169 輸送任務(1)
「ぶっ飛ばす!」
「やってみろ」
俺とダンがじゃれあっていると、いつの間にか近づいてきていたグラバー第二軍団長が止めに入った。
「元気なのは結構な事だが、できれば出発まで力を温存しておいてはくれんかね……」
「あ、グラバーさん、こんばんは」
グラバーさんにため息をつかれ、俺とダンはあっさりと拳を下ろして頭を掻いた。
「二人とも早いな。
オリーナ様と相談をして、こたびの輸送作戦の陣頭指揮はわしが執る事となった。こやつは、王国騎士団の第二軍団員であるキャスター・ブロウだ。わしとこやつは帆船の操船を一通り出来る。
最低一人は操船の補助を、との事だったが、君たちにも休む時間が必要だし、不測の事態への対応を考えたら、四人体制で操船するのがベストと判断した。スペースは厳しいが、無事に到着する事が最も重要だ」
「キャスと呼んでくれ。宜しくな」
そう言ってキャスさんは手を差し出してきた。
歳は三十前後だろうか。
少し癖のあるロングの茶髪で、やや、やんちゃそうな印象はあるが、何となく目の輝きがリアド先輩を想起させる、好感の持てるお兄さんだ。
帆船部の新造船は全長が25m程と、以前の物よりは一回り大きくなっている。
復原力、つまり傾いた船が真っ直ぐに起きようとする力を高めるため、普通の縦帆船に比べたら幅広く造られている。だがそれでも、水の抵抗を抑えるためにかなり細長い作りだし、船室も狭い。
このような長距離輸送任務を想定して作られた船ではないからだ。
操舵手が一人増えると、その分の食糧や生活物資も必要になるし、確かにスペースは惜しい。だが、それだけ俺とダンに余裕ができるので速度は増すだろう。
ついでに船の改良ポイントを軽く説明しておくと、キール(センターボード)と呼ばれる、船底から水中に飛び出した丸みのある翼のようなものを大きめに作っている。
これはセイルが生み出す揚力などにより船が横流れするのを防止して推進力を得るためのものだが、通常よりも発生する揚力が大きくなる事を見越して大きめにしている。
このキールはかなり重いので、これを大きくすると船の重心が下がり、より復原力が増す。
さらにバルジと呼ばれる船の外側に膨らみを持たせた水密構造を備えている事も、復原力を増すための工夫だ。
こちらには魔物の体当たりなどから船を防御する機能もある。
オジロシャチの一件ではかなり危険なところまで追い込まれたからな……
ミモザを始めとした凪風商会の社員達が、俺たちを心配してくれているのがよく分かる。
いずれも水の抵抗が増して速度は落ちる方向に働く改良なので、闇雲に大きくすればいいというものではなく、バランスが重要だ。
さらに、船底のキールやバラストを可変式にして、重心をずらす事が出来るようにしてある。今回はバラストの一部の代わりに荷を積む事になるだろう。
船の重心を走りながら弄るというのは、かなり不安定さが増す行為なので、機動力は落ちるし操船を複雑にする。だが動力である風をある程度コントロールして安定させる事が可能なら、こちらの方が速度は出しやすい。
もちろん取り扱いに訓練は必須だ。
まぁその辺りを含めたバランスは、王立学園生が操船するという事を前提に、ダンが凪風商会と詰めて設計を決めた。
まだまだ改良の余地はあるだろうが、かなり速度は出しやすくなったという印象だ。
「いやぁ〜前から思ってたけど、面白い形の船だな!
近くで見るとますます美しい」
「美しい、ですか?」
このキャスさんの感想が意外だったので、俺はつい問い返した。
帆に凪風商会の社紋が描かれているぐらいで、いわゆる船首像すら取り付けられていない、シンプルこの上ない作りだからだ。
フィギュアヘッドは取り付けようと思えば取り付けられるのだが、ダンがバウスプリットと呼ばれる船首から突き出した棒の上に立つのが好きなので付けていない。
この辺りは好みの問題だ。
俺の問いを受けて、ちょいワルな風体のキャスさんは、目を輝かせながらこんな事を言った。
「ああ、実に美しい。
想いを込めて作られた船は一種の工芸品だ。どういう思想で作られてこの形なのかは俺には分からないけれど、ある種の調和を感じるこの船は、間違いなくいい船さ。
惚れ惚れするね」
おおっ! また変人が一人!
