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 きさらぎ駅の話は一通り知っていたとはいえ、細部まで暗記しているわけではない。

 マユを怖がらせるための要素を一から考えるのは面倒だ。よし、原典からいろいろ引っ張らせていただこう!

 そう思ったわたしは、きさらぎ駅を検索し、怪談まとめサイトやら、当時のログやらを読み返した。

 そして、結論した。


「参考に……ならない……」


 きさらぎ駅には、両隣の駅の表示もなく、駅員もいない。ないない尽くしで、周りにもなにもない。110番に電話してもいたずらだろうと疑われ、家に電話しても家族もその駅の場所がわからずどうしようもない。

 掲示板で「線路伝いに歩いて帰れば?」と助言され、書き込んでいた「はすみ」という人物はそれに従う。

 異常なのは、遠くで鈴と太鼓の音がしたこと、「危ないから線路を歩くな」と声をかけられてそちらを見たら、足が片方しかないおじいさんが見えて、消えてしまったこと。

 駅から遠ざかるほどに、話の脈絡は失われ、作りごとっぽくなっていく――少なくとも、わたしはそう感じた。

 その後、トンネルを抜けると親切な人が車に乗せてくれて、しかし徐々に様子がおかしくなり、どこへ連れて行かれるのかわからないけどバッテリーがないので、完。


 なんかもう、展開に信憑性がなさ過ぎる。

 鈴と太鼓の音まではまぁいいとして、一本足のおじいさんの唐突さは、なんなんだ。急にビジュアルで攻めて来た感があるが、びっくりドッキリ的な怖さなので、そこまでの「ふだんは停まるはずの電車がちっとも停まらない」とか「知らない駅にいる」「隣の駅名が書かれていない」というジワジワ感が台無しではないだろうか?

 終盤もねぇ……深夜にそのへんに立ってる親切な人って、怪しさしかなくない? それなのに車に乗っちゃうはすみさんの危機管理能力のなさときたら! 警戒しろよ!


 原典を真似するとしても、妥当なのは、警察に電話したけどいたずらだと叱られた逸話くらいで……これ、全然怖くないね。お巡りさんに恫喝されました、とかなら怖いかもしれないけど、怖さの方向性が違う。

 線路を歩いて帰る? いやいや、この時間帯ではまだ終電じゃない可能性があるし。線路歩いたら、めでたく轢死体になりかねない。……ああ、足が一本しかないおじいさんっていうのも、あれか……うっかり線路を歩いちゃった人の地縛霊とか……いやー、なんかそれ違う話になってない?


 わたしがネットの書き込みを調べて頭を抱えているあいだにも、マユからのメッセージは続々と届いていた。

 そろそろ返事をしてあげよう……とログを見たわたしは、我が目を疑うことになった。


「……電車に……乗った?」


 マユのメッセージはこうだ。


 『みっつん、決めた。わたし、助けに行くね』

 『ずっと、みっつんに助けられてたから……わたしが助ける番だと思う』

 『いつもの路線だよね、乗ったよ。ねぇ、すごい緊張しちゃった……わたし、ひとりで電車乗るの、はじめて!』

 『そこはね、ぜったいぜったい、みっつんが行ったらいけない場所』

 『でもたぶん、わたしなら行けるから。大丈夫だと思う』

 『ほんとだ、電車ぜんぜん停まらないね』

 『乗るとき、快速でも急行でもないのは確認したはずだけどな』


 マユはまだ電車に乗っているようだ――彼女が嘘をついていない限り。

 そして、マユに限って、嘘をつくなんて考えられない。


 『マユ、なにやってるの。すぐ降りて!』


 困り顔のべろべろりんのスタンプが返って来た。


 『みっつん、返事がなくて寂しかったよぉ』

 『いいから降りなよ。今、どこ?』

 『電車停まらないから降りられないよ』


 わたしは過去のメッセージのタイムスタンプを確認する。

 マユが電車に乗ってから、二十分以上が経過している。各駅停車なら何回も停まっていないとおかしい。路線を間違えたにしても、マユの家があるのは都会――東京二十三区内で、どの路線でも駅の間隔はぎゅうぎゅうだ。


 ――いや、鈍行に乗りそびれてるのかもしれないし。


 本人は確認したといっているけど、快速や急行に乗ってしまったのかもしれない。

 だとしても――やっぱり停車間隔はそう長くはないはずだ。

 いったいどこに向かっているのだ、あの子は。確認しようと、わたしは思考を巡らせた――ああ、そうだ。車内ビジョンで広告とか、次の停車駅とか、今どこを走ってるとか表示してるはず!


「きさらぎ駅の時代とは違うんだよ。これが令和だっつーの!」


 口走りながら、わたしはスマホの画面を高速でフリックした。


 『次の停車駅とか表示されてる?』

 『窓の外は見えないよ。真っ暗』


 せっせとメッセージをやりとりしているあいだにも、時間は過ぎ去っていく。快速であっても、そろそろどこかに停まるよね? 停まるはず。というか、急行でもこれだけ時間が経っていたら停まる。マユがよほど変な駅から乗車したのでない限り。


 『そうじゃなくて、広告とかさ、映像がない? えーと、ドアの上』

 『広告は貼ってあるよ』

 『テレビみたいなやつじゃなくて?』

 『紙だと思うよー。印刷』


 いったいどんな路線に乗ったんだ、マユ……。今時、そんなのってある?

