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ほほえむ太陽  作者: 十月夏葵
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ラストオーダー カフェオレ

ここは何を飲んでも美味しいけど、私はカフェオレばかり頼んでしまう。私にとってここのカフェオレは特別だから他ならない。初めてここに来た時、目が覚めた私に出してくれた温かいカフェオレ。あれは本当においしかった。勧められない限りは割とカフェオレばかり飲んでしまう。

「あれはちょっと甘めだった様な…」

「顔色みて出すコーヒーの濃さ決めよる。春海ちゃんの腕は祖父さん譲りだが、観察眼の鋭さはばあさん譲りだ」

「そこは父譲りって言って」

ここは相変わらず、あったかい空気で溢れている。窓からはいるオレンジ色の光も店内の白熱灯も人もカフェオレも。

「源さん、私ここに来るようになって良かったと思う」

そうかと笑い源さんが新聞をたたみ立ち上がった。お代をカウンターに置き軽く手を振る。私も手を振り返した。

「源さん、コレ。そろそろいる時期」

「上等なやつじゃねぇか。ありがたく供えさせてもらう。で、あとでわしが飲む」

「どーぞ」

あれはコーヒー豆かな。源さん家ではコーヒー飲まないと根拠もなく思っていた。それは私のイメージでしかないけれど。

「あれは源さんの妻、葉子さんが好きだったブレンド。もう挽いてあるやつ。葉子さんの命日には必ずあのコーヒーを淹れてるんだって」

その日だけ源さんは葉子さんとのコーヒーを家で楽しんでいるのかもしれない。思い出にのこる一杯ってだれの心にもある。

「そういえば、そろそろ期末だからまた来るな。明日あたりには。一時期ギクシャクしてたみたいだけどとりあえず、納まるところに納まったみたいだし」

三人の仲もちょっと変わりはしたかもしれないけど、仲良しのまんまだ。この前駅前のミスドでドーナッツ選んでるのを見た。きっと何も終わらない。変わることがあっても、終わることはないのかもしれない。

「ミドリがこんど新作持って来るって」

「ホント?楽しみだなぁ。今度はどんなのかな」

「なんかドーム型って言ってた。月のイメージで」

その言葉で以前言われたことをふっと思い出した。そういえば私をイメージしたケーキ作るとか言ってた。でも、奥さんも月に似てるから、実は奥さんの為のケーキなのかもしれない。

「ミドリさんに前ね、月に似てるって言われた。奥さんもそんな感じだって」

それにちょっと考えるようにした後、思い出したかのように春海さんは笑う。

「確かにちょっと雰囲気が似てるかも。俺はみどりの嫁さんほどパワフルな女は見たことがないけれど、あれはあれでいいコンビなんだよ。あの夫婦」

それは分かる。奥さんに頭があがらないみたいだけれど、お互いが影響を受け合ってるみたいなことを言っていた。月と地球で。

「私だけの太陽を見つけなきゃダメとも言われた」

「太陽。ああ、ナツミみたいな」

そうと軽くうなづく。月は太陽を反射するから夜道を照らせるんだし。暗いところほど月明りのありがたさは身に染みる。でも、太陽がなかったら、そんなありがたさを知ることはきっとない。

「私の太陽になってって言ったらなってくれるの?」

「ブルーマウンテンみたいな女になったら?」

「それ、前にも聞いたけれど、意味が分からない」

その所為でシュールで最悪な夢を見た。なんでコーヒー豆が陽気にサンバなのかは分からないけれど、単純にコーヒーと言えばブラジルみたいなイメージがあるからだと思う。ブラジルといえばコーヒーとサンバだ。今思い返しても、本当にシュールで最悪の夢だった。

「じゃあ、今日はブルーマウンテンのカフェオレにするか」

「あ、はぐらかした。春海さんズルい」

「だから、大人の男はズルいんだよ、お嬢ちゃん」

女の子扱いなんだか子供扱いなんだかわからない扱い。というか女の子って子供って意味も含まれることに気が付いた。どうせ、二十歳の小娘だもん。ちょっと拗ねるとそんな事お見通しとばかりに笑われた。いつかその余裕を吹き飛ばしてしまいたい。

「そのうち超イケメンの彼氏連れてくるかもよ」

「大人の男をからかうなんて十年早い。文香ちゃんは気をつけないと変な男に引っかかりそうだしね、もし作れたら一度連れておいで。ろくでなしだったら『どこの馬の骨だ!』つって叩きだすと思うけど」

「春海さんは違うの?」

あえてこう切り返してみた。ろくでなしだとしても親は何も言わないと思う。そんな男との結婚生活なんてお先真っ暗な感じが見えてるけれど。じゃあ、春海さんはどうなのだということだ。

「さあ。それは五年後ぐらいに確かめてみたら?」

そう言って微笑んだ。ああ、もういいか。今のところは。


『心臓破りの坂』と呼ばれる急な坂道の上、オレンジの看板に掠れた文字。店内にはいつでもコーヒーの香りとクラッシックがかかっている。そこは『喫茶アクア』。

「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」

カウンターの向こうでは私の太陽がいつも微笑んで迎えてくれる。

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