二杯目 ココア
二杯目 ココア
「ココア?出来るよ」
なぜかアクアにはメニュー表が存在しない。なのでココアはあるかと聞いてみた所、答えがこれだった。
「メニュー作らないと不便だよ」
「軽食以外なら紅茶もココアもコーヒーもなんならジュースもあるし。賄いでいいっていうなら簡単なピラフとかサンドイッチ程度なら出せるし。なくても、問題ない。常連さんは同じものしか頼まないし」
聞いていて思ったけれど、つまり頼めば大体の物は出るってことじゃないかな。ヘタなチェーン店より品数自体はありそうだった。私は見たことがないけれど、第3水曜日だけはケーキが某パティシエにより試食もかねて、数個だけ提供されるらしい。
「ココアにする?」
「カフェオレにする。でも、ココアって頼む人いるの?」
「そろそろ来るよ」
そう微笑んで、カフェオレの準備をし始める。その言葉に首を傾げながら、待つこと数分。
「春海さーん、ココアー」
「僕も。あー、マジ糖分足りてない」
「待ってよー、ナツもココア」
バタバタと高校生ぐらいの子が駆け込んできた。友達グループだろうか。よく見たら3人とも鞄に変なマーライオンみたいなキーホルダーをつけていた。そういえば、友達の証とか言って、友達同士で色違いのお揃いだとか持ったりするよね。仲がイイのかな。
「相変わらず騒がしーな。ノートにこぼしたりするなよ」
「数学がやべー。俺のクラス授業中にスマホなって全員10点減点って言われたんだけど」
「ご愁傷様。罰がキチクかつ嫌なところついてくるよな。流石年の功。ハゲヤマ分かってるじゃん、僕たちが嫌な事」
「ヤバいのは世界史なの!フランス革命とか関係ないじゃん?!私もう来年の選択は絶対日本史!横文字なんて覚えられないっ」
ここに来たのは9月の半ば頃だった。それから1ヶ月、今は10月の半ばだ。ということは、中高生はそろそろ二学期の中間テストの時期だ。
人生においては弱いボスに当たると言われる。私はゲームにあまり詳しくないが、友人によると
「体力だけ高くて、攻撃力も防御力もしょぼいけど、無意味に遠隔攻撃とか覚えてるタイプ」
というのが弱いボスの特徴だという。点数がヤバいと成績にえらく響いてくるあたり遠隔攻撃だとかに入るんじゃないかなと思ってる。それなりに、落第しない程度には私も勉強はしたな。成績表なんて興味なさげで埃かぶってほったらかされてたから、自分で保護者欄にシャチハタを押した。
「やってんなー、少年少女。落第するなよ?」
「落第したら自主退学すっから、雇ってよ春海さん」
「間に合ってる」
この子達も試験前は常連なのか、良く知ってるからこそ言える軽口をたたき合っている。
「っていうか、カウンターに座ってる人女子大生?かわいい人だよね、春海さんの彼女?」
「え、そうなの?彼女さんこんにちはー」
「こら、やめなさい。困った顔してるから」
年の離れたお兄ちゃんと弟たちみたいだ。朝比奈さんにも同じ誤解をされたけれど、この手の話題にどう反応していいか分からないから、困った顔に落ち着く。肯定も否定もせずに曖昧に笑っといた方がいいのかもしれない。
「おねーさん、俺ユウキ!部活はサッカー!」
「僕はカズマ。ユウキの幼馴染で部活は水泳部」
「私はナツミ。ユウキ君とカズマ君の幼馴染。部活は吹奏楽。皆おんなじ高校2年生だよ」
見事にタイプバラバラ。元気で快活、クールな参謀タイプ、ほんわかおっとり系。
「日向文香です。大学の文学部の国文科です」
そう言って、ぎこちないかもしれないけれど微笑んでおいた。笑顔って対人スキルで大切な事のだと思うんだよね。笑顔で友好が築ける場合がある。同じくらい仕事できるなら無表情より笑顔の方がイイだろう。
「わー、私も文学部入りたいなぁ」
ナツミちゃんが笑いながらホンワカと言ったその言葉に、冷静にカズマ君が突っ込んだ。
「ナツ、そういうのは壊滅的な社会何とかしてからな。お前数学イイんだから理系にしとけよ。国語悪くないけど」
あからさまにショックを受けたようなナツミちゃんに、罪悪感が刺激されてるのはカズマ君よりユウキ君だった。
「いや、大丈夫だよナツ!行けるって!その、日本史ならいけるって!」
フォローとしては微妙なラインだけど、とりあえずナツミちゃんは気を取り直したらしい。面白い3人だな。むしろこの3人だからこの関係って上手く行ってるんじゃないかな。
「頭使うと甘いものが欲しくなるじゃん。こいつらの為にココアはあるといっても過言じゃない」
「なるほど。レポートの期限が近くなって本気で煮詰まったときは頼むよ」
「それは煮詰まるまでに何とかするか、家帰って取り組んだ方がいいぞ。そういうのはため込むと後で泣きを見るからな」
学生時代にため込んでなきを見たことがあるのか、マスターの目が遠くなる。時間だけは本当にあるから、ため込んだことはないし、煮詰まることもそうあることじゃないんだけど。
