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【Web版】剣と魔法と学歴社会 〜前世ガリ勉だった俺は今世では風任せに生きる〜  作者: 西浦 真魚(West Inlet)


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148 防衛拠点の強化(2)



その夜、俺とベスターは防衛拠点の設計方針は勿論、様々なことを話した。



アルとココとは体験済みだが、焚き火を見ながら友人と語らうのはやはりいいものだ。



「じゃあアレンは、ダイヤルマック地方に特に思うところは無いのか?」


こうベスターが聞いてきたのは、ベスターの実家ストックロード家が代々ダイヤルマック侯爵家に仕える譜代の準貴族家だからだ。


準貴族とは、簡単に言うと王家以外の貴族に忠誠を誓う家で、伯爵以上に任命権がある。


数に制限はないが、それなりの待遇を保障しなくてはならないので、それほど多くはない。


身分としては王家に直接仕える男爵家よりも下にはなるが、その辺の田舎男爵家と侯爵に仕える譜代の準貴族ではどちらの方が実質的な権限が強いかは言うまでもない。


俺はベスターの問いに答えた。


「思うところなどあるわけが無いだろう。そもそもそんな事があった事すら忘れていたくらいだ」


そんな事とは、ルーデリオ・フォン・ダイヤルマックという、何だか感じの悪い2年の先輩が、坂道部に加入したいと言ってきた時のことだ。


自分と監督を代われとか、僕に歯向かったら平穏無事な学園生活は送れないとか、威丈高に言ってきたからアホらしくなって無視したら、カンカンに怒ってた。


その後、何やら裏で坂道部への生徒の加入妨害などをしてるとかで、ゴドルフェンの課題の合否が出た時期まではダイヤルマック地方の生徒や2年生の生徒は極端に加入者が少なかった。


フェイとジュエが、

『売られたケンカだよ? 動かないの? 僕に任せて?』とか、

『叩き潰しましょう。ね、アレンさん?』などと、好戦的なことをルンルンと言ってきたので、俺は監督として断固静観を申しつけた。


その時はまだゴドルフェンの課題の最中だったし、人数が増え過ぎて困っていたので、実は内心ルード先輩を応援していたのだ。


「ふっ。横で見ててもまるで眼中に無さそうだったからな。アレンが全く反応を示さないから、かなり怒っていたぞ、ルーデリオ様は」


ベスターはそう言って苦笑した。


「そういえば、ベスターは坂道部に入ったままで大丈夫だったのか? その時期は確かベスター以外は誰もダイヤルマック地方の生徒はいなかったと思うが……」


普通に考えて、主家でしかも当主であるフォンの名を有するルード先輩の意向に逆らえる訳が無いと思うが、何か訳でもあるのだろうか。



「あぁ、ルーデリオ様の父君であるロマーリオ・ダイヤルマック侯爵から俺に課されている最優先命題は、他勢力との関係構築だからな。

ロヴェーヌ家から見て自勢力のドラグーン(フェイ)はともかく、ザイツィンガー(ライオ)レベランス(ジュエ)ともあっと言う間に距離を縮めて、クラスメイト全員が参加している坂道部から退部なんて、できる訳が無い」


「へぇ〜。だがルード先輩がダイヤルマック家の当主(フォン)なのだろう? それよりも侯爵の意向が優先されるのか?」


俺が興味本位で質問してみると、ベスターは何を当たり前のことをと言う顔で頷いた。

 

「相変わらず妙な所で常識が欠如している奴だな……

……ルーデリオ様は将来侯爵家を背負って立つ事がほぼ決まっているからな。

箔づけのため、学園入学の前に位を譲られただけで、実質的には父君のロマーリオ侯爵がまだ権力を持っているんだ。

フェイなんかもそうだろうけど、当主候補と当主では学園内の政治力に雲泥の差が出る。

早く当主の座を渡す事には勿論デメリットもあるが、この学園内での政治力にはそれだけの価値があるし、将来がほぼ見えているなら入学前や在学中に当主の位を渡した方が効果的、と判断されるケースもある」


