プロローグ 前
人生は質の悪い育成ゲームだ。
何もかも不平等で、ステータスを見ることすらできない。しかも全てが一回勝負。どれだけ理不尽な結果になっても、やり直す機会なんて与えられない。
もしかしたら、遥か昔、まだ人口が百人にも満たない頃は平等だったのかもしれない。だけど今を生きる人々は、ご先祖様が積み重ねたモノを良くも悪くも押し付けられている。
こんなの、どうにもならない。
百年ちょっとの人生で、どうにかできるわけがない。
未来や選択肢なんてものは、生まれる前から決まっている。
ならば、せめてステータスくらい見えるべきだ。何か努力した時どんな効果があって、どれくらい続けたら欲しい物が手に入るのか可視化されているべきだ。
だけど全人類が知っている。
このリアルとかいうクソゲーには、そんな当たり前の機能すら実装されていない。
──少し前までは、そう思っていた。
* * *
「……なんだこれ」
目が覚めたら、視線の先にステータス画面があった。
―――
名称【深山小春】
年齢【26歳】
種族【人間】
性別【女性】
称号【】
等級【1】
成長【1/99】
生命【263K】
精神【1】
物理【1】
物理耐性【1】
特殊【1】
特殊耐性【210】
スキル【】
魔法【】
ログ(最新3件)
・初めてステータス画面を見た
・称号【独り言・初級】を獲得した
・称号【現実逃避・初級】を獲得した
―――
「……夢かな?」
頬を抓り、目を擦る。
痛い。そして消えない。
「……まさかこれ、現実?」
試しに手を伸ばす。すり抜けた。
目を閉じる。消えた。
目を開ける。現れた。
左右に目を動かす。ついてきた。
ちょっと素早く移動する。ついてきた。
壁に額をくっつける。壁しか見えない。
壁から離れる。また見えた。
かなり激しく動いてみる。でも消えない。
「……これどうやったら消えるの?」
ベッドに座り、突如として現れた謎の立体映像を睨みながら考える。
もちろん昨日までは見えなかった。昨夜の記憶を遡っても、いつも通りの日常しか思い出せない。普通に仕事をして、普通に帰宅して、入浴して食事を取って眠った。
「……まあ、理由なんてどうでもいっか」
世の中には分からないことの方が多い。
私にとって重要なのは、目先のこと。このまま視界の大部分が謎の立体映像に支配された状態が続くのは、生活に支障が出るとかそういうレベルじゃない。
どうにかして消したい。
私は方法を探すため、それを凝視した。
「性別までは私の情報そのままとして、称号以下がステータスってことかな? 生命と特殊耐性だけ多くて他は1……ラッ〇ーの種族値かな? さておきスキルと魔法は空欄で、ログは……」
ログ(最新3件)
・称号【独り言の女王】を獲得した
・称号【不審者・初級】を獲得した
・初めてステータス画面を見た
「誰が独り言の女王だ。一人暮らしなんてこんなもんだし」
──称号を独り言の女王に変更しますか?
「うわっ、こわっ、頭の中に直接……てかこれ煽られてる? 煽られてるよね?」
──称号を【独り言の女王】に変更しますか?
「しません。恥ずかしすぎるでしょ」
──称号【独り言の女王】は、特殊耐性を15%上昇させます。また、独り言を発する度に精神が回復します。
「あら意外と強そう。でも別に戦うわけじゃないし……」
また呟くと、ログに変化があった。
・称号【フラグ建築士・初級】を獲得した
「やめろ。私もう26歳だぞ? 戦闘力よりも政治力に魅力を感じるお年頃だぞ? てか、どうせならそっちのステータス見せてよ。物理と特殊って何? 腕力とか知力とかもっと他にも色々あるでしょ」
──身体能力は物理、それ以外は特殊に内包されます。
「わーお、親切に説明してくれた。……じゃなくて、これ早く消さないと会社に遅れちゃう」
私は少し考えて、
「ステータス・クローズ」
それっぽい呪文を唱えてみた。
「マジで消えるのかよ。ということは……ステータス・オープン? ……うわ、出た」
もう一度ステータス・クローズと唱えて、頭を抱える。
あと10歳くらい若かったらワクワクしていたかもしれない。だけど今の私には、そんな情熱は残っていない。どうにか手に入れた「普通の生活」を維持するだけで精一杯だ。
「……普通の生活、か」
衣食住に苦労せず、職を持ち、程々にストレスを感じながら今日を生きる日々。きっとこれから何十年も似たような日々が続き、やがて永久の眠りに就く。生きる理由も意味もない。ただ寿命が尽きるまで、普通の生活を続けるだけの日々。
「……最高じゃんか」
苦笑して、パチッと両手で頬を叩いた。
まずは洗面台で顔と口を綺麗にする。次はバランス栄養食を食べながらスーツに着替えて、お外を歩ける程度に化粧をしたら出発。
オッサンだらけの満員電車に揺られ、会社に着き、カタカタとパソコンを操作する。定時間近になると上司が仕事召喚魔法を発動して残業が確定する。やがてオフィスの電気が消え、偉い人からの「帰れ」という有難い圧を感じる。だけど直ぐに誰かが電気を付けて、当たり前のように仕事が続く。
そして体力の限界一歩手前くらいでオフィスを出て、不気味なくらい静かな夜の街を歩く。駅に着けば自分と似たような境遇の社会人が沢山居て、謎の親近感を覚えながら電車に乗る。
