそうな人だな。だが思ったより気難しそうな人じゃなくて良かった。


俺は日本で鍛え上げた営業スマイルを顔に貼り付けた。


「私の名前はアレン・ロヴェーヌです! いつも両親がお世話になっています!」


俺がハキハキとした声で挨拶をすると、ドラグーン侯爵は実にうんざりとした顔をした。


「……その取ってつけたような、嘘くさい笑顔は止めな。まったく、さっきまでの迷惑そうな顔はベルウッド(父親)にそっくりだね。少しは姉の愛想の良さを見習ったらどうだい?」


バレてる?!


まぁ確かにめんどくさい事この上ないとは思っていたが……。



それから俺たちがひとしきり挨拶を交わしていると、駅舎からドラグレイドからの直通魔導列車で到着したと思しき人達が、わらわらと出てきた。


そしてこの駅前広場の異様な雰囲気に気付き、関わり合いを避けるようにしてそそくさと去っていく。



暫く待っていると、懐かしい顔が三人出てきた。


親父と母上、そしてなぜかゾルドもいる。


俺が声をかけようと動き出そうとしたらその前に、矢も盾もたまらず、といった様子で動き出した人間が一人。


「セシリア!!」


感極まったような表情で、母上に向かって走り出したランディさんを見て俺は足を止め、感動のシーンにもらい泣きの涙を流す心の準備を整えた。





母上は、抱きしめようともの凄い勢いで飛びついたランディさんの両腕を、羽のように軽やかな足捌きですり抜けた。


まさか三十年ぶりの抱擁を躱されるとは思っていなかったのだろう。


謹厳実直な近衛軍団長、始まりの五家(オリジナル・ファイブ)ドスペリオル家当主のランディさんは、コントのように蹴躓いて転んだ。



俺たちも、そして野次馬をしていた群衆も静まり返った。


俺の風魔法が、数百人が一斉に『ごくり』と固唾を呑む音を捉える。


見てはいけない物を見てしまったと、どの顔にもそう書いてあった。


隣で見ていたダンテさんも、ごくりと唾を呑んだ。


「デューさん……今の足捌きは……」


「ああ……相当な使い手だ。……お前あの人に育てられて、なんであんな芋くさい田舎剣術しか使えなかったんだ……?」


感想それ?!


今問題なのはそこじゃないだろう……。比較的まともだと思っていたこの人達も、やっぱりどこかおかしいぞ?


「母上はそれほど文武の修練にはうるさい人では有りませんでしたし、人に教えるのが苦手ですからね。俺みたいな凡人の気持ちが分からないのですよ。

……そんな事よりこの状況、どうするんですか……」


俺がランディさんの立場なら、自分の力では二度と立ち上がれないだろう。恥ずかしくて。


だが俺の心配をよそに、ランディさんは満面の笑顔で跳ね起きて、再度母上に飛びついた。


「セシリア〜!! お前が生きていてくれて、私は! 私は〜〜!!」


だが母上は、あろう事か左手でランディさんの顔面をアイアン・クローの要領で掴んで熱い抱擁を阻止し、冷めた口調でこう言った。


「お久しぶりです兄上。ドスペリオル家当主ともあろう者が、公衆の面前でそのような醜態を晒してどうするのです? しゃんとなさいませ」


片手で掴み上げられた状態で、キマった目で人目も憚らず『うぅ〜』とか言いながら涙を溢しているランディさんを見て、俺は思わずこう呟いた。


「…………血か」


姉上は少しだけ赤くなった頬を膨らませ、自分の腕を絡ませていた俺の左腕をつねった。





「ご、ごほん。初めまして、セシリア叔母様。私はエディ・ドスペリオルと申します。

父はセシリア叔母様の生存を聞いて以来、話題に挙げぬ日が無いほど、本当に喜んでおりまして。どうかご容赦を。

落ち着いてください父上! 叔母様の言う通り、民が見ているのですよ! だから出迎えは控えた方がいいと申したではありませんか!」



エディさんが強引にランディさんを引き剥がすと、母上は冷めた目付きを親しみのこもったものに変えた。


「セシリアです。それではうちの子供達の従兄弟になるのですね。幾分年齢は離れていますが、仲良くしてあげて下さい」


「勿論です」


エディさんは嬉しそうに笑った。



母上は一つ頷いた後、俺たちの方へと悠然と歩いてきた。


「ローザ。アレン。出迎えに来てくれたのですね。久しぶりにあなた達の顔を見られて嬉しく思います」


そして俺の頭に片手を置き、優しく抱きしめながらこう言った。


「……ひどい顔をしています。ですが、わたくしはあなたを誇りに思います。……強くなりましたね」


どきりとした。


流石に今ドラグレイドから到着した母上が、つい先日の任務の事を知るはずがない。


「…………なぜ、そう思うのですか?」


俺が唇を舐めて何とかそう聞くと、母上は口を少女のように綻ばせて笑った。


「わたくしはあなたの母ですよ? 顔を見ればわかります。

……頑張りましたね、アレン」


母上に褒められるとなぜか涙が出そうになったので、俺は慌てて袖口で目を拭った。


母上は『あらあら』と笑ってハンカチを差し出してきた。



母上(この人)には敵わない。



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