なるほどなぁ。


まぁうちは権力争いなどとは無縁のど田舎なんちゃって子爵だし、俺は権力争いになど何も興味がないからな。全くの初耳だが、ベスターがこう言うのなら常識なのだろう。


「そうすると、ベスターも面倒くさい立場にいそうだな。

いくら現侯爵の命令とはいえ、将来上司になる事が決まっているルード先輩に歯向かっている形だし、先輩としては面白くないだろうしな」


俺がこう言うと、ベスターは自嘲気味に笑った。


「別にそれほど大変ではないさ……

俺はルーデリオ様に嫌われているからな」


そう言ってベスターは、聞いてもいない自分語りを始めた。





ベスターはダイヤルマック侯爵家譜代の準貴族、ストックロード家出身だが、その本流からは外れた所謂分家の出らしい。

準貴族でかつ分家とは、身分で言えば完全なる庶民階級という事だ。


御多分に洩れず幼年学校で卓越した能力を発揮し、魔力的な素養も高いと判明した時点でダイヤルマック侯爵家に連絡が入り、どこで養子に取って育てるかという話になった。


そして、当初ロマーリオ・ダイヤルマック侯爵は、ベスターを侯爵家で引き取って、優秀な実子であるルード先輩と競わせつつ、有事の際のスペアとして育てようと画策したらしい。



だがどこの家にも一定数いる血統主義的な勢力がこれに断固反対し、様々な政治的な闘争を経てベスターはストックロード本家で育てられる事になった。


そういう経緯もあって、ルード先輩は、現在は継承権は無いとはいえ、婿入りや再度の養子縁組で自分の後釜が狙える位置にいるベスターの事を元々蛇蝎の如く嫌っている。


そんな中、俺がゴドルフェンの課題、即ち坂道部の育成方針のことでじじいと喧嘩して合格をもぎ取り、陛下のお墨付きで騎士団入りして師匠に弟子入りした、なんて話が回ったものだから大変だ。


坂道部はルード先輩に気を使って加入を見送っていた他地方の2年生を中心にさらに部員が増えて、ダイヤルマック地方だけが孤立するような形になった。


ルード先輩は明確にアンチ坂道部を表明し、何だか似たようなパクリ部活を立ち上げていたらしいが、ダイヤルマック侯爵の鶴の一声でその部活動は解散、そして現在はダイヤルマック地方生も坂道部への加入を推奨されているらしい。


当然ながらルード先輩は政治闘争に敗れた形となり、家中の求心力を大きく損なう事になった。


そして、その原因となった坂道部を作った俺と、当初からずっと坂道部で活動を続けていたベスターは、現在3度殺しても足りないほど嫌われているとの事だ。



「……俺は将来学者になって、学問を極めていきたいと思っているんだ。

侯爵家の後継になんて向いていないし、興味もない。

昔からそうルーデリオ様には言っているんだけど、信じてもらえなくてさ。

……今はもう話すら聞いてもらえない」


ベスターはしょんぼりとそう言って、話を終えた。



ふーん……まぁ俺も権力闘争になど何の興味も無いし、これからも全くの無縁だから、はっきり言ってどうでもいいな。


唯一興味が持てたのは、ベスターが将来学者を目指すほど学問が好きだという所くらいだ。


俺は焚き火に木の枝を1つ放り込んで、他人事のようにベスターを励ました。


「お前も大変だな……

まぁなるようになるさ、頑張れよ!」


ベスターはガックリと項垂れた。


「頼むよアレン……

フェイとジュエから聞いたが、お前いくらでも打てる手があるのに、敢えて泳がせて(静観して)おけって2人に指示を出してたんだってな?

間違いなく最初から、一番ダメージの残る形で叩き潰すつもりだった、アレンはやり方がエグいってあの2人ですら引いてたぞ?

