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最後の献立

作者: ゲレンデマン

あなたの好きな食べ物はなんですか?

 据え置きの電話が鳴る。


「はい!こちら黒企(くろき)株式会社 広報課です!」


 いつものようにお客様からの()()だ。毎日毎日暇なのか、ずっと、このくそじじい……もとい、お客様から電話が来る。


「おたくの掃除機どうなってんだよ!これじゃ全く使えないじゃないか!大体――」


「そうでしたか。説明しますのでお手元に弊社の商品をお持ち頂けないかと~」


 話を落ち着くまで聞いていると日が暮れてしまうので話に割り込み、説明を広げる。

 これで20回は言っている。いい加減にしろよ…まったく。


「――ということなんです~」


「最初からそう言えよ!馬鹿が!」


「申し訳ございませんでした」


「ふん!」


 ブツリと切れる回線、なんとも言えない虚無感に襲われながら、電話を置く。すると今度は課長の席から怒号が聞こえる。


「渡辺!!ちょっと来い!!」


「今行きます!」


 このワイシャツがパンパンのでぶっちょは課長の稲垣、この会社を実質的に管理している奴だ。


「この資料、全然出来てないじゃないか! やり直しだこんなもの!!」


「しかしその資料は今日納期の物なんですが……」


「うるさい! 口答えするな! やり直せ!」


 オフィスで堂々と煙草に火をつけ、その濁った瞳で睨みつけてきた。


「わかったな!」


「はい……」


 もう会社に一週間はいるが仕事が終わる気配がない。そして納期と苦情の電話だけが山済みとなっている。

 俺は独身だが、学生の頃までは良かったんだ。何も問題ない家族に家。大学まで出させてくれて家族には感謝してる。広報の仕事がしたいって言ったら反対されたっけな。だけど――

 そこからは酷いもんだった、俺は親のコネでなんとか入社できたが、その親は事業に失敗して、俺は平社員に逆戻り、今じゃ底辺だ。

 プライドだけはいっちょ前に高い自分を折れさせるには十分な要因だった。


「はい! これお願いね!」


「えっ?これ先輩の仕事っすよね?」


 こいつは同期の沢田。先輩と呼んでるのは自分がヒラに戻った時にこいつの方が成績が良かったから着いたあだ名みたいなもんだ。


「そんな固い事言うなよ~。なっ今度飲みに誘ってやるからさ!」


「今の仕事で手一杯なのでちょっと……」


「なんだよ!俺の頼みが聞けねぇってのか!?」


「そんなこと言われましても……」


「とにかく!やれや!愚図が!」


 そう言って山盛りの書類を置いて帰ってしまった。


「どうすんだ、これ……」


 紙の山は無情にも崩れる。

 深夜になっても仕事は終わらず、10日目を過ぎようとしていた。見なくてもわかる限界の顔、マジックで塗たくったみたいなくまに充血した目。痩せこけた頬に無精ひげ、もう限界だ。俺はフラフラと立ち上がり、会社の外へと出て行った。

 行くのはもちろん自分の家だ。早く帰りたい。それだけしか頭になかった。

 あまり記憶にないがいつも帰る道とは少し違う道で帰っていた。

 出来事は急だった。フラフラと彷徨っていると、あの頃の……つまり学生時代の実家の大好きだった豚汁とひじきご飯の匂いがしてきた。

 だが今住んでる県は実家からは物凄く遠い他県だ。こんなところにいるはずがない。

 辺りを見渡し、まさかと匂いを辿る。すると路地に一軒だけ明かりが灯っていて、そこから匂いが来ていた。俺は駆け寄って、その建物の全体を見てみる。


 看板はない。ただ引き戸の所に「いらっしゃい!お疲れ様!」と赤い文字で書かれていた。

 耳を澄ますと中からガヤガヤと人たちの声が聞こえる。

 美味しそうな香りに居酒屋的雰囲気に押され、我慢できず扉を開けた!


