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【Web版】剣と魔法と学歴社会 〜前世ガリ勉だった俺は今世では風任せに生きる〜  作者: 西浦 真魚(West Inlet)


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163 侯爵会合(1)



年が明け、冬の社交シーズンを目前に控えたこの時期に、毎年王都で行われる恒例の会合がある。


この王国に9つしかない侯爵家の当主が一堂に会して朝食をとる、いわばブレックファーストミーティングだ。


王宮で王族及び公族へと新年を寿いだ後の、はじめの週末に執り行われるこのブレックファーストミーティングを皮切りに、他勢力とのお茶会その他の交流が活発になる。


王立学園入試の終わる春まで続く長い長い社交シーズンが幕を開ける事となる。


1時間ほどのごく短い会で、特に決められた議題などは無く、一見するとその話題は思いつくままになされる軽い世間話のようだ。


もちろん――


初場所初日の立ち合いで、軽く立つ横綱大関など、いるわけがない。


朝の7時からという時間設定にもかかわらず、フォーマルな服をびしりと着こなし、気の横溢した顔つきの侯爵達が、申し合わせた様に5分前に今年の会場であるルーンメーキーズ(ホテル)へと現れる。


ホテルの顔である出迎え係(グリーター)の案内で、こぢんまりとした会場へと入ったら、歳を感じさせないハキハキとした声で挨拶を交わし、手を握り潰さんばかりの強さでガッチリと握手をする。


二日酔いや寝不足なのでジュースだけ……などという無作法な輩はもちろんおらず、山盛りのサラダから始まり次々に出される朝食をペロリと食べる。


この辺りまでは土俵(・・)に上がるまでの、当然の作法と言えるだろう。


流石に侯爵クラスが集結する会ともなれば、例年であれば話題は多岐に渡り、入試や成績の話はごく僅か、という事が多い。


そう、あくまで例年(・・)であれば。





「いやはや、今年の林間学校で1年Aクラスが叩き出したスコアには流石に驚かされた。まさかあの伝説の世代のハイスコアを1年生が大幅に更新するとは、彼らはいったい卒業する頃にはどうなってしまうのか……

まぁしかし、軍事演習を兼ね林間学校のサポートとして展開させておった我がトルヴェール侯爵軍(北西部方面軍の一部)が学生にコテンパンにやられたというのには閉口するしかない。

世情も世情、民を安心させるために性根を叩き直さなくてはならん。参った参った」


こう上機嫌に切り出したのは、今年の林間学校の開催地であるヴァンキッシュ子爵領などを勢力に擁するトルヴェール侯爵だ。


彼にとってこの林間学校は収穫の多いものだった。


まず、莫大な予算が投入される王立学園の林間学校が開催地にもたらす経済効果は大きく、一種の公共事業の感がある。


準備段階から投入される膨大なサポート人員の寝食の提供や物資の調達などで、周辺貴族が潤う事に加え、生徒達が狩った素材が今年は桁違いに多かった。


軍が回収したそれらの素材の売却益については、研修地を提供したヴァンキッシュ領は勿論、協力した周辺地域へと分配される。


勢力内の貴族が潤えば、当然トルヴェール地方そのものも潤う。


余談ながら、今年の林間学校がヴァンキッシュ子爵領で開催されたのは、もちろんこの地に明るいゴドルフェンが総指揮を執った事による所が大きい。


日本であれば機会平等について口うるさく言う人間が多いだろうが、この国ではそんな意見は負け犬の遠吠えだ。


王立学園への入学からその先の出世コースは広く平等に開かれている。


ゴドルフェンとしては、ヴァンキッシュ領周辺での開催が最適解であった事は間違いないし、羨ましければ力を付けるしかない。



それに加えて、トルヴェール地方出身者は、今年最多の4名がAクラスに所属する。


Aクラスの名声が高まる事は、すなわちトルヴェール地方の名声が高まる事を意味するし、先々この国を背負って立つ彼らの飛躍は勢力の伸長に大きく寄与することだろう。


さらに、今回の林間学校を経て坂道部の地位が不動のものになった事で、部長として部をまとめ上げているトルヴェール地方出身のステラ・アキレウスの評価も鰻登りだ。


トルヴェール侯爵の笑いが止まらないのも仕方がないだろう。



「ふん。

何が参った参った、だい、白々しい。いくら模擬戦とはいえ、

あのゴドルフェン(くそじじい)が指揮を執って、ティム・バッカン第五軍団副軍団長まで参戦した上で、コテンパンに負かされたという話じゃからの。

誰がどう見てもここは生徒を褒めるべきであって、兵を責めるべきところではないじゃろう。それがスコアにも如実に表れておるし、世間もそう捉えとる。

世情を思うならあまり嫌味を言って、国内の対立を煽るんじゃないよ」


メリア・ドラグーン侯爵がこう嗜めると、トルヴェール侯爵は上機嫌な顔のままで肩をすくめた。



「さすがは婆さん、伊達に歳を喰ってないね。ならついでに内容についても情報共有してもらえんかね。たかが林間学校の内容ごときで情報秘匿がかかって、何があったかさっぱり分からず、こちらはストレスが溜まって仕方がないんだ」