確かにケンカを売ったのはルーデリオ様だから、非はダイヤルマックにあるが、頼むからもう少し手加減してくれ……

余波で俺を後継にした方がいいんじゃないか、なんて言い出す奴までいて、火消しが大変なんだぞ!」


ベスターは、見ているこちらが気の毒になる程悲痛な顔で、そんな事を言った。



「はっはっは!

今の今まで存在すら忘れていたのに、狙ってやった訳が無いだろう? 偶然だ偶然!

ところで皆、実家の事情なんか意識して学園生活を過ごしてるのか?

ど田舎者の俺には無縁の世界だが、大変だなぁ」


折角の学園生活なのに、家の都合で友達を選ぶなんて面倒臭く無いのだろうか……


ベスターは深い深いため息を吐いた。


「はぁ〜〜。

本気でそう言ってそうに見えるから、アレンは怖い……

そもそも入学試験前までは、犬猿の仲のドラグーン地方とレベランス地方を、フェイとジュエが関係改善できるかが大きな注目ポイントだったんだ。以前から個人としては気が合っている様子だったけど、2人ともあの器であの気性だからな……

それがアレンをかすがいにあっさり急接近。

近頃では侯爵同士が何度か会談を重ねて、たった半期、夏休みの終わりには若手の交流会まで開かれる段階にきた。

お前もわざわざ顔を出したって事は、その重要性は分かっているのだろう。

公正中立で知られるザイツィンガー家も、ドラグーンとレベランスと共に一子爵家に過ぎないロヴェーヌ家のBBQに参加し、それ以後はライオがアレン(ロヴェーヌ家)とは手を握っておいた方がいいとザイツィンガー内で根回ししていると、もっぱらの噂だ。

王国の勢力バランスを塗り替える勢いで次々と手を打っておいて、何が俺には無縁の世界だよ……」



……ライオめ……さては俺を隠れ蓑に姉上に近づく布石を打っているな?

公正中立を絵に描いたような性格しているくせに、そんな所だけしたたかな手を打ちやがって……



だが流石にもう、この権力闘争の話題は飽きてきたな。心からどうでもいいし。


勝手に面白そうな噂が飛んで、全部俺のせいみたいに言われるのもいつもの事だし、そのうち皆が飽きるのを待つしか無い。


そこで俺はいい事を閃いた。


「まぁ俺のせいでは全然無いが、色々余波でベスターには苦労を掛けたな。

詫びといっちゃなんだが、ライオやフェイ、ジュエにも言っていない極秘情報を教えようか?」



なんてな。


その情報とは、ずばり母上の出自だ。


なぜか結構質問される事が多いから、皆気になっているようなのだが、公言していいのかよく分からなかったから適当に誤魔化してきた。


だが母上の兄であるランディ近衛軍団長からの伝言を母上に手紙で知らせ、ついでにばれた事を謝ったら、『兄には次、王都に行く際に顔を見せると伝えて下さい。その内に露見するだろうと思っていましたので、気に病む必要はありません。兄にばれたのなら、もう隠しておく必要もありません』と返事が来た。


つまり今はもう極秘でも何でも無い情報という訳だ。


ランディさんにもその様に伝えたので、その内に広がるだろう。


「極秘情報??

なんだかアレンの口から出ると違和感があるな……

情報収集や交換をしているイメージが全く湧かない」


ベスターはそう言って、疑り深そうな目で俺を見た。


「そんな事はない。

多分結構びっくりすると思うぞ?

ただし――」


俺はそこでニヤリと笑った。


「代わりに1つ、聞きたい事がある。

なに、大した事じゃない」


くっくっく。



今はまだ鮮度のあるこの情報と交換に、この堅物そうな男の口を割らせる。


そのように目論んでほくそ笑んでいたら、流石は堅実バカのベスター、目ざとく俺の微笑みを見つけて首を振った。



「……いや、遠慮しておくよ。

アレンのその悪い顔を見ていたら、嫌な予感しかしない」


だが逃さない。俺は勝手に情報を開示した。


「俺の母上、名前はセシリアと言うのだがな。

ランディ近衛軍団長の妹らしいぞ?

