16 新学級でのかまし方(2)
ザイツィンガーはもちろん知っている。
3家しかない公爵家の筆頭。
当主は前王の弟。
特産もへったくれもない、誰もが知る超大貴族家。
だが、先ほどの紹介はこいつ個人を指した台詞に思える。
有名人なのか?
「ライオだ。これからよろしく頼む」
実にシンプルな自己紹介。
自信に満ちて、落ち着きのある声。
意志の強そうな目。
だが、もう少し情報が欲しいな…
「膝をついて頭を下げちゃダメだよ?ぷっ」
…俺は、耳元で囁いてくるフェイを後ろ足で蹴飛ばした。
そこへ、アルが追加情報を投入した。
やはりコイツとは仲良く出来そうだ。
「いや、世の中は広いな。
王国共通学科試験の成績上位者で、魔法の素養が高いものは、事前に王都へ召喚されて、交流する機会を持たされるから、このクラスにいる奴らは顔見知りが多い。
少なくとも名前くらいは知っている」
…あぁ、あの合否判定が出る模試みたいなやつか。
アルの説明に俺は得心がいった。
公爵家と釣り合いが取れるとは思えない2人が、ライオの友人なのはそういうわけか。
「だから…こういっちゃなんだけど、今まで見た事も聞いた事もないアレンが、ライオのパーフェクトスコアを阻止したのを今朝見て、びっくりしたし、いったいどんなやつなのかって噂してたのさ」
…あの無精髭のチョンボが無ければパーフェクトだと?
しかもそれを当然だと周囲が捉えている。
「アル。先程から言っているが、俺はスコアなどどうでもいい」
ライオがつまらなそうに、アルに釘を刺す。
俺は確信した。
こいつはいわゆる、クラスの中心人物的な立ち位置に入るやつだな。
3か月後には女の子たちの間で「氷の貴公子」とか、「王立学園トップ・スリー」とか、「癒シックス」とか呼ばれて、チヤホヤされているに違いない。
こいつのそばにいると、凡庸な顔の俺はラブレターの郵便受けと化す。
心の距離を取りながら、俺は聞いた。
「ライオ…と呼んでいいのか?
初めに言っておくが、俺は超がつく、ど田舎の貧乏子爵家の3男で、品位も何もないぞ?」
「無論だ。
この学園に入ったのは、才能ある学友と互いに切磋琢磨して己を高めるためだ。
身分を笠に威張るためではない」
…う〜ん、悪いやつではないのだろうが…
俺はこいつと3年間仲良しこよしをする気にはならんな…
権力は魅力的だが、相応の義務を伴う。
ライオは将来の為に、今を犠牲にして必死に努力をするタイプだろう。
下手をしたら、国のため、なんてスケールで生きている可能性すらある。
ゆくゆくはアウトローを目指す俺の人生観と折り合えるやつではない。
インハイ一直線だ。
だがここで、1発かまして、敵に回すと後々面倒な事になる危険もある。
とすると無難に、たまに話はするクラスメート…ここがゴールだな…
そんな事を考えていると、ライオが真っ直ぐな、力強い目で俺を見つめながら聞いてきた。
「お前は、アレンは、何のためにこの学園に来たんだ?」
挑戦的な目だ。
だがこの質問は嫌いじゃない。
ただ漫然と、親に言われてとか、将来の出世に有利だから、とかではなく、自分自身の意志で、進路を選び取ったものだからこそ、出る質問だ。
だが、俺とライオでは、その答えが、生きる目的が決定的に異なっている。
今朝の母上の台詞が脳裏をよぎる。
『騎士たるもの、潰されそうになったら、逆にすべてを叩き潰すくらいの気概がなくては、舐められますよ?』
…違う。そっちじゃない。
『貴方は自分自身の強い意思で、この学園へ入学する権利をつかみ取りました。
わたくしは、貴方を誇りに思います』
ー俺は無難にかわすのを止めた。
「それは、俺がやりたい事を、自由気ままにやる為だ」
ライオは一瞬キョトンとしたが、続けて聞いてきた。
「お前のやりたい事とは何だ?
強くなって、この国と民を守ることか?」
俺は思わず苦笑する。
「そんな高尚な趣味はない。
思いつくままに、気の向くままに、自分が面白いと思う事を、好きだと思う事を、やりたい時にやりたいだけやって、面白おかしく生きる。
そのために必要だと思ったから、この学園に来た。
それだけだ」
「…それでは、自分のためだけに、この学園に来たというのか?