何を言っているのかはさっぱり分からないが、俺のキャスさんへの好感度は急上昇した。
「ダニエル・サルドスです。宜しくお願いします。ブロウと言うと、ブロウ水運の……?」
ダンがこう聞くと、キャスターさんは『ああ、実家だよ』と笑って頷いた。
俺は知らなかったが、ダンとキャスさんの話から察するに、ブロウ水運は王国でも中々の規模を誇る水上運輸会社のようだ。
ダンとは話が合うのか、船の骨格に使われている木材がどこ産の何だとか、曲げだの繋ぎだの貼りだのと、超マニアックな話で意気投合している。
「うーむ、何を言っているのかまるで分かりませんが、変態クラブ感が素晴らしいですね」
俺が腕を組みながら真面目な顔でそう頷くと、ダンは顔を嫌そうに顰めた。
「……せめて変人と言えよ……俺はともかくキャスさんに失礼だろ……」
だがノリのいいキャスさんは、フンフンと鼻息を荒らげながら首を振った。
「う〜んこの船尾の曲線美。最高ですね、部長」
「……」
◆
19時を回ったところで大体の資材が集まり、氷の魔法士も集まってきた。
出発予定時刻まであと一時間。
魔法士の内訳としては、まず王国騎士団所属の魔法士が二名。
ちなみに、通常の方面軍では騎士と魔法士ではその基礎体力、即ち身体強化魔法の練度が大きく異なるため騎士団と魔法士団は分かれているが、王国騎士団にはその別はない。
所属する全ての魔法士が、一定以上の基礎体力を有するからだ。
これがあるかどうかで、全体の行軍速度や踏破可能域に、言い換えると戦術幅に格段の差が出る。
もちろん身体強化特化の騎士の方が相対的には体力は秀でているし、いざ戦闘になると前衛と後衛に分かれる事になるだろうが、一定以上体外魔法の実力を有する者は、自ずと身体強化魔法の練度も高くなる。
王立学園卒業生に、安全な場所から魔法を行使するしか能がない魔法士は必要ないと言われるのは、こうした実践面を考慮されているからだろう。
この二人の王国騎士団員に加えて、王国中央部方面軍の魔法士団から一名。
更に民間の体外魔法研究者一名が、すでに到着している。
探索者協会からも、実力のある氷属性を持つ魔法士に緊急の指名依頼を出しているが、何人来るかはわからないとの事だ。
恐らくは破格の報酬が提示されているはずだが、連絡が取れるか、受託してもらえるか、出発時刻に間に合うか等が分からないので、何人集まるかは何とも言えないそうだ。
孵化に間に合わなくては全てが無意味になるので、到着時刻を遅らせる事はしないと決められている。
後は航路上の寄港地で合流可能な人間を、魔鳥の連絡網で集めておいて、順次拾っていく事になる。
出発時刻の五分前。
「アレン!? ダン! こんな時間にこんな所で何をしてるんだ?」
探索者協会から派遣されてきた馬車から降りた探索者三名のうち、一人はアルだった。
まぁ全く予測していなかった訳じゃない。
氷の性質変化は稀少な才能だし、時間が極端に限られる中で、実力があり、且つ比較的連絡が取りやすい探索者とくれば、当然アルは候補に挙がるはずだ。
学生を動員する事は原則禁止されている筈だが、探索者としてのアルに依頼を出し、それを本人の自由意志で受託する事までは制限されない。
確かリアド先輩がBクラス落ちしたのも、協会からの依頼が長引いた事が原因だと言っていたしな。
「俺たち帆船部には国から正式に輸送任務の依頼があってな。
アルこそ学園はいいのか?」
「あ、ああ。俺の魔法で沢山の人を救う事が出来る可能性があるのに、魔法研部長が手をこまねいている訳にはいかないだろ?
アレンのそばにいると、嫌でも自分がどうありたいかを自問自答する癖がつく。
ま、ゴドルフェン先生に一応伝えたら、課外授業として認めるとその場で言われたから、学園の方も問題ないけどな」
流石はゴドルフェン先生、流れるような職権濫用だ。
まぁ国の危機だからな。
こんな時にルールがどうだと言うような人ではないし、その決定を押し通す実力もある。
持つべきものは、権力者の担任に限る。
まぁ俺は成績などどうでもいいのだが。
「それよりも……この状況で国から依頼だって? 帆船部は遊びじゃなかったのか、アレン?」
アルがジト目でそう問いかけてきたので、俺は笑って親指を立てた。
「王立学園帆船部部長、ダニエル・サルドスが本気で遊んだら国も救えるんだ。知らなかったのか?」
俺が居並ぶ皆様方によく聞こえる明朗な声で返答し、ダンから振り下ろされたチョップを白刃どりしたところで、グラバーさんが声を上げた。
「…………時間だ。皆船へ。
錨を上げろ! 帆を張れ!」
……そのセリフは俺が言いたかったところだが……
俺は心のスイッチを入れた。
日曜日は更新お休みすると思います!
 






