130 狂犬が怒るとこうなる(1)
見直してはいるのですが、投稿するとすぐに誤字報告が来ます……
いつもありがとうございます!
凄く助かります!
「レン君ちーす!
ちっと相談したいことがあるんですが、今時間ありますか?」
俺が久方ぶりに『りんご』のメンバーと王都東の平原に狩りへと出かけ、王都東支所に素材の納品に来たところ、互助会ゴールド・ラットのデブが話しかけてきた。
俺が探索者登録したての時に散々喧嘩を売ってきて、来るたびに返り討ちにしていたら妙に懐いた品の無いデブ、名前は確かベンザだ。
「お前の相談に乗る時間が俺にある訳がないだろう。
馴れ馴れしく話しかけるな。癖で殴りそうになる」
俺が目も合わせずに真っすぐ納品所に入ろうとしたら、デブは食い下がってきた。
「いや、俺個人じゃなくて、この王都を拠点にしている互助会全体に関わる問題で、『りんご』にも影響あるから、話だけでも聞いてほしいっす!」
俺はため息をついた。
どうせ碌な話じゃないに決まっているが、『りんご』にも影響があると言うのであれば、話ぐらいは聞くべきか……
いや、でもこいつに甘い顔をしてこれ以上懐かれるのは避けたいし、何よりロイのアニキに申し訳ない。
そんなことを考え、俺がやっぱり追っ払おうと結論を出しかけた時、意外なことに以前こいつに理不尽にも殴られたロイの兄貴がデブの肩を持った。
「レンよう。
ベンザは近頃すっかり丸くなって、りんごの家のガキどもが困ってたら面倒見たり、理不尽な目にあってたら間に入ってくれたりしてるみてぇなんだ。
昔の事は水に流して、話くらいは聞いてやってくんねぇか?」
え?そうなの?
品の無いデブは、いつの間にか品の有るデブになっていたのか?
「……ロイのアニキがそう言うなら、話くらいは聞きますけど……」
俺がそう言うと、ベンザは品性のかけらも感じられない顔で『あざ~す!』と言った。
やっぱり人間そう簡単には変われないな……
俺とロイのアニキ、ベンザの3人は、納品所への納品をポーたちに任せ、東支所の食事処へと移動した。
◆
「レン君は……アニキはロッツ・ファミリーを知ってますか?」
……どうせ碌な話じゃないとは思っていたが、一言目からすでに面倒極まりない状況だ。
俺の機嫌は急降下し、とりあえずベンザの頭をひっぱたいた。
「誰がアニキだ、失礼な。お前はもう18やそこらだろうが!」
「いえ、俺はレンのアニキの強さと男気に惚れました!
歳は関係ないんす!
アニキはもう俺の心のアニキです!」
ベンザは謎の悲壮感すら漂う力のこもった目で宣言した。
何が心のアニキだ……お前はジャ〇アンか……
「勝手に決めるな、暑苦しい!
次その呼び方をしたら、即座に帰るぞ?!
下らんことを言ってないで、さっさと話を進めろ……
俺は忙しいんだ」
俺がこう言うとベンザはまだ何か言いたげだったが、不承不承といった様子で用件を説明し始めた。
◆
その如何にも要領の悪いベンザの話を少々補完しつつ整理すると、次のような話だ。
俺も何となく耳にしたことはあるが、王都には裏社会があり、王都東支所のあるこの辺りは鶴竜会という団体が縄張りを仕切っている。
基本的な活動内容等には口出ししてこないらしいが、業界を跨いだ揉め事や、よそのシマの互助会などと探索活動中に揉めたりした際、間に入って仲裁する。
その対価として傘下の団体は、毎月幾ばくかの所謂みかじめ料を支払う。
この世界は前世に比べて個人が保有する力が強く、それに比例して性格もけんかっ早い人間が多い。
自然警察組織で全てをフォローするのは難しく、こういった団体の意義はそれなりに認められているらしい。
ソルコーストではミモザが『顔役』などをしていて大変だとか散々愚痴っていたが、役割としては同じようなものだろう。
魔物をぶった切るような一般人がそこいらにいる世界におけるアウトロー業界の束ね役だ。
アコギな商売や強引な真似は控えないと寝首を掻かれかねないし、力を使うにしても相応の『器』を求められるのだろう。
話を戻すと、王都ルーンレリアは範囲が広く利権も複雑なので、幾つかの団体が住み分けをしており、その中の一つがこの王都東部を仕切っている鶴竜会、という訳だ。
だがその王都裏社会の秩序が乱れている。
長い歴史を持つ王都は裏社会もそれなりに成熟しており、ここ何十年も大きな揉め事もなく回っていたのだが、ロッツ・ファミリーという新参者が、ここ10年ほどで急激に力をつけており、他の勢力から次々に団体を引き抜いているらしい。
ロッツ・ファミリーは傘下の団体に古くからの慣習、言わば紳士協定を守らせる意識が薄い。
例えば探索者で言えば、割は悪いが必要な王都の清掃や工事現場の仕事を輪番で受け持つ事であったり、資源が枯渇するのを防ぐため、素材を取りすぎないように採取時期や範囲を調整したりといった事だ。
勢力が増してきている近頃では、特にその傾向が顕著で、例えば食肉として十分価値のある魔物を狩っても、嵩張る肉は埋めもせずその辺に捨てて、単価の高い素材だけをもって帰るなどしているらしい。