生まれ育った国に愛着はないのか?
お前も貴族だろう?
力を持って生まれたものの義務を果たしたいという気持ちが、弱き者たちを守りたいという気持ちはないのか?」
やはり、思考方向が根本的に異なるな。
俺はオブラートに包むのを止めて、ストレートに答えた。
「俺がこの学園に来たのは、あくまで俺自身のためだ。
この国への愛着?悪いが無いね。
最初に言ったはずだ。
俺は品位も何もない貧乏貴族の三男坊だとな。
お前とは手の届く範囲が違う。
俺が守りたいのは、俺が守りたいものだけさ。
価値観の相違というやつだな」
ライオは愕然としている。
信じられない答えを聞いたと、その顔に書いてあった。
「なるほど。
よく分かった、アレン・ロヴェーヌ。
正直に話してくれて、どうもありがとう。
確かに、価値観が交わる事は無さそうだ。
この先、一生な」
気がつけば、俺たちのやり取りを、クラス中が固唾を飲んで見守っていた。
◆
「ふぉっふぉっふぉっ。どうやら自己紹介はあらかた終わった様じゃの」
声がした教室の入り口を見ると、1人の好好爺が立っていた。
何者だ、この爺さん。まるで気配を感じなかったぞ?
「まだだよ。アレンはまだ新しく出来た友達に、友達の僕を紹介してないよ?」
…どんな強心臓してるんだこいつ?
この流れで自分をこの中に投下しろと?
そもそもここにいる奴らは大体顔見知りなんじゃないのか?
クラス中が引いている。
「ふむ。では時間も時間じゃ、手短にの」
「ほらアレン。急げって。早く友達以上恋人未満の僕を、皆に紹介して?」
何どさくさに紛れて、5秒で階段を1段登ってるんだこいつ?
とにかく、この変人と仲間と思われるのはまずい…
「こいつは友達以下で知り合い以下の誰かだ。
俺は知らん」
俺はキッパリと宣言した。
「そんな!酷いよアレン。
ほんの5日前に朝まで僕の事を6時間以上虜にしておいて、赤の他人だなんて!」
何を言い出すんだこいつは?!
男どもの羨望の眼差しと引き換えに、冷え切っていく女の子たちの視線が痛い…
なぜ俺が身に覚えのない罪で、こんな公開裁判に掛けられているんだ?
あ、1人分かりやすく嫉妬にかられた目で睨んでる男もいるな…フェイのことが好きなのか?
とにかく何か言わないと、陪審員の心象が取り返しのつかない事になる…
「適当な事を意味深長に言うな!あれはお前が勝手についてきただけだろう!」
そこでフェイは衝撃を受けたような顔をした。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
とんでもない迫真の演技だ。
演技だよな?じゃなければ怖すぎるぞ?
「…アレンって、ほんと釣った魚に餌をやらないタイプだよね。
あの時も、最初は是非是非お近づきを、なんて言ってたのに、終わった途端おしっこ漏れるから帰るなんて言って…
でも僕はそれでもいいよ。君のそばにいられるなら」
事実の歪曲が酷い!!
だが、そのような事実はないと言った場合、どんな不思議魔道具が出てきて、現場をつぎはぎ再生されるか分かったもんじゃない…!
こいつならやりかねない…
もしそうなったら致命傷を負う。
え?ちょっと待って、今うまい言い訳考えるから。
何で俺ってうまい言い訳なんて考えさせられてるんだっけ?
そんな灰色の瞳で俺を見ないで女の子たち!
男どもも、一部の強者を除いてドン引きしている…
「ふぉっふぉっふぉっ。
なるほどのう…
『思いつくままに、気の向くままに、自分が面白いと思う事を、好きだと思う事を、やりたい時にやりたいだけやって、面白おかしく生きる』、だったかの?
さ、皆自己紹介は終わりじゃ。席につきなさい」
じじい??
どこから聞いてたんだ?!
何いい感じに締めてんだ!
俺は口をパクパクとしながら、ヨロヨロと窓際の席に座り、そのまま突っ伏した。
2度と顔を上げる事はないだろう。
◆
こうしてアレンは、本人の意思に反し、新学級で特大の1発をかまし、クラスメイト全員の度肝を抜く事に成功した。
 