本気で時間だけはある。中学上がる頃には自分でご飯を作るようになった。というのも、自分で何とかできるだろうと、とうとうご飯すら作ってくれなくなったから。
やってみたところ、どうにも効率が悪かった。何よりコスパが悪い。そして学んだ作り置きレシピ。世の中タッパという便利なものがあるし、痛みにくい調理法もある。ちなみに今日のご飯はロールキャベツ。昨日はコンソメ味だったので、今日は作り置きのトマトソースいれてトマト味にするつもりだ。
「テスト終わるまで午後うるさそうだ」
マスターはやれやれといった感じだ。三人は各々教科書やノートは広げている。多分、三人でやることに意義があって、はかどるとか、そういうことは二の次さんの次。もしくはそういうのは度外視。ある程度割り切れるようになると何でも効率を考えちゃうのが大人の悪い所かな。と言っても私も2年くらい前まではあんな感じだったんだけれど。
「アイツらは良くも悪くも分かり易いから、試験終わりの顔色で出来具合分かるよ」
「あははっ」
小声でそんな話をして暫く私は行ったり行かなかったり。行くといつでも初めて見たときと同じ席で同じように文句言ったり嘆きながら勉強していた。
中間試験が終わったあたりで行くと、1人足りなかった。
「ナツミちゃんはどうしたの?」
「こんにちは、文香さん。昨日試験終わってナツは知恵熱で休みました」
「カズマ、オブラート。そこは頑張りすぎて風邪ひきましたとかにしとけよ!」
「文香さん相手にそんな嘘をつく理由がない。それに寝込んでるってことだから、結論は変わらない」
正論だった。ただ、同じ言葉でも感じ方は大分違うんだと思うんだけれど。君達より少し年上だから言えることだけど、想ってる以上に日本語って複雑で難しいのよ。
「こいつら面白いだろ。一見ユウキの方がガサツそうに見えて気遣いできて、カズマのほうが容赦ないっていう。ナツミをカズマが正論でからかってユウキがフォローするって形でうまく回てる」
ふわんと甘い匂いがすると思ったら、やっぱり今日も2人はココアらしい。ただ、今日はどことなく元気がないというか、物静かな気がするけど。やっぱり3人いないと調子が出ないのかもしれない。なんだかんだ不在はちょっと寂しいのかもしれない。
「これ飲んだら、お見舞いでも行こうぜ」
「お見舞いなら、ユウキだけ行って来いよ。ナツミのお母さん、僕のこと嫌ってるの知ってるだろ。門前払いだろ」
「そーだけどさー、俺だけっていうのもなあ。じゃあ、届けるのは俺がやるから、2人でアイス買いに行こうぜ!」
「まあ…、それ位ならいいけど…」
明らかに気乗りしてなさそうな感じだったけど、ユウキ君は全く気にしている様子がなかった。いつもこんな感じなのかもしれない。ちょっと無理矢理な感じでカズマ君のうでをユウキ君が引いてお店を出た。
「仲のいい3人だけど色々あるんだね」
「ここだけの話、アイツらは仲いいけど母親同士は険悪で。特にカズマの家は複雑な家庭でな。なんでかは、俺の口からは言えないけど。ちょっと小学校の時親同士がもめて。親の事情なんて子供には関係ないのに」
全くもって理不尽だと思う。
親や先生は皆『仲良くしないとダメ』とか『いじめはダメ』とか『差別や偏見はダメ』とか云うくせに、割と自分たちは平気でそういう事をする。高校生は子供だけど、親や先生が思うほど子供じゃない。
「もどかしいね」
「多分、今の間だけだよ。あいつらが3人でいられるのは。来年はアイツらも受験だろ、進路もあの感じじゃバラバラだろ。それに…」
そこでマスターは言葉を区切る。
「子供だから許されてるってこともある」
そこで深いため息をついた。なんとなく、言いたいことは分かる。子供だから仲良くしてもまだ許されるってこと。
「ま、離れていくのはカズマだと俺は思うけどね」
「なんで?」
「ユウキはナツミが本当に好きで、カズマはあれだ好きな子ほどいじめちゃうやつ、ナツミは2人とも好きなんだよ。選べないっていうこと自体は悪いことじゃないし、アイツらがそれで納得してるならそこは友情、恋愛なんだっていいだろ。でも、親が良く思わない。カズマは損な性格だな。最後の最後でワガママ言えないんだ」
偶にいる。欲しいものを聞かれると、それまで欲しいものが一杯あったのに何も浮かばなくなるタイプ。結局色んな事を気にして損をしてしまう。私みたいに何も期待してないタイプとはちょっと違う。親子って切れないものだからこそ、難しい。他人じゃないから、簡単には切れない。
「ずっと3人の時間が続けばいいのにね」
「そうじゃないこと分かってるけどな。でも、多分一番時間を止めたいのはアイツらだよ」
この場の時間を止めてしまいたい。冷めてしまったカフェオレを飲む。冷めたせいか、ちょっと苦みがとがっていた。口に苦いものが広がるのと同時に、切なくなった。幼馴染っていうのも切ないもんなんだな。少し冷たくなった空気は指先をなでた。