 いや、わたしはすべての路線を知っているわけではないから断言はできない。落ち着け、わたし。

 そういえば、例の感染症のせいで電車の広告も出稿が減って困っていると聞いたことがある。車内ビジョンで流す内容がないから止まってるとか? いや、ないわー。あったとしても、とりあえず紙の広告を貼ったりはしないだろう、さすがに。つじつまが、あわない。


 『まだ停まらない?』

 『うん』

 『マユ、路線間違ったりしてない?』

 『ちゃんと乗ったつもりだけど……自信は……』


 また、困り顔のスタンプ。

 わたしも同じスタンプを返す。ほとほと困った。

 マユを怖がらせてやろうと思っていたのに、わたしが混乱させられる羽目に陥っている。

 まったく、だからわたしは中途半端だというのだ。


 『どこの駅から乗ったの?』


 例のきさらぎ駅の投稿者は新浜松からの乗車だったが、さすがに東京二十三区内からいきなり新浜松は無理がある。

 ……いや、待て。マユだから、新幹線に乗ったりは!?

 でも、東京から新横浜まで十五分くらいだったような……たとえ新幹線でもそろそろ停まってほしいし、そもそも、新幹線に乗るには改札を二回も通らねばならない。直通改札を使ったとしても、特急券まで用意せねばならない。いくらマユでも、そこまで念の入った勘違い乗車はしないだろう。


 『わかんない。近いとこ』

 『どこ行きかは覚えてる?』

 『みっつんが通勤に使ってるって教えてくれたやつに乗ったと思う。でも、どこでもよかったから』


 わたしが通勤に使っている路線は、マユの家の近くは通っていない……。どこでもよくはないし!


 『ねぇ、ほかにお客さんは? ちょっと恥ずかしいかもだけど、この電車はどこ行きですかって、誰かに訊いてみたら?』

 『お客さん? えっと……みんな寝てる』


 ――みんな寝てる?


 少し、背筋が冷えた。

 なぜなら、きさらぎ駅の投稿者も、乗客は皆寝ていると書いていたからだ。


 ――わたしも書いたっけ?


 スクロールしてログを確認する。

 いや、書いていない。わたしがマユについた嘘は、自分がきさらぎ駅にいるという話。その時点で、もう電車を降りていたことになっている。車内の話は、一切していない。


 『マユ、電車の先頭まで、移動して』

 『どうするの?』

 『先頭に行けば運転席があって、運転士さんがいるから。運転席と客席は窓ガラスで仕切られてるけど、コンコンってすれば、たぶん運転士さんと話せるから。路線間違えて乗った気がするんですけど、これは何線ですか、次はどの駅に停まりますかって訊いて』

 『やってみるね』

 『途中で電車が停まったら、外を見て、駅名を確認して』


 マユの返事はない。車内を移動しはじめて、スマホを操作する余裕がなのだろう。たぶん、揺れる電車の中を歩くなんて経験、ほとんどしたことがないだろうから。

 マユが無言のあいだ、わたしはずっと考えていた。


 ――まさかね。


 そんなことは、あり得ないと思う。でも。


 ――きさらぎ駅にいるわたしを助けるために、マユが、きさらぎ駅の伝説ルートに入ったとか、あり得ないよね。


 だって、マユはきさらぎ駅の話を知らないのだ。

 どんなに思い込みが強くても。たとえ、思い込みを現実にする力があったとしても。知らない話には、そんな怪現象も起こせないはずだ。

 いじめの首謀者に報いがふりかかったのは、誰がやっているか明白だったから。知らない悪人に、天罰をくわえることはできない。天罰っていうか、なんていうか……マユの正しさは、そこまでは届かない。

 たとえわたしを助けるという正しい行為のためであっても、ネットに流布するささやかな怪談世界の中に入り込んだりはできないはずだ。知らないのだから、無理だ。

 そうであってほしい。


 ――なに考えてるんだろう、わたし。


 どうかしている。たぶん、マユは凄い勢いで都心を脱出する通勤快速のたぐいに乗車してしまったのだ。そうだ、それだ。寝てる人ばっかりなのも、皆さんお疲れなのだ。

 それにしても、電車に乗るの怖いっていってたマユが、よく家を出て電車に乗ったなと思う。


 『みっつん、先頭来た』


 何分移動してるんだ。

 もうタイムスタンプを確認するほど冷静じゃないわたしは、体感時間の長さで消耗していた。

 マユはよほど後ろの方に乗っていたのか。だったら後ろにまず、車掌がいないか確認させるべきだった……いや、今そんなことをいってもマユが混乱するだけだ。


 『よくやった! 運転士さん見える?』

 『ブラインドっぽいものが下りてて、なにも見えないけど……』

 『コンコンしてみて』


 返事を送信しながら、わたしは焦る。ブラインドが下りてるくらいで、動揺する必要はない。たしかに、さっき読み返したばかりのきさらぎ駅の話でも、運転席と客車を隔てるブラインドは下りていたけど。そして、応答はなかったはず……。


 『お返事ない。聞こえてないのかな』

 『もう一回、もう一回』


 少し時間を置いて、困り顔のスタンプが来た。運転席からの反応はなかったようだ。


 『やっぱもう、お客さんに訊いてみるしか。悪いけどさ、誰か起こして』


 すぐには返事がない。

 やがてスタンプが押される。駅名の看板を塞ぐように立つ、新作のべろべろりん。

 そして、メッセージ。


 『停まったー。きさらぎ駅、着いたよ!』


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