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Don't cry, my dove  作者: 斎田なおみ
1/2

Purple Rain

 テレビでは「24時間戦えますか」なんて流れていたが、こちとら戦う前に白旗を上げて戦うのを必死に回避しする。そんなぬるま湯に浸ったような生き方をする俺たちの回想録だ。なにも面白いことはないぜ。


 高柳幸治は今日発売のBURRN!やらSEX PISTOLSのレコードをぶら下げて、昼の暑さ残る池袋のコンクリートジャングルを歩いていた。遠くのほうで帰るのを促すふるさとが聞こえていた。子供のころはこれを聞きながら急いで帰ったななどとほんの少し懐かしさを覚えたが、歩行者用信号機が点滅しているのに気が付いて慌てて走っているうちに忘れた。

 待ち合わせのいけふくろうにはキヨこと林部清志郎が空になったパピコを名残惜しそうにチューチューと吸っていた。無理なブリーチをしまくって金色になった髪とでかいサングラス、よくわかんんない柄のシャツ一歩間違えればチンピラのような格好だと思った。

「おっす」

「ユキヂ、おせーよ」

「こんな糞暑い中歩いてきてやったんだからそれだけで偉いと思えよ」

 流れる汗を袖で雑に拭いながらけらけらと笑う。

「うっせ」

「にしても暑いな。お前そんなロン毛でよく過ごせんな」

 そういって輪ゴムで雑に止めている髪の束を手に取った。

「慣れだよ、慣れ。それにしても何でこんな糞暑い時に呼び出すんだよ」

「どうせ暇だろ?これから飲みに行こうと思ってさ」

 ついでにレコードディグるべなどといいながら二人は家に帰ろうとするリーマンの流れに逆らって歩き出した。

「なんかいいのあるかな」

「しらね。まだBURRN!読んでないし」

 そんな中身のないやり取りをしながら歩いているといつものレコード屋に着いた。重いガラスのドアを開けるとハードロックが大音量で耳に飛び込んできた。

 そして入り口付近にはでかでかと骸骨が4つ書かれたポスターが貼られていた。

 そしてポップには『ついにGuns N' Rosesが日本上陸!!!!アブナイ香りに酔いしれろ!』と書いてあった。

「「これかわね?」」

 二人は同時に顔を見合わせてそういったのだった。二人とももうそのジャケットを見ただけで買おうと決めたのだった。

「俺、この前ボウイのレコードかったから次はキヨの番だろ?」

「ぜってーお前が聞きまくっておジャンにするから半分だせや」

 そういいつつも清志郎はレコードを手にして支払いを済ませていた。冷房の効いた店内からでると再び夏の風が襲ってくる。

「どこ飲み行く?」

「それより、早くこれ聞こうぜ。自販でビール買って帰ればいいよ」

 清志郎はうきうきといった感じで先ほどのレコードが入った紙袋を揺らす。

「そうだな」

 二人は清志郎の下宿までぶらぶらと帰っていった。話題はやはり音楽についてが中心だった。

「やっぱりPrinceは天才だよな」

「ユキヂはプリンス派かあ。わかるよ。あの音作りは彼にしかできないよ」

「あの発想が狂ってるって言われても仕方ない」

「When doves cry なんかベースもないのにあの音作りをするのはすごいよ」

 そんな音楽談義をして30分ほど歩くと清志郎の下宿に着いた。相変わらず4畳半の部屋の中央には万年床が敷かれており、音楽雑誌やレコードが部屋の隅に置かれていた。

「部屋ん中、あっちぃなー。窓開けときゃよかった」

 そういって清志郎は部屋の窓をガラガラと開けた。どこかの家で見ているのであろう野球中継の音が遠く聞こえた。

 夜風はすずしく扇風機をつけなくとも過ごしやすそうな夜であった。二人は先ほどの興奮を思いだしレコードの箱を覆っているビニールを剥ぐ。そして慎重にレコードを取り出し、レオードプレーヤーにセットした。そして電源を入れて針を落とすと強烈なギターの音とともにアルバムが再生され始めた。

