第二話「違和感」
「凛々しく、真っ白で純粋な心を持ち、立派な大人になるために…」
中人式が始まり、この白国の長である王がスピーチをする。
背筋は丸まっているが、その声には確かな凄みを持ち、国のみんながこの王様の一言一言に耳を傾けて頷く中、コハクは少し俯いている。
(さっき見たのは、赤い髪の人…だよね…はじめてみた)
「そんな新しく中人となる君たちに紹介したい子がおる。でてきてくれ」
春祭りのために用意された盛大な舞台の端からでてくる赤い髪の少年。先程かぶっていた帽子は外してあり、ふわりとした風にその髪が靡いて、キラキラと輝いている。
「綺麗…」
考えごとをしていたコハクも、少年に気づき思わず声を漏らした。髪の毛の先まで紅に染まっており、初めてまじまじと見るその赤い髪の美しさに、驚きというより感動のようなものを感じている。
しかし、コハクの感動とは裏腹に、式に参加している周りの子たちがざわついている。
「え…赤い髪…?なんで白族の春祭りに赤族の人がいるの!?」
マリは動揺を隠せずに声を上げた。
「彼の名前はシュウト。見ての通り赤族の子じゃ。」
初めて見る赤髪への驚きは実感へと変わり、さらに一段と騒めきは大きくなる。そこに、王様が威厳のある声でゆっくりと話し始めた。
「実は現在、赤族の地は大規模な災害によってとても大きなダメージを負っておる。そこで、それぞれの色国が集まって会議を行った結果、十二歳までの身寄りのない少年少女たちを安全な国へ避難することとしたのじゃ。白族と赤族はあまり仲が良くないことは、知っておる人も多いことじゃろう。だが、今大事なことは助け合うことじゃ。同じ歳の君らには、仲良くしてもらいたい。よろしく頼むぞ」
王様はゆっくりとした口調ではあったが、はっきりと事実を述べたあと深々と頭を下げた。王直々のお願いに、観衆たちはどうしたらいいか分からないような表情を浮かべていたものの、そのまっすぐな姿に、少しずつではあるが手を叩く音が聞こえた。
春祭りと中人式が終わり、帰宅するコハクとマリ。式の会場があった大広場から自分たちの家の方向へ歩き出す。落ちかけている夕陽が二人の白い髪を照らし、オレンジ色に染めているようだった。
お互い思いがけないことに気を取られているのか沈黙が続き、しばらくしてから、マリが話しだした。
「それにしても、よりによって赤族って…」
「よりによって…?」
「よりによってだよ、ほんと」
「さっきも王様が言ってたけど、なんで赤族の人とは仲が悪いの?」
「え、コハクしらないの…!?」
突然勢いよく顔を寄せるマリに驚き、思わずコハクは身体を後ろへ反らした。
「ご、ごめん」
「もう、コハクは何も知らないんだから…」
はぁと少し溜息をつきながらも、あのねとコハクの瞳を見つめながら話し出す。
「お父さんが言ってた。昔、とある赤族の人がね、自分の髪の色を白色に染めて白国に潜入したんだって。ある日、その人が赤族の人だって気づいた人たちが、その人を捕まえようとしたの。そしたら…その赤族の人が突然火をつけた棒を投げて…。場所も悪かったみたいで、それがきっかけで白族の人が何人か亡くなったって…。私のお父さんのお姉さんも、シロトのお父さんもその火事に巻き込まれたんだって…」
「そう、なんだ…。私、知らなかった」
とても身近な話なのに、一度も聞いたことのなかった事実に心が悲しくなるコハク。なんで今まで知ろうとしなかったのか、後悔さえ感じていた。
「知らないのはしょうがないよ。あんまり白国以外のことって教えてくれない人が多いしね」
「うん…」
「だからさ」
と会話を続けようとするマリに、コハクがポツリと呟く。
「でもそれって…あの子には関係ないことだよね」
「え?」
「確かに、亡くなった人や傷ついた人がいるってことは、とっても悲しいことなんだけど…でも…その事件と彼は関係ないんじゃないかな」
悲しい事実は今もたくさんの人を傷つけていることだろう。しかし、その事実と彼個人は同じものじゃない。そう思ったコハクは、自然とその言葉を口にしていたのだ。
「な、なんでそんなこというの!お父さんがどれだけ辛い思いしたかもしらないで!!」
ただ単に大きな声というより、様々な想いのこもった叫びのようだ。その瞳の表面は少し潤っていて、マリは走り去ってしまう。
「マ、マリちゃん…」
マリの感情的な態度を目撃し、コハクは申し訳ない気持ちになる。しかし、自分の言ったことは間違っていないとギュッと手を握る。感情的なマリとは対照に、白族らしいといえば白族らしい落ち着きを持っているコハク。しばらくその場で立ち止まっていたが、少ししてからゆっくりと歩き出した。