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純白の少女 2

(……紫色?)


 何かの比喩だろうか?

 疑問に思っていると、彼女が急にクスッと笑った。


「失礼、貴女を嗤った訳ではないのよ」


 彼女は咳払いをして、


「昨夜の話をしましょうか。最近のブラックシフト──人手不足が原因で、2等級の白狼を現世に通すという大失態が起きたの」


(……そしき? はくろう? げんせ?)


「組織はゲート付近で活動していた等級2位上の人員を現世に派遣した。だけど白狼を発見した時、状況は最悪だった。具体的には、白狼が一般女性の喉を噛み切る寸前だったそうよ」


 非日常的な表現が多くてピンと来ない。

 だけど、話の流れから察するに一般女性とは私のことを言っているのだろう。


「……もしかして私、死にかけてます?」

「五体満足よ。安心なさい」


 私は「はくろう」とやらに襲われて、何か身体にダメージがあったことを想像した。だから今は手術を受けた後で……と考えたけれど、どうやら違ったらしい。


「もう一度、確認するわね? 貴女、本当に何も覚えていないのかしら?」

「……覚えてないです」

「一応警告するけれど、噓は寿命を縮めることになるわよ」

「本当です。普通に仕事して、それから……」


 思い出せない。会社を出るまでのことは鮮明に思い出せるのに、その後のことが全く記憶に残っていない。


「スキル、と聞いて何かピンと来るかしら?」

「……えっと、空欄だったと思います」

「決まりね。久々の新人がスキル持ち。それも私の順番で目を覚ますなんて……これも月夜の導きかしら」


(……スキル持ち? 空欄って言ったはずだけどな)


「あらあら、不思議そうな顔。でも今宵の私は気分が良いから教えてあげる。気になったことは、システムに問えば大体分かるわよ」

「……システム?」

「ステータスが見えたのなら、声を聞いたこともあるでしょう? 私達の疑問に答えてくれるアレのことよ」


 説明は、それで十分だった。そして今の説明ができるということは、きっと彼女にもステータス画面が見えているのだろう。


(……やっぱり、私だけじゃなかった)


 ステータスの見える人が私以外にも居る。それが何を意味するのかは分からないけれど、何か、普通じゃないことに巻き込まれつつあるような気がした。


「ねぇ、まだかしら? 貴女のスキルについて、早く知りたいのだけれど」

「……えっと、ちょっと待ってくださいね」


 急かされて思考を切り替える。

 私は軽く呼吸を整えて、心の中でスキルについて問いかけた。


 ──現在、ひとつのスキルを保有しています。


「え、あるの?」

「名称と効果が気になるところね」


 ──名称【創造主の右眼】

 ──効果【対象に任意の効果を付与。成功率及び消費精神は、特殊、イメージ、対象の特殊耐性に依存】【視力向上】


 なんだか思考が誘導されたような気がするけれど、彼女に言われた通り心の中で問いかけると返事が得られた。私はそれを復唱して彼女に伝えた。


「任意の効果……なるほど、そういうことなのね」

「……えっと、あの、私これからどうなります?」


 私が質問すると、彼女は沈黙した。

 強い緊張感を覚えて唾を飲む。今の質問に答えて貰えないとは思わなかった。


 沈黙が続く。すると状況に流されて考える暇の無かった疑問が次々に思い浮かぶ。

 ここはどこなのだろう。私はどういう状況なのだろう。彼女は何者なのだろう。ステータスやスキルとは、なんなのだろう。私は、これからどうなるのだろう?


 分からない。何も分からない。

 こういう時、私は目先のことについて考える。だけど今の私が頼れるのは、顔を見ることもできない相手だけ。その相手が沈黙してしまったら、もう何もできない。


(……怖い)


 そう思った直後だった。


「整いました」


 しばらく沈黙していた彼女が声を発した。

 その言葉でまた疑問が生まれたけれど、私は唇を嚙み、続く言葉を待った。


「アブソリュート・コード。それが貴女のスキル名よ」


(……まさかとは思うけど、ずっと名前を考えてたのかな?)


「あら、ピンと来ないのかしら? ふふ、仕方がないから解説してあげる。任意の効果を付与する紫色の眼と聞いた時、真っ先に想像するのはもちろんギアスよね?」


(……ギアス?)


「でも流石にそのまま使うのは露骨だと思うの。だからコードの方を使わせて頂いたわよ」

「……あっ、もしかしてアニメですか?」

「まあ!? 貴女そちらの素養があるのね!? 素晴らしいわ!」


 よく分からないけれど、今の発言で私は彼女に気に入られたらしい。


「ところで貴女、ユニーク持ちなのかしら?」

「……ええっと、ユニーク持ち、とは?」

「称号のことよ。通常の称号は初級とか中級とか付いているの。これに対して、私が持つ透き通る世界(クローズド・メモリー)のように、級の付かない称号をユニークと呼ぶの」


(……何だろう。一気に距離感を詰められたような気がする。声すっごい弾んでる)


「えっと、確か独り言の女王という称号が……」

「クイーン持ち!? 貴女、素晴らしい逸材なのね」


 内心はさておき質問に答えると、彼女は私の声を遮って言った。

 やっぱりよく分からないけれど、その声色から察するに凄いことなのだろうか?