「いらっしゃい!何名様で?」


「いっ……一名です」


 良かった。居酒屋で間違いないらしい。

 カウンタ―席と奥に座敷がありそうないかにもな和風の店だった。

 席に座り、とりあえずビールを頼んだ。この匂いの正体を知りたくて、細目の店主らしき人に聞いてみる。


「すみません」


「はい! なんでしょう?」


「さっきからのこの良い匂いはなんの匂いですか?」


「おや? ひょっとして……貴方は渡辺健司さん?」


 突然名前を言われ正直かなり驚いた。どこかで会ったことある人なのか?


「渡辺様を待ってる方がいるんですよ!」


 そう言うと奥の座敷を指さした。


「待ってる人?」


「はい!そうです!もう待ちくたびれた頃でしょう!」


 そう言った男からは悪い感じはしなかった。

 体は異様に重いがよっこらせと座敷に向かった。そして障子の扉を軽く叩く。


「失礼します」


 障子を開けた時一瞬眩く感じた気がした。

 光の後、障子を開けて驚いた。

 そこは正に今はない実家だった。

 首振り扇風機が回り、薄暗い温かい色のライトに照らされた、長い古風なタイル張りの台所がある。ベタベタする床の皆で食べれるように置かれたニスが少し剥がれてる椅子と机がそこにはあった。

 疲れでついに幻覚を見たか!?そう思い目をこすったり、頬を叩くが消えない。俺は後ろから押されるように入る。

 間違いない。そう思えた理由は柱に昔オヤジが自分の背を記した痕をつけたのがあったからだ。

 安心したのか、全身の力は抜け、自分の居た席へと腰掛ける。すると台所から包丁で何かを切る音が聞こえてきた。慌てて後ろを振り返り台所を見ると、そこには昔のままの母と祖母が包丁で具材を切っていた。


「健司!もう帰ってきたのかい。もうすぐ出来るからテレビでも見てて」


始めはどういうことか理解できなかったがすぐに理解した。


「うん!」


 僕は子供のように頷き、ワクワクしながら待った。

 暫くするといつもの芳しい香りが目の前に広がった。そこには温かい大好きな豚汁とひじきご飯が並んでいた。


「出来たよ!お食べ!」


 気づけば家族が全員椅子に座り、手を合わしていた。

 僕も合わせて合掌する。


「いただきます!」


 目を輝かせ、豚汁をすする。その豚汁は正に母の味だった。間違いない。

 確かめるように何度も何度も口に頬張る。

 濃厚な味噌に豚と鰹の出汁、それにゴボウにサツマイモ。本当に美味しい。

 すかさずひじきご飯も頬張る。ひじきの風味がご飯に染みてて最高だ。

 懐かしい味に思わず涙が零れた。

 擦ってもどんどん溢れる涙を家族は優しい目で見つめていた。

 父は優しく肩を撫で、母は優しく見守る。


「よくがんばったな。偉いぞ」


「そうよ。頑張ったわね。健司」


 僕は我慢できなかった。生まれて初めて号泣した。辛かった……!本当に!会いたかった…!

 親に抱き着き精いっぱいお礼を言った。

 そんな僕を家族は優しく微笑みかけ、ご飯をよそってくれた。

 お腹いっぱいになり、僕は凄く眠たくなってきた。

 いつのまにか実家の自分の部屋で親に頭を撫でられながら、床についていた。

 あれほど安心することがこの世にあるだろうか。


「おやすみ。健司」


 ゆっくりと虫が鳴る夜に心の底から安心して目を瞑った。





 とある町の街灯テレビ


「黒企株式会社の会社員 渡辺健司さんが昨日未明、自宅で亡くなっているのが発見されました。原因は過労死と見られています。黒企株式会社は関与を否定しているとのことですが、そこのところどうでしょうか?」


「いやぁ、そうですね。黒企株式会社はいわゆるブラック企業ですね。徹底的に調査する必要があり――」



 町はいつもと変わりない。騒がしい喧騒、渋滞を待つ車、会社で謝る会社員。いつも疲れていませんか?

 実家のあの時を思い出し、涙するなんてことありませんか?その思い出はその時にしかありません。

 もしあの時に一瞬でも戻りたい……そう思った時、私たちはいつでもお待ちしております。


 店主より




















ありがとうございました!またご贔屓に!

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