第九話「夜が明けて」
「起きろーーーー!!!」
森中にリキのモーニングコールが響き渡る。顔を歪ませながら、渋々起きる新中人たち。他国訪問二日目の朝を迎える。
コハクは、昨夜テントへ戻ってからもなかなか寝付けずぼーっとしている様子だ。朝から元気なマリがコハクにちょっかいをかけ続けている。
すると目をしょぼしょぼさせながらテントを片付けるシロトが、コハクの膝に巻かれた包帯に気づいて声を荒らげた。
「おいコハク!!大丈夫か?どうしたんだこの怪我」
既に包帯を巻いて処置はしてあるのだが、昨日寝る前までは確実になかった傷。シロトの心配性も相まって周りが騒めき始めた。
コハクがおろおろとしているうちに、マリや他の新中人もコハクの側へ近寄る。
長ズボンに着替え直せば良かったと後悔するがもう遅い。コハクがそう思ったとき、集団の後ろから声をかけるシュウト。
「みんな」
その呼び声に、みんなが一斉に振り向く。
「昨日はすまなかった。少しずつ、打ち解けていきたい」
みんなの集中は、コハクの怪我からシュウトに向けられる。
昨日まではずっと、関わらないでほしいと思っていたシュウトも、コハクが仲間だと思っている人たちなら打ち解けられるかもしれないと、自分なりに考えをまとめたのだ。
「よろしく」
たった四文字の言葉。だがシュウトにとっては大きな第一歩ともいえる大切な言葉だ。その気持ちが伝わったのか、何人かが「よろしく」と口々に返事をした。
未だにシュウトのことをよく思っていない人もいるが、確実にその距離は縮まっている。
コハクはというと、相変わらずの言葉数の少なさにふふっと口元を緩ませていた。
「なぁコハク、俺は結局、なんでお前が怪我をしたのか聞いてない」
場がシュウトへと集中し、打ち解けようとみんなが挨拶をしている中、シロトは小声で話しかけた。
「あ、あの…あれだよ、あれ!昨日なかなか眠れなくて…お花を摘みにいこうとしたらね…こ、転んじゃって〜」
誰が聞いても、嘘だと見抜けるような曖昧な答えを述べるコハク。だがシロトはそれ以上追求しない。コハクが嘘をつくのは、よっぽどのことがあったときだと知っているからだ。
「わかったよ」
そう返答して、そそくさと片付けに戻るシロト。その口元はキュッと引き締まっていた。
片付けや点呼も終えて、再び青国へと歩みを進める一向。昨日まではカチカチの氷のように冷たい空気だった四人も、少しずつ打ち解けていた。
「あのさ、昨日の続きしない?」
そう言い出したのは、今にも走り出してしまいそうに元気があり余っているマリだ。
「まだ私とコハクの作戦終わってないもん。いいよね?」
満面の笑みで提案するマリに否定する人はいない。シュウトもぎこちないが首を縦に振ってOKのサインをだす。
「じゃあマリちゃんいっきまーす!変顔十連発〜〜〜!!!」
声が大きい。
「一、二、三、四、五…」
数を数えながらも、器用に顔を歪ませていく。
芸術的だ。
「…」
ぐっと笑いを堪えるも、そのおかしさにコハクもシロトも、引率の人までもお腹を抱えて笑い出した。
十個目の変顔を終えると、どうだ!やりきっただろ!と言わんばかりの清々しい顔を浮かべるマリが、コハクにはさらに可笑しく思えて笑いが止まらない。
「あははははははは」
笑いが止まらないコハクとシロト。
「いひひひひひひひ」
ツボに入ったのか全く笑いが収まらない。
「わははははははは」
加えてマリも自分のおかしさに笑い出す。
「面白すぎる、なぁシュウト」
笑いを通り越して少し涙さえ浮かべるシロトが、シュウトの肩をポンと叩き話しかけた。その時、シロトは驚愕した。
真顔だった。
「…」
それに気づいたコハクとマリも顔が強張っていく。
「…」
しばらく沈黙が続く。
せっかく打ち解けようとしてくれたシュウトが、また「関わらないでくれ!」と言い出すかもしれない。そんな焦りが三人の表情を奪う。
「…面白かった」
静寂の中、シュウトがポツリと呟いたその一言に、一斉に目を見開く三人。と同時に口を揃えて息を吐く。
「よ、よかった〜」
安堵が顔にも声にも現れている三人。一段落したのか、次は顔を見合わせて声を揃えて喜んだ。
「作戦成功〜!!!」
先程の笑いとはまた違って、嬉しさが溢れ笑みがこぼれている。
自分の一言でこんなにも喜んでくれるのかとシュウトは驚いた。グラスの氷がゆっくりと溶けていくように、シュウトの心の中でも何かが溶けていくように感じる。
作戦は成功したものの、シロトは本当にあった恐ろしい話第二弾、コハクは簡単にできるミニマジックを披露して作戦の全てを終了した。