その死体に釣られてこれまで出なかったような魔物が王都近郊の採取場に出て、力の無いものが植物採取などに行くのが困難になるなど、すでに影響が無視できないほど広がっているようだ。
日本人なら直ぐ「法で規制すれば?」という発想になりそうだが、仮に規制を掛けても、それを遵守させる仕組みが無いと結局は正直者が馬鹿を見るだけに終わる可能性が高い。
地球でも利害が対立する多くの国が参画する国際条約など、穴だらけだった。
探索者協会でも依頼の受発注の数で、ある程度制御しようとしているが、どうもロッツ・ファミリーは協会以外に大規模な販路を持っているようで、あまり意味をなしていない。
これまで幾度となく、昔から裏社会を牛耳る団体がロッツに対して警告を発してきたが、表向きは従うような事を言いながら、まるで改善する様子がない。
逆に明らかに素人ではない何者かに裏社会の代表が次々に襲撃を受けるなどして、界隈は騒然としている。
◆
「……ゴールド・ラットの会長が、鶴竜会の傘下から抜けてロッツ・ファミリーの世話になる、なんて言ってるんす。
これまで我慢してきたけど、鶴竜会は後ろ盾としての役目を果たせてないから義理立てする必要なんかねぇって。
食えなくなって、いの一番に困るのは立場の弱い日雇い労働者のお前らだぞって。
でも……俺的にはレン君が口癖のように言ってた『物の道理』に外れている気がしてるんす。
俺頭が良くないから、わからねぇんです。
レン君はどうすべきだと思うっすか?」
……はっきり言って、ロッツ・ファミリーのそんな強引なやり方が持続できるはずがない。
アホひげ二人組はともかく、あのレッドとかいう三下でも、さすがにそれくらいの事は見えているだろう。
第3軍団にも目を付けられているようだし、まず間違いなく他国の間諜による調略だ。
背後関係でも洗っているのか泳がされているようだが、どこかで膿を出して方針転換しない限り、騎士団に早晩潰されて終わりだろう。
師匠にも首を突っ込むなと命じられているし、積極的に関わるつもりはない。
だが流石にベンザにここで、そこまでの裏事情を説明する訳にはいかない。
……俺はとりあえず何も知らない体で、こんな風なことを言った。
「どうするもこうするも、自分がやりたいようにやるしかないだろう。
俺もロッツ・ファミリーとやらのやり方は気に入らないし、いつまでもそんなやり方が続けられるとは思わないが、改善させる手立てがないのであれば仕方がない。
後はリスクを取って金を稼ぐ側に行くかどうかの判断だ。
いずれにしろ現状を変えたいなら、力をつけるしかない。
自由に生きるってのは、簡単じゃない」
俺がこう言うと、ベンザは心底驚いたような顔をした。
「……泣き寝入りするんすか?
あれだけスジを通させることに拘ってたレン君が、相手がでかくて強そうだと、舐められたまま泣き寝入りするんすか?!
王都東支所を拠点にしてる、レン君に物の道理を教わった皆が団結すれば、この辺りの秩序だけは少しはマシになるんじゃねぇっすか?!
俺らを纏められるのはレン君だけっすよ!」
……なるほど、それがベンザの本当の用件か。
頭が悪いなりに、皆にとっての最善を考えてはいるようだが、人頼みではやりたい事は貫けない。
何よりプロの後ろ盾としてこの辺りの秩序維持を担っていた鶴竜会が、機能不全に陥るような奴が相手なのだ。
ガキが連携して何かしようなど、逆効果になる危険が高い。
「うちは元々ちびが多くて仕事のほとんどは王都内なんだ。
暫くは大きな影響はない。
俺は正義の味方じゃないし、手に抱えられる物は限られている。
舐めたい奴は舐めさせておけばいい。
それが悔しいのなら、力をつけるんだな」
そこまで言ってから、俺はよく聞こえるように声のトーンを少し上げて、警告した。
「もちろん――
もしもロッツ・ファミリーが俺の邪魔をしてきたり、『りんご』に火の粉を飛ばしてきたら、泣き寝入りするつもりはない。
全くな」
ベンザは悔しそうな顔で俺を見ているが、妙に懐かれて鬱陶しいと思っていたので丁度いい。
だが俺がオロオロとするロイの兄貴を伴って、さっさと外に出ようとすると、止せばいいのに離れた席でこちらの様子を窺っていた3人組が、一斉に席を立ち追いかけてきた。
うち1名はメント村経由の護衛任務でクライアントだったロッツ・ファミリーのアホ髭2人組の1人、ヤギ髭だ。
俺の索敵魔法を警戒してか、息を殺しているのが逆に不自然過ぎたので、食事処に入った時点からバレバレだ。
「探したぜ、狂犬。
ここで張ってたらすぐ会えるかと思ったのに、2週間近くも待っちまった。
さっきの話、聞かせてもらったが、相変わらず大人じゃねぇか。
……お前も覚えてるだろう、ロッツ・ファミリーの若頭、レッドさんがお前を待ってる。
ちょっと付き合えや」
そう周囲に聞こえる様なでかい声で言って、馴れ馴れしく俺の肩に手を置いてきた。
この台詞と態度に、周囲からざわりと声が上がった。
ベンザなど、まるで信じられない裏切りでも目撃したような顔でこちらを見ている。まぁ別にどうでもいいが。
俺はため息をついた。
別にどうでもいいが――
ヤギ髭のこの馴れ馴れしい態度には、酷く気分が害される。