「クイーン、あるいはキングと名の付く称号はユニークより上位とされているのよ。例えば世界記録を持つオリンピック選手とか、その領域において現存する人類で最も優れた人物に与えられる称号と言われているわね」

「……なる、ほど?」


(……私の独り言、世界一なの? 何それ嬉しくない)


「クラウン級の称号に命名するのは初めてよ。緊張するわね」

「……あ、やっぱり名前つけるんですね」

「当然よ。少し待ちなさい」


 他人の趣味についてとやかく言うつもりは無いけれど、なんというか、個性的な人だなと思った。


「……世界で最も独り言が多い。それはつまり自分自身の世界を構築しているということ……例えば物語を作る人は執筆中にぶつぶつ言っているはず……しかし彼女は、それを凌駕する量の独り言を……はい、整いました」


 どうやら整ったらしい。

 流石に独り言の女王より恥ずかしい名前は無いと思うけれど……


「ワールド・イズ・マイン。それが貴女の称号名よ」

「……おー」

「微妙なリアクションね。もっと感謝しなさい。このニノ様を崇め奉りなさい」

「……えっと、センスあると、思いますよ?」

「あら、そう? ふふ、やっぱり貴女、見所があるわね」


 彼女はとても上機嫌に言った。

 もちろん表情は見えないから、実は真顔という可能性もゼロではない。でも、演技をしている気配は感じられない。いくらか個性的な部分はあるけれど、悪い人ではなさそうだと思えた。


「……それであの、この後は、どうなりますか?」

「そうね、方法は色々と考えられるけれど……最悪なのは横やりが入ることかしら」


(……横やり? どういうこと?)


 疑問に思う私の前で、彼女は何かぶつぶつと呟き始めた。


「うん、この方法が一番良さそうね」


 やがて彼女は納得したような声を出した。

 それから息を吸う音が聞こえて、続けて言葉が発せられた。


「貴女、私の下僕になりなさい」

「……はい?」

「私の命令に絶対服従。おはようからおやすみまでコバンザメのようにくっついて行動するのよ。幸せでしょう?」


 ……冗談、なのかな?


「要するに、私の管理下に入るということよ。ステータスや称号、この組織の目的。気になることは多いでしょう? もちろん私以外の有象無象に頼る方法もあるけれど、当然、見返りを求められるでしょうね」

「……見返り、ですか?」


 問いかけると、急に何か冷たい物が私の太腿に触れた。

 咄嗟に足を引いて避けようとしたけれど、やはり手首と足首を拘束されているから身動きできない。


「こちら側で、現世の常識や良識が通用すると思わない方がいいわよ」


 直接的な言葉は無い。

 だからこそ、想像してしまう。


 これは明確な脅しだ。

 ここで提案を断ったら、何をされても文句は言えないと彼女は言っている。


「……ニノ、さんは、私に何を求めるんですか?」

「呼び捨てで構わないわよ。ところで、貴女の名前は?」

「……深山、小春です」

「ならばハルね。カタカタふたつでハル。ここではそう名乗りなさい」


 私はそういうルールなのだろうと納得して頷いた。


「さて、私の要求なのだけれど……」


 彼女はそこで言葉を切った。

 次に、彼女が移動する気配を感じた。


 何かが……彼女の顔か、あるいは手足が、私の顔に近付いてくる。

 そして何かが頬に触れた。とてもひんやりとしている。これは、手だろうか?


「あら、ずっと目を開けていたのかしら?」


 目が合った。

 どうやら彼女は、私の目を塞いでいた何かを外してくれたらしい。


「……あなたが、ニノ?」

「他に誰が居るのかしら?」


 切れ長の目がそっと細められた。

 性格だけじゃない。外見までも特徴的な少女だった。


 ずっと日本語を話していたから、同じ日本人だと思っていた。しかし彼女の肌は不自然なまでに白い。髪も、長い睫毛も、初雪のような純白の色をしていた。


「ハル、これから言うことを絶対に忘れないでね?」


 息が届く程の距離感で、淡い桃色をした唇がゆっくり動く。

 彼女は妖しく光る紅い瞳に私の姿を映して、どこか寂し気な様子で言った。


「絶対に、私よりも先に死なないこと。それを守れるなら、私は貴女を下僕ではなく盟友(とも)として迎えてあげてもいいわよ」

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