「キヨ、またスピーカー買えた?」

「やっぱわかる?より低音が響くようにしたんだけど」

 ベースの低音だけでなく、女性のオーガズムに達する声まで部屋の中にうるさいほどに響く。そのアルバムを流しながら、二人は煙草を吸い、響くビートに酔いしれている。

「メタル最高って思ったけどハードロックやべえな」

「ガンズやばいな」

 先ほど買ったビールは忘れ去られ畳に水たまりを作っている。

 幸治は万年床に仰向けで寝そべり、清志郎は窓の外を眺めている。窓の外には時折飲み会帰りであろうサラリーマンが千鳥足で歩いていた。

「やべーな、ガンズ」

「マジでやべーな」

 レコードが終わるまで二人はずっとタバコを吸いながら音楽に酔いしれていた。英語歌詞であるため、全く何を言っているかは聞き取れないが、ただただ熱烈なギターや激しい歌詞に陶酔している。

 レコードが終わるころには灰皿は煙草の吸い殻で一杯になっていた。二人は満足そうにタバコの煙を吐き出して天井を見上げる。

「あ、ここにガンズの特集あるわ」

「後で見せて。つーか、本にタバコの灰落とすなよ?」

「人の布団の上でタバコ吸ってるやつに言われたくないね」

 清志郎がレコードケースの中から適当に一枚引っ張りすと、それはプリンスの1999であった。

「次これかけていい?」

「ああ」

 先ほどとはうってかわって近未来のような不思議なサウンドが響く。

「1999年かあ。どうなってんだろうな」

 清志郎は感慨深そうに呟く。

「ノストラダムスの大予言が当たって人類滅亡だろ」

 幸治は雑誌から目も離さずに応えた。

「ちげーねぇや」

 クククと清志郎は笑ってすっかりぬるくなったビールの缶を開けた。炭酸のはじける音がして黄色い液体が一気に流れ出す。それを慌ててすすりながらまたプリンスの音楽に酔いしれていた。

「なあ、ユキヂ、もし明日死ぬってわかったら何する?」

「キヨとひたすら酒飲んで音楽聞いて馬鹿なことする」

 そういうと幸治はヒヒヒと笑う。ちょっとウェーブがかった長髪の間から見えた顔はなんとなく年よりも幼く見えた。それにつられて清志郎もハハっと笑った。

 その日はもう遅くなったのでそのまま清志郎の部屋へ泊ることとなった。

「ユキヂ布団使っていいよ」

「いーよ、俺寝相悪いから」

 布団は一組しかないため座布団を枕にして寝ることになった。しかし、どちらが敷布団の上で寝るか言い争っていた。

 結局幸治が座布団をたたんで横になっていた。そしてすぐに寝息を立てていた。

「早くない!?」

 清志郎は心の中でそう突っ込むと自分も布団の上に横になった。せめてもの情けで薄がけ布団を幸治の腹の上にかけて自分は適当な上着をかけて寝た。


 清志郎が目を覚ますと幸治は真剣にギターを弾いていた。灰皿に置かれたタバコの灰の長さからよほど熱心に練習していたのだろう。左手のコード進行も弦の押さえ方もおぼつかないせいでただの騒音と化していた。

「ユキヂ、おはよ」

「おはよ、起こしちゃった?」

 幸治はほぼ灰になったタバコをもみ消してギターを横に置いた。

「べつに。うるさくなかったよ。それより、何弾いてたん?」

「蝋人形の館」

 そういってTAB譜をちらりと見せてくる。このまえまでは熱心に天国への階段のギターソロを練習していたような気もする。

 幸治は移り気なので弾きたいと思ったところだけ弾けるようになれば別の曲に移っていたのだった。そんな気まぐれで手に入れられたTAB譜は大体清志郎の小さな本棚の肥しとなっていたのだった。

「ジミーペイジが泣いてるぞ」

「天才は常に前進しているんだよ」

 そういいながらユキヂはギターをケースにしまおうとした。清志郎はその手を止めて自分もベースを取り出して同じように蝋人形の館を弾き始めた。初見だったためベースもやはりもたついて幸治のことを笑えないなと清志郎は思った。

「蝋人形が溶けそうな館だな」

「言える」

 二人はそういって顔を見合わせて笑った。へたくそなギターとへたくそなベースの2pバンド演奏はしばらく続いた。

「そういや、飯どうするべ」

「すき屋いくか」

「じゃあそれで解散で」

「おう」

 二人がそういって家を出ると昨日の暑さはどこへ行ったか、空はどんよりと曇り今にも雨が降り出しそうだった。二人は早足で駅前のすき家へと向かっていった。

 朝食とも昼食ともつかない食事を摂取したのちに二人は高田馬場駅前で別れた。



パンクロックが好きです。

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