こうギロリとトルヴェール侯爵を睨みつけながらメリアに問いかけたのは、ヴァルカンドール侯爵だ。


ヴァルカンドール地方からは、唯一今年Aクラス生を輩出していない。


王立学園入試にそれほど力を入れておらず、当主一族は受験すらしないドスペリオル地方でさえ、今年はララがAクラス合格を果たしている。


即ちヴァルカンドール侯爵は、自勢力の当事者から秘密裏に情報を吸い上げる事ができない。


目撃者が多いこともあり、情報部を駆使してある程度のところまでは掴んでいるが、特にアレンやライオが何を成し遂げたのか、という部分は判然としなかった。


もちろんトルヴェール侯爵は、軍関係者が機密を漏らさないよう、立ち会った騎士たちを徹底的に引き締めている。


それ自体は正しい行いだが、なるべく情報量の優位性を確保したいという下心もある。


彼の笑いが止まらない最も大きな理由は、本来知り得ない今年の林間学校の詳細な中身を、関係者としてかなり正確に把握できている事にあるかもしれない。


「誰がババアだい?!

……私の口から言えるわけがないじゃろう。機密レベル4だよ?

悔しかったら来年クラスが上がる生徒が出るように、精々身内に気合いを入れるんじゃの。かっかっかっか!」


ドラグーン侯爵は前言を翻して嫌味をたっぷり込め、ヴァルカンドール侯爵を笑い飛ばした。


「相変わらず随分とご機嫌だな、メリアさん。

まぁ気持ちは分からんでもない。わしの所にも寝てたら黄金が落ちてくる便利な棚が欲しいわ。

いや実に羨ましい」


苦い顔でふんっと横を向いたヴァルカンドール侯爵をこうフォローしたのは、ダイヤルマック侯爵だ。


もちろん意味は『春までアレンの存在すら知らなかったお前は運が良かっただけだろう、調子に乗るな』だ。


ドラグーン侯爵は獰猛なネコ科の肉食獣のような目を見開き、ニヤリと笑った。


「おや、秋までは病人のように青い顔をしていたダイヤルマック侯爵(ロマーリオ)が、随分マシな顔になったじゃないか。確かベスターって言ったかね、あんたん所の譜代の家の子は。

フェイのやつも驚いていたよ。正直ただの俊才だと思っていたけど、一夜で化けた、あれは唯の学者じゃないって。

あんたの所にも棚から黄金が落ちてきて、先が楽しみになったろう。

本家に動かすのかい?」


ダイヤルマック侯爵は目を細めて首をゆっくりと振った。


「……先の事はまだ判らんな。

正直なところわしも驚いた。あの風雲児にあのベスターがただ1人指名されて、あのような形で才能を開花させるとはな。

アレン・ロヴェーヌ君にはどのように風景が見えておるのか……呆れる他ない眼力だのう」


隣で話を聞いていたレベランス侯爵が肩をすくめた。


「相変わらず手堅い野郎だな、ロマーリオ。

俺なら即決の局面だがな。だらだら引き延ばして足元が火事にならんよう、せいぜい気をつけろ」


ダイヤルマック侯爵は『大きなお世話だ』と鼻を鳴らした。


「……しかし、アレン・ロヴェーヌとやらは、器量という面でも底がしれんのう。

ダイヤルマックの倅と坂道部関連で拗れた時の、十分に踏み込ませてから一太刀で切り伏せる手並みの鮮やかさ。

そこから反転して手を握るバランス感覚のよさ。

あの歳にして落とし所の見極めが実に素晴らしい。

うちも過去にそやつの姉君といざこざがあったので参っておったが、入学来、特にうちの地方出身のエングレーバーの息子と親しくしておるし、そやつが部長を務める体外魔法研究部とやらも近頃名声を高めておる。

言葉でも行動でもなく、利をもって立場を示すというのは、実にわしの好みじゃ」


こう感心したように首を振ったのは、アルの出身地方を統括するエンデュミオン侯爵だ。この場では最年長に当たる。


そうしてメリアの目を見据えてニヤリと笑い、こう付け加えた。


「彼の父親のロヴェーヌ子爵は、息子の伴侶は本人の自由意志で選ばせる、とメリアに高らかに宣言したらしいのぅ?

ほっほっほ!

いや、骨があって結構な事じゃ。

それでいて子息を足掛かりにのし上ろうと精力的に動くでもない。不思議な家じゃのう。

そう言えば、うちの孫娘がアレン・ロヴェーヌ君のファンだそうじゃ……ほっほっほっ」



このセリフを受けて、全員がギロリとエンデュミオン侯爵を睨みつけた。



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― 新着の感想 ―
[一言] アレンのファンの孫娘って紫のド派手な子かしら?
[良い点] アレンくんもてもて(*´ω`*)
[一言] そうか帆船の研究が進まないと空気力学が発展しないから研究ツリー的な意味でも飛行機とかが出てこないんだ
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