これを知るのは学園生ではおそらくベスターだけだ」


俺が恩着せがましくそう言うと、ベスターは感情を消した顔でメガネをくいっと上げた。


「…………確認だが、今アレンは。

アレンの母親はランディ・フォン・ドスペリオル近衛軍団長の実の妹、即ちドスペリオル本家の出身だと言った、という理解でいいか?」


「あ、ああ。でもあまり驚かないんだな?

何故かよく知らない奴までさりげなく母上の事を聞いてくるし、みんな知りたがっているのかと思ってたんだが……」


「お、驚くに……」


ベスターは手に持っていた薪をへし折って、焚き火へと叩きつけた。


「決まってるだろうが!!!!

お前、自分が何を言ったか分かっているのか?!

ドラグーンとレベランスに加えてドスペリオルまでアレンの陣営に加わって、ザイツィンガーが後ろ盾に着いた、なんて事になったら、王国の勢力バランスはぐちゃぐちゃじゃないか!

下手したら王家から謀反を疑われかねないぞ!

しかもそれを知るのは俺だけだと?!

なんて物を背負わせるんだ!

だから聞きたくないって言ったのにぃぃぃい!!!」


俺はまぁまぁ落ち着けと手のひらを下に向けて、とりあえずベスターを宥めた。


「心配するな、陣営など築くつもりはさらさら無いし、国王陛下には話を通してあるから妙な事にはならない」



「へ、陛下へすでに話を通しているだと!!!

止めてくれアレン! いや、止めてください!

俺は学者になって学問を極める道に進みたいんだ!

そんな情報を与えて、俺に何をさせるつもりだ?!

お前が教えてほしい事とはなんだ?!

言っておくが、その情報に釣り合うような情報は、俺は持ち合わせていないぞ!!! 絶対だ! 釣り合わない!!」


ベスターは近頃やたらと練度が上がっている美しいお辞儀をペコペコと繰り返した後、涙目で俺をきっと睨んだ。


俺は『まぁ座れベスター』と言ってベスターと肩を組んで無理矢理焚き火の前の丸太に腰掛けさせた。


そして焚き火に30秒ほど無言で目をやって雰囲気を作ってから、おもむろに問いかけた。


「ベスターって……好きな子いる?」


炎は穏やかに揺らめき、薪はパチパチと小さく爆ぜるような音を奏でている。


完璧だ……


俺が満を持して好きな子の話を聞いてみると、てっきり照れて勿体ぶるとばかり思っていたベスターは、あっさりとこんな事を言った。


「え? あ、ああ。

好きな人というか、婚約者は1-Dクラスにいる。

同じダイヤルマック侯爵地方のケーンリッジ伯爵家の次女で、名前はカノン・ケーンリッジがそうだ」


「カノン・ケーンリッジ……あの坂道部にいる可愛くて優しそうな女の子がこ、婚約者だと?」


「あぁそうだ。身分違いだが、俺が学園Aクラス合格を決めると同時に婚約が決まった。

俺が坂道部関連で勢力内の立場が非常に悪くなった時も、婚約を破棄せず陰に陽に支えてくれた、俺には勿体無い相手だ。

それよりも、何をやらせるつもりだと聞いているんだ」


「…………お互いをなんて呼び合っているんだ?」


「ノンちゃんベス君だ。

それよりも、俺に聞きたい事というのはなんだ?!

勿体ぶらずに早く言ってくれ!」


俺は手近にあった薪をへし折って、焚き火へと叩きつけた。


「爆発しろベスター!」





いつもお読みいただきありがとうございます!



覚えていない方も多いとは思いますが、ルード先輩とアレンのやり取りは「38 坂道部近況」に出てきます!


ご参考まで。

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― 新着の感想 ―
fire!!!!!!!!!!!!
ベス君がまた淡々と大したことではないという風に返すから面白い
おもろすぎ
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