私は、なんとなく、普段と違う駅で降りた。
ひとつ前の駅。ここから家までは徒歩20分くらい。ちょっとした運動程度の距離。
東京の夜は明るい。車が通らないような道でも、どこかの建物から漏れる明かりで足元がハッキリ見える。私は静かな道をテクテク歩き、ふと違和感を覚えて呟いた。
「……なんか、いつもより疲れてないかも?」
身体が軽いような気がする。
いつもなら残業の後はクタクタで、一秒でも早くベッドに飛び込むことしか考えられない。しかし今日は、このまま一時間は運動できそうなくらい余力がある。
「……いや、まさか。まさかね」
頭に浮かんだのは、ステータス画面のこと。
当然、あんなの誰にも相談できない。病院に行ってもお薬が出て終わりだろう。
「……ステータス・オープン?」
―――
名称【深山小春】
年齢【26歳】
種族【人間】
性別【女性】
称号【】
等級【1】
成長【3/99】
生命【262K】
精神【13】
物理【7】
物理耐性【7】
特殊【7】
特殊耐性【224】
スキル【】
魔法【】
ログ(最新3件)
・【成長】経験値が一定に達した【3/99】
・称号【精神負荷耐性・超級】を獲得した
・【成長】経験値が一定に達した【2/99】
―――
「やあ、朝振りだね。あと何か色々変わってるね」
まず目に付いたのは成長以下の項目。正確な数値は覚えていないけれど、今朝見た時はほとんど1だったから変化しているのだと思う。
ログを見るに、レベルアップしたのだろうか? 等級がレベルの和訳だった気がするけれど、ゲームのイメージに近いレベルは成長の方みたいだ。
「精神負荷耐性で笑う。獲得条件は仕事かな? それなら社畜全員超級でしょこれ」
──称号を【精神負荷耐性・超級】に変更しますか?
「まーた頭の中で声が……ほんと何これ、どういう病気?」
──称号【精神負荷耐性・超級】は、特殊耐性を12%上昇させます。また、精神負荷による精神の減少を40%軽減させます。
「社畜に優しい効果で笑う。じゃあ、設定しようかな」
──称号を【精神負荷耐性・超級】に変更しました。
「あー、はいはい。どうもでーす」
謎の声に雑な返事をして、ステータス画面を見る。称号の部分が【精神負荷耐性・超級】に変化して、その旨がログに記されていた。本当にゲームみたいだ。
それから宙に浮かぶ立体映像を見ながらぼんやり歩いていると、やがてカンカンという踏切の音が聴こえた。私は歩きスマホならぬ歩きステータスチェックをやめて、ステータス・クローズと言ってから周囲の状況を確認する。
現在の位置は踏切の少し手前。
タイミング的に走れば間に合うけれど、なんとなく、立ち止まることにした。
「……ステータス、か」
遮断機が降りた後、私は左手で左眼を覆った。
「……まあ、変わるわけないか」
私の右眼は何も映さない。そもそも本物の眼ではない。そのままの状態だと不気味だから、義眼を入れている。本来の眼は、足し算も覚えるよりも早く親に抉り取られた。
「……」
踏切の音。電車が迫る音。風の音。
真っ暗な世界で色々な音を聞きながら、ステータス画面について考える。
これが頭の病気なら、無視すればいい。
でも万が一、億が一ファンタジーな出来事なら……いや、やはり無視するのが正解だろう。
この世界に特別なんて無い。私にできることは他の皆もできる。私にステータス画面が見えるならば、きっと他にも見える人がいる。
それはきっと面倒な世界だ。
そんなもの必要ない。私が望むのは平凡な生活だ。
「……嘘ばっかり」
呟いて、苦笑する。
私が平凡を望むのは、それ以上は手に入らないと知っているからだ。
人生はステータスの見えない育成ゲーム。数世代に渡って積み重ねられたプラスやマイナスを親から受け継いで、とても不平等な状態で始まるクソゲーだ。そんな最低最悪のゲームに大幅な修正が入るのならば……それ以上が手に入るならば……一回くらいなら、本気で生きてみるのも悪くない。
「……まあ、そんなこと、あるわけないけどね」
その言葉を呟いた後、目を開ける。電車はとっくに通り過ぎた後で、私は踏切の前でいつまでも立ち止まっている不審者状態だ。
でも大丈夫。
幸い周囲には誰も──
「……犬、だよね?」
踏切の向こうに、大きな犬が居た。
ハッ、ハッ、と荒々しい呼吸をしながら私を見ている。
「……狼なんて、都会に出るわけないよね?」
白くて刺々しい毛並みと、鋭い目付き。
口からは、何か涎のような液体がダラダラと零れている。
液体の色が赤だと気が付いた直後、目が合った。
その獣は私を見て、どこか愉しげな笑みを浮かべた。
次の瞬間、大きな牙が目の前にあった。触れただけで皮膚が裂けそうな程に鋭い牙と、その奥にある赤黒い色をした不気味な世界が、私の視界を埋め尽くしていた。
(……は?)
声を出すこともできなかった。
一瞬だった。踏切の向こうに居たはずの獣が、私の頭なんか丸呑みできそうなくらいに大きく口を開けて、目と鼻の先に瞬間移動していた。
(……あ、これ、死ぬかも)
あまりにも突然の最期を悟った直後、また声が聞こえた。
──スキルの獲得条件を満たしました。
えがおー(๑˃ᴗ˂)!
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